犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 カドックが自分の客室に戻ると、室内は黄昏色に染まっていた。西に落ちる夕日が差し込んだ温かい色をした光の中で、髪をポニーテールに結ったアナスタシアが椅子に腰かけていたのだ。

 

「アナスタシア、さっきのは……」

「勝手に“設定”を改変したのは謝ります、マスター。でも、本当だったの……彼女の瞳は、マリアによく似ていた」

 

 驚いた。エーテルでできた肉体の心臓が跳ねて、生前の記憶が奥底から湧き上がって来たのだ。

 それほどまでに、彼女――夏美の瞳は、マリアに似ていたのである。

 ニコライ2世の三女、マリア。アナスタシアのすぐ上の姉であり、彼女とは姉弟の中で最も仲が良かったと伝わっている。

 マリアもエカテリンブルクのイパチェフ館にて家族や使用人、飼い犬もろとも銃殺されたが、彼女とアレクセイ皇太子の遺体だけは別の場所に埋められていたため発見が遅れてしまった……それが、汎人類史の歴史だ。

 しかし、この事件の歴史において、皇女マリアの遺骨は発見されていない。彼女はまだ、冷たい地の下にゴミのように埋められているのだろうか。

 卵の中には在りし日の家族の像が秘められていた。あの姿は、アナスタシアの記憶の中にもあるはず……そう、アナスタシアには家族の記憶が残っている。

 彼女はサーヴァントであり、精霊と契約した魔術師(キャスター)でもあり、家族に愛され家族を愛した1人の女の子でもあるのだ。

 

「あなたの知る(わたくし)とは違うから、違和感があるのかしら」

「君と()()は別人だ。しかし、無意識に同一視していたのなら謝ろう」

「いいえ。仕方のないことです。面影を追う視線の長さは、抱いていた愛の重さと同じなのですから。仕草が、眼差しが、趣向が……何か、微かにでも似通っている部分があるだけで重ねてしまうのです」

 

 それでも、カドックがアナスタシアを()()として接したことはない。どこまでも誠実に、マスターとして接してくれていた。

 

「カドック。あなたと藤丸は似ているわ。あなたも彼も、いっそのこと(わたくし)たちサーヴァントを普通の使い魔として扱ってくれたら良かったのに」

「……僕は、()()に助けられて今ここにいる。()()に守られて生かされて、今は汎人類史(カルデア)の予備マスターだ。()()が僕を信頼してくれた。だから僕も、君の信頼に応えたい。僕が縁を持っていたのは異聞帯の()()だ。でも、僕の呼びかけに答えてくれたのは君だ、アナスタシア。君は、僕をマスターとして信頼して手を取ってくれたんだろう……いや、そう思わせてくれ」

「……」

()()と共に抱いた感情は()()だけのものだ。君は君だけの感情を抱いて欲しい。写真が趣味で、ヴァイオレットの香りが好きで、いつの間にかヴィイの被り物を大量に集めていて、実は寂しがり屋で……家族を愛した君は、君だけだ」

「……カドック。手を、握って」

 

 そっと差し出された白い手。小さな手に重ねたカドックの右手には、アナスタシアとの繋がりである令呪が刻まれている。

 両手で包み込んだ薄い手に傅くかの如く、女帝陛下に忠誠を誓う騎士のように膝を着いた。

 

「あ、カドックたちも来た。夕日が凄いよ」

「本当、美しい夕日ですね」

 

 潮風に当たりに甲板へ出ると、巨大な夕日が世界全てを橙色に染めながら水平線へと沈んでいくところだった。立香たちは飲み物を片手に甲板のカフェテラスで涼んでいる。

 エドモンとサリエリが2人に席を譲り、西野が飲み物を持って来てくれると言うのでお言葉に甘えて冷たいレモネードを2杯頼んだ。彼ら以外にも、小五郎と鈴木会長が寒川を交えてビールを飲み交わしており、他の乗客たちも何人かが外に出て来ている。

 コナンが夏美や青蘭と一緒にカフェテラスにやって来た。青蘭のチャイナドレスから伸びる白い脚に小五郎の鼻の下が伸びている……後で蘭にバレなければいいが。

 

「寒川さん! そのペンダント」

「?」

「ほぉ、流石ロマノフ王朝研究家。よく気付いたな」

 

 カフェテラスにいた者たちの視線が青蘭と寒川に集中する。寒川は、指輪にチェーンを通したペンダントを首から下げていた。

 それを青蘭へと手渡すと、彼女はゆっくりと慎重に指輪を調べ、裏側に刻まれていた持ち主の名前を発見する……内側には「Maрия」と彫られていた。

 

「マリア……まさかこれは、ニコライ2世の三女、マリアの指輪!?」

「っ!?」

「アナスタシア!」

「アンタがそう言うなら、そうなんだろ?」

「ミスター寒川、(わたくし)にも見せてくださいませんか」

「ああ、どうぞ」

 

 あちらのテーブルに駆け寄るアナスタシアをカドックと立香が追いかけた。彼女が青蘭から受け取った指輪は、植物と花を刻んだ素朴なデザインに薄桃色の宝石が付いている。

 

「マリアが好きそうなデザインだけど……分からない、覚えがない」

「寒川さん、これをどこで!?」

 

 青蘭の問いかけに寒川は答えなかった。何かを企んでいそうな笑みを浮かべたまま、指輪を見せびらかすように首にかけて悠々と船内へ戻ってしまう。

 

「本物ですかね?」

「さあ。詳しく鑑定してみないと」

「さっきから何がしたいのかしら、あの男?」

「さっきから?」

「さっきね、私たちの部屋を訪ねて来て、部屋を出て来たところをビデオで撮っていたのよ」

「ドアを開けたジャンヌが撮られたんだ」

「蘭姉ちゃんもビデオで撮られてたよ」

「通り魔のビデオ撮影版か何かかな」

「連続殺人事件的なストーリーなら、犯人の手がかりを撮影してしまって殺されるタイプの人間ね」

「……ん。西野君、ボールペン落ちそうだぞ」

「あ、どうも」

 

 飲み物を運んで来た西野が、後ろポケットにボールペンを押し込んだ。

 この時、既に第二の事件の幕は上がっていた。ジャンヌが言っていたことが現実になったのか。それとも、首から下げていた指輪のペンダントが原因だったのか……ロボが立香を呼び出したのだ。

 

『彼は、血と火薬の臭いがすると言っています』

「血と、火薬……っ、まさか!」

「ロボ、案内してくれ!」

「待ってください。ボクも!」

 

 ヘシアン・ロボの案内でエドモンと立香が客室を飛び出し、プルートーが追いかける。臭いの発生源は彼らの客室があるフロアから二階下、エッグの商談を持ち掛けてきた者たちの客室がある階だった。

 

「おや、どうしましたか?」

「西野さん! ロボが、その、様子がおかしくて」

「グルルルル……」

「ミャア、ミャア!」

「この部屋は誰の?」

「寒川さんの部屋です」

 

 時刻は午後7時40分を回っていた。

 途中で西野と出会い、血と火薬の臭いの発生源である部屋の前に来る……ここは、寒川の部屋だった。

 エドモンがノックをするが反応がない。鍵は開いていた。

 

「っ、わぁぁぁぁ!! 寒川さん!!?」

 

 ヘシアンがドアを開けると、部屋の真ん中には右目から血を流した寒川が倒れていた。しかも、部屋の中が荒らされている。植木鉢は割れ、クローゼットから服が引っ張り出され、枕は切り裂かれて羽毛が飛び出ていた。

 

「ニャー」

「右目……まさか、キッドと同じか」

「す、すぐに会長に知らせてきます!」

「毛利探偵も呼んでくれ」

「はい!」

 

 西野が震える脚に活を入れて走り出した。彼の姿が見えなくなったところで、今度はプルートーが走り出す。

 彼も臭いを嗅ぎつけた。新鮮な罪の臭い、もっと濃くなった、染みついた罪の臭い。

 立香とヘシアン・ロボがプルートーを追いかけると、黒猫は同じ階にある一室の前に座り込んだ。

 

「ニャーーーン」

「……」

「……水音?」

『硝煙反応を洗い流しているのでしょう。随分と手早い犯行です』

「しまった、証拠が!」

 

 客室のドアの向こうからシャワーの音がする。罪の臭いは洗い流せないが、拳銃から飛び散った硝煙反応を消すことは可能だ。一歩遅かった。

 プルートーが犯人を告発した。寒川を殺害し、同じようにキッドの右目を撃った犯人――この部屋の乗客が、物語の真の犯人である。

 現場である寒川の部屋では、西野に呼ばれた鈴木会長と園子が顔を真っ青にしながら短い悲鳴を上げた。小五郎と蘭、そしてコナンが駆け付け、現場に入ろうとしたコナンを小五郎が放り出し、エドモンと共に寒川の遺体を検める。

 やはり、右目が拳銃で撃ち抜かれていた。

 

「遺体がまだ温かい。死後硬直も始まっていないな」

「殺害されたのはつい先ほどのようだ……ん、指輪がなくなっている」

「犯人の狙いは指輪だったのか! 鈴木会長、これは殺人事件です! 警察に連絡を!」

「はい!」

 

 鈴木会長と小五郎の通報により、警視庁から捜査一課の刑事たちが臨場した。

 豪華客船のヘリポートに降りたヘリからは、目暮と白鳥、そして右の額に絆創膏を張った高木他、鑑識を始めとした捜査員たちがやって来たのである。

 

「警部殿! お待ちしておりました!」

「ったく、どうして君の行くところに事件が起こるんだ? しかも、ダンテス君まで」

「探偵としての宿命……もし神が存在すると言うのならば、神の思し召しか何かか」

「探偵という存在が神なんじゃないんですか。毛利さんも、貴方たちも……死神という名の」

 

 白鳥からの皮肉とも取れる嫌味は、ヘリの轟音にもかき消されることなく探偵たちに届いてしまっていた。




妙だな、白鳥警部は休暇で軽井沢の別荘に行っているはずだ。(誰にも言っていないけど)小林先生を誘っていたから、退屈するということはないのに。
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