「あら、ごめんなさい。今日は材料が切れてしまって……」
クレープのメニュー看板を片付けて、早々と店仕舞いを始めた奈々美さんの前に男性が現れる。
今日は材料がないと申し訳なさそうに頭を下げるが、目的はクレープではない。公園内は禁煙故に火を点けられないが、気分として咥えていた煙草を手に取り、探偵の指先は犯人を示した。
「全く陳腐な台詞だがあえて言おう……犯人はおまえだ」
探偵エドモン・ダンテスの指先は、井場奈々美を真っ直ぐに指し示している。
奈々美は首を傾げた。「何を言っているか分からない」と言わんばかりの表情をしていた。
「市川伸吾を殺害したのは、おまえだ」
「殺された人ですか? そんな、何で知らない人を殺さなければならないんですか?」
「知らない人じゃありません!」
「恋人の敵討ちだったんでしょ!」
「オレたち少年探偵団が、全部お見通しだ!」
「……乱入してくるな、少年探偵団よ」
勢いよくエドモンと奈々美の間に入り、自分たちの推理を披露する光彦、歩美、元太だったが、彼らの語る
勿論、家族でもない。繋がりなどはない。
なので、10年前の復讐殺人という推理は誤っているのである。
「ほらあなたたち、探偵の推理ショーを邪魔しちゃ駄目よ」
「と、まあ、10年前の事件の新聞記事を手に悲しそうな表情していたアンタを見て、子供たちは勘違いしたんじゃろう。しかし、犯人であることは変わりない……井場奈々美さん、アンタは10年前のATM強盗殺人の犯人の1人。市川の共犯者だったんじゃろ」
阿笠が背後に隠れて蝶ネクタイ型変声機で推理を披露するコナンに合わせて口を動かし、探偵として真の動機を突き付けた。
10年前のATM強盗殺人の犯人は、
「10年前の事件で、アンタと市川さんは警備員の栗村さんを殺害し現金3億円を奪い取った。その後、共犯だった市川さんは別件で実刑判決を受けて刑務所に服役。3億円の行方は分からないままだったが……そこにあるんじゃろう」
「キッチンカーの背後にある青い
「な、何の冗談ですか……」
「事件の現場となった西多摩市とこの公園は近い。当時、『米花いろどり公園』は様々な花を植樹するために穴だらけだったそうじゃ。その穴の一つに3億円を隠し、アンタはその場所を守るようにしてキッチンカーを出店した。いつかほとぼりが冷めたら掘り出す気だったんじゃ」
だが、埋めた穴に植樹されたのは紫陽花だった。植樹された当初は元々の土壌の成分を反映してマゼンタカラーで咲いていたが、異物が埋められてしまったために10年の時間を経て土壌の酸性値が上昇し、そこだけ青い紫陽花が咲くようになってしまったのだ。
「出所した市川は、おまえに接触した。3億円を掘り返すために……だが、おまえは共犯者を見限った。否! 共犯者とさえ思っていなかった! 市川を殺害した。自らの欲を全て満たすために」
「面白い話ですね。まるで探偵ドラマを観ているようです。そんなことを言ったって、証拠も何もないじゃないですか」
「では、貴女のキッチンカーを調べさせてもらっても?」
「だったら、令状をお願いします」
目暮たち警察を前にしても、奈々美はのらりくらりと穏やかな微笑みを顔に貼り付けたまま頑として認めない。
このままキッチンカーごと逃亡されれば、証拠を処分される可能性が多いにある。だから、この場で突き付けなければならない……キッチンカー内に隠している、市川殺害の凶器を。
「ところで奈々美さん。このキッチンカー、随分と使い込まれているようじゃな」
「ええ、ここに出店し始めてから10年間も経ちますから」
「なら、クレープを作る調理器具も同じかな」
「はい」
「ほう。その割には、フライパンも携帯用のガスコンロも、まるで今朝急いで購入したかのように
「っ!!?」
阿笠の声で突き付けられた言葉に、奈々美は目に見えて動揺した。
彼女は真新しいフライパンと、携帯用のガスコンロでクレープを焼いていた。他の店舗では、多少の違いはあるにしても殆どが業務用の円い鉄板でクレープの皮を焼いている。
当然、奈々美もそれを使って焼いているはずだ。だが、外から見えるキッチンカー内部にそれらしき物はない。彼女は、購入したばかりの真新しいフライパンでクレープを焼いていたのだ。
「壊れて、しまったんです。今朝、急に!」
「そう、壊れてしまったんじゃ。クレープを焼く
「致命傷となった被害者の頭部の傷は、鉄板で殴ったために平たいものであった。更には、凶器に付着していたクレープの皮のカスが付着していた。成分を調べれば、おまえが仕込んだ生地と同一であることが判明するが……まだシラを切るつもりか」
「……っ!!」
「待て!!」
微笑みの仮面を脱ぎ捨てて眉間に深い皺を刻んだ奈々美は、探偵と警察を前にして逃亡した。キッチンカーを捨て頭に巻いていた三角巾を捨て、エプロンも脱ぎ捨てて駆け出した……のだが、逃亡ルートにいたアンリマユがスっと脚を出すと、奈々美は見事に躓いて派手に転倒してしまったのだ。
そのまま千葉に取り押さえられ、高木によって手錠がかけられる。さて、話は取り調べ室で聞こう。
「チクショウ! お前らも市川も邪魔しやがって!! アタシのカネが!!」
「奈々美さん、別人みたい」
「あれが本性よ。クレープの皮みたいな甘い仮面で、ずっと欺いていたのね」
「(うんうん)」
「ニャア」
哀の言葉にアンリマユは大きく頷き、プルートーも同意するように小さく鳴いた。
クレープを手渡してくれた穏やかな微笑みなど殴り捨て、探偵と警察に罵倒する姿が本当の井場奈々美なのだ。10年前に1人を殺害して億単位の金を手に入れ、その金を独り占めするためにかつての共犯者を躊躇なく殺害した犯人である。
その後、クレープのキッチンカーを調べると、床に血を拭き取った跡と使い古したクレープの鉄板が発見された。鉄板の形状は市川の頭部と傷と一致し、これが凶器であると証明された。
そして、キッチンカーの背後に咲いていた青い紫陽花の下を掘り返してみると、1億円が入ったアルミケースが三つ発見された。それらの紙幣の記番号がATM強盗殺人事件で奪われた3億円と一致し、10年越しに犯人が逮捕されたのである。
10年前、逃走した市川と奈々美は、穴だらけだった『米花いろどり公園』に3億円を埋めて隠した。現金を埋めた場所の正面にキッチンカーを出し、いつか掘り起こせる日を待ちながら監視をしていたのだが……10年間の苦労に見合う報酬をと、出所後に接触してきた市川を殺害して3億円すべてを自分の物にするつもりだったのだ。
早朝にキッチンカーに乗り込んで来た市川を衝動的に殺害し、遺体を清掃用具庫へ隠した。人通りがなくなったのを見計らって持ち出し、またどこかへ埋めようとしたところで発覚してしまったのである。
10年前の事件の新聞記事を悲しげな表情で眺めていたのは、「いつになったら3億円を自由に使えるのだろうか」という溜息だったのだ。
『米花いろどり公園』を有名にしたクレープの発起人が、まさかの強盗犯であり殺人犯であるということは、他のキッチンカーの店員たちを動揺させたのだった。
「ところで、結局アンタは何であの公園に行きたかったの?」
「激辛クレープを食べたかった、って訳じゃないんだよね?」
探偵エドモンが目暮に感謝され、連行される奈々美を見送った後に立香たちは『捜査解明機関カルデア探偵局』の事務所となっているマンションへと帰って来た。
存分にクレープを食べてエンジョイしていたように見えたアンリマユは、令呪一画分のリソースが切れ、再臨していないまっくろくろすけの霊基に戻っていた。
「ええとですね……毒物紛いの激辛スイーツなるものを買って行くのは、どんな人間か見てみたかったと言いますか」
「発売中止になっちゃったから、結局は甘いクレープを食べて紫陽花を見て終わっちゃったね。後は、殺人事件」
「探偵と犯人が対立する物語のテクスチャが貼られた特異点。謎に満ちた
積み重なる数多の物語。「探偵」と「犯人」の対立の上に刻まれる
強いて言うならば、物語の縦軸とは少し外れた『特別編』である。
「あ、あと。令呪で脱まっくろくろすけが証明されたんでー、地方出張とかあったらフツーに旅行連れてって!」
「まさか、それが目的で……?」
まあ、そういうことでもあります。
桜に次いで下に何か埋まっている植物こと、紫陽花――オルテンシアと最弱のサーヴァントの話でした。
カレンちゃん実装前に思い付いたネタを、匂わせ~匂わせ~みたいにしたかったのですが、そんなに匂っていなかった。黒猫は罪の臭いをしっかり嗅ぎ付けましたが。
今回は軽めに阿笠博士のクイズとか、本家の『特別編』のような空気とかを書いてみました。
基本的にはだらだらやっていきます~(ただし事件は起きる)。