犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

39 / 100
06頁

 ところで、指紋はどうやって採取されるのか。

 警察の鑑識が行っているのは、粒子の細かいアルミニウム粉を対象物に振りかけて指紋を浮き上がらせる手法だ。この手法は、アルミニウム粉がなければできないという訳ではない。粒子の細かい粉で代用することもできる。

 例えばベビーパウダー、ココアパウダー、チョークの粉。そして……。

 

「メイク用のパウダーを、同じくメイク用のブラシで付着させれば指紋を確認することができるわ。0~9のナンバーキーのどれかに指紋が付着するかを確認すればいいだけよ」

「四つの数字に指紋が残っていれば、 パスワードの組み合わせは24通り。片っ端から試すことができる数だな」

「犯人は真夜さんの指紋の位置を確認することで、裏口のパスワードを推測することができた。そして、ナンバーキーに付着していたメイク用パウダーを落とすために、指紋ごと拭き取った……そうよね、春木霞さん。貴女の鞄の中にあるでしょう、パウダーとブラシが」

 

 刑事たちが慌てて現場に戻ったのを見て、何かあったのかと芳野と春木が『収録室』へと戻って来ていた。園子に……否、彼女の声で推理を披露するコナンに名指しされた春木は、サァっと顔を青くして手に持っていたバッグの紐を硬く握った。

 

「当たり前じゃないですか。メイク用具ぐらい持っています! 第一、私はアリバイがあるんですよ。私は真夜先生の演奏が終わって3分しか経っていない時間に、芳野先生と会っています。たった3分で人を殺せるんですか?」

「いいえ、真夜さんが殺害されたのは『ラ・カンパネラ』が終わった後じゃないわ。一曲目の『乙女の祈り』を演奏し終わった直後に、貴女に絞殺されていたのよ」

 

 一曲目と二曲目の間には、5分ほどのインターバルがあった。真夜が園内放送のマイクの電源を切ったのを見計らって、背後から彼女を襲い絞殺した。そう、絞殺する()()ならば、5分で十分なのだ。

 後は、二曲目を弾いた後に鍵盤の指紋を拭き取って、裏口からビニールハウスを通り抜けて逃亡すればいい。ビニールハウスを突っ切って逃亡するだけならば、3分で事足りるのだ。

 

「二曲目の『ラ・カンパネラ』を演奏していたのは、貴女なんでしょう。真夜さんのフリをして、アリバイ確保のために演奏したのよ」

「証拠はあるんですか? 私が『ラ・カンパネラ』を演奏したっていう証拠は? ねえ、先生。真夜先生だって、調子が悪い時だってありますよね。気のせいだったんですよ、先生が感じた違和感は」

「……いや、違う。はっきり言おう。あの『ラ・カンパネラ』は、真夜の演奏ではなかった」

「え、そんな……っ」

 

 芳野がはっきりと断言すると、春木の目には動揺が浮かんだ。その時だった、彼女の左手が引っ張られ左手に隠されていた物が出現したのは。

 

「あ、一音の正体はこれだったのか。何だいコレ? 玩具みたいに見えるけど」

 

 アマデウスが春木の手を取れば、彼女が左手の薬指に着けていたリングの正体が明らかになる。彼女はリングを反対に着けていた。ただの銀のリングだと思っていた物は、宝石が……否、宝石を模したプラスチック樹脂が付いた、玩具の指輪だったのだ。

 

「玩具のリングを反対に着けたまま弾いたから、宝石部分が鍵盤に衝突して雑音が混ざっていたのか。混ざっていた譜面のタイミング的にも間違いないね」

「何で、玩具のリングを着けたままピアノを弾いたんですか? 真夜さんだって、結婚指輪は首から下げていたのに」

「……っ! そ、その指輪は、まさか」

「……そうです。あの夏祭りで、先生が買ってくれた指輪です。私、ずっと大切にしていたんですよ。先生がプレゼントしてくれた宝物だから!」

 

 芳野が驚愕したのとは反対に、春木の顔には満面の笑みが浮かんだ。

 彼女が偽装してまで身に着けていた指輪は、結婚指輪などではなかった。昔、芳野の塾に通っていた頃に連れて行ってもらった夏祭りで芳野から買ってもらった玩具だったのだ。

 

「そのリングを着けて演奏し、ミス芳野を蹴落とそうとしていたのか。演奏の邪魔だからと、夫婦の誓いである結婚指輪を外していた彼女と自分と比べれば、自分の方が上であるとミスター芳野に伝えたかった。執拗にミス芳野の『ラ・カンパネラ』を模倣していたのは、アリバイ作りではなかった」

「……芳野さんに、聴かせるため?」

 

 立香が恐る恐る口にすると、サリエリは小さく頷いた。

 

「彼女は、ミスター芳野に執着している以上に、その妻にも執着を向けていた。妬み、嫉み、恨み……ああ、そうだ。彼女のピアノなど大したことはない、自分でも到達できる。もし、ミスター芳野があの鐘の音をミス芳野のものだと勘違いすれば、妻に勝ったことになる。手が届かない存在である芳野正雪の妻を蹴落とし、思う存分蔑むことができる」

「あいつより自分の方が優れていると見せつけたかった。アリバイが出来てしまったのは、偶然だったのね」

「コナン君」

「はーい」

 

 園子の後ろからひょっこり顔を出したコナンは、彼女の助手をしていますと言わんばかりに横溝へ一枚のカードを渡した。

 そのカードは、薔薇のスタンプラリーを達成した参加者へと渡される記念品の一つ。選んだ五種類の薔薇の名前と写真をプリントアウトしてプレゼントしているのだ。

 

「春木さんが選んだ薔薇は、『ノクターン』『マダム・バタフライ』『アンナ・オリビエ』『ルイ・フィリップ』、そして『浪漫』。全部見付けているけど、おかしいな~『浪漫』の花は、あのビニールハウスにあったはずなのに? ねえ、どこにあったの?」

「俺も『浪漫』を探していました。でも、職員さんの話によると、『浪漫』は咲ぶりが悪かったからビニールハウスにあった。スタンプラリーの選択肢にあったのは、園側のミスです。来園者は、『浪漫』を見付けることができなかった」

「恐らく、ビニールハウスを通り抜けた際に、偶然読み込んでしまったのよ。このスタンプラリーが、春木さんがビニールハウスを通り抜けた動かぬ証拠よ」

「否、もう一つ、痕跡が遺されていた」

 

 エドモンとヘシアン、そしてロボがビニールハウスから出て来た。ロボは一輪の薔薇を咥えている。

 黒の深みがある赤紫の薔薇を芳野の足元に落とせば、蘭が大きく声を上げた。花弁が一枚だけ白いのだ。

 

「え、紫の薔薇に白い花びらが?」

「いや、違う。白い薔薇の花びらが挟まっている」

「このビニールハウス内に、白い薔薇はない。さて、一体どこから迷い込んだのか」

「……」

「その胸の『正雪』、花弁が足りていないようだが」

 

 大振りの白い花弁は、春木の胸を飾る『正雪』のものとよく似ていた。美しく並んでいたはずの花弁の内、一枚が欠けてしまっている。

 調べればすぐに分るだろう。挟まっている花弁は、春木の胸の薔薇と同一であるという真実が。

 

「恩師の名を持つ花を胸に抱く貴様の姿が、動機か」

「先生は素晴らしい人です。素晴らしい教育者で、素晴らしいブリーダー……なのに、何であの人が先生の隣にいるんですか? なんであんな勝手な女が! 先生の妻なんですか!? 相応しくないですよ、あんな人。ピアノの邪魔とか言って、結婚指輪を嵌めない女なんですよ! 先生が贈ってくれた指輪を!」

 

 彼女は、真夜“先生”などと口にしていたが、これっぽっちも畏敬の念など抱いていない。真夜の首から結婚指輪を引き千切り、乱雑に投げ捨てていたのだ。

 執着はしていた。敬愛する恩師の妻に抱く嫌悪、憎悪、軽蔑……醜聞とデマゴーグで謳われる真夜の姿を全部飲みんで、殺意を吐き出したのだ。

 

「あの人がいなければ、先生はもっと日向にいられた。あの人がいたから、先生は陰に追いやられたんですよ! 青い薔薇という素晴らしい存在を創造したのに、結局はあの人の夫として見られてしまう! 女王様と下僕、スポンサーと雇用主……みんな、そう言っている。先生が、そんな風に思われているんですよ、あの人のせいで! モーツァルトも、悪妻のせいで孤独に死んだ。『シートン動物記』の狼王ロボだって、雌狼のせいで人間に捕まった……それと同じ。あの人が、あの女がいる限り先生はずっと陰に追いやられたまま。いつか破滅する! 妻の役目だって果たす気がない! だから! 私は、先生のためにあの女を殺し」

 

 乾いた破裂音が響いた。

 春木は芳野に向けて早口でまくし立てる。その姿はまるで、大好きな親に褒めてもらいたいがために善行を自慢する幼い子供のようだ。それを止めたのは、他でもない、芳野の平手打ちだった……泣きそうな顔で春木の頬を打ち、ボロボロと涙を流して崩れ落ちたのだ。

 

「……え? 何、で? 先生? 先生が、手を挙げるなんて……そんなこと、あるはず……先生、先生! 私、先生のためにやったんですよ。今日だって、あの女、先生に酷いこと言ったから。ねえ、ねえ……! 貴方なら、貴方なら分かりますよね! 私が思っていたこと、全部言い当てた。私と同じですよね、同じですよね!」

 

 芳野に打たれ、拒絶された。意味が分からない、一体何があったのかと、まったく理解できずに混乱している春木はサリエリに詰め寄った。

 彼女の心中をはっきりと言い当てた。同類と信じて共感を求め、藁にも縋る思いで近付いたのだ。

 

「その執着は憧憬か、羨望か。まさか、愛情などとほざいてくれるな。ふざけるな! そもそも……「サリエリ」は、誰も殺してはいない」

 

 サリエリの言葉がトドメになった。春木はずるずると地面に座り込み、魂が抜けたように呆けたところを横溝に手錠をかけられた。

 芳野は、証拠となった赤紫の薔薇を手に取り、殺された妻の名前を連呼する。白い花弁を抱いた薔薇――『真夜』が、『正雪』を離すことはなかったのだ。

 

「とんだ薔薇祭りになっちゃったな。結局、コンサートも中止になっちゃったし」

「でも、アマデウスとサリエリ先生がピアノに気付いてくれたから、犯人の正体が分かったよ。ありがとう」

「良いってことよ。さて、僕はマリアへのお土産を」

「自分で払って」

「釘を刺すのが早いなー」

「アマデウス。顔を貸せ」

 

 まるで体育館裏に呼び出すかのように、サリエリがアマデウスを引っ張って行った。どうした、何がある?

 慟哭外装はしてくれるなと、ハラハラしてついて行こうとしたらエドモンに止められた。此度のイベントのチラシを見せられて、薔薇の姿を見て立香は納得して送り出した。

 何故、彼がレイシフトに手を挙げたのか。

 サリエリがアマデウスを連れて行ったのは、事件現場となったビニールハウスとはまた別のビニールハウスだった。職員に尋ねてこのビニールハウスにあると突き止めていた……頼み込んで、中に入る許可を得たのだ。

 

「鳥の被害を受けて花が殆ど散ってしまったと職員が言っていた。なので、園内では見ることが叶わなかった花だ……貴様は、これを探していたのだろう」

「……何で分っちゃうかな。誰にも、マスターにも言わなかったんだぜ。わざわざ言う必要もないし。そもそも、今更って感じだろ。マリアへの愛は口にしているのに、今更さ。彼女に会いたいって、恥ずかしいじゃないか」

 

 グレーがかった淡い桃色の薔薇は、ポスターを飾っていた薔薇だ。新しく花が咲くまでひっそり隠されていたそれは、アマデウスが会いたがっていた彼女だった。

 

「サリエリ。君、僕を殺すんだよね? 恥死でもさせたいの?」

「我はサリエリではない。しかし……「サリエリ」は、そうすると思っただけだ」

 

 薔薇の名前は、『コンスタンツェ・モーツァルト』




【作中で書けなかった補足】
結婚してそう経ってない頃、真夜は二回の流産を経験している。三度目の妊娠でやっと15週まで育つが、それでも流産してしまう。
三回の流産で不育症だと判明し、真夜は離婚を願い出るが芳野は頑として離婚に応じずに真夜を抱き締め続けた……生まれなかった息子に「(しょう)」と名付け、青い薔薇には空にいる息子や子供たちのために名前を付けた。

不定期にやべー女を書きたくなるが、やべー女に全部持っていかれた感がある。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。