「被害者は寒川竜さん、32歳。フリーの映像作家か」
「警部殿! これは強盗殺人で、犯人が奪ったのは指輪です!」
「指輪?」
「はい! ニコライ2世の三女、マリアの指輪で、寒川さんはペンダントにして首から下げていました」
「指輪を盗るだけなら、首から外せばいいでしょ。でも、部屋を荒らした上に枕まで切り裂いているのはおかしいよ!」
「?!」
また、いつの間にかコナンが現場に入り込んでいた。
寒川の客室は酷い荒らされ様だった。ロボが血の臭いを嗅ぎつけてからエドモンたちが現場に駆け付けるまでの短時間で、よくもまあここまで荒らせたものである。
特に目を引くのは刃物で切り裂かれて羽毛が飛び出た枕だ。だが、コナンの言う通り指輪を狙った強盗殺人だったとするならば、ペンダントの鎖を引き千切ればいいだけ。この荒らされ方はどこか不自然とも捉えることができるだろう。
「こいつ、またチョロチョロと……!」
「目暮警部! 床にこれが」
「ボールペンか……M.NISHINO?」
「っ!?」
鑑識官の1人が発見したのは見覚えのあるボールペンだった。あれは確か、夕方に甲板のカフェテラスで目にした。
M.NISHINO……西野真人のポケットに入っていたボールペンだ。
「このボールペンは西野さん、貴方の物に間違いありませんね?」
「は、はい。でも、それがどうして寒川さんの部屋に?」
「貴方は遺体を発見した時、寒川さんの部屋があるフロアにいましたね?」
「そうです。食事の支度が出来たので、呼びに行こうとして。そうしたら、こちらのダンテスさんや、藤丸さんたちとお会いしたんです」
「遺体を発見した時、部屋の中に入りましたか?」
「いいえ」
「それは確かだ。彼には、すぐに鈴木会長と毛利探偵を呼びに行くように請うた」
「では、入っていない貴方のボールペンが、何故部屋の中に落ちていたんだ!?」
「分かりません……」
「ミャン」
違う、西野は犯人ではない。西野からは罪の臭いがしないと、プルートーが左目で訴えている。しかし、何故現場に西野のボールペンがあったのだろうか?
西野の証言によると、彼の午後7時以降のアリバイがはっきりしていないことが判明してしまった。
午後7時10分 西野が自室でシャワーを浴びる
午後7時30分前後 寒川が殺害され、部屋が荒らされる
午後7時35分 厨房スタッフから連絡を受ける
午後7時40分 西野が立香たちと遭遇する
厨房スタッフからの連絡も対面ではなく電話連絡だったので、ずっと部屋にいたというアリバイにもならなかった。
「パパ、まさか西野さん……」
「いや、そんなハズはない」
「目暮警部! 被害者の部屋を調べたところ、ビデオの録画データが全部なくなっていました!」
「何っ!?」
「そうか、それで部屋を荒らしたんだな!」
「ボク、ちょっとトイレ!」
「コラ坊主! 勝手に動くんじゃない!」
「あ、良いの。わたしが……」
「僕が行ってきます。毛利先輩は待っていてください」
「え、でも……」
「船内には、殺人犯がいるかもしれませんので」
コナンを連れ戻そうとした蘭をロビーに残し、家茂が替わりにコナンを追いかけてロビーを後にする。
彼は一体どこに行ったのだろうか?
一応トイレも覗いてみたが、姿は見えなかった。エントランスに下りて喫煙ルームの前を通り、公衆電話コーナーへやって来ると、誰かが家茂の肩にポンと触れた。
「君は確か、清水君だったね」
「白鳥警部」
「銃を持っている犯人がうろついているかもしれない。皆さんのところへ戻ってください」
「でも、コナン君がトイレに行ったままいなくなってしまいまして」
「彼は私が連れ戻しますから」
「……分かりました」
家茂はコナンを白鳥に任せてロビーに戻ろうとしたが、脚を止めて振り向いた。
「金魚……和金と琉金、どちらがお好きですか?」
「生憎、魚は苦手でしてね」
「やっぱり」
そう呟いて、家茂はロビーへと戻って行った。
一方、コナンは公衆電話スペースの最奥に隠れていた。船内にはWi-Fiが通っていたが、陸地への電話は圏外のためにここを使用しなければならなかったからだ。
連絡先は阿笠……ではなく、その隣人。右目を撃ち抜くという特徴的な殺害方法と、ロマノフ王朝関係の遺物。素人の犯行とは思えなかった。
『右目を撃ち抜く
「その、犯人の名前は?」
『スコーピオン』
赤いレーザーポインターを蠍座の
「スコーピオン?!」
『確か、半年前にもアメリカのコレクターが殺害されてロマノフ王朝に関する財宝を強奪されている。コレクターは右目を撃たれ、自宅には火を点けられた。怪盗とも言えない凶悪な手口だ』
「そのスコーピオンがこの船に」
『どこに行っても、探偵が休まることはないようだな』
「ありがとう、
スコーピオンの名はFBIにも知られていた。赤井――沖矢の声と変装のままコナンからの電話に出た彼によって、事件の陰に隠れていた犯人の名が浮上したのだ。
スコーピオンの狙いはエッグだ。寒川の指輪もロマノフ王朝の遺物として狙ったのかもしれない。そう考えれば説明がつくが、では何故、ビデオの録画データまで?
コナンは沖矢への電話を切った……その時だった。誰かに監視されているような視線を感じたのは。
公衆電話スペースから飛び出て廊下を見渡してみるが、誰もいない。気のせいだったのか?
***
「へー」
中太りの月に照らされた甲板……カフェテラスではなく、その裏側だ。闇に紛れて甲板から空を見上げたアンリマユは、救命艇が一艘なくなっているのに気付いた。
普通に考えれば、あの救命艇で犯人は船から逃げ出したと推理できよう。だが、答えを知っているからあれは偽装だと言える。犯人はまだ船内にいる。
そして、彼以外にももう1人、甲板に出て来た人間がいた。彼も救命艇が一艘なくなっていることに気付いて上を見上げている……そうか、そう来たか。
「後輩、いたぜ」
「……まさか、白鳥警部に変装して船に乗り込んで来たとは。来たか、怪盗キッド」
アンリマユがあっちと指差せば、煙草を吹かせていたエドモンが白鳥……否、彼に変装した怪盗キッドと顔を突き合わせる。
刑事に変装し、警察の内部に潜り込んでやって来るとは随分と大胆なことをしたものだ。
「タイミングよく東京を離れていたので、顔をお借りしました。しかし、遂に死者が出たか」
「おまえから得た犯人の手口と一致した。真の犯人こと、スコーピオンがこの船に紛れ込んでいる……救命艇を落としてすでに逃亡したと思わせたかったようだが、奴は逃げてなどいない。まだこの船にいる。だが、証拠がない」
硝煙反応は部屋のシャワーで簡単に消せる。凶器だって、寒川の部屋から強奪した録画データだって、海に捨てれば簡単に処分できる。
強引に乗客全員の部屋を調べることもできるが、探偵たちにそこまでの権限はない。黒猫が嗅ぎ付けた
「そう言えば、何故スコーピオンは指輪の他に録画データも奪っていったのでしょうね?」
「そりゃアレよ、魔女ちゃんが言っていたアレだって」
それは、証拠となる何かだったのだろうか?
蠍の尻尾を掴めないまま、されとて事件は展開を見せる。寒川の指輪が見つかったのだ。
「羽毛アレルギー?」
「それは、私が証人になります。彼は少しでも羽毛があると、くしゃみが止まらなくなるんです」
「だから、西野さんの枕は羽毛じゃないんだね」
「あれ、現場は羽毛まみれでしたよね。羽毛アレルギーの人がわざわざ枕を切り裂きはしない……」
「つまり、西野さんは犯人じゃない」
寒川の指輪は、西野の部屋のベッドの下から見つかった。それが決定的な証拠かと思われたが、コナンが見つけた枕が西野は犯人ではないという決定的な証拠だったのだ。
西野は羽毛アレルギーだ。彼は園子の誘われたお茶会を土壇場で断っている。お茶会が行われた蘭の部屋に鳩がいたため、アレルギーが起きないようにと逃げるように退散したのである。
「となると、犯人は一体?」
「警部さん、スコーピオンって知ってる?」
「スコーピオン?」
「色んな国でロマノフ王朝の財宝を専門に盗み、いつも相手の右目を撃って殺している悪い人だよ」
「そう言えば、そんな強盗が国際手配されておったな……っ、それじゃあ、今回の犯人も?」
「そのスコーピオンだと思うよ。多分、キッドを撃ったのも」
ここで、犯人の名が表舞台へと姿を現した。やはりコナンも真の犯人の存在に辿り着いていたのだ。
「何でお前、スコーピオンなんて知ってんだよ?」
「あっ、いや……」
「阿笠博士から聞いた」
「っ!?」
「それか、知り合いのお兄さんから聞いたのかな。コナン君?」
「あ……うん、そう! 新一兄ちゃんから聞いたことがあるんだ」
だから、気づいていなかった。白鳥ばかり警戒していて、彼を見極めるかのような蘭の険しい視線に……。
「ねえ西野さん。寒川さんとは知り合いだったの? だって昨日、寒川さんが美術館で西野さんを見てびっくりしてたよ」
「本当かい?」
「西野さんって、ずっと海外を旅して回っていたんでしょう。きっとその時、どこかで会ってるんだよ」
「うーん……っ、あーー!」
「知っているんですか、寒川さんを!」
「はい! 3年前にアジアを旅行していた時のことです。あの男、内戦で家を焼かれた女の子をビデオで撮っていました。注意しても止めないので、思わず殴ってしまったんです」
「じゃあ寒川さん、西野さんのこと恨んでいるね、きっと!」
「……そうか。ならば、寒川氏のあの行動にも説明がつく」
「ダンテス君、何か分かったのかね?」
「偶然だったのだ。偶然、二つの事件が同時に起きてしまったのだ」
この場は任せてもらおうか。思うように動けずにいる名探偵をサポートすべく、この
丸眼鏡をかけ直したエドモンは、船上で起きた事件の顛末を語り出した。
「3年前の出来事により、寒川氏は西野氏へ恨みを抱いていたのだろう。逆恨みだ。復讐ですらない。偶然にも再会した西野氏へ、指輪泥棒の汚名を着せるべく寒川氏は一つ目の事件を仕組んだのだ」
夕方、寒川はわざと人々の前で指輪を見せびらかしてその存在を印象付けると、その指輪を西野の部屋のベッドの下へと隠した。忍び込んだタイミングは西野がシャワーを浴びている時だろう。その時に彼のボールペンを盗み、持ち帰った。
後は指輪がなくなったと騒ぎ立て、ボールペンが現場から発見されれば西野が疑われる。部屋を調べれば、なくなった指輪が発見される……これにて、西野は窃盗犯として警察に突き出されることとなるはずだった。寒川は自身の非人道的な行為を棚に上げて逆恨みをし、罠を仕掛けて冤罪を生み出そうとしていたのだ。
乗船していた探偵たちがそんな小細工に引っ掛かるとは思えないが、ここで二つ目の事件が起きてしまった。罠を仕掛けた張本人である寒川が殺害されたのである。
「寒川氏はスコーピオンに射殺された。目的はマリアの物と思われる指輪だ。しかし、見つからなかったために部屋を荒らし、枕を切り裂いてまで探したのだ」
「録画データが消えていたのは……あ! ジャンヌが言ってた!」
「え、マジで何かヤバイのを撮影しちゃったってこと?!」
「その通りだ」
「すごーい! 流石だね、エドモンさん」
「ということは、スコーピオンはまだこの船のどこかに潜んでいるということか!?」
「そのことなんですが、救命艇が一艘なくなっていました」
「何っ!?」
「それじゃあ、スコーピオンはその救命艇で?」
「緊急手配をしましたが、発見は難しいと思われます」
否、犯人は未だに船内に潜んでいるどころか、この場にいる。
プルートーの左目でジーっと監視されているスコーピオンの目的は、横須賀の城に眠る52個目のエッグだ。メモリーズ・エッグとそのもう一つを手中に収めるべく、夏美と共に城へと向かうパーティに悠々と加わったのである。
「しかし、スコーピオンはもう1個のエッグを狙って香坂家の城に現れる可能性はあります……いや、既にもう向かっているかも」
「えっ」
「目暮警部。明日、東京に着き次第、私も夏美さんたちと城へ向かいたいと思います」
「分かった。そうしてくれ」
そしてここにも、サラっとパーティに加わった怪盗が1人……
「……蘭、どうしたの?」
「え」
「何だか、怖い顔しているわよ」
園子に指摘されてはっとする。蘭はずっとコナンを凝視していたのだ。
彼の行動が頭の天辺から足の先まで、まるで新一のように見えて仕方がない……そんな馬鹿なと、まさかと疑いながら、言葉では言い表せない不安に苛まれる。
コナンへ向ける視線の長さは、蘭の不安の大きさを表していた。
「そんなに、思いつめなくていいんじゃないか」
「カドックさん?」
「面影を追う視線の長さは、抱く愛の重さと同じだ」
「あ、愛って……!」
蘭は顔を赤くして恥ずかしがりつつも、カドックの言葉でどこか安心したような表情を見せていた。
翌日、船は東京へと到着した。
次の――最後の舞台は、横須賀の古城。
この地にて、卵の中に秘められた歴史の謎が解き明かされることとなる。
一旦切ります。ここまで中編!
蠍座って、調子に乗ったオリオンをぶっ殺した功績で星座になったらしいんですけど、型月世界のオリオンはアルテミスに射殺されている……でも、スキルに蠍座由来がある。
つまり、アポロンの要請でヘラorガイアが天蠍派遣→オリオンが逃げて水中へ→天蠍、水が苦手なので諦める(この時点でよくやった!と星座内定)→アポロン、アルテミスを騙くらかす→BAD END
つまり、大体アポロンのせい。
【個人的改変点】
その③
火薬と出血の殺人事件をロボが見逃さないよな~と考えたので、遺体の発見が早まりました。それでも枕の中まで荒らしたのでスコーピオンの手慣れた感がありますね。あの場で逃げたことになったのは、証拠も見つからなければ乗客から硝煙反応が出なかったからとしました。
時間軸を現在に持って来たので、白鳥さんは警部に昇進しているし(多分)1人で軽井沢に行っていない。夏休み期間だもんね!
そして、折角なのでスコーピオンの問い合わせ先は阿笠邸のお隣に。ICPOの犯罪者情報って一般人がアクセスできるものなのかな?
あと、映画原作を書くに当たって漫画版を参考にしているのですが、漫画版だと蘭の心情描写が増えているんだよね。不安の大きさは愛の大きさと同じなのです。