犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

38 / 100
05頁

 ホールの裏口を施錠する鍵は、外側にも内側にもパスワードを入力する金属製のナンバーキーが取り付けられている。パスワードは毎日リセットされるが、設定するのは職員だ。しかし、本日は真夜にパスワードを設定してもらっていた。

 設定の現場に立ち会ったのは芳野のみ。職員にパスワードを報告する必要はないと告げていたので、裏口のパスワードを知っていた者は真夜と芳野の2人しかいないのである。

 その裏口を出た目と鼻の先に、一般人立ち入り禁止――STAFF ONLYのビニールハウスがあった。

 

「結構大きなビニールハウスだね」

「出入り口は両端にそれぞれ。距離にして約30mか」

「監視カメラも設置されていないから、このビニールハウスを通れば裏口からホールに侵入できるね」

「アンタね、パスワードが分からないのにどうやって裏口から入るのよ!」

「「0000」から順番に試すなんてこともできないもんね」

 

 園子が言うように、一番の謎はどうやって『収録室』に侵入したか、だ。

 芳野の話によると、真夜が設定したパスワードは彼女や夫の誕生日でもなく本日の日付でもない。そう簡単に推測されるものではない四桁の数字をゼロから入力するなど不可能である。

 だが、エドモンたちはこのビニールハウスが犯人の侵入・逃走経路と見ているようだ。ビニールハウス内を闊歩するロボは、まるで犯人の痕跡を捜しているかのように嗅ぎ回っていた。

 

「アマデウス、何かを探しているの?」

「ん? どうしたんだい、立香」

「いや、何だか忙しなく視線を動かしていたから」

「物珍しいと思っただけだよ。こういうバックヤード的な場所は、興味をそそるからね」

「それは分かるな……あれ?」

「ニャー!」

 

 立香がある薔薇の前で脚を止めた。プルートーも何かを訴えるように鳴いている。

 スマートフォンを取り出して画面と薔薇を見比べると、釈然としないと言わんばかりに首を傾げたのだ。

 

「どうしたの、立香さん?」

「この薔薇、俺がスタンプラリーで選んだ薔薇なんだ。園内をいくら探しても見付からなかったんだけど」

 

 それが、ここにあった。

 グレーを帯びた桃色の薔薇。ネームプレートの名前は『浪漫』。小さな花が一輪咲いているだけで、殆どがつぼみだ。恐らく、咲きぶりが悪かったのでビニールハウスに収容されていたのだろう。

 それが何故、スタンプラリーで選択できてしまったかは後で問い合わせなければならない。

 

「立香、コンプリートしないのかい?」

「やめておく。何だかズルしたみたいだから」

「ねえ立香さん。真夜さんは、どうして『カルデア探偵局』にやって来たの? 何か事件があったの?」

「……真夜さんがやって来たのは、『カルデア探偵局』を開業して1か月ちょっと経った頃かな」

 

 人目を避けるようにやって来た真夜は、薔薇を盗む犯人を突き止めてくれと探偵に駆け込んで来た。芳野が育てている薔薇が切り落とされ、盗まれていると言うのだ。

 当時の彼は、青い薔薇の研究の最中だった。もしかしたら、青い薔薇の利権を狙う者たちの仕業かもしれない……敏感に、大袈裟に、「そんな馬鹿な」と言う夫にも内緒にして、薔薇を助けてくれと言ったのだ。

 

「結局は、「綺麗だったから」って、芳野さんの塾の子たちがハサミで切って持ち帰っていただけだったんだ。その時の真夜さん、安心して泣きそうになっていた……芳野さんが薔薇は子供だと言っていたのと同じで、真夜さんにとっても薔薇は自分の子供だったんだ。今日の真夜さんは、『空の鐘(子供たち)』のためにピアノを弾いた……それを台無しにした犯人を、俺たちは許せない」

「ニャア」

 

 立香は、怒りを込めた声でコナンにそう言った。

 犯人は、どうして真夜を殺害したのか?

 青い薔薇の利権のため?

 彼女個人への執着のため?

『ラ・カンパネラ』は真夜ではない、別人が弾いたというアマデウスの言葉が真実ならば、どうしてそこまでしたのだろうか?

 何故、芳野真夜は殺されなければならなかったのか?

 

「ボク、トイレに行って来る!」

 

 コナンはそう言ってビニールハウスを脱け出し、トイレには行かずにホールへと戻った。正面入口にある監視カメラを確認すると、確かに出入りする人々を撮り逃がさない位置にある。

 

「先生、あまり気を落とさないでください」

「ああ……ちょっと、顔を洗ってくるよ」

 

 ホールに設置されているソファースペースに、芳野と春木がいた。コナンがこっそり2人に近付いて様子を窺えば、春木は甲斐甲斐しく芳野に話しかけているが、当の芳野は上の空だ。

 愛妻が突然殺されて……しかも、最後の会話が喧嘩の如き諍いだったのだ。気落ちするしかないのだろう。

 ゆっくりと立ち上がってトイレに向かう芳野を、春木が目で追う。コナンは芳野についていこうとした。だがその時、ソファーの脇に置いてあった荷物を蹴飛ばして引っくり返してしまったのだ。

 

「あ!」

「坊やは、探偵の人たちと一緒にいた」

「あ、あははは……これ、春木さんの荷物だよね。ごめんなさい!」

 

 ハンドバッグからはメイク道具が散乱し、『横浜ロゼ・ガーデン』のロゴがついた紙袋からも色々と物が飛び出てしまっている。慌ててそれを拾えば、春木はコナンを叱らずに逆に彼に紙袋を持たせた。

 

「ボク、迷惑じゃなかったらこれを受け取ってもらえる? スタンプラリーを全部集めてもらったんだけど、お姉さん、今そんな気分じゃなくて」

「春木さん、芳野さんのことをとても慕っているんだね」

「ええ。先生は、私の恩師だから。先生の塾はね、学習塾だったんだけど、保護者たちは勉強も教えてくれる学童みたいな扱いをしていたの。私の両親も、仕事だって言いながら夜遅くまで家に帰って来なくて、私は夜遅くまで塾にいたわ。そんな私や他の塾生たちを、芳野先生は厳しくも優しく指導してくれたの。本当に、素晴らしい先生なのよ」

「真夜さんも?」

「そうね。真夜先生も、ピアノを教えてくれたわ。海外に演奏旅行に行った時は、珍しいお土産も買って来てくれた。昔ね、先生が塾生たちを夏祭りに連れて行ってくれたの。ラムネをご馳走してくれたり、くじ引きをさせてくれたり……本当に、楽しかったわ」

 

 かつての想い出を語る春木は、まるで幼い子供のようだった。

 彼女がコナンに渡した小さな紙袋の中には、スタンプラリーを達成した参加者に贈られる景品が入っている。

 薔薇フレーバーのチョコレートの小箱に、薔薇のアロマキャンドル。他にも、カードが一枚入っていた。コナンはそのカードを取り出して目にすれば……違和感を覚えた。

 

『これは……何で、あの人がこれを?』

 

 コナンが目で春木を探せば、彼女はトイレから出て来た芳野に寄り添うように肩へ手を添えていた。

 まさか、それが動機なのか?

 だから真夜を殺したというのか……?

 

「オイ! もう一度調べ直せ!」

「はい!」

「横溝警部? 一体、何が」

 

 ホールの事務室から、横溝警部や刑事たちが慌ただしく出て来て事件現場へと走り出す。

 何かあったのだろうか。刑事たちの様子をこっそり窺っていた清水やアンリも、何か慌てた様子で電話をしていたので、エドモンたちに連絡をしているのだろう。

 

「清水さん!」

「っ!」

「コナン君」

「刑事さんたちが慌てていたみたいだけど、何があったの?」

「……刑事さんたちは、ホール正面の監視カメラの映像を調べていたんです。そうしたら、真夜さんがカメラに映っていなかったんだ」

「っ!」

 

 ホールに入る真夜の姿が、監視カメラに映っていなかった。だとしたら、彼女は裏口からホール内に入ったことになる。しかし、鑑識官はなんと言っていた……?

 

『っ! そうか……やっぱり、犯人は裏口から侵入したんだ。あの方法で』

 

 背後から近づき、首を絞めて殺害した真夜をピアノの前から蹴落とした。

 否、彼女を芳野の隣から蹴落としたのだ。

 

 

 

***

 

 

 

「“一音多い”『ラ・カンパネラ』……いや、違う。曲の所々に妙な雑音があるんだ」

「ピアノの音階とは異なる音が、曲の合間に紛れています。普通に拝聴するには、ましてや、園内放送では全く気付くことができない小さな音でした。アマデウスさんもサリエリさんも、よく聞こえましたね」

 

 カルデア側の解析により、アマデウスとサリエリが言っていた「一音」に辿り着いた。園内で放送された『ラ・カンパネラ』には、鍵盤を叩く音にかき消されてしまうほど小さな雑音が混ざっていたのだ。

 しかし、雑音の正体は分からない。どうしてこのような音を含有していたかも不明である。

 

『園内放送の『ラ・カンパネラ』は、ミス芳野の演奏を執拗になぞるかのように真似られていた。同じ譜面でも、弾き手によって差異が出る。だが、演奏者は不自然なほど差異を見せていない……その分、技能は稚拙。小手先だけ、音符を譜面通りに羅列した、機械的な鐘の音だ』

『そこまでして、何がしたかったんだろう?』

『……』

 

 犯人――春木が真夜を装って『ラ・カンパネラ』を弾いた。真夜が殺害されたタイミングを誤魔化して、自身のアリバイを作るための工作にしては手が込みすぎている気がした。

 カルデアとの通信を終えても、サリエリは何かを考え込んでいる。タピオカローズヒップミルクティーは飲み終わっていた。

 すると、家茂から電話が入った。それと同時に、横溝たち神奈川県警も『収録室』から裏口を開けてナンバーキーを調べ始めたのだ。

 

「被害者は正面じゃなく、裏口からホールに入った。なのに! 裏口からは()()()()()()()()()()()()()()! 犯人は裏口の指紋まで拭き取ったのか!?」

「ええ、そうよ。残しちゃいけない形跡があったからよ」

「え、園子ちゃん?」

「え……はにゃっ」

 

 園子の声が聞こえて来たかと思ったら、妙な声と共に園子の身体がふらふらと揺れた。ビニールハウスの付近にある簡易椅子に座り込むと、まるで眠っているかのように俯きながら推理が紡がれる。

 推理女王(クイーン)の推理が始まった。

 どこかで見た光景だ。

 

「キターーー! 推理クイーン園子!」

「真夜さんはパスワードを入力して、裏口からホールに入った。その時の彼女は手袋など着けていなかったわよね。当然、ナンバーキーには真夜さんの指紋が残っていなければならない」

「だが、実際には指紋は一つも残っちゃいねぇ」

「だって犯人が拭き取ったんだもの。ナンバーキーから真夜さんの指紋を炙り出した後にね」

 

 ビニールハウスの壁を一枚挟んだ園子の背後には、彼女の声色で推理を披露するコナンの姿があった。




邪ンヌ
「園子ちゃんまでアイツの被害者だったとは……!」

何気に初な推理クイーン。なお、時計型麻酔銃&蝶ネクタイ型変声機の被害者はまだいる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。