西の高校生探偵、服部平次
平成のシャーロック・ホームズ、工藤新一
カルデアがよく知る彼らの他にも、「探偵」を名乗る高校生は存在する。その中が1人――日本警察のトップである警視総監を父に持ち、ある事件では月下の奇術師をあと一歩のところまで追いつめた彼の者が函館に来ていたのは何かの偶然か、それとも必然か。
「白馬……現警視総監と同じ名だが」
「黒猫を連れた探偵。貴方がたは確か、『捜査解明機関カルデア探偵局』でしたね。ご活躍は、父から聞いていますよ」
「ミャー」
「警視総監の息子で探偵って、漫画の主人公みたいな設定」
「では尋ねよう、白馬探偵。何があった。何故、函館の頂に死体が座している」
「ご安心を。2分34秒前に救急車と警察には連絡済みです」
遺体は漁火広場のベンチに座っていた。
いつから座っていたのかは定かではない。ベンチで長いこと俯いていたのを不審に思った職員が声をかけると、腹部に刺さったナイフを目にしてしまい悲鳴を上げたのだ。立香たちよりも先に悲鳴を聞きつけた白馬によって死亡が確認されている。
性別は女性、年齢は二十代後半から三十代。持ち物はバッグが一つ、中の財布を確認すれば現金やカードはそのままだ。財布の中には結構な枚数の一万円札が詰められている。窃盗を目的とした犯行ではないと見た。
「ありました、国民健康保険証と免許証。被害者の身元は……」
「張間さん?」
「きゃぁ!」
「張間さん!? い、一体何が?」
保険証と運転免許証には、
その時だった。野次馬の中から被害者の名前を呼んだグループが出て来たのは。
「被害者の知り合いですか?」
「ええ。半年前まで、うちに勤めていた看護師さんです。ああ、私は鷲丘といいます」
「鷲丘?! まさか『鷲丘運送』の関係者、ですか?」
「はい」
男性1人と女性2人。立香が恐る恐る訪ねてみれば、男性――鷲丘厚真は頷いた。
殺害された張間夕里は半年前まで鷲丘富良を介護していた看護師であり、殺害現場である函館山展望台には鷲丘氏の養子3人がいたのだ。
「ん……立香、被害者が何かを握っているぞ」
「何か、って。犯人を示す手がかりか何か?」
「……これは、五稜郭」
「なるほど。被害者が遺したダイイングメッセージという訳ですね」
被害者は三つ折りのパンフレットに見える物を右手で握り潰している。エドモンがゆっくりと抜き取って開いてみると、それは五稜郭のパンフレットだった。被害者は、五稜郭を上空から撮影したパンフレットを握り締めていたのだ。
しばらく後、白馬の通報を受けた北海道警が現場に臨場した。函館山を登るパトカーと救急車と言うのは、観光地に不釣り合いな光景である。
「被害者は張間夕里さん。免許証の住所は札幌となっていますので、函館には観光でやって来たようです。荷物の中に、他の施設のパンフレットや旅行ガイドが入っていました」
「職業は看護師。半年前まで、あんたちの家に住み込みで働いていたってことか」
「はい。亡くなった
北海道警の西村警部の質問に答えたのは、『鷲丘運送』の現社長である鷲丘厚真だ。背が高く、体格の良い男性である。一緒にいた女性たちも彼と同じく鷲丘氏の養子である。
「半年前に
「辞めた時に、何かトラブルは?」
「いいえ」
「
「恐らく。私たちは……ちょっと、身内のことがありまして函館に」
首を横に振ったのは、張間と共に鷲丘氏の介護の中心となっていた鷲丘美瑛子。ふっくらとした体形で、丸顔の女性だ。
少々言い難そうに顔を俯いたのが鷲丘幸枝。憂いと色気のある雰囲気のせいか、目を伏せる仕草がよく映える。
身内のこと。恐らくまほろのことだ。
まほろが映画の撮影のために函館山展望台にいることを知り、遺産相続の関係で接触しにやって来たのだろう。
「被害者に荷物に、スマートフォンや携帯電話の類がない。犯人に持ち去られたか」
「防御創の形跡もなく腹部正面を刺されているので、犯人は顔見知りの可能性がありそうですね」
「あんたたち、探偵かなんか知らないけど、好き勝手口を出さないでもらえますか」
「に、西村警部……相手は、警視総監の息子さんですよ。あんまり口を出さない方が」
「ニャーーーン」
「猫もいるし」
プルートーが鳴いた。
張間を殺害したのは、養子のうち3人の中にいると告発した。
だが、何故彼女は殺害されなければならなかったのかは分からない。そして、握りしめていた五稜郭は何を示しているかは、まだ分からないのだ。
「立香! 映画の撮影。今日撮るはずだったシーンを、場所を変えて明日撮影することになったわ」
「まほろちゃんたちは?」
「撤収するって。こちらの護衛を提案したけど、けんもほろろに断られました」
「そっか」
「ええ、帰っちゃったの?」
ジャンヌと立香の話に聞き耳を立てていた幸枝が、焦ったように呟いた。やはり、彼らはまほろに接触しに函館を訪れたようである。
そういえば、何故被害者も函館に?
ただの観光なのだろうか。
「被害者は女ね」
「鷲丘さんの介護をしていた看護師さんだったよ」
「ふーん。結構な退職金をもらったのかしら?」
「どうしてそう思うの?」
「だってあのバッグ、先月発売されたばかりのフサエ・ブランドの新作よ。しかもリッチラインの! 日本ではまだ発売されていないから、現地で買わないと手に入らないわ。靴もブランド物だし、看護師にしてはネイルもかなり派手ね」
「っ!」
ジャンヌの言葉に、エドモンと白馬がはっと顔を上げて遺体と所持品を再度検めた。
「全体の印象にとらわれずに、細かい点に注意を集中したまえ。私は女性を見るときまず袖口に注意する。男ならズボンの膝が良い」というのは、かのシャーロック・ホームズの言葉である。
遺体の袖口……左腕には、真新しいブランド物の腕時計。パンフレットを握りしめていた手には派手なネイル。
イチョウの葉をデザインにしたバッグもそうだが、多額の現金が入っていた財布も高価なブランド物だ。
「被害者の保険証は国民健康保険証だった。鷲丘家を辞めた後に、病院や介護の仕事に再就職してはいない。その割には、随分と金回りが良いようですね」
「うちが支払ったのは、ごく一般的な退職金だけです」
「亡くなった介護対象が、世話をした彼女にも遺産を渡したということは?」
「ありませんよ、そんなこと!」
また、新たな疑問が出て来た。張間は無職であるにも関わらず、どうやって『フサエ・ブランド』を始めとした高価なブランド品で身を飾ることができたのか?
立香はこっそりと鷲丘家の人々へ目を向けた。刑事たちに多種多様な質問を浴びせられ、困惑した表情で受け答えしている。
「みなさんは、この展望台には一緒に来られたんですか?」
「いいえ。午前中は、それぞれの用事がありましたのでバラバラに行動していましたの。この時間に、展望台に集合って」
「マスター、気付きましたか?」
「うん。あの人たち、みんなお揃いのブローチを着けている」
羽根が交差した銀細工のブローチ。同じデザインだが、それぞれに違う宝石が四粒光っている。
まほろが持つお守りのブローチとよく似ていた。
「あの、すいません。そのブローチ、珍しいデザインですけど、どこで購入しましたか?」
「これですか」
「気になっちゃって」
「これは、
「宝石が、それぞれ違うんですね」
「ええ。私たちの誕生石で揃えてくれたみたいで。私は5月生まれなのでエメラルドが、幸枝は4月生まれなのでダイヤモンドが」
「私は2月なので、アメジストがあるんです。ビックリしましたよ。
厚真のブローチには、エメラルド、ラピスラズリ、ペリドット、アクアマリン
美瑛子のブローチには、アメジスト、トパーズ、ルビー、サファイア
幸枝のブローチには、ダイヤモンド、ガーネット、オパール、ピンクトルマリン
鷲丘氏はかつて生き別れになった娘へ、宝石の頭文字で「最愛」を語った。養子たちにも何かを語ったのか。それとも、彼らの言うように生まれた月を祝うためなのか。
「気になるんですか? あのブローチが。富良氏が生前、娘の千歳さんに贈った物によく似ていますからね」
「っ! 白馬君、鷲丘さんのことを知っているの?」
「ええ。僕は……いえ、貴方がたも同じのようですね。うちのバアヤの父親と、富良氏が知人でして。その繋がりで、バアヤが生前の氏から電話をもらっていました。自分が不審な死を遂げたのならば、犯人は養子の3人の中にいると」
これ以上罪を重ねることのないよう説得し、自首をさせてくれ。
鷲丘氏は、その電話の数週間後に亡くなった。その頃、白馬とバアヤなる人物がイギリスへ渡ってしまったため、訃報が届くのが遅れに遅れ、つい1か月前にその死を知ったのだ。
白馬は生前の電話を探偵への依頼として受け入れた。鷲丘家の3人が揃って函館にやって来ると聞き付けて、イギリスから帰国したのだと言う。
「彼らの中に、鷲丘富良氏を殺害した犯人がいる。もしかしたら、張間夕里さんも……」
「ミャーン」
そう、犯人はあの中にいる。
プルートーが告発した犯人は、鷲丘美瑛子だった。
バアヤとは一体何者なんだろうか?
ワトソン(鷹)はお留守番。