犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

62 / 100
12頁

 西洋の甲冑が並ぶ騎士の間、数多の絵画が飾られている貴婦人の間、立派な彫刻に囲まれた皇帝の間に案内される。どの部屋も、どの美術品も古城に相応しい立派な物であったが、これらの部屋のどこかにエッグが隠されているようには見えなかった。

 

『先輩、古城全体のスキャンが完了しました。どうやらその古城の地下に、入り組んだ空間があるようです』

「地下の空間?」

「そこにエッグが隠されているんじゃないの?」

「でも、迷路みたいな地下室があるなら、真っ先にそこが隠し場所候補として思い当たるんじゃないかしら? あの執事、地下室なんて一言も言っていなかったわよ」

「と言うことは……」

『入り口の隠された、秘密の地下室かもしれません』

 

 マシュからの情報により、立香たちは古城に隠された地下室の存在を知った。影状態のアンリマユを加えてのこそこそ話をしながら、さり気なく沢辺に地下室はないかと訊いてみよう……他のメンバーが彫刻を眺めながら室内を見渡していると、乾がトイレに行くと言って皇帝の間を出て行くのが見えた。

 それから5分ぐらいしてからだろうか。貴婦人の間から、乾の悲鳴が聞こえてきたのは。

 

「こりゃ一体!?」

「罠!?」

「かつて、喜市様が作られた防犯装置です」

 

 貴婦人の間に駆け込んだ一行が目にしたのは、天井から吊るされた何本もの剣と、その切っ先スレスレの真下にいる青褪めた乾の姿だった。彼の腕は、壁に埋め込まれている金庫の中に繋がれている。どうやら、隠し金庫の中の宝石に手を伸ばせば、手枷が盗人を拘束し上から剣が落ちて来る仕組みになっているようだ。

 欲に駆られた乾は喜市によって懲らしめられ、沢辺の持つ城の鍵によって解放された。

 

「この城には、まだ他にもいくつか仕掛けがありますから、ご注意ください」

「つまり、抜け駆けは禁止ってことですよ。乾さん」

「ピッキングセットにハンマー、ペンチ、ノコギリまで! 何しに来たんですか、こちらの方は」

 

 白鳥が検めた乾の荷物のラインナップに、ジャンヌが呆れた声を出した。これじゃあただの盗人と変わりない。白鳥によって精査された懐中電灯を投げ渡されても、乾からは反省の気配が感じられなかった。

 

「凄いからくりですね。もしかして、ボタン一つで出て来る秘密の地下室とかあったりします?」

「いいえ、城に地下室はありませんが」

「じゃあ、一階にひいおじいさんの部屋は?」

「それでしたら、執務室がございます」

「っ!」

「そこに行ってみよう!」

 

 立香がそれとなく訪ねてみた地下室のヒントをコナンが導き出してくれた。子孫も管理者も知らない秘密の地下室……製作者である喜市の部屋にある可能性が高いと、沢辺によって執務室へと案内された。

 簡素で落ち着いた雰囲気の執務室には、多くの年代物の書籍の他に多くの写真が展示されている。

 

「こちらには、喜市様のお写真と当時の日常的な情景を撮影した写真が展示してあります」

「この方が、香坂喜市……」

 

 アナスタシアの目の前にいる黒々としたヒゲの紳士が、夏美の曾祖父である香坂喜市だ。

 日本人にしては体格が良く、タキシードがよく似合っている。とても優しげな眼差していた。

 

「あら、夫人の写真がありませんね。夫婦のツーショット写真の一枚ぐらい、飾られていても良いのに」

「それがね、曾祖母の写真は一枚もないの」

「え?」

「だから私、曾祖母の顔を知らないんだ」

「おい、この男ラスプーチンじゃねーか?」

 

 喜市の妻であり、夏美の曾祖母であるロシア人女性の写真は一枚も飾られていないのに、聞き覚えのある男の写真が飾られていた。

 喜市と共に写るその人は、立香たちカルデアとも、アナスタシアとカドックとも縁のある怪僧だった。

 

「ええ、間違いありません。「ゲー・ラスプーチン」とサインもありますからね」

「喜市さん、ラスプーチンとも接触していたんだ」

「お父さん、ラスプーチンって?」

「い、いや……俺も、世紀の大悪党だったということくらいしか」

「奴は怪僧ラスプーチンと言われ、皇帝一家に取り入ってロマノフ王朝滅亡を早めたとされる男だ」

「怪僧?」

「どうして聖職者が?」

「アレクセイ皇太子が血友病だったからだ」

 

 小五郎と蘭の疑問に答えるようにカドックが口を開いた。

 アレクセイ皇太子が患っていた血友病は、現代でも抜本的な治療法が存在していない難病だ。不治の病を平癒するために超常現象(オカルト)に縋るという現象は珍しいことでもない。特に、当時のロシア貴族の間では神秘主義が広く浸透していた。

 

「ラスプーチンは、本当か嘘かは分からないが病人を回復させる奇跡を起こしていた。その評判を聞き付けた皇帝夫妻によって宮殿に呼ばれ、彼の霊的治療によって皇太子の病状が緩和したんだ。ラスプーチンは皇帝夫婦から絶対的な信頼を得ることになったが、皇帝夫妻はラスプーチンの治療に依存し始め、ラスプーチンは政治にも介入をし始めることとなった」

「皇帝と皇后の寵愛によって一時は権勢を欲しいままにしたが、最後は皇帝の親戚筋に当たるユスポフ公爵に殺害されたんだ。川から発見された遺体は頭蓋骨が陥没し、片方の目が潰れていたそうだ」

「えっ!?」

「片方の目って」

「彼が何者であったかは分からない。ロマノフ王朝の守り手だったのか、それとも神秘を騙ったただのペテン師だったのか……どちらにしろ、結果的にはロシア帝国崩壊の遠因ともなった存在だ。ちなみに、毒を盛っても、拳銃で撃っても、暴行しても死なず、極寒の川に突き落としてやっと溺死したと言われている」

「化け物かよ」

「流石に、時速90kmで走りながらロケラン連射することはしないと思うけど……」

「多分」

「ミャア」

 

 ラスプーチンとは何者だったのだろうか?

 もしかしたら、彼もまた醜聞によって歪められた無辜の怪物だったのかもしれない。あるいは、小五郎が呟いたように化け物の範疇に足を突っ込んだ人間だったのかもしれない。

 にしても。スコーピオンの手口と同じく、右目が潰れた遺体……何か、関係があるのだろうか。

 

「ニャー」

「あれ……っ! プルートー、止まって!」

「ミャ?」

「どうしたのコナン君?」

「プルートーのヒゲが、微かだけど動いてる。下から風が来ているんだ」

「ニャア」

「この下に、秘密の地下室があるんだよ!」

 

 微かに吹き漏れる風は、ヒゲだけではなくプルートーの黒い毛を微かに撫でている。執務室に地下への道が隠されているのなら、どこかに道を切り拓くためのナニかがあるはず。コナンがプルートーのヒゲの動きを確認しながら床を調べると、端が不自然に欠けている床板を発見した。

 床板は簡単に外れた。下から出て来たのは、秘密のスイッチ――ロシア語のアルファベットが並んだ入力装置が隠されていたのである。

 

「っ! これは……もしかして、特定の文字を入力すれば秘密の地下室に行けるのかな?」

「多分、パスワードがあると思うよ。セルゲイさん、ロシア語で押してみて」

「パスワードって、ヒントもないのにどうやって?」

「“思い出”……「ボスポニナーニェ」に違いない!」

 

 воспоминания

 小五郎が自信たっぷりに告げたエッグの名前を入力するが、何も変化は起きなかった。

 

「あれ?」

「じゃあ、「キイチ・コーサカ」だ!」

 

 киичи косака

 古城の主の名を入力しても扉は開かれない。当てずっぽうで試すなどという非効率的な方法では、何年かかってもパスワードを解読するなどできないだろう。

 

「夏美さん、何か伝え聞いている言葉はありませんか?」

「いいえ、何も」

「……バルシェニクカッタベカ」

「え」

「夏美さんが言っていたあの言葉、ロシア語かもしれないよ」

「おい、何の話だ?」

「シー! 黙ってて!」

 

 幼い頃から夏美の耳に残って離れない謎の言葉。ロシア語かもしれないが、セルゲイは聞き覚えがないと言わんばかりに頭を傾げる。耳にした音をそのまま入力するが、秘密の扉は開かなかった。

 

「もしかしたら、切るところが違うのかも」

「バル、シェニ、クカッタ……ベカ。うーん……バルシェニ」

「っ! もしかして、「ヴァルシェーブニックカンツァーベカ」じゃないかしら?」

「そうか! волшебник конца векаだ!」

「それって、どういう意味?」

「英語だと「The last wizard of the century」。ええと、日本語では……」

「世紀末の魔術師」

 

 青蘭が呟いた言葉によって、その場に激震が走った。

 世紀末の魔術師

 怪盗キッドの予告状に書かれていた謎の言葉(ワード)が、秘密の地下室へ通じるためのキーワードと同じ……こんなの、偶然で片付けられはしない。

 キッド(あいつ)、どこまで()()()いたのだ。

 

「とにかく、押してみましょう」

「ミスター・セルゲイ! 僭越ながら、(わたくし)に押させていただけないでしょうか」

「アナスタシア?」

「……ニコライ2世の末娘と同じ名の貴女がこの場にいるのも、運命の導きやもしれません。どうぞ、ミス・アナスタシア」

 

 セルゲイの代わりにアナスタシアが名乗り出た。

 入力装置の側に膝をついてパスワードを入力しようとするが、伸びた指が震えている……もし、このパスワードが正解で、地下への扉が開いたとしたら、一体その先には何が待っているのだろうか。

 知りたい。けれど、少し怖い。

 震える指先が「в」のボタンに触れる。だけどその寸前、アナスタシアの右手はカドックの手に包まれたのだ。

 

「カドック」

「行くぞ。真実を知るために」

「……ええ。行きましょう、一緒に」

 

 волшебник конца века

 手の温もりで震えは止まった。アナスタシアとカドックが2人で入力したその言葉が、真実へ至る道を拓く鍵だった。

 入力が完了すると同時に地下では巨大な歯車が回り始める。地響きにも似た大きな音と共にコナンの足元の床が開き、秘密の地下通路への階段が姿を現したのだ。

 

「でかしたぞボウズ!」

「本当に秘密の地下室があったんだ」

「ではみなさん。慎重に下りてみましょう」

 

 懐中電灯を手にした白鳥を先頭にして、一行は秘密の地下室へと下りて行った。




このご時世なので、一言断りもなく煙草を点けるおっちゃんがいなくなり黒猫のヒゲが活躍した。
多分、禁煙だよね。あのお城。(でも蘭ちゃんは灰皿を持って来た)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。