「まほろちゃんがいなくなった!?」
「ちょっと目を離した隙に。スマホも繋がらなくて」
「鷲丘の者たちは?」
「スタッフが目撃しています!」
まほろが姿を消した。しかも、鷲丘家の者たちも目撃されている。
映画の撮影を終えるまで少々の時間を置き、入場規制が解除された金森赤レンガ倉庫へとやって来た。ごく普通の函館旅行ならば、セレクトショップでお土産を買ったりトンボ玉の制作体験をして満喫するスポットである。が、今はそれどころではない。
もしかして、まほろは鷲丘家の者たちについて行ったのではないか?
その懸念と共に、名取や映画のスタッフたちと手分けしてまほろを捜索する。同時に、立香は発信機の位置情報を確認した。
実は昨日、『カルデア式探偵七つ道具』の発信機式神をこっそり美瑛子に飛ばしていたのだ。靴の裏に貼り付いた式神の反応は、確かに赤レンガ倉庫にある。運河沿いの近くをゆっくりと移動していた。
「マスター! 通行人が、まほろちゃんを目撃していました」
「どこに行ったの?」
「あのクルーザーよ!」
赤レンガ倉庫の合間を流れる運河からクルーザーが出航した。隣接する函館湾を一周する金森ベイクルーズの船から、式神の反応がする……まほろも美瑛子も、あのクルーザーで海に出てしまったのだ。
「男女3人とあのクルーザーに乗ったって」
「往くぞ、マスター」
「え?」
「クハハハハ! 波に揺られての謎解きも、愉悦というものであろう。口を閉じろ、舌を噛むぞ!」
クルーザーが七財橋を抜けて港内へと向かうその刹那、立香の身体はエドモンに抱えられた。
常人の目視などでは到底捉えることのできない速さで地面を蹴り、漆黒の炎さえも残さずにその場から瞬間的に消えてしまう。そして、気づいた時には2人はクルーザーに飛び乗っていたのだ。
「え!? あ、貴方たち、一体どうやって?」
「す、すいません。後で乗船料払います!」
「探偵さん?」
「まほろ嬢。何故、船旅に。余所者に聞かれたくない話をしようと招かれたか。鷲丘富良の遺産の相続の是非を」
「君たち、知っていたのか」
「存じている。彼女が鷲丘氏のひ孫である真実も、遺産相続の権利がある真実も。そして、氏と張間夕里を殺害した者がこの場にいることも。瞬く間の船旅の共に、謎解きを堪能するが良い。被害者が手にしていた五稜郭の秘密を解き明かそう」
海上のクルーザーに飛び乗って来たエドモンと立香に、運転手だけではなくまほろも鷲丘家の者たちも驚いた。そして、探偵は突き付ける……全く陳腐な台詞だがあえて言おう。
「犯人はおまえだ。鷲丘美瑛子」
探偵と犯人を乗せたクルーザーは、函館湾へと出てしまった。
「黒猫よ、同行しなくても良かったのか」
「猫は水が苦手なんです。ボク、船乗り猫ではないので」
「名取さんに連絡をしておきます。まほろちゃんが見付かったと」
だが、クルージングが終わるまで帰って来られない。きちんと送り届けることを約束して、船が帰って来るまで待つとしよう。
クルーザーがベイエリアから目視できなくなったタイミングで、もう1人の探偵が登場した。彼もまほろを、それとも美瑛子を探していたのか。白馬がこちらに近付いてきたのだ。
「あら、ちょっと遅かったわね。高校生探偵クン」
「鷲丘さんたちは」
「クルージングに出た。まほろ嬢と、うちの探偵と局長も同乗している」
「先を越されたか」
「オタクも犯人分かったの?」
「ええ。うちのバアヤは素晴らしい女性ではありますが、少々そそっかしいところがありましてね……鷲丘さんからの電話の内容を、一言一句、詳しく聞き直しました。鷲丘さんはこう言っていた」
「
「っ! どうしてそれを?」
「私たちだって探偵なのよ。これぐらい、簡単に調べられるのよ」
「そうです。彼らの中には、ホシがいる……犯人は、鷲丘美瑛子!」
一歩遅かったが、白馬も犯人に辿り着いていた。
鷲丘氏は探偵……否、身近な人物にメッセージを遺していたのだ。彼女を止めてくれ、自首させてくれ。鷲丘氏を知る者ならば解くことのできたメッセージに、美瑛子本人が気付いていたかは定かではない。
「鷲丘さんは、娘へ「DEAREST」ジュエリーを贈った。宝石の頭文字で最愛を表したように、養子3人に贈ったブローチで
「STAR」
「そう。「
身内の者ならば、鷲丘氏の口癖を知っていただろう。刑事ドラマを観ながら推理を呟く彼の姿を見ていたはずだ。
養子のどちらかが美瑛子の犯行に気付いて、自首へと諭して欲しかったのか。白馬のバアヤにわざわざ電話をして、「
それか、美瑛子自身が観念して自首してくれないかと願ったのだろうか。
真実は分からない。だが、鷲丘氏のメッセージに気付いたのは厚真でも幸枝でもなく、張間だった。
「張間さんは、美瑛子が鷲丘さんを殺害したことに気付き彼女を脅迫して金銭を受け取っていた。高価な所持品もそうですが、函館に取っていた宿も一般よりも値が張るハイクラスなホテルでした。張間さんの殺害動機は、恐らく脅迫に耐えかねてでしょう」
「鷲丘氏殺害の動機は、結婚に反対された恨みか、金か……どちらにしろ、本人の口からはっきりさせる他はない」
「待ちますか」
「ニャー」
待つしかない。サーヴァントが本気を出せば走行中のクルーザーに飛び乗ることも、順動丸を顕現させて並走することだってできるが、観光地のど真ん中で神秘を発動させられない。
なので、待つのである。
ちょうどその時、別行動中であったヘシアン・ロボも赤レンガ倉庫へ合流した。ヘシアンの手には香ばしい匂いが漂う買い物袋がある。
『別行動の時間、どうもありがとうございます。彼も、運動不足解消という意味だけならば存分に
「翻訳アプリが改良されたら滅茶苦茶喋るようになったわね、この傭兵」
『大体のことは察しました。伯爵と
「ミャア」
ロボの視線は函館湾に向いていた。少しの距離を取って、隣にプルートーが並ぶ。
白馬は一瞬、心配じゃないのかと言いたそうな表情をした。犯人と一緒に、狭いクルーザーの上……しかも、幼い少女もいる。万が一人質に取られたら、反撃されて海に落ちたら。色々な危険はあるが、カルデアのマスターには些細なこと。
そもそも、巌窟王が自主的に立香を連れていったのだから、きっと彼が身の安全を保障するはずである。
「オタクも食べる?」
「……金森ベイクルーズで函館湾を一周する時間は、平均して15分33秒。彼らがベイエリアに帰って来るまで、あと10分52秒ほどでしょうか。待たせていただきますよ」
白馬は懐中時計で時間を確認すると、アンリマユからチャイニーズチキンバーガーを受け取り、海沿いのベンチに腰を下ろした。
一方その頃、函館どつくが見える頃、クルーザーの上では探偵の推理が佳境を迎えていた。
「アメジスト、トパーズ、ルビー、サファイア。これらの頭文字が示すメッセージは「
「美瑛子……やっぱり、お前が」
「気付いていたんですか?」
「半信半疑でしたけど、もしかしたらって……美瑛子さん、本当にお
「張間夕里は、鷲丘氏殺害の件でおまえを脅迫してきた。故に殺害したのだろう。相当な額の金銭を要求されていたと見える」
「……ええ、そうです。私は養父の人工呼吸器の電源を切りました。でも、それだけよ! 張間さんが、バラされたくなればお金を払えって。でも、
「いや、殺害したのはおまえだ。彼女が遺したダイイングメッセージも、おまえを示している」
「何を言っているの? 五稜郭と私が、どう関係あるのよ!」
「握り締めていただろう。
「っ!!」
張間が伝えたかったのは五稜郭そのものではない。五稜郭の形、星形要塞……つまり、被害者は鷲丘氏と同じく「
「被害者のスマートフォンを奪ったのは、脅迫のやり取りか鷲丘氏殺害の瞬間を撮られたデータがあったか。現行、それを所持しているとは期待はしない。安易に証拠を始末できる港町だ。しかし、警察が調べれば数多の証拠が出て来るだろう。被害者への多額の入金、ナイフの入手経路、同行者と合流する前の足取り……そして、まほろ嬢へ送った脅迫状の消印と、おまえの行動歴」
「そこまでして、遺産が欲しかったんですか? まほろちゃんを怖がらせてまで」
「……お金は、いくらあってもいいじゃない!」
美瑛子が叫び、クルーザーは湾内を折り返した。あちらに、五稜郭タワーが見える。
「お金があれば、彼をデビューさせてあげられるの! 私が! 彼の夢を叶えてあげられるの!」
「美瑛子、まだあの男と……!」
「そんな、張間さんまで殺したなんて。お願いよ美瑛子さん、自首して!」
「この子だって、遺産相続の話に
「……」
「本当に欲しかったのは、お金じゃない」
激高した美瑛子に激しい言葉を投げ付けられたまほろは、肩を震わせて俯いてしまった。そう、彼女は既に遺産を相続すると告げていたのだ。
欲しかったのはお金か?
否、きっと違う。昨日、あのサングラスの探偵から色々と情報を搾り取っていた時に、彼が調査していたまほろの家庭環境も聞いていたのだ。
1か月前に曾祖母が亡くなった。母は、彼女がもっと幼い頃に事故死しているが、母方の親族に遺骨を全てとられたという話を聞いていた。
「まほろちゃんは、お墓が欲しかったんじゃないかな? ひいお祖母ちゃんのお墓」
「……分からなかったから。お墓、いくらするか分からなかったから。パパもお祖母ちゃんも、お墓を買うためにいっぱいお仕事しているから、わたしが。お墓がなかったから、お母さんのお骨全部……とられちゃって……。遺産があれば、お墓が買えると思って。わたし、それで……」
「お墓を買うために、このクルーザーで話をしようとしたんだね」
立香の問いかけに、まほろは小さく頷いた。まるで、悪いことをしたかのように身体と声が震えていたが、彼女は何も悪いことはしていない。
少女を慰めるように、エドモンはまほろの頭にポンと手を乗せた。背の高い探偵を見上げると、今度は安心したように大きく頷いた。
さて、短い船旅はもう終わり。
厚真と幸枝に説得され、美瑛子は自首することを決めた。
「私は、彼をスターにしたかったの。彼の側で支えて、輝く星に……」
「星は、天高く輝くからこその星です。穢れた手で星に手を伸ばそうとは思わないことです。例え、聖職者のような純白のタキシードで己を飾ったとしても、まやかしの輝きで
白馬の言葉がトドメになったのか。美瑛子は声を上げて泣き出した。連呼する男性の名前は、スターにしたかったという恋人の名前だろう。
多額の遺産欲しさに養父を殺害したが、脅迫者に遺産の全てを吸い尽くされそうになったから殺した。自身の取り分を増やすために、少女を脅迫した。
星の輝きに惑わされ、
後は白馬に任せよう。警察に顔が利く彼の方が、やりとりも円滑のはずだ。
さて、これにて函館出張は終了。それなりに観光を楽しんだ立香が最後に訪れたのは、若松緑地公園だった。
「土方歳三最期の地碑……土方さんのお墓は故郷にあるけど、遺骨の埋葬地ははっきりしていないんだって」
「箱館戦争において、ここ一本木関門で狙撃された。彼の者の死によって新選組は終わりを告げたと言われているが……」
否、新選組は終わらず。
幕末の狂戦士が咆えずとも、彼らの生き様はしかと人々の心に刻まれている。記憶に残る限り、終焉はない。
最期の地碑へ花を供えて、『カルデア探偵局』の函館出張は幕を閉じた。
余談であるが、まほろの曾祖母の遺骨は鷲丘富良の墓に埋葬されることが決まったらしい。
函館は昔からよく行くスポットです。
オススメはラッキーピエロのチャイニーズチキンバーガー!
他にも、チャイニーズキチンが乗ったオムライスやカレーも美味しい!白米にも合う!
ちなみに、土方歳三まんじゅうはマジで売ってる。
【登場したコナンのキャラ答え合わせ】
白馬探
元は『まじっく快斗』の探偵役だが、『名探偵コナン』本編にもゲスト出演している。コナン時空なのでCV石田彰、ワトソンという名の鷹がいる。(今回はお留守番)
現警視総監の息子であり、日本国内のみならず海外の事件も解決したと言う高校生探偵。江古田高校に在籍はしているが、実際はイギリス留学中。時間に細かい。
親愛なるバアヤとは何者なのだろうか?
目が可愛い探偵
本名不明。単行本2巻『奇妙な人捜し殺人事件』もとい、宮野明美の事件に登場。
一見するとはちゃめちゃに怪しいため、広田健三殺害の犯人と疑われ蘭の飛び蹴りで車のサイドウインドウを大破された。
自力で調査対象や毛利探偵事務所を突き止めているあたり、根は臆病だが調査能力はあると思われる。
名取深汐
五月野まほろのマネージャー。単行本69巻『湯煙密室のシナリオ』に登場。
本業は同プロダクションの女優で、仮面ヤイバーのヒロインを演じたことがある。
出演作品が原作者死亡でお蔵入りになった後、思うところあって現在は女優を休業しマネージャー業だけではなく後輩たちの指導にもあたっている。
星野輝美
女優。単行本32巻『アイドル達の秘密』に登場。
元は沖野ヨーコらとともにアイドルグループ「アース・レディース(地球的淑女隊)」のメンバーだった。「夜空に輝く満天の星」
今回の映画で初のミステリー作品に出演。従来の彼女とはイメージが違う役柄であるが、二つ返事で即OKしたとのこと。実は探偵役は初めて!
剣崎修
俳優。単行本32巻『アイドル達の秘密』と、単行本80巻『果実が詰まった宝箱』に登場。
『探偵左文字シリーズ』の左文字役でお馴染み。俳優業の他にテレビ番組の司会など、マルチに活躍している。
以前、星野に告白してこっぴどくフラれたらしいが、今回の映画で共演。特に気まずくはないようである。
大山守蔵
映画監督。単行本50、51巻『服部平次vs工藤新一 ゲレンデの推理対決』に登場。
『雪女の怪』や『雪女の恋』というミステリー作品を手掛けていたが、三作目となる『雪女の計』の撮影中断により一時映画業界から遠ざかる。今回は3年ぶりの復帰作。
西村警部
北海道警の刑事。単行本22巻『上野発北斗星3号』に登場。劇場版『銀翼の魔術師』にも出演している。
所属の署は不明だが、青函トンネルの捜査と函館空港に緊急着陸予定だった飛行機の事件で登場しているので、そこら辺の署にいるかな~と勝手に函館勤務にしました。
ちなみに、部下の名前は田村。
フサエ・キャンベル・木下
ブランド名のみ登場。本人は単行本40巻『イチョウ色の初恋』に登場。
イチョウの葉をデザインした「フサエ・ブランド」の創始者で、阿笠博士の初恋の女性。独身。
籏本夏江&武
函館朝市で自家製バターを売っていた牧場経営夫婦。単行本3巻『豪華客船連続殺人事件』に登場。
籏本グループの令嬢夫婦ではあるが、総帥である祖父が殺害された事件を機に家を出て北海道で牧場を経営中。蘭とは手紙のやりとりを続けている。
牧場も軌道に乗りつつあり、今回は3日間だけ朝市に出店していた。