犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 五月野(さつきの)まほろ(9)

 朝ドラヒロインの幼少期だけではなく、その娘も演じてお茶の間の大喝采を浴びた今大注目の子役である。

 雰囲気のある美少女であり、大人顔負けの演技力が共演した大御所俳優に大絶賛されていた。特に、泣きの演技。子供が大声で泣くのではない、一滴の涙が落ちる静の泣きが大人顔負けだ。将来が楽しみだと評価されている。

 勿論、多くのドラマや映画に引っ張られ、小学生なのに月の半分以上が撮影というハードスケジュールだという。そんな激務の中で、探偵に頼らざるを得ない窮地に陥っているのだ。

 

「1か月ほど前から、事務所に届くまほろ宛てのファンレターに混ざって、不審な手紙が届き始めました。写真がこちらに、実物は事務所に保管してあります」

 

 名取が差し出したタブレット端末に表示された言葉……写真に撮られたA4コピー用紙の中央に、ありふれたフォントでただ一言、「消えろ」と印刷されていた。

「消えろ」

「出しゃばるな」

「失せろ」

「二度と出て来るな」

 ただ一言、それでいて9歳の子供に浴びせるにはあまりにも攻撃的で陰険な手紙の写真が何枚も流れていく。

 

「手紙以外、付きまといや危険物の送付等の被害は?」

「手紙だけです。俳優やタレントへのヘイト文書は珍しくありません。しかし、これは静かすぎて不気味なんです」

「警察には届けましたか?」

「いいえ。事務所側で内々に調査していただけないかと……まほろが、家族に知られたくないと言うので」

「そう言えば、まほろちゃんのご家族は? 子役には、母親の付き添いが多いって聞きますけど」

「あ……ママはいないんです。小さい頃に、事故で」

「す、すいません」

「いいえ。パパもおば……祖母も忙しくて、わたし1人で撮影に来ました。名取さんに色々助けられています」

「悪意の顕現は1か月ほど前か。何か、心当たりは?」

「まほろのテレビ出演が頻出した頃です。色々な視聴者の目に触れられるようになり、バラエティー番組の密着取材コーナーで取り上げて頂きました」

 

 天才と持て囃される子役に対して、妬みや僻みを持って嫌がらせに精を出しているということなのか。子供相手に大人げない、と言うよりもこれほどの執着は一周回って確かに不気味である。

 

「この手紙は、郵送で届いた物か?」

「はい。封筒は、こちらの写真です」

「どの封筒も、消印の地名がバラバラですね」

「……いや、同じだ」

「え?」

「消印の地名は全て、()()()()だ」

「っ!」

 

 小樽、釧路、長万部、網走、その他諸々。手紙を受付けた郵便局の消印の地名は確かにバラバラだが、全て北海道の地名だ。しかも、写真で確認できる限り、ここ函館もあったのだ。

 

「でも、北海道って広いわよ。これだけ隅から隅まで移動して網羅するとは、随分な機動力を持った犯人ね」

「何かしらの伝手を使って、何も知らぬ存ぜぬ他者にその地の郵便局で手紙を出すように依頼したかもしれません。ですが、北海道のみで出されているのなら、犯人の拠点も道内である可能性が高そうですね」

 

 まほろからの依頼、手紙を出している犯人を突き止めて欲しいという頼みに頷き、立香はジャンヌたちと合流する。五稜郭周辺から離れた一行は、函館観光の定番である元町へとやって来た。

 異国情緒溢れる街並みには、和洋折衷の歴史的建造物を始め重要文化財に指定されている教会の景観が美しい観光名所だ。特に、八幡坂から見下ろす港は、一枚の絵を切り取ったかのような見事な眺めである。

 教会のすぐ近くに神社がある。黒船来航の折に開かれた港には、渡来した西洋文化と元より根付いていた日本文化が融合する不思議な空間だった。

 

『先輩、1か月前に放送された、まほろさんの密着取材の動画を見付けました。スマホに送りますね』

「ありがとう、マシュ」

『放送されたのは、現在放送中の刑事ドラマの撮影現場ですね。まほろさんは、来週放送予定の回にゲスト出演されるようです』

 

 マシュから送られてきた番組の中身は、概ねごく普通の密着番組だった。

 ドラマの撮影現場や、撮影の合間に学校の宿題をやるまほろの姿をカメラに収め、合間にはごく普通の少女の姿が垣間見える。大切な宝物、祖母からのお守りを恥ずかしそうに紹介する姿には多くのファンが魅了された。

 

「祖母からのお守り……鷹、いや鷲かな?」

「銀細工の鷲のブローチか。趣味が良いな」

「宝石もついてんな。結構値が張りません?」

「ニャー」

 

 函館での撮影にも、このお守りを持って来ているのだろうか。

 番組の終盤、密着対象者の持ち物を紹介するコーナーにて登場したのは、可愛らしいイルカ柄のポーチの中に入っていたのは、祖母から譲られたという大切なお守り。宝石が一直線に並ぶ止まり木で羽を休める銀細工の鷲が、まほろの小さな手の中にある。

 紳士淑女の胸元を飾るアクセサリーは、不思議と彼女の雰囲気と調和していた。

 

「次は、ここよ! 旧イギリス領事館!」

「急がねば、数量限定のアフタヌーンティーが売り切れてしまう」

「まだ午前中だが」

 

 まだ午前中だが、建物内のカフェは開店している。旅行ガイドにも載る本格的な英国アフタヌーンティーが楽しむために、ジャンヌとサリエリに引っ張られて一行は歩みを速める。彼らを背後から追跡していた人物も、見失わないようにと足を動かした。

 建物の角を曲がったのを確認して追いかけると、彼らの姿が見えなくなる。旧函館公会堂の正面で姿を消したのだ。

 一体どこに消えたのかと忙しなく首が左右に動く……上は、完全にノーマークだった。頭上にあるテラスから飛び降りて来た人影――一時的に姿を消したジャンヌは追跡者の肩に着地し、内腿で首を締め上げた。

 

「ぐっ……!?」

「尾行に気付いていないとでも思いました? 一体何の用かしら」

 

 五稜郭を出たところからずっと尾行されていた。立派な体躯にいかつい角刈り、ヒゲ、ロングコートに顔を隠すサングラスと、はちゃめちゃに怪しい大男である。当然、面識などない。

 

「貴様、何者だ」

「い……いっ、しょ……」

「何ですって?」

「いっしょ、一緒です! あなたたちと同じ、探偵です!」

「……探偵?」

 

 カルデアの尾行をしていたその人物は、ジャンヌに締め上げられて呼吸が苦しい状態で、息絶え絶えとそう吐き出したのだ。

 

「で、探偵が私たちにどういったご用件が?」

「そもそも、その風体で探偵……?」

「よく言われます。私、昔から根が臆病でして……相手に舐められないようにとしています。このサングラスも」

 

 一応話を聞こうと、建物の陰に隠れていた立香がそう合図すれば、探偵と名乗った人物はジャンヌから解放された。

 観光日和の元町公園。近くで開店していたキッチンカーでアイスコーヒーを買い求め、自称探偵を囲んだ尋問が始まった。

 

「ミャア」

「ネコチャン宝具(判定)はクリアしてるぜ。で、拷問でもします? 豚なのにやきとりとか言う弁当の匂いを嗅がせて、目の前で美味しく食べて拷問します?」

「物騒なことはやめてください。その、探偵の仕事でして……依頼人の個人情報なので、詳しくは言えないのですが」

「はっきりしなさいよ。ほら、そのサングラスも取りなさい」

「あ……」

 

 業を煮やしたジャンヌが探偵のサングラスを奪えば、全貌が明らかになった。

 実に怪しい大男であった。だが、その素顔は、サングラスに隠されていたその両目は……ぱっりちと大きく澄んだ光を灯し、しっかりとした睫毛が可愛さを加速させるという、まあ何というか、美少女についていそうな可愛い瞳をしていた。

 怪しい大男の外見に余りにも不釣り合いな瞳の登場に、立香は飲みかけのアイスコーヒーを吹き出した。サングラスを奪ったジャンヌも吹いた。アンリマユも吹いた。後で知ったことだが、カルデア側のスタッフ等も数名吹いていた。笑い出すのは何とか堪えた。

 

「ゲホ……っ、つまり。貴方は、探偵の仕事で俺たちを尾行()けていたんですか?」

「はい。実は、私が受けた依頼と言うのが、五月野まほろさんについてでして」

「探偵、(まなこ)を隠せ。気が散る」

 

 理不尽である。サングラスは返却された。

 

「『鷲丘運送』という会社をご存知ですか? 道内全土に営業所を持つ宅配会社です。半年前、『鷲丘運送』の創始者が亡くなられました。その遺言の中に、かつて別れた妻と娘に遺産の四分の一を譲るとありまして……目印は、娘に贈ったという鷲のブローチだと」

「っ! 鷲のブローチって、もしかして」

 

 遺産の金額は、約8000万円。妻と娘が亡くなっている場合は、その子供、孫に遺産を譲ると書いてあった。

 まほろは、鷲のブローチを祖母から譲り受けたと言っていた。つまり、彼女は鷲丘の血筋――遺産の相続者だったのだ。




マスターと巌窟王(+黒猫)が五稜郭タワーにいる間、他は六花亭カフェでお菓子を買っていた。残念、カフェの時間にはまだ早かった。
マルセイバターサンドやストロベリーチョコが有名ですが、個人的にはマルセイバターケーキもオススメ。
サリエリ先生はマリーちゃんへお土産にギフトを購入。
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