「みなさんお気づきかと思いますが、ボクは現状、三方を同じ声帯に囲まれています。ややこしいったらありゃしません」
別宅内の客間は幸いにも鍵がかけられていなかったが、元はレジャーホテルだったため数が多かった。しかも全ての客室を客間として利用してはおらず、中には物置もあれば、そもそもソファーを置いていない部屋もある。それが全四階分あるのだ。
他の捜索者たちも必死にソファーをひっくり返しているが、未だ変化は見られない。
「このソファーも違うか」
「もう! 部屋多すぎる! うわ、もうお昼やで。早めにご飯食べといて正解やったわ」
流石にバテてきたので小休止を入れようと、平次と和葉は一階中央のテラスから外に出た。かつてはそこからスキー場が一望できたが、今になってはかつてのリフトの残骸と猛威を振るう緑しか見えない。
しかし、眺めが悪いという訳でもない。放置されたホテル跡というのは、それなりに赴きのあるものだ。
「あ、あっちにひまわり畑が見える。まだ咲いてるもんやな」
「何でスキー場の跡地にひまわり畑が?」
「神部さんが植えたんちゃう? ん、あの白い人……」
暴言のような言葉を吐き捨てて離脱した白い人、もといカルナがいた。屋根が壊れたガラス張りの温水プールの跡地に佇み、天辺に昇った太陽の光を浴びて余計白くなったように感じる。燦々と降る日光に溶けてしまいそうだった。
平次と和葉はお互いに顔を見合わせ、こっそり彼へ近付いてみる。瞼を閉じると鋭利な美貌が際立つ。まるで作り物のような美しさに、思わず和葉の胸が高鳴るが……同時にどこか
「オレの顔を凝視する必要はあるのか」
「えっ、ご、ごめんなさい。どこかで見たことあるな~って、思って」
「どこかで見たことあるって。お前、あないな美形とどこで知り合ったん?」
「さあ、ちょっと思い出せへんわ。どこで見たんやろ?」
「ほ~さよか」
面白くない。平次の胸には苛立ちが現れた。
だって、好きな女の子が別の男の顔を凝視しているのだ。しかもとんでもない美形の。さっき、微かに和葉の頬に赤が差したのを平次は見逃さなかった。
「お前の好みが、真っ白い危なそうな兄ちゃんやってのはよーく分かりましたわ」
「はぁ!? 何やのその言い方! ってか、アタシの好みって……アタシのタイプは」
和葉のタイプは、色黒で謎が解けた時の顔がキラキラとした男である。つまり平次である。
まだ告白のできない現状である彼女の気持ちを知ってか知らずか(※両片思いです)、茶化すような平次の言い方にはカチンときた。人の気も知らないで!
「大事な子分が別の男に尻尾振りそうになっとったからな」
「またその子分の話か! 言っとくけど、アタシはアンタの子分ちゃうからな!」
「よく言うわ。今日だって頼んでないのにいつの間にか付いて来よるのに」
「それは、アンタをよろしくっておばちゃんに深~く頼まれたから、お目付け役でついてきてあげたんやで。アタシの目が届かないとこで、アホなことやらかさんようにな!」
第三者から見れば犬も食わないような内容で仲良く喧嘩している。が、本人たちはそれに気づかない。かと言って、カルナは特に突っ込まない。
それどころか、平次と和葉を一瞥した後、足場のタイルを踏み込んでその場から飛び出して行ってしまった。その様子に驚いた2人の喧嘩は一旦中断し、視線は飛び出していったカルナへと向かう。
人間離れした瞬発力で向かった先は、原型を留めていないトピアリーの森。かつてはイルミネーションだったが、今はただの森である。その森を取り囲む煉瓦のアーチへ、黒い皮手袋に覆われた拳が突き刺さったのだ。
「タ、タンマ! 堪忍や兄ちゃん!」
「ん、その声……大滝ハン?! 何でここに?」
「それはこっちの台詞や。何で平ちゃんと和葉ちゃんがここに?」
「知己か」
「この人、大阪府警の警部さんです」
「悪く思え。非礼は詫びよう」
「平ちゃん、どちらさんや?」
「東京のカルデアさんとこの人や。あの丸眼鏡かけてる探偵の兄ちゃんも猫も来とるで」
見事に崩れた煉瓦のアーチの向こうから、トピアリーの森の中から姿を現したのは、大阪府警の大滝警部だった。しかも彼だけではない、見知った顔の刑事たちがまるで身を隠すかのように潜んでいたのである。
何故、刑事が神部氏の別宅に?
「亡くなった神部さんの奥さんに許可をもらって調べてたんや」
「調べてたって、何を? 今、この別宅にはオレら以外にも探し物している連中がおるけど」
「……平ちゃんは、12年前に起きた弁護士一家殺害・失踪事件を知ってるか?」
「12年前……あの、雷権会絡みって噂の」
「ああ」
今から12年前、夏休みに入る直前の頃だ。府内に住む弁護士の
染井は当時、広域指定暴力団・
「妻の愛さんは執拗に刺され、娘のめぐみちゃんも風邪をひいて寝込んでいるところを布団の上から刃物で滅多刺し。現場は酷いもんやった……染井弁護士の生存も絶望的と思われとったが、先日、別件の殺人で服役中だった雷権会の構成員が病死した。その構成員は死に間際、自分が染井弁護士を殺害して遺体を埋めたって白状しよったんや」
「っ! ま、まさか……」
「ああ。染井弁護士の遺体を埋めたのは、この敷地内のどこかや」
当時は放置されたままの手つかずの廃墟だったが、遺体を埋めた後に神部氏が買い取ってしまったのだ。
別宅の敷地内のどこかに、遺体が埋められている。遺作だけではなく、とんでもない探し物が出て来てしまった。
***
片っ端から客間のドアを開き、中にソファーがあったら裏返して徹底的に調べ上げる。が、特に何も見付からない。
四階に辿り着いた立香たちは何部屋目になるか分からない客間へのドアを開くと、この部屋にはソファーが置かれていた。
「ソファー! あった!」
「ん、むむむ……マスター、当たりです。ソファーを動かした跡があります」
「よろしい。動かしましょう」
ソファーを嗅ぎ回るプルートーは、絨毯にくっきり残る円い跡を発見した。埃が溜まっているのでつい最近ではないが、長年設置していたソファーを動かした跡である。
アルジュナが片手でソファーをひょいと持ち上げて裏側を確認すると、そこにはさきほどと同じく、ビニールで梱包された封筒が貼り付いていた。
「また封筒」
「また暗号でしょうか」
「まだ遺作には遠い感じですね」
封筒の中にはやっぱり新しい暗号が入っていた。
平次たちと合流しようと客間を出て階段を下っていると、彼らも立香たちを探していたようで、カルナと共に踊り場で鉢合わせることができた。そして、この別宅に隠されている真実を知る……12年前に殺害された弁護士の遺体が、敷地内のどこかに埋められているということを。
「なるほど、合点がいった。何故神部氏は、暗号解読による宝探しなどという
「まさか……「信頼のおける者」だけで、「探偵を連れて」、「世に出してくれ」って。神部さんは、別宅に遺体が埋められていることを知っていた?」
「いつ、どうやって知ったかは定かではないが、遺作という餌を垂らし暗号という回りくどい手段で探し手を翻弄している。己の目で確かめようとすれば、家族の身に危険が迫ると理解はしていたのだろう」
「相手は泥参会と勢力を二分する西の極悪集団。最近は、半グレ組織を取り込んで数だけはぎょうさんおるっちゅう連中や。下手に警察に通報もできんかったんやろ」
自身の余命が残りわずかであることを自覚していた神部氏は、この暗号にかけたのだ。優秀な探偵が暗号を解いて、最後まで辿り着き、神部不動が隠した真実を手にしてくれることを。
[
22 11 18 14 18 11 18 14 7 4 11 4 13 12 23 8 17 19 4 10 8
ソファーの裏側に貼り付けられていた三枚目の暗号。これが示す先は、一体どこなのか。
「スーリヤ……彼は、三つの目で下界を監視する太陽神だ」
「なら、次の数字は「3」やな……あれ?」
+3
25 14 21 17 21 14 21 17 10 7 14 7 16 15 26 11 20 22 7 13 11
Y N U Q R U N U Q J G N G P O Z K T V G M K
和葉は新しい暗号に「3」を足したが、意味がなさないアルファベットの羅列になってしまった。
何かを誤ったのか。それとも、数字の当て嵌めを間違ったのかと頭を捻るが、平次とエドモンは気付いていた。三枚目の暗号は、足すのではなく引くのである。
[
22 11 18 14 18 11 18 14 7 4 11 4 13 12 23 8 17 19 4 10 8
-3
19 8 15 11 15 8 15 14 4 1 14 1 10 9 20 5 14 16 1 7 5
↓
S H O K O H O N D A N A J I T E N P A G E
↓
書庫 本棚 事典 ページ
「できた! え、何でこれは数字を引くん?」
「暗号のカードがあったとこの目線の高さで足すか引くか、どっちかになるんや」
「一枚目は本棚の一番上。二枚目は巨大な像の頭部。どちらも、人間の目線の上に暗号は設置されていた」
「そうか。ソファーの裏側にあった三枚目の暗号の位置は、足元……目線は下にあるため、数字をマイナスにするということですか」
「神部さんがらしくないことして頭
この事件に暴力団が関わっているのなら、カルナが言っていたあの言葉に警戒しなければならない。共に別宅を捜索している4人の中に、身分を偽っている者がいる。
あの中の誰かが、雷権会の人間である可能性があるのだ。
遺体探し、はっじまっるよ~。