犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 厳重なセキュリティが敷かれた金庫でエッグは守られていた。

 分厚い鉄の扉に守られた卵が、西野の手によって丁寧に運ばれる様子を寒川のカメラが追いかける。鈴木会長の前に置かれたエッグの秘話……彼女、香坂(こうさか)夏美(なつみ)(27)と、香坂家の執事、沢辺(さわべ)蔵之介(くらのすけ)(65)によって物語は大きな変化を見せた。

 

「私の曾祖父は喜市と言いまして、ファベルジェの工房で細工職人として働いていました。現地でロシア人の女性と結婚して革命の翌年に2人で日本に帰り、曾祖母は、女の赤ちゃんを産みました……ところが、間もなく曾祖母は死亡。9年後、曾祖父も45歳の若さで亡くなったと聞いています」

「その、赤ちゃんというのが」

「私の祖母です。祖父と両親は私が5歳の時に交通事故で無くなりまして……私は、祖母に育てられたんです」

「その大奥様も、先月亡くなられてしまいました」

「私は、パリで菓子職人として働いていたんですが、帰国して祖母の遺品を整理していましたら……曾祖父が書いたと思われる、古い図面が出て来たんです。真ん中が破れてしまってるんですが」

 

 夏美が鞄の中から取り出したのは、擦り切れてボロボロになってしまった二枚の紙片。元は一枚の紙に書かれていたのだろう。だが、何が描かれているかははっきりと分る。

 大きく破れた紙の左下には「MEMORIES」の文字。間違いなく、メモリーズ・エッグが描かれていたのだ。

 

「確かに、メモリーズ・エッグだ。しかし、これには宝石がついていたのに」

「元々、宝石がついていたのに、取れちゃったんじゃないでしょうか?」

 

 図面によると、エッグの上部には宝石がついている。しかし、テーブルの上に置かれたエッグの実物には、この宝石がついていない。

 そもそも、この図面……何か違和感がある。

 

「ねぇ、もしかしたら卵は二つあったんじゃない?」

「え?」

「だって、ほら。一つの卵にしちゃ、輪郭が微妙に合わないじゃない。ホントはもっと大きな紙に2個描いてあったのが、真ん中の絵がゴッソリなくなってるんだよ!」

「本当だ! じゃあ、このエッグとは別に、宝石のついたエッグがどこかにあるってこと?」

 

 コナンと立香の言葉に、周囲の者たちは納得と驚愕が入り混じった表情をしていた。だが、コナンは2個目のエッグよりも、これらの卵に名付けられた『メモリーズ』がずっと引っ掛かっていた。

 どうして、このエッグは「思い出」なのだろうか?

 中身の人形以外にも何か仕掛けがないかと、改めてメモリーズ・エッグを調べるとエッグの底に小さな円盤状の鏡がついていた。何だこれは。気になって指先でそっと触れたら……鏡がポロっと落ちてしまったのだ。

 

「え、やべ!」

「ん、何をやっとるんだお前!」

「か、鏡がついてたけど、取れちゃった……」

「何ぃ!?」

「コ、コナン君……!」

「あ、大丈夫。あの鏡、簡単に外れるようになってんの。どうやら、後から嵌め込んだみたいなの」

 

 小五郎の顔が真っ青になるが、園子の話を聞いて安堵する。が、今にでもテーブルを飛び越えて拳骨を落としそうである。8億円以上もの価値がある秘宝になんちゅうことを……!

 しかし、8億円以上もの価値がある美術品に、どうしてこんな鏡が嵌っているのだろうか?

 

「……ん?」

 

 コナンが持つ小さな鏡が光を反射している。だが、照明の光ではない。光の中に何かが映り込んでいるように見えた……。

 

「これは、もしかして……! 西野さん! 灯りを消して」

「あ、ああ」

「くぉら! 勝手なことを……あっ」

 

 窓のない金庫室は真っ暗になる。腕時計型ライトを取り出したコナンは、小さな鏡に向けて灯りを照射した。先ほどよりも強い光が鏡に映り、反射して壁へと差し込むと……鏡に秘められた謎が浮かび上がったのだ。

 暗闇の中に出現したのは、塔が聳え立つ白亜の城。光と共に浮かび上がった幻想の如き城に、その場にいた者たち全員が釘付けになった。

 

「ど、どうして絵が?」

「魔鏡だよ」

「魔鏡?」

「聞いたことがある。鏡を神格化する、日本と中国にあった特別な鏡だと」

「そう。鏡に特殊な細工がしてあってな。日本では、隠れキリシタンが壁に映し出された十字架を密かに祈っていたと言われている」

「何故、エッグにこのような仕掛けが?」

「沢辺さん、このお城……」

「はい。横須賀のお城に間違いありません」

 

 横須賀の海を臨む高台に建つ城は、ドラマやCM撮影に使用される有名地だ。確か、仮面ヤイバーの映画の一場面もあそこで撮影されていた。

 あの城は元々、香坂喜市が建てた城らしい。つまり、鏡に映ったこの絵は香坂家の城を示している。

 オリジナルの図面を持ち、エッグの実物にこのような仕掛けを施せる者は1人しかいない。再び灯りが点くと同時に、エッグに秘された謎の一端が解かれた。

 

「夏美さん、二つのエッグは貴女のひいお祖父さんが作ったものじゃないでしょうか? 貴女のひいお祖父さんは、ロシア革命の後で夫人と共に自分が作った2個のエッグを日本に持ち帰ったんです。恐らく、この2個目のエッグについていた宝石のいくつかを売って横須賀に城を建て、城のどこかに隠したんです! そして、城に隠したというメッセージを魔鏡の形で対のエッグに残したんですよ!」

「あの、実は図面と一緒に、この古い鍵もあったんですが。これも何か?」

「それこそ! 2個目のエッグを隠してあるところの鍵に違いありません!」

 

 小五郎の推理に間違いはないだろう。

 ファベルジェの工房に勤めていた喜市はエッグの作製を任されたが、ロシア革命によって皇帝一家の手に渡ることはなかった。それも、51個目だけではなく、5()2()()()のエッグも存在していた……エッグを狙う者たちの目の色が変わった。

 夏美は、東京に戻ったら横須賀の城に向かうらしい。小五郎に同行を依頼すると、セルゲイから始まり青蘭まで、全員がエッグ探しに同行させてくれと夏美に頼み込んで来た。

 まるで獲物を前にして舌なめずりをする狩人のようだ。誰も彼もが、2個目のエッグを手中に収めたがっている。もし、本当に52個目の幻のエッグが存在しているのだとしたらその価値は10億……否、下手をしたら兆の価値がつく。

 キッドは、52個目の存在を知っていたから狙ったのだろうか。真の狙いは、対の存在である宝石のついたエッグだったのか?

 

「……あ、あの! 差し出がましいようですが、(わたくし)たちも、エッグを探しに同行させていただけないでしょうか?」

「アナスタシア……“たち”って」

「勿論、あなたたちも一緒よカドック。探しましょう、2個目のエッグを」

「ええ、勿論! 探偵さんたちが来ていただけると心強いです」

「あなた“たち”って」

「広い城の捜索です。人数が多いに越したことはありません。さあ、まだ見ぬ宝を求めてダンジョンへ足を踏み入れるのです!」

「次の『カルデア探偵局』の仕事は、城のどこかに隠された秘宝探しか」

 

 随分と気合の入ったアナスタシアに引っ張られ、カドックや『カルデア探偵局』も横須賀へと向かうことになる。

 彼女たちはともかく、我先にと夏美の前に出て来た4人……昨夜、キッドを撃った犯人はまさか。

 

 

 

***

 

 

 

『ご、52個目のエッグですか!? 51個目の発見だけでも、歴史的大発見です! それなのにもう1個存在しているなんて!』

『ファベルジェの工房で、王室に献上するインペリアル・イースター・エッグの作製を任された日本人か。51個目のエッグや仕込まれた魔鏡の技術を見るに、見事な職人だったんだろう』

「明日お昼過ぎに東京に到着して、それから横須賀に向かうよ。鈴木会長が車を手配してくれるって」

「まったく、ただエッグを見るだけの約束だっただろう」

「もう一つのエッグはまだ見ていません」

 

 いけしゃあしゃあとそう言ったアナスタシアに、カドックは大きく溜息を吐いた。

 ただでさえ事件が起きている真っ最中だというのに、更に事件が起きそうな現場へ飛び込まなければならなくなってしまった。そう、これは事件だ……怪盗キッド殺人未遂事件が現在進行形で発生しているのだ。

 

「あ、犯人この船にいますね」

「いるのかよ!」

「はい。ボクの宝具にビビっと来ました。新鮮な臭いなので、昨夜の事件に関係している可能性が大いにあります。しかも、しかもですよ。臭い滲み込みタイプの犯人です。余罪刑罰執行マシマシです」

 

 つまり、日常的に犯罪に手を染めて罪の臭いが滲みついている極悪人タイプの犯人がいる。その者が、キッドを殺害してエッグを手中に収めようとした真の犯人である可能性が高いのだ。

「ミャア」と可愛らしく鳴いたプルートーであるが、カドックを慰めている訳ではない。こういう特異点なので諦めてくださいと言っているのである。

 まさか、キッドを狙撃しただけではない犯人と同じ船に乗ってしまった。だったら、とっととさっさと通報して逮捕してもらうべきであるが、残念ながら証拠がない。プルートーが鳴くだけである。

 

「こっそり凍らせては駄目かしら?」

「それだったら、人目のないところでさっさと火刑に処すべきよ」

「それじゃ俺たちが犯人になっちゃうから……」

 

 とにかく、犯人の動きには注意しなければならない。立香とカドック、それぞれのマスターの身の安全の確保を最優先にしつつ、犯人を告発するための推理を組み立てよう。

 昨夜の、怪盗キッドとのやり取りの情報共有を行っているとノック音が聞こえた。誰かが訪ねて来たようだ。

 

「待てマスター」

「出て来るわ」

「うん」

 

 ソファーから立ち上がろうとした立香をエドモンが制し、ジャンヌがドアを開けた。

 

「何か……っ」

「お、意外だねその表情。いただきぃ」

 

 ジャンヌに向けてビデオカメラが突き付けられた。突拍子もないことだったので、彼女は一瞬だけ驚いて呆けたような表情を見せたが、その一瞬がしっかりと撮られてしまう。

 来訪者は寒川だった。ドアを開けたジャンヌの表情をビデオカメラに収めただけ、それだけで退散したのである。

 

「何だったんだろう?」

「犯人だけじゃなくて変人も乗っているのね。折角の豪華客船の旅だってのに」

 

 怪しい航海は始まったばかりだった。




曾祖父は有名工房の細工職人、曾孫はパリの菓子職人。物作りの才能が脈々とその血に受け継がれている。
あと、公開当初から西野さん×夏美さんがちょっと気になっている。同意してくれる人いません?

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