犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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『揚げや』のトイレは店の奥にあった。すぐそばには暖簾だけで仕切られた厨房と、立ち入り禁止の紙が一枚貼られた倉庫がある。

 トイレに行くと言って店の奥へとやって来たコナンは、倉庫に鍵がかかっていないのを確認してこっそり中へと侵入した。少しひんやりした室内には、常温で保管できる野菜や米の他に家庭用の冷蔵庫が置いてある。冷蔵庫の中には小鉢や味噌汁の材料と思わしき食材があった。

 

「この倉庫には、揚げ物にする肉や魚類は置いていないのか……ん、何でこんなにたくさんのパン粉が?」

 

 棚の一角を占領するダンボールの中に大量の袋入りパン粉が入っている。しかも、二種類も。

 壁にあるバインダーに挟まっている在庫表を見ると、これらが業者から納品されたのは今朝のようだ。本日から調理されるはずのパン粉だと思われる。しかし、使用した形跡がない。

 

「昨日が定休日で、その前の営業でパン粉を使い切っている。なのに、今朝納品されたパン粉はどちらの種類も使われていない……」

 

 店主の反応から、立原美帆を殺害して遺体を遺棄したのは元夫である彼に間違いない。だが、証拠はない。

 厨房も覗いておきたいところだが。

 

「ねえ、店長さん」

「っ! あ、どうしたんだい、ボウヤ」

 

 裏口にしゃがみ込む店主こと海老谷を発見。トイレの帰りを装って声をかけて見れば、あからさまに驚いて跳ねるように立ち上がった。

 

「ボク、店長さんに質問があるんだ」

「なんだい?」

「あのね……何で、小五郎おじさんにサインくださいって頼まなかったの?」

「……え?」

「従業員のおばさんが言ってたよ。店長さんって、有名人が来るとすぐに厨房から出て来て帰りにサインくださいってお願いするって。でも、小五郎おじさんがお店に来た時に厨房から出て来なかったって、おばさん不思議がってたよ」

「料理を作るのに忙しかったから、厨房から出られなかったんだよ」

 

 と、海老谷は目を泳がせながらコナンにそう答えた。

 彼が犯人なら、元妻を殺害して遺体を遺棄した後に名探偵が来店すれば、いくら有名人でもサインを強請り難いものだ。極力近付きたくないと、厨房に籠って出て来なかったのだろう。むしろ、殺人犯の身の上で呑気に名探偵からサインをもらって喜ぶなんて、どれだけ神経が太い犯罪者だ。

 

「ボクたち以外にお客さんがいなかったのに?」

「料理にはね、仕込みっていう作業があるんだ。夜の営業の仕込みを始めていてね、手が離せなかったんだ。そ、それにね、おじさん、眠りの小五郎さんのことをあんまり知らないんだ。それでピンと来なくて」

「え~従業員のおばさんは、「同じ米花町にいるんだから、一回は来て欲しいって呟いていた」って言っていたよ」

「……ね、眠りの小五郎さんには、その、言わないでね。思っていたイメージと違うから、偽物かも~って思っちゃったんだ」

「そっかー。だから厨房から出て来なかったんだね」

「そう! そうだよ!」

 

 海老谷は滅茶苦茶顔を白くして酷く汗をかいていた。恐らく、背中には冷や汗だらだらだろう。

 実に分かりやすい。反応その物は「犯人です!」と訴えているが、証拠がない。

 遺体の身元を誤魔化すための偽装工作等を行っているところを見るに、妙なところで冷静な犯人だ。証拠も、凶器も、既に処分している可能性が高い。

 

「あとね、もう一つお願いが」

「ど、どうしたの?」

「さっきね、トイレに入ってポケットからハンカチを出したら、ボクの仮面ヤイバーコインがポケットから落ちちゃって。それで、転がって厨房に入っちゃったんだ。取ってきてもいい?」

「そりゃ大変だ。取ってきてもいいよ。でも、油や包丁が危ないから、近付いちゃ駄目だからね」

「はーい」

 

 勿論、嘘である。仮面ヤイバーコインなどコナンは所持していない。

 まんまと厨房に潜入したコナンは、真っ先に巨大な冷蔵庫へと向かった。店主はまだ裏口で大きく深呼吸していた……動揺を隠そうとしている。まだ厨房に戻るまで時間がかかりそうだ。

 冷蔵庫を開けると、上の段には下ごしらえがされた揚げ物の材料が入っている。下の段にはブロックの豚肉。夜の営業の材料だろう。冷蔵庫の大きさにしては冷凍室が小さい。

 

「調理器具はどれも使い込まれているな。急遽買い足した物はないか……ん?」

 

 厨房には、撲殺の凶器になりそうな物がたくさんある。だが、どれも処分された形跡がない。

 コナンが調理台の下にある収納スペースを調べていると、調理台の下にある暗がりの中で何かがキラリと光るのが見えた。何かと思ってハンカチを手にして腕を伸ばせば……決定的な証拠が出て来たのだ。

 

「ボウヤ、探し物はあったかい」

「うん! ありがとう」

「今、ボウヤたちの定食を用意するから、待っていてね」

 

 証拠は見付けた。後は、凶器の特定だけだ。

 

「ただいま~。あれ、立香さんたちは?」

「さっきサリエリさんが来てな、急ぎの話があるからって外に」

「目暮警部、海老谷さん遅くないですか?」

「まさか、逃亡したんじゃ」

 

 やはり、警察も海老谷が犯人だと見ているようだ。

 

「逃げられたとは言え、元妻が殺されたと聞けば動揺して落ち着かないだろう。今はそっとしてやれ。それより、昼飯は……」

 

 小五郎は、海老谷が犯人だと微塵も思っていないようだ。

 あまりにも遅いと訝しんだタイミングで、厨房からはカツを揚げる音が聞こえて来た。昼食の準備に取り掛かったようだが……。

 

 

 

***

 

 

 

「お待たせしました、ロースカツ定食とメンチカツ定食。で、こちらは、ロースカツ定食にエビフライ定食、カツ丼二つです」

「おや、エビフライが」

「それ、サービスです。お待たせしてしまいましたし、ランチタイムも終わりですから」

「ありがとうございます。いやー、すいませんね。次は酒の飲める時間に来ますよ」

 

 ロースカツの隣に並べられたエビフライに名探偵が気付く。名探偵にはエビフライを、美食家探偵のテーブルには他の揚げ物の盛り合わせをサービスで付けさせてもらった。

 あんまり悪い印象持たれたくないと言うか、ゴマを擦っておきたいと言うか……食材を使い切りたいという魂胆もあるんだけどね!

 ああ、でも。名探偵、普通に良い人では?

 なんだ、そんなにビクビクしなくても良かったんじゃーん☆

 って待て。次来るという事は、下手すれば常連になるということでは……?

 やっばなし!全然良い人じゃない!!

 いつ「犯人はお前だ!」って指差されるかを、ビクビクして生きなきゃいけなくなるじゃないか!!

 ぶっちゃけ、もう二度と来ないで!!

 早めに帰って下さいよ、こっちは警察待たせているんですから~という雰囲気を出しながら公子さんと一緒に配膳をしていると……奴が、また。

 

「ん、これは……」

「どうしました、新所長?」

 

 そう、奴が、美食家探偵がまた反応を見せたのだ!

 私が置いたカツ丼をじーっと凝視すると、沈思黙考して唸り始めたんですけど!

 え、何!?私、何かしちゃいました!!?私カツ丼出しただけよ!

 サービスの揚げ物盛り合わせが邪魔だった?え、カツ丼……っ!

 ま、まさか……気付いたと言うのか。気付いたのか!?

 駄目だ、カツ丼の秘密に気付いては……!

 駄目だ!!

 

「店主」

「は、はいぃ!」

「揚げ物から立ち上るラードの香りが素晴らしい。貴殿のこだわりは十分に承知して上で、老婆心として助言をさせてもらいたい。DONに乗る、卵でとじられたカツの衣。すなわち、パン粉だ!」

「パパパ、パン粉?!」

「そう、パン粉一つで劇的に変わる。揚げたてのフライは、大粒のパン粉を使えば歯触りの良いクリスピーな(サクっとした)それに仕上がる。しかし、カツ丼にこのパン粉は合わない。私の知識も他人からもたらされた物であるが、カツレツをタレと卵で閉じる場合、大粒のパン粉ではタレを吸い過ぎて重たくなってしまう。そこで、口当たりを軽くするために細かいパン粉を使うのだ」

「パン粉……随分とざっくりした、粒の不揃いなパン粉ですね。カイニスのロースカツ定食と、同じパン粉だ」

「全部同じ材料だろ」

「あら、店長。何で別のパン粉使わなかったの? いつも口酸っぱく言っているじゃない。「卵とじ用の揚げ物のパン粉は、粒の細かい物を使った方が美味しい」って」

「……はひっ」

 

 公子さーーーーーん!!?

 それ言っちゃ、言っちゃ駄目……え?「はひっ」?

 

「おじさん! どうしたの……ええ? 犯人が分かったって!」

 

 声を上げた眼鏡の子供の方を振り向けば、名探偵がカウンター席に俯いている。所謂●ンド●ポーズで、まるでカウンターでこっくりと船を漕いで眠っているかのように……っ!

 ま、まさか。まさかこれが、噂の……!

 

「ああ、ミスター・ムジークの発言でピンと来たよ。誰が、どのように立原美帆さんを殺害したのか」

 

 ねねねねね、眠りの小五郎の生推理ショーだーーーーー!!?




コナン in カウンター下
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