警備のために残ると言った小五郎を除いた一行は、難波布袋神社を訪れていた。怪盗キッドの予告時刻が解読できたのだから、必勝怪盗キッドの願掛けでもやって行こうと平次に誘われたからである。
七福神の1柱である布袋とは、唐代末の中国に実在したという伝説的な僧侶を神格化した存在だ。確か、三蔵法師よりは後の時代の人物のはず……参拝で縁ができれば、カルデアに召喚されることもあるのだろうか?
「わぁ! わたし、大吉!」
「どれどれ?」
「待ち人:恋人と再会します」
「それって、新一君のことじゃない?」
「えっ」
「それって、当たるの?」
「それがな、ここのおみくじよう当たるんや」
「あ、中吉だ。良いのか悪いのか、よく分からないな。カドックは?」
「ええと、末吉? これは良いのか?」
「後になって開けると言う意味です。おみくじの順番的には、凶の次ですね」
「ん……恋愛:一歩踏み出しなさい?」
立香と家茂の視線は、プルートーと共に自撮りに精を出しているアナスタシアへ向いた。カドックが引いた末吉のおみくじのお告げの心当たりは彼女しかいない。
「何が言いたい藤丸、ライダー」
「何も言っていないよ」
「言っていません」
「視線で言っているだろう……!」
「まあまあ。当たるも八卦当たらぬも八卦。おみくじとはそういう物です」
「馬鹿らしい」
カドックのような本物の魔術師にしてみれば、毎朝の星占いの如く気軽に一喜一憂するおみくじの結果など信じるに値しないだろう。一歩踏み出さなければならない恋愛など存在していないのだ。
「和葉。お前、その3人案内したりや」
「平次は?」
「オレは、このちっこいの案内するから! カルデアさんは、この後予定は?」
「
「俺たちはキッドの犯行予告時間まで適当に時間を潰すよ」
「なら、後で美術館で合流しようや」
「どうして? 服部君もコナン君も、一緒に行こうよ」
「男は男同士がエエんやて。なあ……コ、コ、コナ、コナン、君!」
「うん!」
こうして、一旦四つのグループに別れることになった。
ジャンヌは、蘭たちと一緒にひっかけ橋方面へと向かうらしい。園子の提案で、浪速のイケてる男を捕まえてご飯を奢らせようと企んでいた。女は女同士ということである。
立香たちは、ヘシアンの運転するワゴンカーで色々と時間を潰すつもりだ。
「送っていかなくていいの?」
「ええ。お気遣い感謝します。色々と見ながら写真を撮りたいのです」
アナスタシアは、カドックを引っ張ってサリエリを連れて、大阪の主要観光地を巡る予定だ。付箋がたくさん貼り付いたガイドブックを片手に、皇女様は大阪を満喫する気満々である。心なしか、ヴィイもわくわくしている気がした。
「笑いなさいマスター。ほら、ヴィイのようににっこりするの!」
「どんな顔をすれば!?」
巨大なふぐのオブジェを背景に、アナスタシアのスマホ(カルデアからの支給品)で彼女とカドックと、ヴィイの写真がパシャリと撮られた。ふぐの被り物をしているヴィイはにっこりと笑っていたらしい……いつもと変わらないようにしか見えない。
「マスター、次はグリコを見に行きましょう。その次はタロウです」
「どれだけ撮る気だ?」
「
いつの間にか、ヴィイの被り物がふぐからたこ焼きに変わっていた。何種類あるのだろうか?それ全部、大阪観光のために揃えたのか。
カドックを振り回し、サリエリを保護者として大阪の街に繰り出したアナスタシアは、存分に写真を撮りまくりヴィイは様々な被り物に着替えた。
時には路上で売られるたこ焼きに気をとられ、知らないおばちゃんからは飴を授かり、商店街で客引きされれば「兄ちゃん似合うわ~」とヒョウ柄のカットソーをオススメされた。カドックにとって、大阪は未知の熱量を秘めた街であった。
しかし、季節は夏真っ盛り。現代日本の、それも都市部の夏は過酷だから気を付けてと、立香からアドバイスをもらっていたのを思い出した。
「
「こら、皇女がそのような言葉遣いを」
「どこかで休憩しよう。サリエリ、近くにカフェか何かは?」
「この先にフルーツパーラーがある」
日本の夏はアナスタシアには地獄の暑さだった。そろそろ夕方が近いのに、涼しくなる気配を見せない。
テンション高めに観光を楽しんでいたが、アスファルトの照り返しやセミの鳴くねっとりとした熱気に我慢の限界が来てしまったのである。
どこかで涼んで行こうと、サリエリの案内でフルーツパーラーへと入った。ここでは、季節ごとの旬のフルーツを贅沢に使ったパフェが人気である。
今の季節は白桃とマンゴーだ。完熟したカットフルーツを、アイスやクリームと一緒に惜しげもなくグラスに盛りつけたパフェがテーブルにやって来た。アナスタシアとサリエリの分である……お前も食べるのか。と、カドックはアイスコーヒーにだけ口をつけた。
「いつもの周回が嘘みたい。ニホン、オーサカ。面白い物もたくさんあって楽しいわ」
「君が楽しんでくれるなら何よりだ」
「ええ。エッグもこの目で見ることができました。あとは……怪盗キッドとかいうコソ泥を、氷漬けにするだけよ」
「まだ、午前3時までは時間がある」
「……本当に、午前3時が犯行予告時刻なのか?」
正直言うと、カドックも小五郎の推理を信用していなかった。
彼が、世間で騒がれているような名探偵でないことは、カルデアの記録を見て知っている。しかし、
「ではお嬢様、会計をしてきます」
「ええ、ありがとう……あ」
カドックたちの隣の席にいた女性が、椅子に乗せていたバッグを倒してしまい、中に入っていた荷物が床に散乱してしまった。こちらのテーブルにはリップクリームや三つ折りのパンフレットが転がって来てしまう。
「すいません!」
「いいえ」
「あっ」
「え……?」
アナスタシアが足元に転がって来たリップクリームを拾おうと手を伸ばすと、持ち主の女性と手が重なった。その時だった……女性の顔を目にした彼女は、酷く動揺したように身体を硬直させたのだ。
大きな青い瞳を女性から反らさずに、酷く動揺して、驚いて、言葉を失ってしまった。
「アナスタシア?」
「あの……どうかしましたか?」
「っ! あの、その……ごめんなさい。知り合いに。そう、知り合いに似ていて驚いてしまったのです」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。拾ってくださって、どうもありがとうございました」
大きな灰色の瞳をした、どこか異国の空気を感じる美しい女性だった。無事に全ての荷物を拾い終えた彼女は、連れの老人と共にもう一度頭を下げて店を後にする。アナスタシアの動揺は収まらず、グラスに残る白桃にも手を着けずに、ヴィイを強く抱き締めた。
「どうしたんだ?」
「ごめんなさいマスター。本当に、驚いただけなの……瞳が、同じだったの」
彼女の言葉と共に、腕の中のヴィイが微かに頷いた気がした。
夏の太陽が休息に入る。黄昏の空を迎えても、キッドが予告した時間(暫定)まであと9時間以上を持て余していた。
「料亭ですか」
「ええ。キッドが来るのは明日の午前3時と分かったことですし、それまでどうです?」
「いいですなぁ!」
キッドの予告時間(暫定)までまだ時間があるということで、鈴木会長行きつけの料亭へと誘われた小五郎は乗り気だ。エッグの警護はどうした。
名探偵は今の内に鋭気を養うことに専念するが、キッドの宿敵はそうもいかない。中森が2人の部下を引き連れて会長室へとやって来た。鈴木会長からエッグを預かり、厳重な警備が敷かれた展示室へと持って行くのかと思いきや、彼には作戦があったのだ。
「今まで我々は、予告状に書いてある所へ馬鹿正直に獲物を置いてキッドにやられていました。だったら、どこに置いてあるか分からなくしようと言う訳です!」
『鈴木近代美術館』の展示室には偽物のエッグを飾り、本物は別の場所に隠しておく。肝心の保管場所は、中森と2人の部下しか知らない。部下たちの頬をぎゅーっと強く引っ張ってキッドの変装ではないとその場で証明すれば、現在進行形でエッグを手にする中森が怪しいと、小五郎は彼の顔をぎゅーっと引っ張ったのだ。
「な、何を!?」
「貴方がキッドの変装の可能性もありますから!」
「だったら!」
「何をーー!」
「このーー!」
意地を張ったオッサンたちの頬の引っ張り合いが始まった。何だこれは。
秘宝を前にしてアホなことになっている『鈴木近代美術館』の会長室の窓から、一羽の白い鳩が飛び立った。大阪城公園で観光客から餌を強請る野生の鳩ではない。奇術師のシルクハットの中から飛び出て来るような美しい白鳩だ。
飼い主の臭いが染みついている鳩を狙って、高速の黒影が飛び出した。鳩は白い羽根を散らしながら慌てて空へと逃げるが、脚に装着されていた小さな機械はなくなっていた。
鳩は傷付けずに、それだけを刈り取った。収音マイクのような機械は地面に転がり、ロボに踏み付けられて木っ端微塵に破壊されたのである。
「今の鳩、キッドの?」
「鳩に警察の動きを見張らせていたか」
大阪城公園の近隣に駐車したワゴンカーの中で、『カルデア探偵局』による対怪盗キッドの捜査会議が行われていた。
ロボが記憶しているキッドの臭跡は大阪のあちこちに点在している。先ほどの鳩といい、至る場所に犯行のための仕込みをしていたのだろう。だが、何故そこまでしてエッグを狙うのだ?
『近年の怪盗キッドが狙う宝物は、ほとんどがビッグジュエルと呼ばれる大粒の宝石です。先日の犯行では、世界一のオパールを奪取しようとしていました。あれから1月も経っていません。短いスパンで、いつもとは違う宝物を狙う予告状……何か、引っ掛かりますね』
「引っ掛かるのは、もう一つ。予告状にあった謎のワード」
「世紀末の魔術師」
今までのキッドの予告状に、そのようなワードが登場したことはない。微かな魔術の残り香を放つ怪盗キッドが、どうして
「インペリアル・イースター・エッグの一部は、魔術世界にも流れてきた。そうだな」
『はい。ミスター・ホームズによりますと、魔術師はエッグを研究することによって、アナスタシアさんと契約している精霊、ヴィイの存在を確認したそうです』
『ロマノフ王朝の秘蔵精霊との契約……とまではいかないけれど、彼らとの繋がりを濃くするための儀式に使われた魔術礼装だった可能性がある』
卵は復活の象徴。特にロシアを中心としたスラブ諸国の民間伝承では、新しい命のシンボルとされている。
皇帝から皇后に卵を贈ることにより、皇后の胎に宿る新しい命が祝福を受ける。新しい命は、今後のロシア王朝の繁栄を導き、精霊たちの守護を受ける新しい
ロマノフ家は秘蔵の精霊と代々契約を結んでいたが、神秘が薄まった20世紀に迫るにつれて契約を結ぶ才能を持つ者も減って来てしまった。ニコライ2世も契約には至れなかったのだ。
あくまで汎人類史側の話であるが、ダ・ヴィンチが言うようにインペリアル・イースター・エッグの贈呈は行事に紛れた儀式だったのかもしれない。
人ならざるモノとの縁の補強に使われていた卵。どこかの並行世界に存在していた51個目は、一体何を意味するのか?
「世紀末の魔術師を名乗るキッドが、何故エッグを狙うのか。この事件の本質はソコにある。いつものように、目当ての宝石ではないと返却される保証はない」
「盗まれたら鈴木会長も、アナスタシアもきっと哀しむだろうね」
「そう言えばさー、マスター。何であいつにサーヴァント召喚させたの?」
ワゴンカーの後部座席から、アンリマユがのっそりと起き上がった。まっくろくろすけ状態では夏の日差しが暑いので、ずっとワゴンカーでサボっていたのである。
あいつ――カドックにサーヴァントを召喚させよう。実際に召喚権を与えたのはゴルドルフであるが、進言したのは立香だ。しかも、彼は気付いていた。彼が
彼女と
「新所長とダ・ヴィンチちゃんとホームズには、きちんと訳を話したよ。カドックの立場はカルデアの捕虜だ。つまり、カルデアは彼の敵しかいない場所……そんな場所に、1人ぼっちは寂しいから」
「ふ~ん」
誰か味方がいてくれるだけで。誰かが声を拾ってくれるだけで、誰かが隣にいてくれるだけで、手を繋いでくれるだけで、きっと安心すると思ったから。
立香の言葉を拾ったカルデアの管制室では、マシュが自身の手をそっと握っていた。
『ふたりというものはいい。楽しい時は二倍楽しめ、苦しい時は半分で済む』