「申し訳ございません。館内は、盲導犬以外の動物の入館は禁止となっていまして」
「ミャ……ニャー」
『彼らと待っています。どうぞ、行ってきてください』
西野に頭を下げられたプルートーは、素直にエドモンの肩から下りてヘシアン・ロボの元へと駆け寄った。
彼らをワゴンカーに残し、立香たちは園子の好意に甘えて一足先にメモリーズ・エッグを目にすることにする。西野の案内で美術館の会長室へ向かうと、園子の父で鈴木財閥会長の鈴木史郎氏が出迎えてくれた。
「おお、これは毛利さん。遠いところをよくおいでくださいました。蘭さんとコナン君も、よく来てくれたね」
「ミスター鈴木、この度は無理を聞いていただき感謝に尽きません」
「いいんですよ、サリエリさん。そちらが、ロマノフ王朝の研究をしているという大学生の方ですね」
「こんにちはミスター。アナスタシア・ゼムルプスです。心から感謝を申し上げます」
「アナスタシアさんですか。ロマノフ王朝最後の皇帝である、ニコライ2世の末娘と同じ名前だ。何だか不思議な縁を感じますね」
「はい。それが切っ掛けで
アナスタシアはカルデアの作家陣たちが書き上げた
ちらりと奥へ視線を向ければ、会長室には彼以外にも4人の人物がいる。
体格の良いロシア人男性は、ロシア大使館一等書記官のセルゲイ・オフチンニコフ(41)
髭を生やした小柄な男性は、エッグの商談にやって来た美術商の
背の高い妙齢の中国人女性は、ロマノフ王朝研究家の
ビデオカメラをこちらに回して来た男性が、エッグの取材撮影を申し込んだフリーの映像作家の
誰も彼もが、エッグが欲しいと鈴木会長に直談判しに来ていたのだ。
「しかし、商談ってどれぐらいの値を?」
「8億だよ」
「は、8億!?」
「譲ってくれるなら、もっと出してもいい」
「会長さん! インペリアル・イースター・エッグは元々ロシアの物です! こんな得体の知れないブローカーに売るぐらいなら、是非我がロシアの美術館に寄贈してください!」
「得体が知れないだと!?」
「良いよ良いよ。こりゃ、エッグを撮るよりも人間撮る方が面白いかもしれないな。アンタ、他人事のような顔してるけど、ロマノフ王朝の研究家ならエッグは喉から手が出るほど欲しいんじゃないのかい?」
「はい。でも……私には、8億なんていうお金はとても」
「だよな。俺だってかき集めたとしても2億がやっとだ」
「この人たち、全員エッグを狙っている?」
「歴史的価値を加味したら、日本円で8億以上の値がつく皇帝の遺産だ。むしろ8億で済んでいるのが不思議だぞ」
「なんて厚かましいのでしょう」
カドックが言う通り、世間には知られていなかった幻の51個目のエッグに値段をつけるとしたら、それこそ億の単位では足りないだろう。
革命後、王族の遺産は二束三文で国内外に売り払われ、記録にある50個のエッグも散り散りになってしまった。汎人類史ではいくつかが魔術世界にも流れていたらしい。現状でも、全てのエッグの所在は不明のままだ。
そんな中で出現した幻の51個目。寒川の言う通り、誰もが喉から手が出るほど欲しい宝だ……もしかしたら。本来の持ち主の血縁であるアナスタシアも……。
エッグの取引の話はここまでと、4人の人物はぞろぞろと会長室を後にする。木箱を手に会長室へとやって来た西野が頭を下げて見送ると、何故か寒川は驚愕した表情で後退り速足に帰って行った。
何だあの反応は。知り合いだったのだろうか?
「会長、エッグをお持ちしました」
「ああ、ご苦労さん。テーブルに置いてくれたまえ。さ、みなさんどうぞ」
「わぁ! どんなのだろう!」
「8億もするのよ。きっと、凄いお宝のはず」
「見た目は大したモンじゃないわよ。子供の頃、わたしが知らないで玩具にしてたぐらいだから」
「玩具?」
鈴木会長が慎重に木箱を開けると、メモリーズ・エッグがその姿を現した。
若草色の表面に金細工の花が咲いている。主の復活を祝う季節を象徴するかのような姿をした卵は、一見すると素朴で、されど繊細な宝であった。
「これ、開くんでしょう?」
「そうなんだよ、よく分かったね。中はニコライ皇帝一家の模型でね。全部、金でできているんだ」
エッグの中にあった金の模型は、父であるニコライ2世を中心に家族が集まっていた。末子のアレクセイ皇太子を抱いた皇后アレクサンドラと、父を囲むように集まる皇女たち。父が持つ本を覗き込むように、皇女たちの視線はそちらに向いていた。
金細工を目にしたアナスタシアは小さく息を飲んだ。皇女たちの模型の中で、一番小さいのが彼女だ。在りし日の家族の模型は、まるで卵に守られているかのようである。
エッグには更なる仕掛けがあった。鈴木会長がねじを差し込んで回すと、金の模型がせり上がり、ニコライ2世の人形がまるで生きているようにパラパラと本の
見事な技術だ。20世紀の初頭に、からくり仕掛けでこれほどの物を作り上げるとは。
「ファベルジェの古い資料に、このエッグの中身のデザイン画が残っていてね。これによって、本物のエッグと認められたんだ」
「メモリーズ・エッグって言うのは、ロシア語を英語にした題名なんですか?」
「ああ、そうだよ。ロシア語では、ボスポミナーニェ」
「日本語に訳すと、「思い出」ですね」
「思い出……家族の記憶か」
「ねぇ、何で本をめくっているのが思い出なの?」
「バーカ! 皇帝が子供たちを集めて本を読んで聞かせるのが、彼らの思い出なんだよ」
「ニコライ2世は家庭を大事にした人物と言われています。写真を趣味にしていて、家族の写真をたくさん残したとか」
「カドックさんもロマノフ王朝に詳しいんだね」
「まあ、彼女に影響されて色々と」
「エッグの蓋の裏に宝石? が埋め込まれていますね」
「いや、それはただのガラスなんだ」
「皇帝から皇后への贈り物なのに? 何か引っかからない?」
コナンの言う通り、メモリーズ・エッグは皇帝が直々に作らせた贈り物にしては
確かに見事な作りだ。繊細で上品で、更には遊び心もある。だが、この見事な卵にガラスを使う意味はあったのだろうか?
「うーん……ただ、51個目を作る頃はロシアも財政難に陥っていたようだがね」
「皇后の好みに合わせたのかもしれません。アレクサンドラ皇后は、派手な物を好まなかったそうですから」
「それだ! 下手に金をかけるよりも、妻の好きなデザインを作らせたんだ。実に、家族思いなエピソードじゃないか!」
「あら、ありがとうございます。ミスター毛利」
「え? ええ」
「引っかかると言うたら……キッドの予告状、「光る天の楼閣」。何で大阪城が光るんや?」
「アホ! 大阪城を建てた太閤さんは、大阪の礎を築いて発展させはった大阪の光みたいなモンやん!」
「その通り!」
和葉を支持するように、声高々と会長室へ入って来たのは警視庁の茶木と中森だ。
彼らは怪盗キッドの異名「月下の奇術師」に従い、「光る天の楼閣」を月に照らされた大阪城の天守閣と解釈したのだ。
だが、まだ謎が残っている。「日付」と「場所」は分かったが、最も重要な「時間」が不明なのだ。
「「秒針のない時計が12番目の文字を刻む時」……この意味がどうしても分からんのだ!」
「それって、「あいうえお」の12番目の文字とちゃうん?」
「っ!?」
和葉の言葉に、その場にいた者たちが閃いたように顔を上げた。
「あいうえお」の12番目は「し」……では、午前4時ということか。
「いや、キッドの暗号にしては単純すぎる」
「今回のキッドの狙いは、ロシアのお宝よ。ロシアに関係しているってことはないかしら? ロシア語の12番目の文字とか!」
「ロシア語のアルファベットの12番目は「K」だ。時刻に結びつかん」
「ふ、分かりましたよ警視!」
ジャンヌとエドモンの会話にヒントを得たと言わんばかりに、小五郎が声を上げた。
「そう、アルファベットで数えるんです! アルファベットの12番目は「L」、つまり……」
「っ! 3時か!」
「流石名探偵! お見事ですな!」
「間違いない! 午前3時ならまだ夜明け前で、「暁の乙女へ」にも合致する!」
「待ってろよ怪盗キッド! 今度こそお縄にしてやるぞ!!」
小五郎は勝ち誇ったように高笑いをし、茶木と中森は確信をもってキッドへの対策に走る。しかし……本当に、「L」の形を刻んだ文字盤が「時間」の答えなのだろうか。
コナンも平次も、エドモンさえ釈然としない表情で考え込んでいた。
カドック君、神話マニアの勉強家だから自鯖のこときっとたくさん勉強している。
人数が多いと誰がどの台詞を話しているのか分からなくなってしまう……。