犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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『張間夕里さんは、犯人を知っていたのではないでしょうか?』

 

 函館山展望台での殺人事件から一夜が明けた。

 立香は、ホテルの賑わう朝食会場でマシュと連絡を取りつつ、彼女の推理に耳を傾けた。朝食バイキングの目玉はかけ放題のイクラの醤油漬けである。白米と酢飯、どちらにかけるか迷った末にハーフ&ハーフにした。

 朝から寿司が食べられる贅沢……!朝食が有名なホテルにして正解だった。

 

『張間さんは、美瑛子さんと一緒に鷲丘さんをつきっきりで介護をしていました。彼女が鷲丘さんに殺意を向けていたのを、薄々感じていたのかもしれません。そして、見てしまったのです。美瑛子さんが人工呼吸器の電源を切る瞬間を!』

「見てしまった後の行動は、警察への通報でも自首の勧めでもなく……ズバリ、強請りね!」

『はい! 張間さんの高価な所持品にも説明がつきます』

「新鮮な罪の臭いの他にも、薄くなりつつある別の罪の臭いもしました。あの人が、別な犯行に手を染めていたことは間違いないです」

 

 ジャンヌとマシュの推理が一致した。プルートーは椅子の上でサーモンの刺身に舌鼓を打っている。

 美瑛子が鷲丘氏を殺害する瞬間を目撃してしまった張間は、美瑛子を脅迫して金銭を要求した。張間の羽振りの良さを見るに、結構の金額が支払われたのだろう。

 もしかしたら、彼女が函館にやって来たのは美瑛子を再度脅迫するためだったのかもしれない。このままでは一生、骨の髄まで搾り取られる……だから、刺し殺した。

 辻褄は合う。では、美瑛子が鷲丘氏を殺害した動機は何か?

 

「動機は遺産……と言うより、故人への恨みなのかな。サリエリ先生たちが聞いた情報から考えると」

「まさか、上手いこと情報を蒐集できるとは思わなんだ」

「タダじゃなかったけどな」

 

 昨日、『鷲丘運送』の函館事業所へ向かった別行動隊だったが、営業所の人間に話を聞こうにもやんわりとお断りされてしまった。警察でもなく、北海道では知名度も何もない探偵局なので当然の結果かもしれない。

 だが、捨てる神あれば拾う神あり。函館営業所の前で思案する彼らに声をかけて来た救世主がいたのだ。

 

「フルーツあんみつセット、お抹茶で頂戴!」

「同じ物をもう三つね」

「グリーンティーではなく、コーヒーで」

「一つは抹茶でお願いします」

 

 声をかけて来た女性は、川西(かわにし)旭子(あきこ)(56)と名乗った。『鷲丘運送函館事業所』の事務員だ。社員証を見せてもらったので間違いない。

 何か聞きたいことがあるなら、教えてあげるけど……と、意味あり気に近所のカフェへと視線を向けた。話す代わりに、フルーツあんみつを奢ってくれということである。

 と言うことで、テーブルの上にはフルーツあんみつが四つ並んだ。明治時代の面影が残る和洋折衷の建物は、のんびりとした時間が流れる趣のあるカフェである。和の甘味と、注文してから立ててくれる抹茶が有名だ。

 

「あんたたち、社長のことを知りたいんだって? あ、社長って、前の社長のことね! 亡くなった鷲丘社長。あたし、今は函館勤務だけど、これでも勤続30年の『鷲丘運送』立ち上げメンバーだから何でも知ってるわよ。何でも聞いて!」

「凄いおばちゃんが釣れたな」

「では、いくつかお尋ねしたい」

 

 川西がフルーツあんみつを食べながら教えてくれたのは、鷲丘氏と養子3人の間にある確執だった。

 

鷲丘厚真

「厚真君は、事業拡大について社長と揉めてたわ。厚真君は全国進出したがってたんだけど、社長が頑なに首を振らなくてね。もっと会社を大きくしたいんだ~って、見てりゃ分かるわよ。でも、気持ちは分らなくはないわね。厚真君、社長に拾われる前は借金で一家離散とかして苦労してたみたいだから」

「全国進出をしなかった理由は何なんでしょうか?」

「そりゃね、全国チェーンの手が届かないところをうちが拾ってたんだから、同じことしてもシェアがとれっこないのよ。北海道からあっちに送る荷物の取り扱いがちょっと楽になるぐらいね」

 

鷲丘美瑛子

「実はね、美瑛子さんは社長に結婚を猛反対されたのよ」

「反対の理由は? 相手に瑕疵があったのか?」

「瑕疵も瑕疵、瑕疵だらけよ。誰だって反対するわ! その結婚相手ってのがね、いい歳して定職にもつかないで音楽で成功する~とか口先だけの奴だったのよ。時々札幌駅前で歌っているみたいだけど、音楽活動はそれだけよ。どう見てもお金目当てよ。でも美瑛子さん、その男に夢中でね。恋は盲目って言うのかしら」

 

鷲丘幸枝

「幸枝ちゃんはね、元はススキノのクラブのホステスだったのよ。別れた奥さんの面影があるとかで社長が気に入ってね。もしかしたら孫かも~とまで考えていたんだけど、結局は赤の他人だったわ。でも、天涯孤独の身でね。放っておけなくて養子にしたのよ」

「営業所にあったポスターの美人のことね」

「でもここだけの話。実は、社長の妻の座を狙って近付いたんじゃないかって噂もあるのよ。なのに、妻じゃなくて養子でしょ。本当は、社長夫人になりたかったんじゃないかって……ま、あくまで噂だけどね」

 

「……と、以上が、口さがない婦人から提供いただいた情報だ」

「フルーツあんみつ、美味かった」

「想像以上に確執あった!」

「結婚を反対された恨みと、遺産欲しさの犯行だったのね。美瑛子って女、一度推すと歯止めが効かなくなるタイプと見たわ」

「で、あの子を脅迫した理由って?」

「狙いは、まほろ嬢の相続辞退だ」

「ミャー」

 

 エドモンがエビの握り寿司を口にしながらそう推理した。

 静かに、陰険に、けれども敵意を隠さずにまほろを脅迫し、彼女に遺産相続の話が降って来ても()()()()()()()()()()釘を刺していた。まほろが怯えて相続を辞退すれば、父親だって祖母だって、彼女のために「鷲丘」に深入りはしないはずだ。

 

「それにしてもその川西さん、随分と快く教えてくれたね」

「それはですね」

 

 家茂が思い出す。川西が彼らに声をかけてきた時、「一回やってみたかった」と言っていたのだ。

 

「刑事ドラマとかであるでしょ。刑事たちが容疑者のアパートを訪ねたけど部屋から返事がなくて、隣の部屋の住人が「お隣さん昨日引っ越しましたよ」とか! 一回やってみたかったのよ~探偵さんに証言するの。社長も、刑事ドラマ好きだったし」

「鷲丘さん、がですか?」

「そうそう。社長は昔から刑事ドラマとか、探偵ドラマとかが好きでね。会社を立ち上げたばかりの頃さ、みんなで事務室でお昼を食べながら刑事ドラマの再放送を観てたのよ。社長はいっつも観ながら犯人を推理しててね。刑事が真犯人に辿り着く前に「犯人(ホシ)はこいつだ」って。それが結構当たってたのよ」

「ホシ、ですか」

「身体が駄目になって家に引っ込んじゃってもね、ネット配信とかDVDボックスとか色々観てたみたい。相変わらず「犯人(ホシ)はこいつだ」って言ってたんでしょうね」

 

「と、非常に前のめりに協力していただきました」

「……将軍、口さがない婦人は何と言っていた」

「何と……鷲丘さんは、刑事ドラマの犯人が分かったら「犯人(ホシ)はこいつだ」と」

 

 家茂の話を聞いたエドモンは、丸眼鏡を外して瞠目した。そして考え込む。

 鷲丘氏は、白馬の知人へこう話していた。自分が不審な死を遂げたのならば、犯人は養子の3人の中にいると。誰かに――美瑛子に命を狙われていたと気付いていたのだ。

 

「鷲丘氏も、犯人を示すメッセージを遺していた」

 

 立香のスマートフォンが鳴った。画面に表示された名前は「名取深汐」だ。

 昨日撮影できなかったシーンを、金森赤レンガ倉庫に場所を変えて撮影することになったと。そして昨日の深夜、『鷲丘運送』の者たちがまほろに接触し、遺産相続の話を持って来たとの連絡だった。

 

『赤レンガ倉庫の撮影が終わったら、詳しい話をしたいと言っていました』

「分かりました。俺たちも行きます」

 

 張間は、美瑛子が殺意を持って鷲丘氏の人工呼吸器の電源を切った場面を目撃していた。それをネタに美瑛子を強請っていたのは間違いないだろう……だから、殺された。邪魔だったから、殺された。

 厚真と幸枝がいるから大人しいとは限らない。まほろが相続を辞退しなければ、美瑛子は彼女に危害を加える可能性だってある。

 急ぎ朝食を切り上げて金森赤レンガ倉庫へと向かおう。

 

「この非常事態にヘシアン・ロボ(あいつら)はどこにいるのよ!?」

「ヘシアン・ロボとも、赤レンガ倉庫で合流しよう!」

 

 定期連絡という名目で送られてくる旅行写真には、とても楽しそうなヘシアンが写っている。別行動中の彼らも、とてもエンジョイしているようだ。




・五月野まほろ(9)
朝ドラで大注目の人気子役。今回は映画の撮影のために函館を訪れた。
実は『鷲丘運送』創業者のひ孫にあたり、遺産相続の話が出ている。鷲を模した「DEAREST」ジュエリーのブローチを祖母から受け継いでいる。
ちなみに、芸能界デビューの切っ掛けは、通っていた保育園にテレビ撮影が入った際にプロダクションの社長がビビっと来たから。
実はこの頃に母が事故死した。が、母の親族は結婚に反対しており、母の遺骨は全てあちらにとられている。
名前の由来は「札幌市」

・鷲丘富良(享年86)
『鷲丘運送』の創業者。実はまほろの曾祖父にあたる。
50年前に、当時経営していた炭鉱会社が倒産して借金を背負ってしまい、妻と娘を守るために離婚した。
刑事(探偵)ドラマが好きであり、推理をしながら「犯人(ホシ)はこいつだ」と口癖のように言っていたとか。
白馬のバアヤとは知人。生前、養子に殺される気配を察してメッセージを遺していた。
名前の由来は「富良野市」

・鷲丘厚真(42)
鷲丘富良の養子の1人。現『鷲丘運送』の社長。
会社の全国進出について養父ともめていた。
貰った銀細工のブローチの宝石は、エメラルド、ラピスラズリ、ペリドット、アクアマリン
名前の由来は「厚真町」

・鷲丘美瑛子(35)
鷲丘富良の養子の1人。主に養父の介護をしていた。現在は『鷲丘運送』の専務。
結婚について養父に猛反対されていた。犯人……?
貰った銀細工のブローチの宝石は、アメジスト、トパーズ、ルビー、サファイア
名前の由来は「美瑛町」

・鷲丘幸枝(33)
鷲丘富良の養子の1人。現『鷲丘運送』の広報部長。
元はススキノのホステス。実は鷲丘氏の妻の座を狙って近付いたとか噂されている。
貰った銀細工のブローチの宝石は、ダイヤモンド、ガーネット、オパール、ピンクトルマリン
名前の由来は「枝幸町」

・張間夕里(33)
鷲丘家に住み込んで鷲丘氏の介護をしていた看護師。函館山展望台で刺殺されているのを発見される。
無職の割には「フサエ・ブランド」の新作バッグを持っていたりと羽振りがいい。
何故か、五稜郭のパンフレットを握り締めて死亡していた。
名前の由来は「夕張市」

・川西旭子(56)
『鷲丘運送函館営業所』に勤める事務員のおばちゃんこと、口さがない婦人。
『鷲丘運送』立ち上げメンバーのためか内部事情に非常に詳しい。「お隣さん昨日引っ越しましたよ」的なこと、一回言ってみたかった。
名前の由来は「旭川市」

・五月野千歳(58)
鷲丘氏の娘でまほろの祖母。
父と別れる際に、鷲の「DEAREST」ブローチを贈られた。今はお守りとしてまほろがブローチを持っている。
彼女も苦労したらしく、未婚で息子(まほろの父)を育てた。先月、母を亡くしている。
名前の由来は「千歳市」
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