被害者の鶴丸は怨恨で殺害される動機はない。ましてや、無差別な不審者が警備を敷くテレビ局に侵入できるとも考え難かった。
何か手がかりはないかと鶴丸の荷物を調べてみれば、スタッフ用のロッカーからリュックや腰巻きのポーチ、スマートフォンなどの荷物が発見される。しかし、彼が着ていたはずの衣服は発見できなかった。
「このポーチは、鶴丸さんが収録中に身に着けていた物のようです。ADは荷物が多いので」
「リュックの中には、財布とタオル、定期入れ……おや、定期入れの中に何か入っている。写真か? 少し若いが、被害者のようだ」
定期入れには交通ICカードの他に、ポラロイドカメラで撮った写真が入っていた。
今よりも若い……と言うよりは、幼いと言った方が適切な風貌をした鶴丸と、アコースティックギターを抱えた同年代の少女が写っていた。
「あれ、この女の子、どこかで見たことがあるような……ええと、確か……あ! 思い出した! 確か、素人参加型の音楽番組に出てた子だ!」
「ちょっと、見せてください」
高木の言葉に何か引っかかったのか、鶯谷が目暮から写真を受け取ると彼女もまた声を上げた。
「桐子?」
「こちらの少女を知っているんですか?」
「この子は、
「歌の上手な素人がトーナメント式で争って、優勝者には賞金とプロデビューの権利がもらえる番組です。でもこの子、確か優勝はしていないですよね」
「はい。私も審査員の1人として出演していました。桐子は決勝トーナメントで敗退しましたけど、その時の歌声が切っ掛けで小野君がスカウトしたんです。私も何度か歌の指導もしました。でも……」
「鳳君は身体を壊して地元に帰りました」
「その後、親御さんから亡くなったと連絡が。粗削りだけど、凄く伸びの良い声をして……残念でなりません」
「はっきり言って鳳君に才能はありませんでした。精神的に未熟で打たれ弱かった。あれでは、魑魅魍魎が跋扈する芸能界で生き残ることも、数多無限のファンの視線に晒されることもできなかったでしょう」
「ちょっと、やめなさいよ。こんな時に!」
「私は事実を言ったまでです。鶯谷先生は気に入ってらっしゃったようですが」
「……ヨーコちゃん、小野プロデューサーはいつもあんな感じなのかな?」
「そう、ですね。小野プロデューサーはヒットメーカーですけど、指導が厳しいって有名なんです」
「二次審査中も、女の子たちにズバズバと物を言っていたな。確かにアイドルは厳しい世界だが、あんな言い方しなくても良いのに。あの子たちには、あの子たちの魅力があるってもんだ」
一般席で収録を見学していたコナンも蘭も、小野がアイドルの卵たちに突きつけた言葉を聞いていた。アイドルの心構えというのか、テンプレートに嵌ったアイドル像を押し付けるかのような物言いに泣きそうになっていた子もいたのだ。
それも、彼に言わせてみれば「向いていない」でバッサリと切られてしまうのだろう。エントリー№7番ことネロも、身長の低さを指摘されて嫌そうな顔をしていた。
「では、関係者の皆さんに話を」
「私たちも疑われているんですか?」
「形式的なものです」
「警部殿、ヨーコちゃんにはアリバイがあります! 何故なら、彼女は収録が終わった後、二次審査を行った会議室から一歩も出なかったんです。この毛利小五郎が保証します! 勿論、私も会議室から出ていません」
「では、沖野嬢と毛利探偵以外の2名は、席を外した時間があったのか」
「ええ。鶯谷さんは15分程度。小野さんは20分と少しかな。確かに、お2人は一度ずつ席を外していました」
「私は、お手洗いに。すぐ近くが清掃中で使えなかったので、ちょっと遠くのトイレに行って時間がかかりました」
「私は一服しに喫煙ルームへ行きました」
鶯谷はトイレのために、小野は煙草のために入れ替わりで会議室から外に出ていた。疑いがかけられて落ち着かないのか、前者は色眼鏡のレンズを拭き、後者はハンカチで汗を拭きながら居心地が悪そうだ。
2人が席を外していた話を耳にしたエドモンは、何やら考え込むように思考する。他、司会のクリムゾンバンビの2人は、休憩がてらずっとディレクターとの打ち合わせをしていたためアリバイがあると主張した。
だが、番組スタッフのみならず、出場者20名、彼女たちの保護者を含めスタジオ周辺には何十人もが出入りしていた。この全員のアリバイを聞き取るなど骨が折れる捜査だ。
「エドモンさん、被害者が最初から着ていた服、どこにいっちゃったんだろうね?」
「よもや犯人が持ち去ったか」
「何で男性ADの服を持ち去る必要があるんですか? アイドルの卵たちの持ち物ならともかく。タマモは、意中の殿方の所持品しか欲しくありませんけど」
鶴丸殺害の謎がまた増えた。
何故、彼は着ぐるみを着ていたのか?
何故、元から着ていた服が消えたのか?
何故、殺されたのか?
探偵も警察も把握していない動機が、被害者の裏の顔があったというのか?
「佐藤君、女の子たちの聴取を頼む」
「分かりました。彼女たちは控室で待機してもらいましょう」
「あの~その聴取が終わったら、審査は再開するんですよね?」
「収録は中断させてもらいます」
「ええ、そんな!」
「そんなって、人1人亡くなっているのよ」
「折角ここまで来たのに!」
「あたしだって、今日のために上京して」
「三次審査への出場を有耶無耶にされちゃ困るわ!」
エントリー№1番の少女、紫蒲の質問を皮切りにアイドルの卵たちから佐藤に向けてブーイングが飛ぶ。
彼女たちは意地でも審査を続け、是非とも合格してデビュー権を勝ち取りたいのだ。何としてでも、偶像になりたいのだ。
「アイドルとか芸能界とかよく分からないけど、アイドルになりたい子ってみんなあんな感じなのかしら」
「ワシもよく分からんな」
「小野さんのプロデュースでデビューできるなんて、滅多にあることじゃないですから。みんな、このチャンスを逃したくないんでしょう」
「あら、随分とアイドルに詳しいのね」
「いや、僕もそこまでは。本当に、「頑張っているな~」って感じるだけですから!」
高木が何だか必死に弁明していた。
「余も彼女たちと同じ控室に詰め込まれるようだ。仕方がない、美少女たちにそれとなく話を聞いておこう」
「1人でお願いします。オレは、ちょっくら周囲を回ってきますので」
***
「ニャァ~ン」
足元に身体を擦り付けて、甘えた声を出して油断させる。尻尾もついでに巻きつけよう。
増分に可愛い姿を見せてあげたから、ちょっとぐらい良いでしょう。甘えた分の対価はこれです!と、警備員さんの隙をついて局内への侵入に駆け出したが、一階ロビーで確保された。
「甘えたら良いって訳じゃないよ」
「ニャー……」
「ご迷惑をおかけします」
警備員さんに捕獲された黒猫は、家茂の腕の中にそっと返却された。
「あの警備員さん、ただものではないです」
「霊体化したらどうですか?」
「その裏技はフェアじゃないです。正々堂々と決着をつけなければ!」
プルートーの目的と手段が入れ替わりつつある。興味はないと外で待機していたロボが、黒猫へ呆れた視線を送っていた。
「ところで。先ほどは何故、被害者に宝具が発動したんですか?」
「被害者から罪の臭いがしたからです。それも、古いものではないです。めっちゃ新鮮でした」
「被害者は何らかの事件の犯人だった。でも、どうして犯人が?」
「何か犯罪に手を染めて、目撃されて殺害されたとかでは」
プルートーの見解が家茂からの電話によって立香に知らされた。
被害者からは過去のものではない、死亡の直前に着手したと思われる犯罪の臭いがしたという黒猫の宝具の判定を鑑みるに、鶴丸が殺害される直前に
「その何か、は、何だろう?」
「手がかりもなく考え込んでいても埒が明かないわね」
「そんじゃ、ちょっと探って来ましょうか? マスターたちと一緒にいたお陰で、オレにはアリバイがありますからね」
「ロビン、もしかして……」
「きちんと、持ち込んでいますよ」
ロビンフッドが宝具の一つ『
隠蔽の能力をもつ緑のマントならば、情報収集も探索も、聞き耳を立てることさえも可能な諜報の強い味方である。多種多様、有象無象な者たちが跋扈する日売テレビ局内を探るならば彼が適任だ。
「では、
「ロビンも玉藻も、お願い」
「みこーん☆ 失せもの探しは良妻巫女狐タマモちゃんにお任せください……と思ったら、随分と近くに反応が」
「もう見付かったの?!」
「え、早くないっスか?」
ロビンがマントを着るよりも早く、玉藻の捜索に反応があった。
消えた鶴丸の衣服の行方はと言うと……。
警備員さんと黒猫の仁義なき戦い