男子トイレで遺体が発見され、警察がやって来て『米花いろどり公園』内はにわかに騒がしくなる。
キッチンカーの店員たちも怖い物見たさという雰囲気で事件現場を覗き込むが、奈々美さんは自身のキッチンカーの側でそれを遠巻きに眺めているだけ。使い古したエプロンのポケットから一枚の紙きれを取り出すと、それを眺めながら小さく溜息を吐いたのだ。
「はぁ……」
「どうしたの?」
「あら、いらっしゃいませ……あ!」
コナンたちたちがキッチンカーにやって来ると、奈々美さんは慌てて紙切れをポケットにしまい込む。だが、慌てていたため上手くポケットに入らず、ひらひらとコナンの足元に落ちてしまったのだ。
「落ちたよ」
「どうもありがとう」
「古い新聞だね。大切な物なの?」
「ええ。ちょっとね……あなたたちはどうしたの? またクレープを買いに来てくれたのかしら。美味しかった?」
「うん、美味しかったよ!」
みんなで食べた奈々美さんのクレープは美味しかった。一口食べて「美味しい!」と感動する美味しさではなく、素朴でありきたりで、だけどまた食べたくなる。毎日食べたい、給食のデザートに出て来たらとても嬉しい……そんなクレープだった。
「思い出したら、また食べたくなっちまった!」
「元太君、一番大きなクレープを食べたのにまだ食べるんですか?」
「うふふ、ありがとう。でも、食べ過ぎたらお腹を壊しちゃうからほどほどにね」
「はーい」
クレープを手渡してくれた時と変わらない穏やかな微笑みで子供たちに手を振った奈々美さん……彼女が持っていた新聞は、10年前に起きたATM強盗殺人の記事だった。殺害された市川が容疑者となった事件の新聞を手に、酷く悲しそうな表情をしていたのだ。
その表情と、持っていた新聞を見て光彦が閃いた。この殺人事件の犯人が分かってしまったのだ。
「犯人が分かりましたよ! 犯人は、奈々美さんです」
「奈々美さん、凄く悲しそうな顔をしてたね」
「10年前の事件の新聞を大切に持っていたのが動機です。恐らく、10年前に殺された警備員の栗村さんは、奈々美さんの恋人だったんですよ!」
「そっか! 恋人の敵討ちのために、強盗の犯人を……」
「あんな美味いクレープ作るオバサンが、本当に犯人なのか?」
「これは、大切な人を奪われた涙の復讐殺人だったのです!」
「うーん……」
光彦の推理は、一応の筋は通る。
10年前の強盗殺人の犯人が市川であると突き止め、恋人を殺害された復讐のために出所した市川を恋人が殺されたように撲殺した。だが、コナンの中ではしっくりは来なかった。
何かが引っ掛かるのだ。
『引っ掛かると言えば、
「あ、サリエリせんせーい!」
公園に咲く紫陽花の殆どが、マゼンタに似た赤に近い桃色をしている。その紫陽花たちの前にしゃがみ込むアンリと、その隣にいる清水。そして、彼らの側に立つサリエリへ歩美が手を振った。
「何をしているの?」
「花を見ていた」
「それプラス。アンリさんの慰めを。気になっていたクレープが、販売中止になっていたんです」
「……」
フードを被ったままのアンリが、パーカーの腹ポケットから一枚のチラシを取り出した。チラシに写っていたのは、真っ赤なクレープ……ジョロキアを練り込んだ皮に、ハバネロ入りのクリームと素揚げしたプリッキーヌを巻きデスソースをかけた激辛クレープだった。
これだけのクレープ屋があるのだから、変わり種というか色物というか、話題作りのための異種商品があってもおかしくない。しかし、この激辛クレープは「辛すぎる」「激物」「殺す気か」というクレームもあり、買って行くのは罰ゲームやら度胸試しやらの客ばかりで残されて捨てられることが多々あったため、あえなく販売中止になっていたのである。
「パーカーお兄さん、辛い物が好きなの?」
「食べたかったという訳ではないようだが」
「話題作りのための商品というのは、すぐに移り変わるものよ。流行を追う人間の心は紫陽花の花言葉と同じ……七変化に色を変える、「移り気」よ」
「……」
「でも、良い花言葉もありますよ。離れていても強く想い合っている恋人たちの逸話から、紫陽花には「辛抱強い愛情」という花言葉もあるんです」
「花言葉……七変化、っ!」
哀が語る花言葉で気づいた。そうだ、紫陽花は外部的要因で色を変える花だった。
だとしたら犯人は……。
「どうかしたのか?」
「え?」
「一瞬、君の呼吸が乱れたが」
「え、えーと……清水さんの話を聞いて、「辛抱強い愛情」って新一兄ちゃんを待っている蘭姉ちゃんみたいだな~って思ったんだ。それでね、昔、新一兄ちゃんにこの公園の紫陽花の話を聞いたのを思い出して。10年前は、あそこの青い紫陽花はピンクだったんだって」
「ほお。この10年で紫陽花の色が変わったのか」
「あ、それはきっと……」
「……」
サリエリに指摘され、苦し紛れに言い訳をしてみたが……確かに、離ればなれになってしまっても辛抱強く待ち続け、シーボルトを想い続けるお滝さんのように、蘭も新一の帰りを待ち続けてくれている。
蘭の元へ帰ることができたのなら、完全に工藤新一に戻ることができたのなら。10年前の約束を果たすために、彼女を『米花いろどり公園』に連れて来なければならない。
だが、その前に事件を解決しよう。
『確かこの公園、強盗殺人事件のあった西多摩市に近かったよな。そして、『米花いろどり公園』が開園したのは事件のあった
間違いない。犯人は、奈々美さんだ。
***
幸いにも、10年前に『米花いろどり公園』が開園した頃の写真がネット上に残っていた。開園当初の公園を彩っていたのは、マゼンタに似た濃い桃色の紫陽花畑。円柱型の噴水近くも同じで、そこには青い紫陽花は一輪も咲いていなかったのだ。
『10年前、市川氏が容疑者とされたATM強盗殺人事件が発生した頃、『米花いろどり公園』では紫陽花を始めとした季節の花を植樹するため、土壌を掘り返している最中でした』
『そこで、件の青い紫陽花が咲く土の下を観測した結果……ビンゴ!
「ありがとうマシュ、ダ・ヴィンチちゃん」
「そう動機は、
カルデア側からの観測という、裏技にも近い反則行為であるが、使えるものは全部使ってしまおう。プルートーの宝具という、結果だけ分かっているという裏技に手を染めているのだから今更だ。
奈々美さんのキッチンカーは、まるで色の変わった青い紫陽花を守るように停車している。クレープ屋を出店してから10年間、一度も場所を移動したことはないという。
「少年探偵団の彼らは、あのキッチンカーの「奈々美さん」が10年前の強盗殺人の新聞記事を持っていたと言っていた」
「10年前の強盗殺人事件、10年前と色の違う紫陽花……彼女が市川さんを殺害した動機は分かった」
「後は凶器ね。撲殺できるような凶器を、あの女は持っていた。まだキッチンカーに隠し持っているのかしら」
そう、凶器は未だ不明だ。
遺体を敷地外へ移動させる時間がなかったのと同じように、凶器を外部で処分する時間はなかったと考えられる。だとしたら、未だキッチンカーの中に隠し持っているのだろうか?
警察の調べが入れば発見できるだろうが、凶器の正体は未だ分からないままだった。
「目暮警部! 解剖の結果が出ました。致命傷となった頭部が、奇妙に陥没していたと」
「奇妙に陥没?」
「はい。何でも、陥没が
「っ!?」
高木のスマートフォンに入った遺体の解剖結果を耳にしたエドモンの中で、一つの答えが湧き上がる。
撲殺された致命傷が、平たかった。つまり、
「そうか……だから、遺体にアレが付着していたのか」
・10年前に起きたATM強盗殺人事件
・10年前、開園準備のために紫陽花を植樹していた『米花いろどり公園』
・紫陽花の前に停車されたキッチンカー
・平たかった撲殺痕と、遺体から検出された物
・そして、未だ発見されていない3億円
答えは、探偵たちの頭の中に出ていた。
・市川伸吾(49)
『米花いろどり公園』の男子トイレの清掃用具庫から発見された被害者。窃盗・強盗の常習犯で実刑判決を受けて、先日出所したばかり
10年前に起きたATM強盗殺人の容疑者となったが、証拠十分で逮捕には至らなかった。
名前の由来は「イチゴ」
・井場奈々美(42)
『米花いろどり公園』で10年間クレープのキッチンカーを出店している。
美味しいと評判だが、エプロンのポケットには10年前のATM強盗殺人の新聞が入っていて……。犯人?
名前の由来は「バナナ」
・栗村功(享年32)
10年前のATM強盗殺人で殺害された警備員。死因は撲殺。
名前の由来は「クリーム」