『横浜ロゼ・ガーデン』は、薔薇の生垣が迷路のように入り組んだ園であった。あちらこちらに点在する薔薇の色ごとに分けられた区画を眺め、香りを楽しみ、スタンプラリーのために選んだ薔薇を発見すると、スマホを取り出してQRコードを読み込んだ。
コナンのスマホでは、彼と蘭の2人分のスタンプラリーが行われている。白い薔薇の区画で柔らかいレースを思わせる花を発見した。薔薇の名前は『スーザン・ウィリアムズ=エリス』、ジャンヌと同じ名前だと蘭が選んだ白い薔薇である。
ネームプレートのQRコードを読み込めば、これで四つの薔薇を発見できた。
「よし、あと一個だ」
「え~蘭たち早くない? わたし、まだ三つよ」
「最後の一輪は?」
「『アイリーン』って名前のピンクの薔薇だよ。『ホームズ』の登場人物と同じだったから、ボクが選んだんだ」
アイリーン・アドラーと同じ名の薔薇を見事に発見できれば、スタンプラリーコンプリートだ。色はピンクなので、コナンたちがいる区画からは少し移動しなければならない。園子が探している白い薔薇を見付けたらピンクの区画へ向かおう。
花の形を頼りに探していると、ホールで別れたエドモンたちを発見した。どうやら、ロボがある薔薇の前で佇んでいるようだ。サリエリも落ち着いているようで、いつもの調子を取り戻している。
「薔薇に囲まれるイケメンな殿方たち……映えるわね!」
「そんなことより、園子ちゃんが探してる薔薇ってあれじゃないの?」
「あった! 『パロマ・ブランカ』! これで四つめよ!」
「エドモンさんたちは、スタンプラリーに参加しないの?」
「花は、ただ気まぐれに愛でるだけでいい。狼王のようにな」
「ロボは花が好きなんですね」
『彼は花が好きというよりは、薔薇の名前に思うところがあるのでしょう』
翻訳アプリの音声で喋るヘシアンの言葉でコナンは思い出した。『シートン動物記』に登場する狼王ロボの妻の名は確か、ブランカといったはずだ。
不思議な繋がりを感じていると、チャイムと同時に園内放送が流れた。真夜のピアノ演奏が始まるらしい。
『演奏していただく曲は、『乙女の祈り』『戦場のメリークリスマス』『ラ・カンパネラ』の三曲です。みなさま、ごゆるりと薔薇とピアノの旋律をお楽しみください』
「……あ、この曲知ってます」
「ポーランドの女性作曲家、バダジェフスカの曲だ。日本には明治時代に広く伝わり、発車メロディとしても利用されている」
「そういえば、駅で聞いたことあるかも」
「流石先生ね。詳しいわ」
音符が滑らかに流れ、清らかな乙女の柔肌のような魅力的なメロディが薔薇の園に行き渡る。来園者たちは一旦足を止めて聞き惚れ、一曲目が終わると小さく拍手をする者もいた。
一曲目を弾き終えて3分ほどすると、二曲目が始まった。細かく軽やかな音符の跳躍は、リストの『ラ・カンパネラ』だ。
「『ラ・カンパネラ~パガニーニによる大練習曲第3番』……」
「サリエリさん、どうしたの?」
「……」
フランツ・リストはピアノの魔術師と称された超絶技巧の持ち主であった。彼が作曲したピアノ曲も例外はなく、奏者には相応のテクニックが求められる。
リストを敬愛していると言っていた通り、真夜が奏でる『ラ・カンパネラ』は美しかった。しかし、演奏が始まるとサリエリが何か考え込むように言葉を失くした。コナンが声をかけても返事がない。
蘭や園子は「綺麗な曲だった」という感想を言い合い、他の来園者たちも各々に拍手をして最後の一曲を待つ……5分経った、8分経った。10分経っても、『戦場のメリークリスマス』が放送されないのだ。
「どうしたんだろう?」
「機材トラブルかな?」
「……ホールに行こう」
「ああ」
コナンだけではなく、エドモンもサリエリまでも不信感を抱いていた。彼らがいる区画からホールまでは、来園者の波を掻き分けて3分ほど時間がかかる。
ホールまでやって来ると、別行動に別れたアマデウスもやって来ていた。彼もまた、いつまでも三曲目が演奏されないのが気になったようだ。
「あ、君たちも来たんだ」
「っ! アマデウス!」
「鐘の件で来たんだろ。三曲目も、ちっとも始まらないしね」
「すいませーん。放送で、ピアノの演奏は三曲って言っていたと思ったんですけど」
「それが、芳野さんの方で何かトラブルがあったようで。今、職員が様子を見に……」
「きゃあぁぁぁぁぁーーーー!!」
ホールの奥から女性の悲鳴が聞こえた。コナンは反射的に走り出し、エドモンもそれを追った。
悲鳴の発信源はホールの奥にある舞台裏。壁に貼られた案内図によると、『収録室』となっている。入り組んだ舞台裏を抜けて『収録室』へと駆け込むと、顔を真っ青にして廊下に座り込んだ女性が震えていたのだ。
「どうしたんですか?」
「よ、芳野さんの……首に、た、倒れて……!」
女性職員が震える指で差したその先には、グランドピアノがあった。それだけ何事もなかったかのように、威風堂々と鎮座していたが……その背後に、首に配線コードが巻き付いた真夜が倒れていたのだ。
「真夜さん!?」
「救急車と警察を!」
「分ったわ!」
救急車のサイレンが聞こえてくる前に、真夜が既に息絶えているのが確認されてしまった。
「真夜! 真夜ぉぉぉぉーーー!」
「落ち着いてください!」
「あれは?」
「
救急車と神奈川県警が臨場し、真夜が死亡していることが確認された。死因は絞殺、凶器は彼女の首に巻き付いていた配線コードだ。コードに抵抗するように首に立てられた爪痕――吉川線も確認されているので、他殺で間違いない。
遺体袋に入れられた真夜に芳野が縋り付く。警官に止められてしまい、運び出される真夜を見送ってしまった芳野はその場に崩れて嗚咽を上げた。
「ピアノの生演奏中に殺されたという話でしたが、殺害されてから1時間も経っていませんね」
「うん。一曲目と二曲目を弾き終わった後に、殺害されたんじゃないかな」
「ったく、何でこのボウズがここにいるんだ?」
臨場したのは、神奈川県警捜査一課の横溝(弟)警部であった。コナン、もとい眠りの小五郎とは何度か顔を合わせている。
検死官の言う通り、真夜はコナンとエドモンに発見される寸前まで生きていることが確認されている。多くの来園者が彼女のピアノ演奏を聴いているのだ。
ピアノの園内放送が始まったのは午前11時30分ピッタリ。『乙女の祈り』の演奏が約3分30秒、それから5分のインターバルを挟んで『ラ・カンパネラ』の演奏は約5分。この時点で、時計は11時45分を指していた。
つまり、11時45分までは生存していたということになる。
「俺たちがミス芳野を発見したのは、ほぼ12時ちょうど。僅か15分の間に殺人は行われ、犯人は逃亡した」
「胡散臭い探偵が増えやがったな。なら、教えてもらおうか。犯人は、どうやって鍵のかかった部屋から逃亡したのか」
『収録室』は八畳ほどの防音室だ。二か所の出入口があるが、遺体発見当時、舞台裏に続く廊下に出るための入り口には鍵がかかっていた。
鍵は二つ。一つは、今朝の時点で真夜に渡されており、ピアノの側にあるテーブルの上に真夜の荷物と共に置いてある。もう一つの鍵は、職員が事務室で管理していた。それを持って『収録室』へと向かい、鍵を開けて中に入ると遺体を発見したと言うのだ。
第一発見者は『横浜ロゼ・ガーデン』のスタッフ、
「こ、この部屋には、楽器の搬入にも使用される関係者裏口がありますけど、外部の人は入れないと思います。裏口は四桁のパスワードが日替わりで設定されていて、
「随分と厳重なセキュリティだな」
「昔、高価な機材や楽器を盗まれて、裏口から逃げられたらしくて。今日のパスワードは芳野さんに設定していただいて、その時に鍵も渡しました。私たち職員もパスワードは知りません」
「裏口からの出入りは難しいんじゃないでしょうか。このドアノブからも入力ボタンからも、指紋は一つも検出されていません。あと、指紋で妙なことが」
「妙なこと?」
「ピアノの鍵盤からも、
鑑識の捜査によると、ピアノの鍵盤が拭き取られた形跡があるらしい。殺される寸前までピアノを弾いていた真夜の指紋すら発見されないのは不自然だ。犯人が拭き取った可能性が高いが、一体何のために鍵盤を拭いたのだろうか?
「裏口のパスワードを設定した時、
「いいえ。旦那さんと一緒でした」
「つまり、旦那はパスワードを知っているってことか」
「え……」
「パスワードを知っているなら、裏口から出入りできる」
「そ、そんな……!」
「先生は犯人じゃありません! 先生にはアリバイがあります。だって、真夜先生の演奏中は、ずっとホールから離れた場所にいました!」
「俺たちも、芳野さんの姿を見ています」
真夜の演奏が始まった時間帯、芳野はカフェから少し歩いた地点にいた。位置的にホールの反対側であり、立香たちも芳野の姿を目撃していたのだ。
「真夜さんの演奏が始まる少し前に、プルートーの撮影会が始まっちゃって。それでしばらくそこから動かなかったんですけど、芳野さんは目視できていました」
「二曲目が終了して3分、ちょっと経った頃でしょうか。春木さんが芳野さんに声をかけられていました」
「でしょう! 先生には、アリバイがあるんです!」
「……」
「……ニャーーーン」
春木だけではなく立香たちが芳野のアリバイを証明した中で、アンリの腕に抱かれたプルートーが甲高く鳴いた。
弟に同僚女性を紹介してくるということで、横溝警部(兄)は既婚の可能性が出て来た。
まさか、埼玉県警から静岡県警に異動したのは結婚したから……?(まだギャグ色が強かった初期の頃の名残りです)
警視庁組がカップル成立したから新しいラブコメ成分くれ。