犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

35 / 100
02頁

「お見苦しいところをお見せしてしまいました」

「いいえ。スカっとしました!」

 

 一瞬、サリエリの本来あるべき姿(灰色の男)の濃度が上がった。モーツァルトを殺害したという殺人犯の汚名を着せられた醜聞に従って、立香の隣にいるアマデウスへの殺気が浮上しそうになったところで真夜に助けられてしまった。

 彼女の啖呵は実に気持ちが良かった。誰だってデマを吹聴されたくもないし、そのデマの中心人物と同じ名前だと茶化されるは気分が悪い。ついでに、敷島の香水の残り香もあまり良い物ではなかった。

 

「芳野先生!」

「ん、君は……もしかして、春木君?」

「はい、春木霞です。お久しぶりです!」

 

 気分の良くない空間に切り込むかのように、朗らかな声が芳野に降りかかった。大振りな白い薔薇の花束を手にする女性は、春木(はるき)(かすみ)(23)と名乗り、彼女を目にした芳野は実に懐かしそうに迎え入れた。

 彼女は芳野の教え子らしい。彼は薔薇のブリーダーの傍ら学習塾を経営しており、春木はかつて塾に通っていた生徒である。

 

「まあ、春木さん。すっかり大人の女性になったわね」

「真夜先生もお久しぶりです。おめでとうございます! 青い薔薇の交配に成功したんですね! これを」

「ありがとう。この薔薇は」

「はい! 先生の名前と同じ、正雪です。今日は、私も」

「そうか。ありがとう……おや、その指輪は。そうか、君ももうそんな年齢か。月日が経つのは早いな」

 

 芳野が春木の左手の薬指に嵌る銀色の指輪に目を止めると、彼女は少し照れ臭そうに隠してしまった。胸元には、芳野に贈ったものと同じ正雪という名の白い薔薇が飾られている。

 

「先生、この後お時間ありますか?」

「すまないね。これから、真夜と一緒に取材が入っているんだ」

「そうですか。残念です」

「みなさんにもお構いできず、申し訳ありません。どうぞゆっくりお過ごしください。それと、この後、取材が終わった後に園内放送で何曲か披露させていただく予定です」

「真夜さんのピアノを、ですか?」

「ええ。園内BGMのように、ホールのリハーサル室からお届けします」

 

 ピアノの生演奏を流すとはなんて贅沢なBGMだろうか。

 真夜は花束を抱えた芳野を伴い、取材場所である青い薔薇が咲く区画へと移動する。さて、コンサートまでまだ時間がある。ゆっくり薔薇を鑑賞しようか。

 

「ただ見て回るだけじゃ面白くないんじゃない。これやってみようぜ。さっきの女の子たちが教えてくれたんだ」

「何それ? 『ローズスタンプラリー』?」

「ここのアプリで挑戦できるんだって」

 

 アマデウスがスマホ(支給品)の画面に出したのは、『横浜ロゼ・ガーデン』のアプリから挑戦できるミニゲームだ。

 本日、園内で見ることの出来る薔薇の一覧から五つ選び、それらを園内で見付けてスタンプラリーのようにQRコードを読み取るスタンプラリーである。見事達成した者は、コンプリート画面をスタッフに見せるとオリジナルグッズと交換できるとのこと。

 色で統一するのも良し、たくさんあって選ぶのに迷ってしまうのならランダム選出するのも良しと、中々に面白そうなゲームである。

 

「ね、やってみましょうよ!」

「あ、でも。わたしのケータイ、アプリに対応していないから」

「じゃあ、蘭姉ちゃんはボクと一緒にやろうよ」

「春木さんも、一緒にどうですか?」

「面白そうですね。やってみます」

「それじゃ、僕は一足先に行かせてもらうよ~」

 

 いつの間にアプリをダウンロードしていたのだろうか。アマデウスはさっさっと自身のスタンプラリーに出発してしまった。

 相変わらず自由に振舞っている。

 

「薔薇って、色々な名前があるんだな。形も色々だ」

「主に女性の名が多いと聞く。ブリーダーたちの研鑽によって、多くの色や形が生まれた。芳野氏が生み出した青い薔薇はその究極の形。かつては「不可能」とも呼ばれた色を、「夢を叶えた」のだ」

 

 あいうえお順に薔薇の名前をスクロールしていくと、見覚えのある名もいくつか発見した。中には、カルデアに召喚されている英霊の名を冠する薔薇もある。

 立香も五種類の薔薇を選んだ。気楽に楽しめ、と、エドモンとヘシアンが未だ不安定なサリエリに付き添い、立香は家茂とアンリマユ(と荷物の中にいるプルートー)と一緒にスタンプラリーをスタートさせた。

 

「園内の薔薇は、色によって区画が分けられているんですね。最初はどこに行きましょうか?」

「ここからはピンクの薔薇が近いって」

「あっちだね……あ! 早速発見!」

 

 マゼンタに近い桃色をした大輪のつる薔薇を発見すると、スマートフォンの画面と見比べて目的の薔薇であると確認する。品種の名前と説明が書かれたネームプレートのQRコードを読み込めば、まずは一つスタンプをゲットした。

 この薔薇の名前は『レオナルド・ダ・ヴィンチ』である。

 

『私の名前の薔薇を選んでくれるとは、嬉しいね! さあ、どんどんスタンプをラリーしていこうか!』

『芳野さんが作ったという青い薔薇も、見てみたいです』

「青い薔薇の区画は、園内の奥にあるようですね」

「先に青い薔薇を見に行こうか」

「おー」

「ニャー」

 

 背中のリュックの中から顔を出したプルートーを隠してから、芳野が作ったという青い薔薇を見物しに向かう。

 青い薔薇は自然界には存在しない。薔薇は青い色素を持たないからだ。

 そのため、彼の者の存在は長く夢物語であった。「不可能」や「存在しない物」という花言葉でも窺い知れる。

 だが、人間は長年の研究と品種改良により、人工的に青い薔薇を作り出した。限りなく青に近い、青紫色の薔薇が誕生してからは、「不可能」だった夢は現実へと昇華される。

 芳野が作り出した青い薔薇――その名は、『空の鐘』

 白い花弁は外側に向かうほど青く、空色の覆輪が美しい薔薇は、夢の中で思い描いていた青よりも淡く儚い色をしている。雲の多い空の隙間から覗くような薔薇は、小さくとも大きな進歩を踏み出した色だった。

 

「立香! アンタたちも青い薔薇を見に来たの?」

「うん。これが『空の鐘』か」

「本当に、空みたいな色をしていますね」

 

 青紫色の薔薇が多い区画の中で、はっきりと空の色を感じさせる『空の鐘』は多くの人々の目に触れられていた。蘭たちと行動を共にしていたジャンヌも、早速写真を撮っている。

 薔薇が咲く生垣を挟んだガーデンチェアーでは、芳野と真夜が取材を受けていた。『取材』の腕章を着けた記者は何枚か写真を撮ると、レコーダーを起動していくつか質問を始めた。

 

「……『空の鐘』を誕生させることができたのは、真夜の支えがあったからこそです。この薔薇は、私たち夫婦の子供と言っても過言ではありません」

「なるほど。これは、随分な孝行息子っスね……父親を、「芳野真夜の夫」という立場から脱却させてくれたんですから」

「……」

「華やかな有名ピアニストの夫は、儲からない貧乏塾の経営者。長年、釣り合わない格差婚と囁かれていたのに、青い薔薇を作り出して一躍有名人! 大層気持ちが良いでしょう! これでもう、奥様に仕えることもないんスから」

「君、その言い方は……」

「おっと失礼。周囲の噂に感化されてしまいました。ところで、『空の鐘』の名前の由来を……」

「もう、結構です!」

 

 若い男性記者は、随分と失礼な物言いで下世話に口が回る。取材と言いつつも、根掘り葉掘りゴシップを吸い尽くそうとしているだけだった。

 顔を顰めた真夜は取材を中断させる。些か声が乱暴になっていた。

 

「あなた、何で言い返さないの?」

「やめろよ、こんな席で」

「あんなに好き勝手言われて、少しは怒ってよ……! もう! 私はホールに戻るわ」

「……何だか真夜さん、周囲に敵がいっぱいいるみたいだね」

「芳野さん夫婦が格差婚っていう陰口はよく耳にするわ。真夜さんが芳野さんのパトロンみたいな感じで、女王様に仕える(しもべ)とか言われているらしいの」

 

 コナンが言ったように、真夜の周囲には敵ばかりなのだろう。ゴシップという醜聞が生み出す利権を食い荒らそうとする敵に群がられている。

 芳野が一躍有名になっても、結局は真夜に結びついた。僕の逆襲だとかあることないことを書かれたのは、立香も目にしている。

 

「こんなに綺麗な薔薇を夫婦で協力して咲かせたのに、芳野さんたち可哀そう。普通にお祝いできればいいのに」

 

 蘭の呟きを受けても、『空の鐘』はただ凛と咲いているだけだった。

 余りにも失礼な記者を視界から排除するように、立香たちはひたすら薔薇の合間を抜けて着々とスタンプを集めた。

 真紅の花弁の『ジークフリート』

 八重咲のローズレッドは『ロビン・フッド』

 濃色のスポットを覗かせる薄桃色の薔薇は『キャメロット』

 順調に四つの薔薇を発見した。が、残り一つが見付からなかった。

 

「ないな~ピンクの区画は全部探したんだけど」

「ミャア」

「まさか、咲いてないってことはねーよな?」

「でも、選択できる薔薇は全て園内で見ることができると説明書きにありましたよ」

 

 ワゴンで購入したチュロス(練乳イチゴ味)を食べながら一旦休憩。ついでに、プルートーもこっそりリュックの中から出した。

 赤い薔薇の生垣を左目で見上げると、花弁が一枚、プルートーの頭の上に降って来た。香りの強い薔薇だったのか、小さくくしゅんとくしゃみをすれば、もう三、四枚の赤い花弁がちらちらと舞い落ちた。

 

「ミャウ」

「見て、猫ちゃん!」

「可愛い!」

「黒猫と赤い薔薇がマジ映える~!」

「猫ちゃん、こっち向いて! あー! 頭の上に花びらが……可愛い!!」

「フニャ……」

 

 若い女性グループに発見されてしまったプルートーが秒で囲まれ、その場で赤い薔薇の下に佇む黒猫の撮影会が始まってしまったのだった。

 

「マスター、黒猫を助けなくていいの?」

「あの中に割って入れると思う?」

「確かに」

「放置ですか」

「ニャー!」

 

 立香たちがチュロスを食べ終わるまで、どうぞご自由にお撮りくださいとプルートーは放置されたのだった。




他、カルデアに関係ありそうな薔薇の名前たち(一部)
〇アイリーン
〇アルテミス
〇オルレアンローズ
〇クイーン・アン
〇ペーパー・ムーン
〇シェヘラザード
〇レオニダス
〇ペネロペ
〇紅雀
〇アビゲイル
〇ラヴィーニア
〇パロマ・ブランカ
〇ロサ・ダビデ
〇源氏物語シリーズ
・空蝉
・玉鬘
・若紫
・夕霧
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。