犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 どうしてこうなった?(二回目)

 いや、分かっていますよ。私が元妻を殺して、その死体を棄てたからこうなっちゃったんですよね……まさかね、死ぬとは思わなかったんですよ。(二回目)

 まるで殺人事件の臭いを嗅ぎ取ったかのように、名探偵→美食家探偵→警察のコンボでご来店しやがって。私の心中穏やかじゃないよ。マジで。

 気持ちの整理がしたいとか、色々理由つけて厨房脱け出して来ちゃったよ。大きく深呼吸して……ああ、今日も店舗裏の空気が生ぬるい。

 とにかく、シラを切り続けなければ。今の私は、「元妻に特に思い入れはないけど、殺人事件の遺体を目にするというプレッシャーでちょっとしんどい人」だ。

 

「ニャーーーン」

「ん、猫?」

 

 店舗裏のゴミ箱の陰から甲高い鳴き声と一緒に猫、登場。

 野良猫でしょうか?今まで野良猫がこの近辺に現れたことなんてなかったのに、どこかから迷い込んだか?

 それともどこかの飼い猫か。黒と白のハチワレ猫……おや、右目がない。猫も苦労しているんだな。

 

「どうした猫。餌が欲しいのか? ん、エビかな、アジかな」

「ニャーーーン」

 

 猫、鳴くけど近付いて来ない。あーでも、遠目で見ても可愛いな猫。

 実は私、動物好きなんです。犬とか猫とか、猫とか。

 しかし、長年飲食店をやっていると動物って飼えないじゃないですか。この店が軌道に乗る前はペットを飼う余裕もなかったし。

 動物番組とか、猫の動画って延々と観ちゃいますよね。最近は、某動画投稿サイトで人気の『壺猫動画』にハマっています。猫って癒し。

 そうだ、事件が無事に迷宮入りしたら、猫を飼おう。猫ちゃん、私に癒しと慈悲をちょうだい。そんな感情が入り混じった視線をハチワレ猫へと送ったら、マッハで逃げられました。

 解せぬ。

 

「ねえ、店長さん」

「っ! あ、どうしたんだい、ボウヤ」

 

 名探偵と一緒に店に来た眼鏡の子供が背後にいた。

 い、いつの間に?!と思いましたけど、そういえばさっきトイレって言ってたよ。トイレの帰りか、びっくりさせないでよもう。

 

「ボク、店長さんに質問があるんだ」

「なんだい?」

「あのね……何で、小五郎おじさんにサインくださいって頼まなかったの?」

「……え?」

「従業員のおばさんが言ってたよ。店長さんって、有名人が来るとすぐに厨房から出て来て帰りにサインくださいってお願いするって。でも、小五郎おじさんがお店に来た時に厨房から出て来なかったって、おばさん不思議がってたよ」

 

 今ね、すっごくドキッ!としましたよ。心臓止まるかと思った!

 確かに、いつもの私は有名人が来店すれば(カツを揚げ終わってからだけど)厨房を飛び出て、お帰りの際にサインをお願いしますと頭を下げている。それもこれも、店のため。まあ、ちょっとミーハーなせいでもありますけど。

 口コミで噂が広がって、有名人の○○さん行きつけの店!なんて紹介されて取材とか、テレビ出演とかあったら、そりゃ嬉しいじゃあないですか!

 なので、お笑い芸人にローカルタレント、サッカー選手。最近では、向こうが強めにサインを押し付けて来たマリーだかメリーだかいう名前の地下アイドルのサインも買い置きの色紙に書いてもらって壁に貼っている。

 普段の私なら、名探偵眠りの小五郎が来店されたと聞けば、すぐに厨房から出て来ていたでしょうね。そんな私が、厨房から出て来なかった真実は一つしかない。

 犯人だから。

 犯人だから名探偵に近付きたくないんだよボウヤ!!

 

「料理を作るのに忙しかったから、厨房から出られなかったんだよ」

 

 とは言えず。

 

「ボクたち以外にお客さんがいなかったのに?」

「料理にはね、仕込みっていう作業があるんだ。夜の営業の仕込みを始めていてね、手が離せなかったんだ。そ、それにね、おじさん、眠りの小五郎さんのことをあんまり知らないんだ。それでピンと来なくて」

「え~従業員のおばさんは、「同じ米花町にいるんだから、一回は来て欲しいって呟いていた」って言っていたよ」

 

 公子さん、マジで何でそんなに喋ってるの??

 

「……ね、眠りの小五郎さんには、その、言わないでね。思っていたイメージと違うから、偽物かも~って思っちゃったんだ」

「そっかー。だから厨房から出て来なかったんだね」

「そう! そうだよ!」

 

 何ーーー!この子!?

 背中に冷や汗だらっだらだよ!何でそんなこと訊くの!?

 

「あとね、もう一つお願いが」

「ど、どうしたの?」

「さっきね、トイレに入ってポケットからハンカチを出したら、ボクの仮面ヤイバーコインがポケットから落ちちゃって。それで、転がって厨房に入っちゃったんだ。取ってきてもいい?」

「そりゃ大変だ。取ってきてもいいよ。でも、油や包丁が危ないから、近付いちゃ駄目だからね」

「はーい」

 

 ホント、心臓がいくらあっても足りない。早く定食出して、早く帰ってもらおう。

 

「ボウヤ、探し物はあったかい」

「うん! ありがとう」

「今、ボウヤたちの定食を用意するから、待っていてね」

 

 ラードと植物油の秘伝配合オイルに火を入れ、豚ロースに塩コショウを振る。メンチカツのタネは小判型に形成しておいたものを、更に形を整える。

 衣はケチらず。今あるパン粉を全部使いきるためにまぶしてまぶして、高温の油で揚げるのだ。勿論、油の鍋はメニューごとに変えている。

 

「ロースとメンチ揚がったよー」

 

 大丈夫、証拠などない!(二回目)

 証拠がなければ、私が犯人になるはずない!

 

 

 

***

 

 

 

 事件に遭遇しなければ比較的(特異点比)安全な場所ということで、ダ・ヴィンチの勧めにより護衛にカイニスと共にゴルドルフがレイシフトしてきた。とりあえず美味しい物でも食べに行こうかと事務所を出て、軽く昼食難民として町を放浪してから、最終的には手持ちのクーポンを辿ってランチタイムギリギリの『揚げや』にやってきた。

 が、そこでまさかの、毎度お馴染みの名探偵と警視庁捜査一課の面々と遭遇してしまったのだ。本日の目暮班の刑事は、高木と千葉である。

 

「マスター、気づいているか」

「うん。今朝見付かったっていう立原さんを殺害して、遺体を遺棄したの……店主だよね」

「店主だ」

「つーかアイツしかいねーだろ」

「無茶苦茶動揺していたけど、大丈夫かね店主」

 

 頑張って平常心を装ってはいるが、大分挙動不審である。視線は忙しなく動き、顔は青白く、喋る言葉の語尾が上擦っている。素人目に見ても、「あ、コイツ何かあるな」と分かるキョドり具合だ。

 

「しかし、動揺しているとは言え妙なところで思考が冷静だ。身元不明のための工作を行い、暴かれる可能性が低い場所を選んで遺棄している」

「そっか。しっかり偽装工作していたんだっけ」

「付着していた微物の他に、犯人へと至る手がかりはあったのだろうか?」

「手がかりか……実は」

「いらっしゃいませー……あら、猫ちゃん?」

 

 店主の様子はおかしいことは誰の目から見てもしっかりと分かった。なので、答え合わせのために早々と派遣を要請しておいたのだ。

 目暮をエドモンの会話を待ってから、派遣されたサーヴァントが小さく鳴いた。

 

「ニャー」

「申し訳ございません。うち、動物の連れ込みは禁止しているんです」

 

 公子さんと呼ばれている従業員がそう告げれば、『揚げや』の敷居を跨ごうとした黒猫は前足を引っ込め、大人しくちょこんと腰を下ろした。

 

「おや、サリエリさん。サリエリさんも、一緒に遅めのランチですか?」

「いや。ランチに出た彼らの帰りが遅いため、様子を見に来た。外で待たせてもらおう」

「ミャア」

 

 ちょっと話があると、立香たちを店の外に呼び出してプルートーの宝具による答え合わせをする。エドモンの要請によりやって来たサリエリがプルートーを抱き上げれば、黒猫は大人しく腕の中に納まった。

 

「黒猫、店主は?」

「真っ黒です。犯人店主です」

 

 黒猫が無慈悲に犯人を告げた。

 

「あ、あの店主が!? 別の男と出て行った元妻の殺害とは、なんてベタな犯行動機!」

「ちなみに、サリエリ先生から見てあの店主はどう思いますか?」

「……心音が五月蠅い」

「ニャオ」

 

 様子がおかしいし、心臓も激しく鼓動しっ放しである。警察も早々と挙動不審具合に気付いているようだ。店主がちょっと裏に……と言って引っ込むと、高木と千葉が目暮に耳打ちをしながら警戒し始める。

 しかし、動機は何となく想像はつくが、今のところ証拠がないのだ。

 

「あのビビりっぷりなら、多少シメればゲロるんじゃねーか」

「やめて! 逆上して襲ってきたらどうするの! 確かに探偵と警察の来店にビビってはいるが、一応殺人犯だよ。しかも死体遺棄とかしちゃって余罪増し増しの」

「実際に手は出さねーよ。今日のオレはゴッフ野郎の護衛だ。依頼人を危険に曝す真似はできねえ」

 

 カイニスが煩わしそうに黒いニット帽を脱いだ。それでもすぐに被り直す。特徴的な頭部の耳は、これで隠していたのだ。

 

「とにかく、ここは警察に任せるかいつも通りの探偵活動をするように。黒猫(答え)ありきの推理を構築するための最重要なピースはやはり……証拠だろう。店主が元妻を殺害した証拠だ。証拠も根拠もないのに犯人扱いすれば、こっちが名誉棄損の犯人状態だぞ」

「凶器が見付かっていないんだよね。凸凹した、岩みたいな硬い物体。まだ犯人が所持していれば証拠になるんだけど」

「現在も凶器を所持しているはとは考え難い。最悪、既に処分してしまっていると考えた方が現実的だ。被害者の残滓(血痕)が表に出れば、突き付けられるが……」

 

 そう言えば、犯行現場はどこなのだろうか?

 もし、この店で立原美帆が殺害されたのならば、必ず何かしらの証拠が残っていそうだが……。




・海老谷裕揚(54)
開幕早々、黒タイツを脱ぎ去った犯人。
米花町一丁目にある揚げ物系飲食店『揚げや』を経営していたが、別れた元妻をなんやかんやあってガツン!と殴って殺害してしまった。まさかね、死ぬとは思わなかったんだよ。
色々工作をして遺体を捨て、凶器は処分したようだが……?
名前の由来は「エビ」と「揚げ」

・立原美帆(49)
今回の被害者。海老谷の元妻だが、店の金と共に若い男と消えた。
金の無心に再び現れたが、門前払いされたので『揚げや』に侵入して金を物色してたら揉み合いになりガツン!と撲殺された。ちなみに、犯行現場は厨房である。
名前の由来は「ホタテ」

・公子さん(45)
『揚げや』のパート従業員。開店した頃からの古株。
めっちゃ話すので、犯人に不利な情報が流出しまくっている。
名前の由来は「ハム」

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