「純血の鬼である羅刹が、何故太陽の光を克服できたのかは彼と迦楼羅の母親になるんですけど。彼らの母親は迦楼羅を生んだ後に鬼の欲求を抑えきれなくなり、迦楼羅に噛み付いて血を吸ってしまったんです。それに絶望した母親は自ら鬼の元へ戻り当時の鬼の首魁との間に羅刹を産むんですけど、この時に母親が体内に取り込んだ迦楼羅の血=人間の血が胎盤経由で羅刹の中に入ってしまったんですね。そのため羅刹は純血の鬼でありながら人間の血、異父兄である迦楼羅の血のお陰で太陽の光を克服できたんです。羅刹は二作目の終盤でその事実を知ってしまい、あんなにも嫌って・憎んでいた迦楼羅が自分のアイデンティティと直結していたと絶望するんですよ。ただの兄ではなく自身に深く根強く繋がっていた迦楼羅に対して愛憎とも言える激しい感情を向けるようになりまして……でも迦楼羅自身は、羅刹を好敵手であり弟であると認めているのでできれば共に生きたいと考えているんです。でも羅刹も、家族を知らない彼は心の奥底では血の繋がりのある迦楼羅に依存していてどんな衝動も迦楼羅の剣が受け止めてくれる安心感から兄に心を許し始めているんです。兄弟のこの対比と、弟から兄に向ける激しい感情が胸を打ちまして……! 一度迦楼羅を殺しかけた羅刹が、理由が分からずに彼にトドメを刺さなかったあの心理描写は神部先生の今までの作品の中でも鬼気迫る描写でした。先生、本当に作品に命をかけていらっしゃったんですね。本当は一作目から伏線は張られていたんですよ。迦楼羅の兄貴分兼師匠が登場して戦いを中断された時にムっとした羅刹を説明する地の文が……(あとn時間続く)」
元はホテルの宴会場だったという別宅の書庫は、大広間にいくつもの本棚を運び入れ、その本棚には数多の分厚い本が収められている。当然、事典の類も大量にあった。
古語単語事典、人名事典、仏教事典、旧地名事典、アジア神話事典、その他etc,etc……
これらの膨大な事典を調べるのは非常に骨が折れそうな作業だった。
「ないな~平次、そっちは?」
「アカン。めくってもめくってもなーんも出て
「暗号の法則から鑑みるに、人間の目線の上か下、どちらかの段に収められている事典を示しているはずだが」
「けど、一冊一冊が分厚いし、たくさんあるから大変だね」
「ミャ」
立香が手に持つのは『都道府県別伝承事典』。岩手県の巻なので、都道府県全てを確認し終わるにはまだまだ遠い。
「ん、これは!」
「何かあったか?」
「いえ、懐かしい物を見付けまして。この『古代インド用語図解事典』、昔私が先生の資料集めのために苦労して見付けた一冊なんです。20年ぐらい前かな、当時は日本語訳もなかった貴重な本ですよ。先生、きちんと保管してくださっていたんですね……」
倉持が感極まって涙ぐむ。昔、司馬波出版に入社したての新人編集者だった頃、神部氏の担当になって色々と勉強させてもらったと言う。が、懐かしんでいる時間も惜しいので、さっさととっととそれを本棚に戻してください。
「しかし、これだけの資料文献を集めるとは。神部氏は勤勉な方であったのですね」
「先生は史実考証や時代背景の描写を疎かにしない方でしたから。資料文献は紙で、電子書籍ではなく、紙で読んで学べと教えてもらいましたわ」
「そうそう。本を読めと、学生時代は口酸っぱく言われていました。まあ、当時の私は反抗してろくに先生の話も聞きませんでしたが。先生と歳も近かったので全く尊敬していなくてね……あの頃は、他の悪ガキ仲間たちと「神部、神部」って呼び捨てにしていました。お恥ずかしい」
「伯父さんらしい。僕も、伯父からの誕生日プレゼントはいつも本でしたよ。でも、いつも面白い本だったから……嬉しかったなあ」
西目だけではなく、増田や多聞も神部氏との想い出話に花が咲く。手を止めずに口を動かしながらパラパラと事典のページをめくり続けていると、エドモンが手に取った『江戸時代風俗事典』に微かな膨らみがあるのを確認できた。
「あったぞ」
「封筒! 中身は……やっぱり暗号!」
[裁きを受けるべし、
25 14 21 25 7 15 26 25 1 17 1 11 19 7 25 14 15 26 7
「ええと、数を意味するのは……この「降魔の相」って単語かいな?」
「「降魔の相」は、怒りの形相っちゅう意味や。つまり、軍神さんの顔ってことやな」
「スカンダ神。ガネーシャ神の兄弟か」
「シヴァ神とパールヴァティー様の子息の1人であるスカンダ神は、六つの頭を持つ神軍の最高司令官です。日本では、韋駄天もしくは鳩摩羅天として信仰されています」
何故、頭が六つもあるのか。
一説によると、元は6人兄弟であった我が子が可愛くて仕方なかったパールヴァティーが彼らを一気に抱き締めると、6人の身体が一つに合体してしまったがために頭が六つになったと言う。
『江戸時代風俗事典』が収納されていたのは、本棚の一番下段だ。人間の目線より下にあるので、これは元の数字から「6」を引く。
[裁きを受けるべし、
25 14 21 25 7 15 26 25 1 17 1 11 19 7 25 14 15 26 7
-6
19 8 15 19 1 9 20 19 21 11 21 5 13 1 19 8 9 20 1
↓
S H O S A I T S U K U E M A S H I T A
↓
書斎 机 真下
「書斎、机、真下。この別宅に神部さんの書斎は?」
「確か、四階に」
四階にあるスイートルームだった部屋が、神部氏の書斎となっていた。階段を駆け上がって書斎へのドアを開くと、部屋の奥には樫材でできた立派な書斎机が鎮座している。
「机! この真下や!」
「どけましょう。カルナ、そっちを持て」
「承知した」
「ミャーン」
アルジュナとカルナが書斎机を移動させて、真下の位置にプルートーが飛び降りた。黒猫が絨毯敷きの床を軽やかに歩くと、何やらギシリと音がする。絨毯の下には何かある。
絨毯を巻き取って音の正体を突き止めると、床下収納のような扉が出て来た。次もまた暗号か、それとも……扉がゆっくりと開くと、中から出て来たのは頑丈そうな手提げ金庫だった。
「遂に暗号じゃない物が出て来た!」
「え、これが神部さんの隠した遺作? でも、鍵がかかっていて開かへんで」
「神部さんはその鍵も暗号に仕込んでたんや」
手提げ金庫の鍵は、四つのダイヤルを回して四つの数字を揃えるタイプだ。数字が四つ……つまり、今までの暗号に登場した四つの数字。「7」「5」「3」「6」にダイヤルを合わせれば、手提げ金庫が開いた。
「開いた!」
「中には何が? 遺作はありますか?」
「中身は封筒と、袋……?」
「これは……弁護士バッジ!」
分厚い封筒は恐らく神部氏の遺作原稿だ。だが、一緒に入っていたチャック付きの黒いビニール袋の中には……可愛らしいデザインの封筒と一緒に、法の女神のシンボルである天秤が描かれたバッジ――弁護士バッジが入っていたのだ。
「まさか、このバッジは」
「弁護士バッジの裏には登録番号が記載されている。その番号を調べれば、そのバッジは誰の胸から落ちた物か判明するだろう」
「ああ。神部さんはこれを見付けて知ってしまったんやろな。せや、ここで白黒はっきりつけとこうか。この別宅のどこかに埋められている染井弁護士の遺体を捜している、雷権会の人間が誰かを」
倉持、西目、増田、多聞。平次が4人に向けてその言葉を突き付けると、場には大きな動揺が走った。
「ら、雷権会?!」
「君、何を言っているんだ!」
「い、遺体って……?」
「何で伯父さんの別宅に遺体が?!」
「12年前、雷権会絡みの事件を調査しとった染井弁護士は、妻子を殺害されて自分も連れ去られた。そんで自分も殺害されて、当時は廃墟だったこの別宅の敷地内に埋められたんや。実行犯やった構成員が亡くなり、遺体を敷地内のどこに埋めたのかは雷権会側も分らんようなったから、この遺作探しに参加したんやろ。土も掘り返しての大捜索なんてされたら、アカンからな……そうやろ、増田さん」
平次が突き付けた「犯人」……カルナが見破った偽りの身分を被った者、プルートーが嗅ぎ付けた慢性的に罪の臭いが滲みついている者。
増田こそが、雷権会の人間だったのだ。
「ば、馬鹿なことを言うな! 私はただの教師だ!」
「いいや。そもそも、アンタは「増田秀長」でもないんちゃうか。勿論、神部さんの元教え子でもない」
「何を言っている。私は確かに神部先生から習っていた!」
「ほう。せやったら、さっきの話をもう一回聞かせてもらおか。昔、悪ガキだったアンタは、神部さんのことを何て呼んでいたか」
「それは……さっきも言ったが、若い教師だったから舐めていて。そのまま「神部」と呼び捨てに……」
「おや、おかしいですね。「神部」は結婚した夫人の名字です。神部氏は小説家デビューのために教職を辞め、夫人と結婚してから「神部」と名乗り始めました。貴方の
「っ!」
アルジュナの言う通り、当時は「月尾日都史」であった彼が「神部」と名乗り始めたのは教職を辞してからだ。教員時代に「神部日都史」であるまずがない。なのに、増田は「神部」と呼び捨てにしていたと言った。明らかにおかしいのである。
「そ、そんなの、今の名前につられて言い間違えただけだ! そもそも、暴力団が埋めた遺体が先生の別宅に埋まっているなんて馬鹿馬鹿しい」
「白々しいですよ。嘘を認めたらいかがですか」
「何なんですか。貴方も弟さんに何か言ってやってくださいよ。馬鹿げた追及はやめろと!」
「……違うな」
平次に言葉を被せるように追求し始めたアルジュナから逃れるべく、増田はカルナへ助けを求めるように話を振った。しかし、返って来たのは冷たく鋭い視線と、拒絶するかのような言葉だった。
「違う、って……貴方、この人の兄なんでしょう」
「いや、言葉が足りなかった。お前の発言は事実とは違う。それと、お前に対して
カルナの言葉に増田は青褪めた。失言をしてしまったと気付いて反射的に手で自身の口を塞ぎ、一歩退いたのだ。
「何故、こいつが私の兄だと知っている?」
「初見でこの2人を兄弟だと気付くのは、どっちが上か下かなんて気付くのは不可能や。アンタ、オレらの話に聞き耳立てとったんやろ。この2人が兄弟っちゅう話を、雷権会が染井弁護士の遺体を埋めたって話を聞いて騒ぎもせえへん。教えてくれへんか、何でしらばっくれたのかを!」
「でも、何で多聞さんは話を合わせたん? まさか、多聞さんも偽物?!」
「いや、あん人は本物や。オレが娘さんの名前を旧姓の「神部」やのうて、結婚後の「吉瀬」って言うたら名前を返したからな」
「自分が探し求めた事典を持ち出した倉持氏、自身の著作物を語ることのできた西目氏も本人だ」
「で、何で多聞さんは増田さんが教師だと嘘を吐いたのか」
「……こいつは、うちの事務所から借金しているからな」
増田は認めた。自分は「教師の増田秀長」ではないと。認めたと同時に、着ていたジャケットの内側から一丁のトカレフを取り出してこちらに銃口を向けたのだ。
西目が悲鳴を上げ、倉持も仰天して距離を取った。
「ひい……!」
「
「す、すいません倉持さん」
「知られた以上、アンタらも遺体の仲間入りしてもらいましょか。この山全部掘り返す気ィやったからな。数だけはぎょうさん連れてきとるんや」
増田の言葉に呼応するかのように、書斎の扉が開くとスコップやツルハシを手にした人相の悪い男たちがぞろぞろと雪崩れ込んで来る。奴らは雷権会の構成員であり、吸収した半グレ組織の面々だ。
50人ほど集まって来たのだ。
「って、少なくないか?! 200人招集したやろが! 何でこの数に!?」
「そ、それが。周辺に待機させとった奴ら、全員ボコられてノビてまして急遽追加しました」
「何やて!」
「お粗末な殺気を放っていたからな。始末させてもらった」
カルナ語:
「……オレは離脱する」
「アルジュナ、弓を持たぬ貴様と場を供しても時間の無駄だ。貴様の頭の中は理解できん。役には立てん」
訳:
「あなたたちも気付いているでしょうが、周囲を敵性に囲まれています。私はそれを排除するために離脱します」
「アルジュナ、本来は弓兵である貴方の仕事でしょうが、今の貴方に求められているのは弓ではなく智慧です。私には到底できないことです。私はここにいても役に立てませんので別行動で殲滅してきます」
増田が集めた雷権会200人は、カルナによって徹底的に殲滅させられていたのだ。
「200人を全部!?」
「更に人数を集めるとは。繁殖に精を出す羽虫の如き湧き具合、恐れ入った」
「素直に、人数が多くて驚いたと言え貴様」
「カルナさん……言葉! 足りない!」
「こいつら……! 全員ブチ殺したるわ……っ!」
増田がトカレフの引き金に指をかけたと同時に、アルジュナがボールペンを増田に向けて投擲した。細めのボールペンはトカレフの銃口に刺さり、弾丸の出口を塞ぐ……気付かないということは、ある意味幸せなことである。
トカレフを向けている相手がインドの大英雄であり、人間といえど剣道の実力者であることを雷権会は知らないのだ。
「カルナ、どちらが多く倒せるか競うか」
「勝負がつかん。オレたちだけではなく、他にも剣を振るう者はいる」
「カルナさん、そのデッキブラシどこから持って来たの?」
カルナはいつの間にか持って来ていたデッキブラシのブラシ部分をへし折ると、残った柄を平次に投げ渡した。
「お前は剣を振るう武芸者であろう。使え」
「おおきに。みんなでヤーさん退治といきましょか」
「へ、平次……」
「ンな弱々しい声出すなや。和葉、お前はオレの後ろから一歩も動くんやないで。すぐに終わらせたるわ」
「舐めるなやガキどもが!!」
「そちらこそ舐めないでいただきたい。このアルジュナ、徒手戦闘においても最高の
「ああ。拳のみで十分だ。この一打で、戦場を切り拓こう!」
「オルタとサンタの気配がする!」
「落ち着け立香」
数もいれば凶器も持っている雷権会の者たちを前に、3人が突っ込んで行ったが……負ける気がしなかった。
「ニャーーーン」
「あ、犯人判定出ました。殲滅しちゃってください」
ヤバインド