学生たちは口を揃えて言った。
朝練帰りの陸上部も、講義をサボっていたソフトボール同好会も、バイト明けだからと仮眠を取っていたテニスサークルも、誰もが「
「すいませーん! ボク、名探偵毛利小五郎のお手伝いをしているんだけど」
「名探偵って、あの眠りの小五郎の!?」
「今日起きた事件の捜査をしているんだよな。スゲー! 後で本物を見に行こうぜ」
フットサルサークル3人組を締め上げている小五郎を他所に、コナンは遺体の発見現場となった部室棟に出入りしていた学生たちに聞き込みを行っていた。
「刑事さんたちが言っていたけど、本当に怪しい人は見なかったの?」
「そんなのいなかったよな」
「死体を運んでいる犯人なんてヤベー奴、いたらすぐ分かるって!」
「それじゃあさあ……」
陸上部のジャージ姿の学生の耳元にこっそり話しかけると、彼らは「そう言えば」と大きく頷いた。
やっぱりそうだ。
学生たちは確かに、彼ら基準で怪しい人物は見ていなかった。刑事たちに余計なことを言ったら、捜査の妨げになると怒られるかもしれないと、無意識に記憶の中から除外してしまったのか。もしかしたら、当たり前すぎて覚えてもいなかったかもしれない。
やはり、犯人はあの人だ。後は証拠だけ、そう簡単に処分は出来ないはずだが……急がなければ。
既に日が傾いている。急がないと大学から出て行ってしまう。
「ニャーーーン」
「っ! 猫?」
「……伊東さん、ですよね。お疲れ様です」
「っ!」
四ツ神大学の駐車場。学生や教職員が使用する正面駐車場ではなく、裏手にある人目につかない場所で猫の鳴き声が聞こえた。野良猫かと辺りを見回しているその時だった、誰かが名前を呼んだのは。
名前を呼ばれて振り向くと、そこにいたのは遺体を発見したという探偵……才谷龍馬と名乗ったお人好しそうな青年と、彼に寄り添う黒髪の美女。どうして、名前を知っている?
「事務室で名前を聞きました」
「お竜さんは知っているぞ。こういう時には、こう言ってやるんだろう。お前のやっていることは、リョーマがすべてお見通しだ!」
「今回の
「探偵」が指し示した犯人は、四ツ神大学を清掃する『東都クリーン』の清掃員。才谷が空き缶のゴミ袋を運ぶのを手伝った初老の女性――
「あたしが? 何を言ってるのお兄さん! あたしが、そんなおっかないことなんて」
「伊東さん、北畠さんの祖母が宝くじを当てたことを知っていましたよね。彼が友人たちにその話をしていた時、貴女は掃除をしながらすぐ近くにいて聞いていたんだ」
「不思議ですよね。そこにいるのが
清水が疑問に感じたのはそれだった。
誰も彼もが、小五郎がぶつかってしまうまで清掃員の存在を気にも留めていなかった。カフェテラスの学生たちだって、秘密の話を始めようとした時、他のテーブルの目は気にしていたのに清掃員は気になっていなかったのだ。
まるで背景に溶け込んでしまっていたかのように、清掃員としての立場が目に見える不可視となっていた。そうやって情報を集めていたのだろう。
学生たち自らが言いふらす個人情報。管理が雑な事務室の掃除中に見聞きした情報。もしかしたら、回収したゴミの中からも電話番号その他を拾っていたかもしれない。
「地方で頻発している振り込め詐欺の情報源は貴女だ。もしかして、主犯だったりしますか?」
「何を証拠に」
「四ツ神大学、米花大学、東都大学、高山学院大学」
「え?」
「ちょっと遠いところで、関東富士女子大学でしたね」
才谷の手にはとあるリストがあった。
『カルデア探偵局』が手に入れた、振り込め詐欺グループが使用していた連絡先リストだ。中には、北畠の名前と、被害に遭った彼の祖母の連絡先もある。
載っていたのは北畠だけではなかった。
四ツ神大学、米花大学、東都大学、高山学院大学、関東富士女子大学の学生の個人情報が羅列されていたのである。
「振り込み詐欺グループが使用していたリストに載っていた個人情報は、すべて伊東さんが掃除に行っている大学だった」
「っ!」
警察に連行された振り込め詐欺グループの実行役こと、南川は素直に白状した。
インターネットの掲示板で振り込め詐欺の実行役を募集していたので、仕事を請け負ったことを。主犯の指示に従って学生を装って電話をかける演者を共犯として集めたことを。そして、電話をかけて金を搾取するリストは大学ごとにメールで送られてきたということを。
手取りは6:4。六割は南川の取り分となり、そこから他の演者に配分し、残りは顔の見えぬ主犯が手に入れる……伊東は協力者などではない。南川を操り、孫を思う祖父母を食い物にした振り込め詐欺の黒幕だったのだ。
「北畠さんは、「気になること」があると言って毛利探偵を大学に呼び出していました。どうして、大学にまで探偵を呼ぶ必要があったのか……個人情報流出の犯人が、大学にいたことに気付いてしまったんだ」
「伊東さんの存在に気付いた北畠さんは、貴女を問い詰めた。その現場は北畠さんの血痕が発見されたあの階段だ。二階と一階の間にある踊り場で貴女と北畠さんは揉み合いにでもなったのでしょう。北畠さんは階段から転落死してしまったんだ」
「っ! え、まさか……名探偵の、毛利小五郎!?」
いつの間にか、裏手駐車場の縁石に小五郎がいた。眠ったような様子で俯き推理を披露する姿はまさに眠りの小五郎……実は、最初からいた。コナンが事前に眠らせておいて、背後でアテレコをしているのだ。
「北畠さんの遺体を発見した部室棟に出入りしていた学生たちは、怪しい人物を見ていないと誰もが証言した。そりゃ、怪しい人物はいませんよ。いたのは、
怪しい人物が遺体を台車に乗せて運んでいたら気付かれる。だが、いつもの清掃員さんが大型の清掃カートを押して歩いているのはいつもの光景だとスルーしてしまったのだ。
コナンが学生たちに訊いてみると、彼らは誰もが証言した。8時過ぎに、いつもの清掃員のおばさんが清掃カートを押して歩いていたと。
「清掃カートのダストボックスに北畠さんの遺体を入れ、フットサルサークルの部室に遺棄したんだ。証拠はそこに! 貴女が使用していた清掃カートのタイヤだ!」
『東都クリーン』のトラックに伊東が使用していた清掃カートが乗っている。タイヤが破損したので処分すると本社に持っていくはずだったが、寸でのところで阻止できたのだ。
「北畠さんが亡くなった現場には、等間隔に点在した血痕が残されていました。北畠さんの遺体を運ぶ際、伊東さんは知らずにタイヤで血痕を踏んでしまっていた。そのままカートを押してしまったために、奇妙な血痕が残ってしまったのです」
「そもそも、決して人目が少なくない大学の校舎内で床に飛び散った血痕を拭き取るなんて、最初から清掃用具を持参していた貴女しかできませんよね。虎ではなく、龍の名を持つ「探偵」として暴きましょう……伊東加代、おまんが犯人や」
エドモンから役を譲られたと言う「探偵」、才谷龍馬は真っすぐに犯人を指し示した。
今日の朝8時少し前、階段の掃除をしていた伊東の前に北畠がやってきた。故郷の祖母が振り込め詐欺に遭い、宝くじで当てた額ピッタリを奪われた……自分が友人にその話を自慢している時、確か伊東も近くにいた。宝くじの話を聞いていたはずだ。
振り込め詐欺について何か知っているだろう。北畠に問い詰められた伊東はしらばっくれて逃げようとしたが、北畠は伊東を離さずに感情を顕わにして掴みかかってきた。
「俺のせいでばあちゃんは寝込んだんや! 俺のせいや! だから、あんたを探偵に突き出す。ばあちゃんに謝れ!」
そう叫ぶ北畠と揉み合いになって突き飛ばしたら、階段から落ちて死んだ。清掃カートを調べればタイヤで踏んでしまった北畠の血痕が出てきてしまう。
2人の探偵を前にして、伊東は大人しく降参……しなかった!
トラックの荷台に乗せた証拠となる清掃カートを才谷に向けて放り投げ、その隙に逃げ出したのである。
「リョーマ、あいつ食っていいか!?」
「駄目だってお竜さん! 穏便に!」
逃げ足はさほど速くはない。すぐに追いつかれるだろうと思ったら、やっぱりすぐに捕まった。
裏手の駐車場に駆け付けた立香とプルートー。そして、彼を護衛するかのように付き添っていたスーツの男性に伊東は取り押さえられていたのである。
「龍馬! おまんドヤ顔で決めちゅうけんど、そのリストはわしが潜って手に入れたんじゃ! 犯人も確保じゃ。わしの手柄ぜよ」
「調子に乗ってるこいつ、食っていいか」
「お竜さん、落ち着いて」
「ニャー」
「そうだな。以蔵さんのお陰だ。感謝しちゅうよ」
「ああ、もう! 上手くいき出したところだったのに!」
「あいつらにも言ったにゃあ。年寄り騙して金を巻き上げようらぁて、やっちゅーことがせこいんじゃオバハン」
土佐弁を話す青年によって取り押さえられた伊東は、そのまま警察へと引き渡された。
どうやら、彼も『カルデア探偵局』の……否、才谷の関係者のようである。随分と仕立ての良いオーダーメイドスーツを着ていた。
「……ンが!? どうした、犯人は?」
「犯人は、今しがた連行されました。流石ですね毛利さん。今日も見事な推理でした!」
「ミャ!」
「え、藤丸君に、黒猫……いやー、それほどでも!」
「あいつ、ただ寝ていただけだぞ」
「お竜さん、シ!」
麻酔針の効果が切れて小五郎が目を覚ました。お竜さんが何かを勘付いているようだが、聞かなかったことにしよう。
「さっきの口調……才谷さんって、もしかして高知県出身なの?」
「そうだよ。だから、名前が「龍馬」なんじゃ。おまん、坂本龍馬は知っちゅうか」
「うん。親戚のおば……お姉さんが、龍馬のファンなんだ」
「そりゃ、嬉しいのぉ。なあ、以蔵さん」
「知るか。帰って飲むぜよ」
母、有希子は、かつて坂本龍馬の姉である乙女を演じてから龍馬のファンとなった。コナンの状態では親戚と誤魔化している関係であるが……咄嗟に「おばさん」ではなく「お姉さん」と言ってしまったのは、彼女の圧をどこかで感じていたからかもしれない。
口から出て来る言葉には、用心しなければならいのである。
やっと着替えたえろうイケちょるスーツ。
(古ジャージが似合いすぎた)
・伊東加代(57)
都内を中心とした大学の清掃をしていた『東都クリーン』の清掃員。
だが、その正体は清掃先で手に入れた個人情報で振り込め詐欺を指示していた此度の事件の黒幕。
公共の場で大声で話をする危険性を教えてくれる事件だったね。
名前の由来は「東」
・南川勝(43)
地方で頻発している振り込め詐欺の実行役。元は劇団の役者だったが、ぶっちゃけ売れなかった。
元役者の経歴を活かして方言を話し、地方出身者を油断させて仲間に引き入れていた。が、細かいところが雑な三文役者だったようだ。
そりゃね、伝説の女優と比べられてもね……。
名前の由来は「南」
・北畠崇斗(20)
私立四ツ神大学工学部2回生。大阪出身。
祖母が宝くじで200万円を当てたことを自慢して言いふらしてしまったがために、振り込め詐欺のターゲットにされてしまった。犯人の影に気付いて問い詰め、階段から転落死してしまう。
名前の由来は「北」
・西村征哉(21)
米花大学に通う大学生。実家は岩手県で建築会社を経営している。
パチンコに熱中して金に困っていたところを、東北出身を装った南川に誘われて振り込め詐欺に加担しそうになってしまう。
真面目に勉強せえよ。
名前の由来は「西」