やかん買い忘れちゃった。
宵闇の南天には
赤い目玉の如き光が右目の
こちらがエッグを抱えている限りは強引に手を出さないと想定していたが、相手は思った以上に乱暴だった。下手したらエッグが落下して海に落ちてたぞ、オイ。
エッグは何とか死守しようと、陸地に放り投げた。あの名探偵が絶対に拾っているだろう……彼の監視下にある限りは安全なはずだ。
右目にかけていた
底の見えない暗闇の中で必死にもがき、波とビニールゴミが身体にまとわりついて動き辛い。
『は、早くジイちゃんと合流しねーと……! え?』
この時、暗い底で見えたモノ……大阪湾の底から這い出て来るようにこちらに向かって来たのは、鮮やかで優美な赤い何か。
優美な尾びれを翻し、力強くこちらへと泳いでくる金魚の大群だったのだ。
「ざっ……ざがな?!」
しかもただの金魚ではない。どれもこれもデカいのだ。1匹の大きさが自転車ほどありそうな巨大な金魚がこちらに向かって来る。
怖い。
必死に逃げようとしたが、あっと言う間に追い付かれた。沈みつつある身体は金魚の大群に巻き込まれて海面付近まで運ばれる。悲鳴を上げたいが、海中故に上げられない。
ある意味絶体絶命の中で、今度は投げ込まれた縄が絡まった。縄その物に意志があるかのようにまとわりつき、凄い力で引っ張り上げられて無事に海中から帰還したのだ。
「ニャーーーン」
「……ええ?」
怪盗キッドが水揚げされた。
首から白い縄を伸ばしてキッドを釣り上げた人物……ではなく、黒猫は、ずぶ濡れのキッドに対して甲高く鳴いた。
雁字搦めにした縄はそのままに、ドスン!とちょっと乱暴に下ろしたのは木製の甲板。エンジンの音が少し大きく、突き出る煙突から蒸気が上がっている。
大阪湾の上に顕現したのは、かつてこの海を渡った蒸気船。プルートーによって水揚げされたキッドは、捕縛されたまま順動丸に乗せられたのだ。
「海には金魚の群れ、上空は出目金たちが包囲しています。大人しくしていてください。少しでも怪しい素振りを見せたら、船を消失します……いや。彼から逃げられるとは思わないことだ」
「……」
「こ、これは……」
家茂の
ロボには散々追いかけ回されたのだ。臭いも記憶されている。逃がしはしない……
「おまえには、訊きたいことがある」
煙草の臭いを漂わせ、巌窟王――否、探偵エドモン・ダンテスとして、怪盗キッドと向き合った。
「訊きたいこと、とは? エッグの居場所は、そうですね……私を追いかけていた名探偵にでも尋ねた方が良いでしょう」
「エッグ本体のことではない。
「……」
「昨今の怪盗キッドの犯行において、主な獲物はビッグジュエルと呼ばれる大粒の宝石だ。「目当ての宝石ではなかった」という理由をつけ、奪取した宝石をわざわざ返却している。つまり、確かな目的をもっておまえはあるビッグジュエルを探している。故に、宝石
怪盗キッドは、エンターテイナーであり義賊である。キッドファンが熱く語るように、かつてのキッドは騙されて奪われた宝石を詐欺師から盗み出し、本来の持ち主へ送り届けたことがあった。
宝石のついていないエッグと、かつての行動。これらにより導き出される推理のキーワードは「義賊」――メモリーズ・エッグが座する場所は鈴木家ではなく、別な場所、誰かの手の中ではないだろうか?
「しかし、義賊的行為をするにしても、変電所の爆破による停電という仕掛けが解せない。いつもの怪盗キッドの犯行は……そう、マジックショーだ。無辜の観客を傷つけることも、無駄な破壊をすることもない舞台として創り上げている。病院、交通機関、消防など、一歩間違えれば惨事に繋がる手段を、何故選んだのか」
「その答えは?」
「砕けた
「ミャア」
「この
メモリーズ・エッグを狙う者は怪盗キッドだけではない。明確な殺意を持った犯人が陰に潜んでいる。
探偵も警察も知らなかった事実を、怪盗は知っていた。故に、彼は大立ち回りをしたのだ。
しかも、手口が荒っぽい。手段を選ばない狂暴性が見え隠れしているのだ。
「おまえは、大阪を停電させるという
「ある意味、囮になったということですか? キッドがエッグを盗まなければ、真の犯人が鈴木会長を殺害してでもエッグを奪っていた可能性があったと」
「……」
家茂の言葉にエドモンが小さく頷き、ロボの両目が細められる。
エッグを盗み出して返還するだけが目的ではなかった。真の犯人を特定せねば、本来の持ち主に危害が及ぶ。怪盗キッドに
その結果、
キッドからエッグを取り戻しただけでは、この事件は終わらない。
探偵、警察、怪盗。三者の共通の敵とも言える存在が潜んでいるのだ。
「こちらとしても、おまえ以外の敵にエッグを蹂躙されてもらっては不愉快だ。引き揚げてやった借りだけでも返してもらおうか」
「ミャア」
「助けていただいたことに感謝しますよ。どうやって、この猫君が私を引っ張り上げたかは分かりませんが。それで、私はどのようにして借りを返せばよろしいのかな」
「……エッグの真の所有者。何者だ」
この事件における、インペリアル・イースター・エッグの真の所有者とは?
キッドは如何にしてその真実を知ったのか。
どのような真実を以て、真の所有者と成るのか。
エドモンの問いかけにキッドは答えなかった。白いシルクハットから雫が滴り落ちても、くしゃみ一つせずにポーカーフェイスで真実を偽り続けている。
言えないこと。探偵に暴かれたくない、暴いてはいけない謎……この真実は、闇に葬らなければならないという訳か。
エドモンは短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けた。返せない借りなど押し付けるものではない。そのような重い真実は、探偵役であるだけの自分には扱いきれないのだ。
「では、共同戦線といこうか怪盗キッド」
「追い詰めてくれますか? 真の犯人を」
「それは、おまえが一番分かっているだろう。耄碌したか。こちらのキャストには名探偵がいる」
「ええ、そうです。どうやら、名探偵に賭けるしかなさそうだ。それで、ですね……もう一つ、お願いが」
「……」
「その巨大な金魚、引っ込めてくれませんかね!?」
順道丸を覗き込むように、ロボよりも大きい巨大な金魚の群れがぬっと海から顔を出していた。
***
その夜、大阪湾は警察による懸命の捜索が行われたが海に落ちたとされる怪盗キッドの姿を見つけることはできなかった。
キッドは死んだのか?否、そんなはずはない!
そう断言する中森が血眼になって探し続けるが、朝日が昇ってもキッドの死体もハンググライダーの残骸も、マントの切れ端すらも発見できなかったのだ。
8月23日
鈴木財閥では急遽エッグの展示を中止し、傷がないかを調べるために鈴木家の所有する船で東京へと戻ることとなった。
警察の発表によると、昨夜の停電による負傷者は数名。重傷者はおらず、大きな事故といえば飲酒運転の車が変電所に突っ込んだぐらいだ。爆破された変電所は、キッドによる工作ではなくこの事故による被害の方が大きいが、復旧の目途は立っているらしい。
トラックと接触しかけて横転した平次も捻挫で済んでいた。
鈴木会長の好意に甘え、立香たちも鈴木家の豪華客船で東京へと戻ることとなる。コナンたちはともかく、他の、エッグの商談にやって来た者たちも東京へと戻るのならばと乗船させた会長の懐深さには感謝し尽くせない。
だが、昨日に会長室で顔を目にした者たち以外にも、もう2人新たな登場人物が増えていた。
何でも、エッグに関する重要な話があるようだが……。
「エッグの図面?」
「はい。彼女の祖母の遺品の中から、エッグの図面らしき物が出て来たそうです」
西野に案内されてエッグの保管庫隣にある部屋へとやって来たのは、老人に付き添われた美しい女性だった。
「初めまして。香坂と申します」
「香坂家の執事、沢辺でございます」
「っ! あ、あなたは」
「あら、昨日の」
「え、知り合い?」
「昨日、フルーツパーラーで」
香坂夏美と名乗った女性。彼女の灰色の瞳は、アナスタシアを目にして大きく見開いていた。
快斗じゃなくても巨大な金魚の顔がどアップって怖いよね。
宝石の展示場所を水族館にしたら割とキッドに勝てる気がしなくもない。
【個人的改変点】
その②
作中のキッドの犯行手口の説明について。
メタ的なことを言ってしまうと、初期のキッドは『まじっく快斗』の彼とは違うヒールとして描かれていたために、こんな大掛かりで被害の多そうなやり方もできたでしょうが快斗要素が増えた現状ではちょっとやりすぎだよね~って話。
なので、ちょっと考えてみた。大体は『業火の向日葵』の時と同じです。
キッドにしては荒っぽい手口で大立ち回りをした理由としては、彼は真の犯人の存在を知っていたということにしました。最悪、キッドがエッグを盗まなければ鈴木会長の右目が撃たれていたかもしれないし、『鈴木近代美術館』が燃えていたかもしれない。
ロマノフ王朝関連の宝を狙うに当たり、同業者とも呼べない敵の存在に気付いていたが、そいつが何者かは分からない……後は、巌窟王の推理通りです。
お粗末に立ち回ることによって犯人を炙り出そうとしましたが、まさか飛行中に撃って来る奴とは予測つかなかった……下手したら海にエッグ落ちてたぞ。
ということで、黒猫に水揚げされたキッドですがこの後すぐにスタンバイしていたジイちゃんに回収されました。それから1日ほどで東京に戻ってコンディション整えてと、随分なハードスケジュール……犯人はフィジカル!