その頃、古城の外では子供たちが好き勝手あれこれ探し回っていた。
「駄目です。ここも鍵がかかっていますよ」
「クッソ! グズグズしてたら、先に宝を見つけられちまうぞ!」
「もういいだろう。いい加減、諦めたらどうだ」
「え~!」
歩美のみならず、元太と光彦からもサリエリへブーイングが飛んだ。彼らは意地でもエッグ探しを続けたいのである。
こちらとしては、早々と諦めて阿笠と共に米花市へ帰ってもらいたい。すぐ近くに連続殺人犯がいるこの状況に、子供たちを長く留めておくのは危険だ。
「おーい哀君! どこに行くんじゃ?」
「ちょっとあの塔を見て来るだけ」
「灰原ーー! 何かあんのか? あそこに!」
石造りの階段を下った先には三角屋根の小さな塔がある。そこへ向かう哀を追いかけて子供たちが木の扉を開けるが、彼らの期待とは裏腹に塔の中には何もなかったのだ。
「あれ? 何だよ灰原、なんもねーぞ!」
「何かあるなんて言ってないわよ」
「おーい! もう諦めて帰った方が……ハァ、ハァ」
息を切らせた阿笠が石の壁に手を着いた、その時だった。彼が手を着いた一つだけ形の違う石が奥へと押し込められると、それがスイッチとなって子供たちがいる塔の中に大きな穴が空いたのである。
「わぁぁぁぁーーー!?」
「た、大変じゃ!」
「っ! 仕方がない」
サリエリが子供たちを追って穴へと飛び込んだ。
中は長いゴツゴツした岩肌のスロープになっているが、落ちる先は真っ暗で何も見えない。子供たちを追って滑り落ちるサリエリは、哀と歩美を左腕で回収し光彦を肩に掴まらせる。体重のせいで元太が真っ先に落ちて行くが、遂にスロープの先が見えなくなった。
「わっ!」
「っ、間に合ったか」
「元太君!」
「ありがとう、サリエリ先生」
間一髪、サリエリが元太の服を掴んでスロープからの墜落は免れた。
スロープが終わったその先は大きな段差になっている。高さは2mほど、転落死するような高さではないが着地に失敗すれば怪我をしてしまう高さだ。
ゆっくりと下に足を着けると、そこには蛇……ではなく、古びた縄梯子が落ちていた。
「かなり古いわね。元々上の方から付いていたのが切れたみたい」
「緊急の避難経路だったか。しかし、この高さと距離では縄梯子がなければ脱出できまい」
「そうね」
振り向けば、奥へと続く暗い道がある。
腕時計型ライトを持っているのは哀だけではない。みんな持っている。
「どうする? ここで博士が助けに来てくれるのを待つ? それとも、先に進む?」
「そりゃ……」
「もちろん……」
「「「レッツゴォーー!」」」
「……結局、こうなるのか」
「ふふ」
こうして、子供たちに付き合ってサリエリと哀も奥へと進むのだった。
一方こちら、秘密の地下室の奥へ奥へと進んでいた。
「それにしても夏美さん、どうしてパスワードが「世紀末の魔術師」だったんでしょう?」
「多分、曾祖父がそう呼ばれていたんだと思います。曾祖父は16歳の頃、1900年のパリ万博にからくり人形を出品し、そのままロシアに渡ったと聞いています」
「成程。1900年と言えば、正に世紀末ですな」
「ん?」
「どうしたの?」
「今、微かに物音が」
「スコーピオンか!?」
「ボク、見て来る!」
「コナン君!」
「私が行きます。毛利さんは、皆さんとここにいてください!」
「分かった!」
『先輩、実は……』
「……え?」
階段を下りると広い通路に出た。まだ先があるようだが、左手に横穴がある。
コナンと白鳥が横穴へ向かうと、そこにはサリエリがいた。しかも、彼の背後には少年探偵団の子供たち……立香の通信機へ、子供たちが地下に落ちてサリエリもそれを追ったとマシュから通信があった。やっぱり、彼らも合流してしまう流れなのか。
人々の注目が怪しい物音に集まると、自然とその他には注意が外れてしまう。パーティから一旦抜け出し、通路の隅で拳銃に
「ニャーーーン」
暗闇に光る黒猫の左目だけが、それを見ていたのだ。
一気に増えた同行者。しかも、一気に遠足のような雰囲気になって、賑やかに合唱など始まってしまう。あまりの緊張感のなさに、小五郎や乾はあからさまに嫌そうな顔をしていた。
賑やかに地下通路の奥へと進むが、先頭を歩いていた白鳥とプルートーが足を止めた。行き止まりになっていたのだ。
「行き止まり」
「通路をどこかで間違えたのかしら?」
「そんなはずはありません。通路は一本道でしたから」
「わぁ、鳥がいっぱい!」
「あれ、変ですね。大きい鳥だけ頭が二つありますよ」
行き止まりの壁には数多の鳥が描かれている。その中心にいる最も大きな鳥は、光彦が気付いたように頭が二つあった。冠を頂く双頭の鳥には見覚えがある。これは、双頭の鷲だ。
「っ! 何故、ここに
「え? これって、ローマ帝国の紋章じゃあ」
「双頭の鷲はローマに限ったものじゃない。ローマ帝国に関係のある王家で好んで使用されていた」
「ロシア皇帝も使っていたわね」
カドックと哀の言う通り、双頭の鷲はローマ帝国だけではなく、オーストリアやロシアでも皇帝の紋章として使用されていた。だが、微かに差異が見られる。
「光……っ、もしかしたら! 白鳥さん、あの双頭の鷲の王冠に、ライトの光を細くして当ててみて!」
「あ、ああ」
白鳥はコナンの指示通りに双頭の鷲の王冠へと光を当てた。よく見ると、王冠に付いた宝石は絵ではなく、壁に埋め込まれている。懐中電灯の光が王冠を照らせば、光を受けた宝石が激しく輝き出したのだ。
「光ったぞ!」
「っ! みんな、下がって!」
再び、地響きの如き音と共に歯車が動き出した。コナンがいる地面が降下し始め、奥へと進むための入り口が出現する。
あの王冠には光度計が仕込まれており、光を感知してからくりが動き出す仕組みになっていた。白鳥の足元が左右に開き、最奥へ進むための階段が彼らを最奥へと誘う。
遂にやって来たのだ。真実が眠る場所に。
「まるで卵の中にいるみたい」
歩美が言ったように、最奥で彼らを待っていたのは卵のような小規模なドームのような空間だった。小五郎が燭台の古びた蝋燭に火を点けて室内が照らされると、ぼんやりと全貌が見えて来る。
円い屋根の石造りの小部屋。中央には窪みのある円柱の台が建っている。
だが、最も目を引くのは壁を背に立つ聖母の像だ。階段を登ったその先に、聖母と二対の天使に守護されるかのように、大きな棺が安置されていた。
「棺のようですね」
「作りは西洋風だが、桐で作られている。それにしても、でっかい錠だな」
「あっ! 夏美さん、あの鍵!」
「っ、そっか!」
エッグの設計図と一緒に出て来た古びた鍵は、棺の鍵ではないだろうか?
夏美が恐る恐る鍵を錠に差し込めば、ガチャリと音を立てながら錠が開いた。と言うことは、この中にもう一つのエッグが……多くの者たちが固唾を呑んで見守る中、棺が開かれる。
棺の中に収められていたのは、もう一つのエッグを抱くように眠る一体の遺骨だった。
「夏美さん、この遺骨はひいおじいさんの?」
「いえ。多分、曾祖母のものだと思います。横須賀に曾祖父の墓だけあって、ずっと不思議に思っていたんです。もしかすると、ロシア人だったために、先祖代々の墓には葬れなかったのかもしれません」
「夏美さん、こんな時にとは思いますが、エッグを見せていただけないでしょうか」
「そうだ。もう一つのエッグを!」
「はい」
曾祖母から受け取るように、夏美はエッグをそっと持ち上げてセルゲイに手渡した。51個目のエッグよりも大きく、大粒の飾りがついている。ワイングラスのような台座には小さな穴が空いていた。
こちらも51個目のエッグと同じく中が開くようになっている。セルゲイがそっとエッグを開けてみて、驚愕した。中には何も入っていなかったのだ。
「空っぽ?!」
「何だって!?」
「そんな馬鹿な!?」
「どういうことかしら?」
「カラ?」
「それ、マトリョーシカなの?」
「え?」
「わたしんちにそのお人形あるよ。お父さんのお友達が、ロシアからお土産に買って来てくれたの」
「何だ、そのマト、リョーシカって?」
「人形の中に小さな人形が次々と入っている、ロシアの民芸品です」
「本当に、そうかもしれませんよ」
立香もエッグの中を覗き込む。中には八つの溝があり、51個目のエッグの足場を引っ掛けて固定する溝のように見えた。
とすると、このエッグの中に51個目のエッグを入れれば
「エッグならありますよ」
「何で白鳥警部が?!」
「こんなこともあろうかと、鈴木会長から借りて来たんです」
「お前、黙って借りてきたんじゃねぇだろうな!」
「や、やだなぁ。そんなはずないじゃありませんか」
一体どんなことを想定していたのか。本当に、どこまで
「つまり、喜市さんは2個のエッグを別々に作ったんじゃなく、2個で1個のエッグを作ったんですね」
「でも、どうして2個だけなのかしら? マトリョーシカって、何個も人形が入っているものでしょう」
『う~ん……確かに、ただ2個で1個のエッグというだけの特色は解せないなぁ。それこそ、「世紀末の魔術師」と呼ばれた者が、たった
「アナスタシア、君はどう思う……アナ?」
ジャンヌもカルデア側のダ・ヴィンチも、メモリーズ・エッグに秘められていた真実にしっくりきていなかった。しかも、外側のエッグについている大振りの飾りはダイヤでも宝石でもなく、内側のエッグと同じただのガラスだった。
カドックがアナスタシアにも意見を求めようと振り向くと、彼女が隣にいないのに気付く。探していた少女は、エッグが収められていた棺の前にいた。眠る遺骨を覗き込み、虚の目と視線を交わし……大きな青い瞳に大粒の涙を浮かべていたのだ。
「……ここに、いたのね。
「アナスタシア?」
「良かった。
アナスタシアは、遺骨の手にそっと触れた。本当は強く手を握り締めたかったけれど、サーヴァントの力では砕いてしまいそうで怖くて握れなかった。
ああ、そうだったのね。不思議と、この世界の
まるで、別世界の記憶が流れて来るように。この事件の背景にある歴史に、51個目のエッグがあった世界線の自分に塗り替えられるかのように、どうしてあなたがここにいるのか理解してしまった。
彼、香坂喜市はファベルジェの工房にいた。きっと、革命の動乱から逃れるために帰国することになり、それを利用しようとしたのね。
それで、彼女が選ばれた。彼女が一番、身体が丈夫だったから。
オリガは身体を壊して病気がちになっていたし、第一皇女として顔を知られ過ぎていた。
タチアナの性格では、自分だけ逃げるなんて頑として首を縦に振らなかったでしょう。
だから、彼女だったのね。彼女なら、長く過酷な旅路に耐えて無事に日本へ逃げ切れる可能性があったから。
どうやって、彼女を逃がしたのか?
きっと、あの時。両親と彼女が、一足先にイパチェフ館へと移送されたあの時。あの時に、
漠然と、影武者を使ったのではないかと感じた。彼女に面影の似ている女性と入れ替わって、イパチェフ館には影武者がやって来たの。彼女は香坂喜市の“妻”として国を離れ、ただ1人、生き延びて欲しいという祈りを背負って家族と別れた。
彼女なら……兵士が好みのタイプだった彼女なら、進んで見張りの兵士たちと仲良くなろうとするはず。実際、そうだったもの。優しくて社交的で、魅了された兵士もいた。
進んでお喋りをして交流を持って、その顔を周知させれば兵士たちは彼女を
影武者を「マリア」「マリア」と、本当の姉のように名前を呼んだ。彼女が「マリア」だと印象付けるために必死になって名前を呼んだの。影武者だと気付かれないように。
この推理が真実であったなら、
お父様の血飛沫の生温さと、お母様の悲鳴と、お姉様たちが倒れる音、アレクセイに突き付けられた銃剣が服の宝石に弾き返される音、吐きそうになるほどウォッカ臭い兵士の息、震える飼い犬の温もり。
「マリア」と
きっと、「マリア」の手を握ったのでしょう。姉に縋る妹を演じて「マリア」の手を固く握ったのです。彼女を本物のマリアだと思い込ませるために。
「マリア」が偽物だと兵士たちにバレてしまったら、きっと本物の彼女を探し出して殺してしまう。それだけは阻止したかった。
マリアを守りたかった。自分の死の直前まで、この歴史の
マリア……きっと、日本で幸せに暮らしているはず。でも、彼女は娘を産んで亡くなってしまった。
あなたは恋多き人だった。好みのタイプが兵士だったのだけは理解できなかったけれど、最後に手を取った人は間違えなかった。
写真で見た香坂喜市は、あなたの男性のタイプとはかけ離れていたわね。でも、あなたの歴代の交際相手の誰よりも誠実な人だった。
あなたのためにこんな立派な城を建ててあなたを守り続けていた。縁を、血を、後世まで残してくれた。あなたの曾孫は、瞳がそっくりだったわ。
不思議ね。
ねえ、マリア。
あなたは、幸せだった?
***
【個人的改変点】
その④
カルデア介入の状況で、1人足りないことを終盤まで気付かないのは不自然だよな~と感じたため、乾氏生存。命拾いしたな!
さて、棺の中で眠っていた夏美さんの曾祖母の正体は誰なのか?
アナスタシアの推理として語られたのは、あくまで私個人の考察です。何だかね、実際の記録とか読んでいたらそう感じたのよ。
彼女が喜市さんと交流があったとか、実は交際相手だったとかではなく。皇女の誰か1人を日本に逃がすための手段としての喜市さんで、日本への道中を耐えられるのが彼女だったから夫婦と偽って帰国した。だけども、2人の間には愛が芽生えやがて娘を授かる……幸せの時間は短く儚いものだったけれど、彼は妻の遺体を現在に至るまで守り続けてくれた。
異聞帯になるほどではない、ちょっとした分岐点。汎人類史とは異なる展開を迎えても結局は歴史の修正力か何かが働いてしまうこともある。
『世紀末の魔術師』の歴史は、微かな救いが得られた世界線なのかもしれません。
ちなみに、乾氏が生存したので弾丸が一発余りましたけど……。