犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 日は既に傾き、時刻は夜を迎えていた。

 阿笠のビートルが横須賀の古城へと舞い戻ると、彼は大きな袋を担いで急ぎ三角屋根の塔へと走る。袋の中には、ホームセンターを梯子してかき集めた縄梯子が入っている。自分の不注意で地下へと落ちてしまった子供たちと、彼らを追いかけて落ちてしまったサリエリをこれで引っ張り上げるのだ。

 

「しかし、あの子たち大人しくしてくれていればいいんじゃが……ん?」

 

 車のヘッドライトの光がこちらに近付いてくるのが見えると、ビートルに続いてやって来た車の正体を目にした阿笠は、大きく目を見開いて驚いた。

 古城の中では一体何が起きているのか?

 そろそろ、外から気付く頃だろう。証拠隠滅のためだけに熾された炎が古城の全域に広がり、燃え上がる白亜の城の異変に。

 燃える炎の中心で、探偵と犯人が対峙する。

 コナンとスコーピオン――青蘭が向き合っていた。

 

「寒川さんを殺害したのは、アンタの正体がバレそうになったからだ。寒川さんは人の部屋を訪問して、ビデオカメラで撮っていたからね。咄嗟のことで裏返すのを忘れた写真……」

 

 コナンが園子に連れられて青蘭の部屋を訪問した時、カウンターテーブルの上に置かれている写真立てを目撃していた。裏に「Grigorii」と書かれたそれは恋人の写真ではなく、先祖たるグレゴリー・ラスプーチンの写真だったのだ。

 

「英語で「グレゴリー」の頭文字は「G」だが、ロシア語では「Г(ゲー)」だ。だから、喜市さんの部屋にあったゲー・ラスプーチンのサインを見ても、すぐには繋がらなかった。寒川さんにラスプーチンの写真をビデオに撮られたと思ったアンタは、彼を殺害しに行った。そうだろう、青蘭さん……いや、スコーピオン!」

「……よく分かったわねぇ。坊や」

「でも、おっちゃんを狙ったのはラスプーチンの悪口を言ったからだ。カドックさんを狙ったのも同じ理由だろう。彼としては歴史的な客観事実を語ったまでだが、アンタにとっては聞くに堪えない先祖の悪評だったってところか」

 

 ラスプーチンに対してうろ覚えで曖昧な印象しかなかった小五郎は、「世紀の大悪党」と口にしていた。その発言に腹が立ったので、殺害しようとしたのだ。カドックは小五郎よりももっとしっかりと、個人的な感情も抜きに現在に伝承されている歴史を語ったに過ぎなかったが、青蘭にしてみれば先祖の悪評を得意げに言いふらしているように見えたのである。

 だから、2人の目には赤いレーザーポインターが映り込んだのだ。

 たったそれだけで。否、犯人が犯罪に走る理由として、悪口は十分な動機に成り得る時もある。だが、許せないのは、蘭の命までをも狙ったことだ。

 懐中電灯を拾ったために、狙いやすかったという理由だけだったのだ。

 

「お喋りはそれぐらいにしな。かわいそうだけど、アンタには死んでもらうよ」

「その銃、ワルサーPPK/Sだね。マガジンに込められる弾の数は八発。おっちゃんとカドックさん、蘭に一発ずつ。今ここで五発撃ったから、もう弾は残ってないよ」

「ふふ、良いことを教えてあげる。あらかじめ銃に弾を装填した状態で、八発入りのマガジンをセットすると、九発になるのよ。つまり、この銃にはもう一発残っているってこと!」

 

 天井が崩れ落ちた。

 赫々と燃え上がる炎は衰える気配を見せない。規則正しく並ぶ甲冑が炎に照らされて赤く染まる姿は、まるで血塗れの騎士のように見える。

 大義を失って血に塗れた騎士よりも残酷に、先祖の無念を晴らすという大義名分を掲げて、世界各地で被害者たちの右目を撃ち抜いてきた。殺害し、財宝を奪い、最後は全てを燃やして消してしまう。

 喜市が魅せた光の魔法を目にしても、感動の余韻に浸ることもなく殺意を見せて犯行に手を染めた。全世界で指名手配中の強盗殺人犯……怪僧ラスプーチンの末裔、スコーピオン。

 犯人と探偵の間には、残り一発の銃弾を撃ち込むのに十分すぎる距離がある。この距離で、子供が銃弾を回避するなどできやしないのだ。

 

「……じゃあ撃てよ」

「っ!?」

「本当に弾が残ってんのならな」

 

 やはり、子供の浅知恵か。

 銃に詳しいのなら、ワルサーPPK/Sの銃弾を撃ち尽くしていないということを外観で気付くはずだ。ワルサーPPK/Sには一発残っている。探偵の真似事で得意げに知識を見せびらかし、子供らしい正義感で炎の中に飛び込んで来た探偵も、最後は爪が甘かったということだ。

 所詮は子供……殺意に染まった灰色の瞳が捉えた姿を飲み込んで、1人で納得した青蘭には勝ち誇った笑みが浮かんだ。

 

「……馬鹿な坊や」

 

 先祖のような慈悲など与えない。

 最後の九発目は、眼鏡のレンズの向こうにあるコナンの右目を狙って引き金が引かれた。怪盗キッドの単眼鏡(モノクル)のように砕け、小さな右目は無惨にも虚となる……はずだった。

 コナンの眼鏡は銃弾を弾き、微かに受け身を取っていた小さな頭が衝撃で揺れただけだったのだ。

 

「ど、どうして!?」

 

 一瞬の動揺を見せれば、それが大きな隙になる。

 コナンが屈み、青蘭が空になったマガジンを取り外す。キック力増強シューズのダイヤルを回し、新しいマガジンを装填して銃を構える動作は、青蘭の方が早かった。だが、どこからともなく投擲された何かによって青蘭の手から銃が弾き飛ばされた。

 極限まで高められた脚力によって、床に転がる甲冑の兜が蹴り飛ばされる。コナンが無事だった動揺と、銃を弾かれた焦燥の渦中にいる犯人の鳩尾へ兜が蹴り込まれ、連続強盗殺人犯は意識を失ったのである。

 

「生憎だったな、スコーピオン。この眼鏡は博士に頼んで、特別性の硬質ガラスに変えてあったんだ」

 

 あちらの手口が判明しているのならその対策をするのが利口だ。

 伝説の狩人だって蠍を苦手にしているのだから、対策していて無駄なことなどないのである。

 

「コナン君! 大丈夫かい?」

「う、うん」

 

 白鳥がやって来たので慌てて眼鏡をかけ直した。

 大きな梁が燃え落ちると同時に、古城の崩壊が加速する。急ぎ脱出しなければならないが……コナンが周囲を見渡しても、炎の中に青蘭の銃を弾き飛ばした誰かの姿はなかった。

 

「コナン君!!」

 

 騎士の間の床で、スペードのエースが燃え尽きた。

 

 

 

***

 

 

 

 犯人が仕掛けた爆弾により、地下通路が塞がれた。幸いにも、哀とサリエリの案内で子供たちが迷い込んだ隠し通路という横道が確保されていたため、そこから地上へ戻ることができた。

 阿笠博士が準備した長い縄梯子が地上から下ろされ、子供たちから先に登らせて脱出させていると……不意に、空間の揺れと同時に地響きのような鈍い音が聞こえた。

 

「今の音……」

「ニャー! ニャーオ!」

「焦げ臭い」

 

 古城に火が放たれたと、マシュから通信があった。

 青蘭(スコーピオン)の手口通りだ。蹂躙し、略奪した後は全てを燃やして無に還す。炎に包まれた古城が崩れ落ちているのだ。

 

「まさか、火事か!?」

「そんな、コナン君は!?」

「……お城が」

 

 彼らがいる地下通路は火事の被害を受けないだろう。しかし、このままでは白亜の古城は跡形もなく焼失してしまう。理不尽に燃やされ、崩れ落ちる……彼女を、喜市の妻と思い出を守り続けた城が消える。

 

「っ!」

「っ、アナスタシア?」

「どこに行く気よアンタ!」

「皆様は脱出を。私たち(わたくしとヴィイ)は……」

 

 歩美、光彦、元太の順番で縄梯子を登り、渋る哀はサリエリに抱き上げられて半強制的に登らされた。

 急ぎ子供たちを地上へと送り出そうとする焦りの片隅で、アナスタシアが地下通路へ戻ろうと踵を返す。半焼した古城の火事を一瞬にして鎮火させるのならば、一瞬にして全土を凍てつかせる他ない。彼女とヴィイならば炎を止められる。

 

「僕たちが、炎を止める」

「カドック」

「行くぞ、キャスター!」

「カドック、アナスタシア……お願い!」

「……ええ!」

 

 カドックはアナスタシアの手を取り、立香の声を背中に受けて地下通路へと舞い戻る。

 誰もこちらのやり取りに気付く素振りを見せなかったのは、小さな悪魔(シュヴィブジック)が起こしたちょっとした悪戯だろう。だけど、アナスタシアと夏美の視線が、一瞬だけ交わっていた……不安に染まる大きな灰色の瞳。その瞳を、守りたい。

 彼女(マリア)を守るのは、自分なのだ。

 

「ヴィイ、全てを見なさい。全てを射抜きなさい。我が霧氷に、その大いなる力を手向けなさい! 全てを呪い殺し、奪い殺し、凍り殺しなさい。ヴィイ、お願い……守って! (わたくし)に守らせて!」

 

 全てを見透かす『透視の魔眼』。あらゆる結界を打破し、城塞の弱点を見つけ出す。時には因果律すらもねじ曲げて弱点を創出するのなら、その弱点を補強することもできる。

 

「魔眼起動――『疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)』!」

 

 精霊の瞼が開かれ、氷塊が迸った。

 ヴィイが目視した弱点。燃え崩れた欠損部分を補う氷柱が古城を支え、炎は極寒の冷気で消え失せる。

 でも、まだ足りない。魔力を変換した冷気によって火事は冷却が進んでいるが、古城の崩壊が止まらない。あと、一歩……後、少し。

 

「令呪をもって命じる!」

 

 カドックが一歩を踏み出した。

 アナスタシアの手を取り、令呪三角全てを彼女へと捧げた。

 

「アナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァ! 君が守りたいものを、守れ! 一歩踏み出すぐらい、僕にだってできる!」

 

 令呪三角分の魔力がアナスタシアに流れ込む。

 攻めるのではなく、守る……彼女が守りたいもの。あの時、守れなかった者たち。

 大丈夫、今度こそ守れる。ヴィイがいる、カドック(マスター)がいる。この背後には、守りたい人がいる――

 

皇帝(ツァーリ)の名の下に顕現しなさい。ここは我らが大地、我らが家。侵す者には血の鉄槌を。殺意を持つ敵を通しはしない! 真名解放――『残光、忌まわしき血の城塞(スーメルキ・クレムリ)』!」

 

 それは、極寒の大陸に点在する城塞(クレムリ)の再現。

 皇帝(ツァーリ)の血に呼応して顕現したそれは、創出された弱点を攻めるのではなく、内にいる存在を守るための城塞宝具。堅固かつ壮麗な城塞の内にいる者は、アナスタシアが守護すべき存在。

 それらを傷付けるのならば、侵略の炎が押し潰そうとするのなら、城塞全体が敵へと襲い掛かる。

 アナスタシアとカドックの背後を中心に展開された城塞は、古城全てを飲み込むほどの巨大な守りとなって、内に取り込まれた敵を排除する。城塞によって支えられた古城は氷柱によって補強され、冷気によって凍結し、徐々に崩壊が緩やかになって来た……火に包まれていた城は、いつの間にか氷に包まれた城になっていたのだ。

 

「大変です、お城が真っ白に!」

「え?!」

「……新一」

 

 光彦の声で、無事に脱出できた人々の視線は古城へと注がれる。コナンは、白鳥は一体どうなったのか?

 不安と共に急ぎ古城の正面に走った彼らが見たものは、巨大な放水車と、それから古城へ向けて放出される白い何か。

 エドモンと家茂の準備とは、万が一に備えた消火手段だった。ヘシアンが抱えるホースから液体窒素が放出され、これが古城の火事を消した……ことになっていたのだ。

 

「エドモンさん! これって……」

「液体窒素だ。此度の犯人の手口から、エッグを奪取した後に城に火を放つのではないかと準備をしていたが……」

「つい先ほど、城から出火しました。消防と警察にも連絡しましたので、そろそろやって来るでしょう」

「……これって」

「万が一、アナスタシアの宝具が発動した時のための擬装だよ」

「え?」

「俺たちはマスターからの指示に従って準備をしたまでのこと」

「今回の『カルデア探偵局』への依頼は、城のどこかに隠された秘宝探し。こうして、無事に秘宝は発見できて、()()()が守りたい人たちも無事だった」

「……藤丸」

「俺たちは、依頼人(アナスタシア)のために動いたにすぎないよ」

「……!」

 

 驚くアナスタシアへ、擬装の消火活動を続けるヘシアンが親指を立ててサムズアップし、ロボが一瞥する。

 安心安全迅速丁寧!みなさんの100年先までの未来を保障するためにスリッとまるっと謎を解決!

 依頼人のために謎を解明し、全力を尽くすのが『捜査解明機関カルデア探偵局』である。

 アナスタシアが宝具を発動した際の擬装のためにここまで準備をしていた。それを知ったカドックは、毒気が抜かれたように大きく息を吐くと、アナスタシアの手がそっと触れる。

 ああ、でも。これで終わりではない。彼と、エッグがいない。

 

「あの、コナン君は?」

「コナン……」

「コナンくーーん!!」

「……何だよ、うるせーな」

 

 彼らは既に脱出していた。真犯人は白鳥によって連行された後であり、残されたコナンはビートルのボンネットに寄り掛かり、完成形のメモリーズ・エッグを手にしていたのだ。

 

「このエッグ、白鳥警部がスコーピオンから取り返してくれたよ」

「白鳥が? で、スコーピオン、はどうした?」

「逮捕して車で連行して行ったよ。スコーピオンの、青蘭さんを」

「っ、や、やっぱりそうだったのか。あの美しい脚の青蘭さんが、スコーピオンだったなんて……」

「ニャー」

 

 地下空間に残されたハイヒールを目にした時、誰もが「まさか」とは思ったが、真実は既に探偵によって暴かれていたのだ。プルートーに引っ掛かれた傷という動かぬ証拠もある。

 コナンによって、エッグは真の持ち主の手に返って来た。古城は半焼してしまったが、半分が残っている。

 そして、地下室には世紀を隔てて出会うことができた曾祖母が眠っている。

 

「落ち着きましたら、曾祖母様のご遺骨を喜市様と一緒のお墓に埋葬いたしましょう」

 

 沢辺の言葉に、夏美はエッグを抱き締めて美しく微笑んだ。

 今度こそ一緒に。エッグに秘められた写真と同じく、2人並んで安らかに眠って欲しい。

 夏美の笑顔を目にしたアナスタシアは、繋いだままのカドックの手を強く握った。もう、大丈夫。

 自分が守らなくても、彼女は夫が、子孫が、守ってくれる。

 

「……さようなら。愛しているわ、マリア」

 

 横須賀の夜に、消防車とパトカーのサイレンが響き渡った。




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