ヨーコが鶴丸の姿をどこかで見たことがあると言い出し、しばし考え込んで思い出した!と声を上げた。
4年前に放送された素人参加型の歌番組。写真に写っていた鳳桐子が参加していた番組に、当時は『
鶴丸は、小野がかつて指導し身体を壊して亡くなった少女と友人だった。
「鳳桐子さんが亡くなった原因が小野さんにあると考えた鶴丸さんは、日売テレビのADになって小野さんに近付こうとした。だとしたら、この事件……」
しかし、証拠がない。そもそも、どうしてあの人はそれを言い出さなかったのか。
コナンはトイレに行くと言って廊下に出て来た。推理は固まったが、決定的な証拠がない。鶴丸の衣服が消えた謎もまだ解けていなかった。
「見付かったか?」
「見付かりません!」
「しょうがない、代わりの物を手配して!」
「ん? 何かあったのか」
別の番組のスタッフたちが何やら騒いでいる。何かあったのだろうか?
「何かあったんですか?」
「あ、ああ。ボク、黒い背広を見ていない?」
「背広?」
「この背広だよ。ドラマの撮影に使う衣装が消えて探していたんだ」
ADが指差したのは、廊下に貼ってあるドラマのポスターだ。
タイトルは『サラリーマン探偵』、会社で起きる数々の事件を主人公がお昼休み中に解決するというナイトドラマだ。主演の俳優が良い男だと、園子が蘭やジャンヌに薦めていたのを思い出した。
ドラマの撮影に使う衣装とは、主人公が着ているごく普通のブラックスーツの背広である。スーツ一式の中で背広だけ消えた……あれ、この背広。
「ねえ、この衣装ってどこにあったの?」
「すぐ下の階の楽屋だよ。もし見付けたら教えてね」
「うん! 分かった!」
消えた鶴丸の衣服。
消えたスーツの背広。
そうか、そういうことか。
着ぐるみを着た遺体の謎が解けたコナンは、角を曲がった先に人がいることに気付かなかった。まるで透明になったかのように、気配も影さえも見せずに現れたその人と、あわやぶつかりかけてしまったのだ。
「おっと。危ないぜボウズ」
「あ! ごめんなさい。ええと、ネロさんのマネージャーのロビンさんだっけ?」
「まあ、嫌々マネージャーをやってますけどね。どうした、探検か?」
「そんなとこ。ロビンさんは煙草? ちょっと臭いがするよ」
「そんなとこだな。テレビ局って場所は初めてでな、面白半分に見て回っていたんだ。中は迷路みたいに入り組んでいるんだな」
「テレビ局って、ゲリラとかに占拠されないように複雑な造りになっているからね」
「へえ、よく知っているな」
「テレビ局の人に聞いたんだ。ねえロビンさん、さっきの話、聞いてた?」
「ドラマの撮影で使う衣装がなくなったって話か? 今日は色んなところで服がなくなりますね」
「そうだね。きっと、犯人が全部持って行ったんだよ」
コナンがそう言うと、ロビンは感心するかのように目を細めたのだった。
***
Whydunit
何故、被害者は殺されなければならなかったのか。
殺人の動機とは様々あるだろう。多くは憎悪、嫉妬、その他トラブル。また、無差別に誰かを襲うという業腹ものの動機も時には存在する。
鶴丸睦樹殺害事件の動機は何か?
この事件は、憎悪によってもたらされた殺人。愛する者を使い捨てられ、切り捨てられ、罵倒されてボロボロにされた怨みを晴らすための殺人……に、なるはずだった。
「鶴丸が被害者として殺害される動機は見当たらない」
「でも、仕事場以外の裏の顔があったかもしれないわ。今、彼の素性について調査を行っています」
「否、被害者になる動機などなかったのだ。逆だ、逆だった……鶴丸睦樹には、
遺体発見現場となったスタジオで、鶴丸の身体に沿って置かれた白いロープの前で、探偵、エドモン・ダンテスの推理が始まった。
「どういう意味かしら?」
「殺されているのだから、それ相応の恨みをかっていたのでは? それよりも、早く収録を再開させてください」
ヨーコと鶯谷は、よく分からないと言いたげに首を傾げた。小野は相変わらず収録の再開を口にしながら、ハンカチで顔の汗を拭っている。
彼は一体何を言いたいのか?
小五郎も何か考え込んでいるその隣で、蘭が言葉の意味に気付いて声を上げた。
「もしかして。鶴丸さんは、誰かを殺そうとして逆に殺された?」
「っ! まさか、この事件は」
「被害者と加害者が逆だった。犯人、鶴丸睦樹は誰かを殺害しようとしたが、逆に殺害されたのだ」
だから、プルートーが鳴いた。鶴丸からとても新鮮な罪の臭いがしたのは、彼が殺意を抱いて凶器となるバタフライナイフを握っていた“犯人”だったからだ。
では、鶴丸の標的は一体誰だったのか?
1人しかいない。彼の友人だった桐子の確執で被害者になるべき人物は、1人しかいないのだ。
「ニャーーーン」
「全く陳腐な台詞だがあえて言おう。犯人はお前だ、小野柳壱」
家茂の腕に抱かれたプルートーが鳴くと同時に、エドモンの指先が被害者になるはずだった犯人を示したのだ。
「おまえは鶴丸に殺されそうになった。しかし、揉み合いにでもなったのだろう。犯人と争い、逆に殺害した」
「なら、正当防衛では?!」
「はい、そうです。正当防衛です。あちらが急に襲い掛かってきました」
「だったら、何故その段階で警察に届けなかったんですか?!」
「警察沙汰になったら、収録が中断してしまうじゃないですか。今みたいに。それが嫌だったんですよ。私は被害者です。下手をすれば、殺されていました」
小野は焦る様子も慌てる様子も見せず、さも当然と正当防衛を主張したのだ。
「弁護士を呼ばせてください。私は、無実です」
「しかし、遺体に細工をした罪を償ってもらおうか。憎悪も何もなく、無感情に遺体を隠し、己との関係を隠匿しようと工作をしたその罪を! おまえは鶴丸の遺体から衣服を剥ぎ取り、その不自然さを隠すために着ぐるみを着せた」
「何のために」
「鶴丸は、おまえに一太刀入れることに成功していたのだ。腕かどこか、切られて血が飛んだか」
「アンタが着ているその背広、本当に自分の物かな」
『サラリーマン探偵』の主演俳優の衣装である背広が消えた。衣装と言っても、どこにでも売っていそうなごく普通のブラックスーツの背広だった……そう、ちょうど、小野が着ているような。
ロビンがその場にいた全員に見えるように広げたのは、小野が着ている背広によく似た背広だった。だが、一か所だけ異なる部分がある。右腕が鋭利な刃物で切りつけたように、スッパリと切れていたのだ。
「ゴミ捨て場で見付けたぜ。警察が調べたら、アンタの痕跡がしっかり見付かるはずだ」
「ロビンさん、自分が見付けたかのようにドヤ顔していますが……あの背広も、
「ゴミ捨て場から拾って来たのはオレですよ」
「まあまあ。鶴丸さんによる小野さん殺害が未遂で終わったなら、プルートーは罪の臭いを嗅ぎつけることはない。襲撃の際に、何かしらの罪状を犯していた」
「罪の種類は分かりませんが……まあ、あの背広の傷を見るに」
玉藻が失せものを探し、アンリマユが拾って来た背広が切られていた。
鶴丸に襲われ、バタフライナイフによる攻撃を腕で防いだため傷がついたので、それを棄ててよく似た背広を楽屋から失敬して着ていたのだ。
「小野さん貴方、審査中に部屋を脱け出した時、本当に喫煙ルームに行ったんですか? ちょっとおかしいなと思っていたんですよ。帰って来た貴方から、煙草の臭いがしなかった」
「それは……」
「いや、でも。何で被害者の衣服を持ち去る必要が?」
「衣服に、決定的証拠が残っていたからだ」
「決定的証拠……っ! まさか!」
小五郎も気付いたようだ。小野の左手が、反射的に右腕に触れる。
佐藤がその様子に気付いて小野の右腕の背広をまくれば、下にあったシャツもロビンが持つ背広と同じ位置に傷があった。切られたシャツの下にある右腕には布が巻かれており、微かに血が滲んでいる。
「鶴丸さんに襲われた時に切られた傷ですね。今まで我慢していたんですか」
「……」
「被害者の衣服におまえの血が飛び、付着した。そのままにしておけば、誰が襲われ、誰が遺体を放置したのか判明する。だから衣服を脱がせた」
「じゃあ、その衣服は?」
「……」
「おじさん、大丈夫? さっきからずっと汗をかいているよ。暑いの?」
コナンが指摘した通り、小野は先ほどから何度もハンカチで汗を拭っている。そう、暑いのだ。
彼の腕を取った佐藤が、小野の身体の違和感に気付いた。随分と着膨れている。
玉藻が失せものを探した時、小野から反応があった。まさかと思ったが、鶴丸は随分と細身だったので必然的に彼の衣服も細身の物となる。なので、スーツの下にTシャツと細身のパンツを着ることが可能だったのだ。
高木が小野のネクタイを解き、シャツのボタンを外す。白いシャツの下から出現したのは、鶴丸が殺害される直前まで着ていた青いTシャツだった。
「ありました! 鶴丸さんの衣服です!」
「腹部に赤黒い汚れ。途切れ具合から見るに、ズボンの腿部分にも飛んでいるわね」
「調べさせていただいてもよろしいですか」
「……正当防衛です」
「アンタ! 確かに正当防衛だったかもしれないが、だったら何で隠そうとしたんだ! そんなに番組が大切だったのか?!」
「それもありますが、訳の分からない理由で襲われた私が警察のお世話になるなんて、馬鹿馬鹿しいじゃないですか。鳳君が過労死した原因が私にあると言ってきましたが、因果関係も何もない。私には仕事があります。私が逮捕されれば、多くのアイドルの卵と、新たなアイドルを望むファンたちが黙っていませんよ。彼らは常に
「化けの皮が剥がれたな。その無様な姿が、貴様の真の姿だ。余はこのオーディションを辞退させてもらおう。貴様より、余の方がずっと彼女らを美しく奏でられる!」
「続きは、取り調べ室で聞かせてもらいましょう」
ネロがオーディションを辞退したと同時に、他にも何名かの少女が手を挙げて辞退すると口にした。典歌に水那に、紫蒲は少し躊躇したが、表情を崩さない小野に怯えるように恐る恐る手を挙げた。
量産品を作るとしても、材料がなければ新商品を世に送り出すことはできない。次々と挙がる少女たちの白い手を目にした小野は、彼女たちに気付かれないほど小さく舌打ちをした。
正当防衛を主張しても、自分の痕跡を消して遺体を放棄した。殺人罪にならずとも、完璧に無罪という訳には行くまい。
どことなく、後味の悪い事件だった。
「Pが犯人だったなんて。芸能界の闇ね、怖いわ~!」
「あのような者に愛らしい美少女たちを任せる訳にはいかん。こうなれば、このアイドル皇帝自らがローマプロダクションを設立し、美少女たちを売り出さなければ!」
「あら、どれだけ雑兵を集めても、真のアイドル1人には敵わないわ。精々頑張りなさい。このエリザベート=バートリーが丁重に叩きのめしてあげるから」
「よく言った。それでこそ余の
「盛り上がっているところで恐縮ですが……さあ、帰りますよ! お説教の準備はできております!」
「マネージャーのギャラも払ってくださいよ!」
「さっさと帰れー!」
無事帰ったが、待ち構えていた保護者その他に非常に怒られた。
「