犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

66 / 100
Last Mystery

 米花市に戻ると、雨が降り始めて来た。

 犯人(スコーピオン)は逮捕されたが、まだ謎が残っている……怪盗キッドは死んだのか?

 残された白鳩は、『毛利探偵事務』の椅子の上で蘭に抱かれて包帯を外されていた。

 

「おじさん、もう寝ちゃったよ。疲れてたみたいだね」

「うん、仕方ないよ。大変だったもの……」

 

 雨は止む気配を見せない。予報では、朝まで降り続けるらしい。窓を開けた蘭は、まるでコナンと視線を合わせたくないかのように雨を眺めていた。

 

「ありがとう、お城で助けてくれて。あの時のコナン君、カッコ良かったよ。まるで新一みたいで……ホントに、新一みたいで」

 

 あの時、確かにコナンの姿が新一と重なった。

 新一が、蘭の名前を叫んで助けてくれたのかと錯覚してしまった。

 何度もこんなことがあった。だけど、その度に自分の想像は裏切られ、コナンは新一ではないと突き付けられた。

 今回も、きっとそう。近くにいて欲しいのに、蘭の隣に新一はいてくれない。どうせ、どこかに姿を消したきり結局現れないんだろう。

 そうに、決まっている。

 蘭の目から、小さな雫が頬を伝って床に落ちた。

 コナンと新一はよく似ている。誕生日だって一緒で、新一のような子供とは思えない推理を見せる。

 でも――

 

「別人、なんでしょう?」

「……」

「そうなんだよね。コナン君……?」

 

 もう、限界だ。

 もう、蘭には隠せない……。

 

「あ、あのさ……蘭。実は、オレは。本当は……」

 

 コナンが眼鏡を外し、本当の姿を告白する。

 真の姿を、彼女を守りたかったからこそ隠した真名を……。

 

「新一……」

「……え? ……!!」

 

 蘭の視線の先。振り向くとそこには、探偵事務所の入り口に寄り掛かるずぶ濡れの工藤新一。いるはずのない人物が、そこにいたのだ。

 

「ホントに新一なの?!」

「何だよ、その言いぐさは。オメーが事件に巻き込まれたって言うから、様子を見に来てやったのによー」

 

 そんな馬鹿な。工藤新一は、ここにいる。

 驚き、慄くコナンだったが、すぐに気付いた。目の前にいる()()の正体に。

 

「馬鹿! どうしてたのよ! 連絡もしないで!」

「悪い悪い。事件ばっかでさ。今夜もまた、すぐに出かけなきゃならねーんだ」

「あっ! 待ってて。今、拭く物持って来るから」

 

 タオルを取りに上へと走る蘭を見送ると、新一は階段を下りて『毛利探偵事務所』を出て行ってしまう。傘も差さず、ずぶ濡れになりながら立ち去ろうとしたのだ。

 やはり、彼は生きていた。

 どういう訳か顔が瓜二つな新一に化けて、何故かコナンを庇うかのように蘭の前に現れたのだ。

 

「待てよ、怪盗キッド。まんまと騙されたぜ。まさか、白鳥警部に化けて船に乗って来るとはな」

 

 新一――キッドが指笛を吹くと、白鳩が窓から飛んできて肩へと止まった。

 今頃、警視庁では騒ぎになっているだろう。スコーピオンを逮捕したはずの白鳥が、たった今休暇を終えて軽井沢から帰って来たのだから。

 

「お前、分かってたんだな。あの船の中で、何かが起きることを」

「確信はなかったけどな。一応、船の無線電話は盗聴させてもらったぜ」

「もう一つ。お前がエッグを盗もうとしたのは、本来の持ち主である夏美さんに返すためだった。お前は、あのエッグを作ったのが喜市さんで、「世紀末の魔術師」と呼ばれていたことを知っていた。だから、あの予告状に使ったんだ」

「ほ~。他に、何か気付いたことは?」

「夏美さんのひいおばあさんが、ニコライ皇帝の三女、マリアだったってことを言ってんのか?」

 

 キッドが指を鳴らす度に白鳩が出現し、次々と彼の肩に止まっていく。

 コナンが口にしたのは、歴史に隠された(ミステリー)……解いてはいけない、だけど解いてしまいたい、大勢の人々が隠し続けていた真実だった。

 

「マリアの遺体は見つかっていない。それは、銃殺される前に喜市さんに助けられ、日本へ逃れたから。2人の間には愛が芽生え、赤ちゃんが生まれた。しかし、その直後に彼女は亡くなった。喜市さんは、ロシア革命軍からマリアの遺体を守るために、彼女が持って来た宝石を売って城を建てた。だが、ロシア風の城ではなくドイツ風の城にしたのは、彼女たち姉妹の母親、アレクサンドラ皇后がドイツ人だったからだ。こうして、マリアの遺体はエッグと共に秘密の地下室に埋葬された。そして、もう1個のエッグには城の手がかりを残した……子孫が見つけてくれることを、願ってな。と、まあ、こう考えてみれば全ての謎が解ける」

「君に一つ、助言させてもらうぜ……世の中には、謎のままにしといた方がいいこともあるってな」

「確かに。この謎は、謎のままにしといた方が、良いかもしれねぇな」

 

 もし、この真実が世界に拡散されたら。夏美がロマノフ王朝の血縁者だと知られたら、世界は黙っていないだろう。

 悲劇を逃れたプリンセスの末裔。夏美の生活に大きな影響を与えることが確定している(スキャンダル)だ。

 夏美を、やっと愛する家族と共に静かに眠ることができるマリアを、世界中の好奇の視線に晒すことなどコナンも望んでいない。

 

「じゃあ、この謎は解けるかな? 名探偵……何故オレが、工藤新一の姿で現れ、厄介な敵である君を助けたのか」

 

 キッドの身体は、真っ白な鳩たちに覆われていた。

 タオルと着替えを持って新一を探す蘭の声にコナンが振り向くと、最後の奇術のためにパチンと指を鳴らす……音に合わせて鳩たちが一斉に飛び立ち、新一を騙った怪盗は消えてしまった。

 彼がいた場所に残った数多の白い羽根。雨に打たれながらひらひらと舞い落ちる置き土産の中の一本が、コナンの手に収まった。

 

『バーロ。んなもん、謎でもなんでもねーよ。お前がオレを助けたのは……コイツを手当したお礼、だろ?』

 

 鳩たちの白い羽根は、純白のタキシードの代わり。

 白鳩の恩返しは、これにて完了した。

 曇天の空を、白い波が列を成して飛んで行く。白鳩たちが帰るのは都内のプールバー『ブルーパロット』……工藤新一の姿から、髪だけを整え直したキッドが帰還した。

 

「お疲れ様です、ぼっちゃま。寺井の無理な願いを聞いていただき、感謝が尽きません」

「これにて、メモリーズ・エッグにまつわる物語(舞台)は幕を閉じました。予定とは違った形になってしまいましたが、貴方のご依頼は完遂できたつもりですよ……沢辺さん」

 

 一つ、大きな歴史の謎が残っていた。

 何故、メモリーズ・エッグの片割れが鈴木家の蔵にあったのか?

 その謎は、キッドと寺井に深々と頭を下げた此度の依頼人。怪盗キッドに、メモリーズ・エッグを盗み出して夏美へ送り届けて欲しいと懇願した依頼人……香坂家の執事である沢辺蔵之介が、知っていたのだ。

 

「香坂家に代々伝えられてきたメモリーズ・エッグは、先の大戦によるGHQの財産没収を逃れるため、秘密裏に国外へと逃亡させておりました」

「そして、巡り巡って鈴木家の蔵にやって来たのですね」

「はい。そのことを知るのも、今や私1人……大奥様の最期の願いでした」

 

 メモリーズ・エッグが香坂家から出奔したと知っていたのは、国外へ逃亡させることに了承した夏美の祖母と、それに関わった当時の使用人たち。その中の1人が、幼い身ながら既に香坂家に仕えていた沢辺だった。

 夏美の祖母は知っていたのだ。

 自身のルーツの謎は知らずとも、卵に秘められた謎は解明できずとも、メモリーズ・エッグが母の遺骨の在処を示す鍵となっていることを知っていた。いつか平和な時代が訪れたら、謎を解き明かして温かい太陽の下に母を受け入れたいと願っていたのである。

 それが、喜市の死から何十年もの時を経て実現した。夏美の代でやっと、夫婦が並んで共に在れる日がやって来たのである。

 

「本当に、ありがとうございます」

「お礼なら、私ではなく探偵たちに……いや。彼女()()を守りたいと願った、氷のプリンセスへと言ってください」

 

 卵に秘められた謎は、これからも子孫によって守り続けられるだろう。

 夫は妻を愛し、娘は母を愛し、祖母は孫を愛し、曾孫は曾祖父母を愛した……愛した人を守りたいと願い、抱き締めて手を繋いだ歴史の奇跡だった。

 

「やはり、夏美さんの曾祖母はアナスタシアさんの姉の、マリアだったんでしょうか?」

「似ているだけの別人だったかもしれないわよ。マリアに瓜二つだったから、ロシア革命軍に利用されるのを恐れて隠していたかもしれないし。だって、汎人類史では遺骨が発見されているのでしょう」

「でも……やっぱり、あの遺骨はマリアだったんじゃないかな。だって、その方が浪漫がある」

 

 それは一つの分岐点。

 あるかもしれない、ないかもしれない可能性の卵。

 異聞帯になるほどでもない、あまりにも小さく些細な歴史の悪戯によって紡がれた、彼らが知る歴史とは微かに異なる物語の1(ページ)

 もしも、51個目の卵が存在していたら。

 もしも、51個目の卵を創造した魔術師と灰色の瞳の乙女が手を取り合っていたら。

 もしも、魔術師と乙女が心を通わせて、共に生きようと誓い合っていたのなら。

 小さなIfが積み重なって紡がれた物語は、卵に守られて歴史の流れに身を任せた。

 いつか必ず、子孫が見付けてくれると信じて。

 いつか必ず、共に在れると願って――

 残酷な歴史の中に、微かな救いがある。誰かの手を握り締めた愛がある。

 そっちの方が、浪漫があるじゃないか。

 

「かくして、思い出の卵に秘められた事件は幕を閉じた……が、何故我らは、プリクラの機体の中にいる」

「アナスタシアがみんなで撮ろうって」

「本気か、アナスタシア」

「折角の事件解決なのです。これも思い出よ。さあ、観念しなさいマスター!」

「我は遠慮させてもらおう」

「1人だけ逃がさないわよ! 後輩、捕まえなさい!」

「すいませんサリエリ先生」

「……!」

「カウントダウンあと3秒だよ。はーい! 笑って笑って~目が半開きでも、デカ目に修正できるから安心してー」

「ニャー」

「3、2、1!」

 

 何人も詰め込まれたプリクラ機の外で、ただ1騎だけ逃れることができたロボが小さく鼻を鳴らした。

 これにて事件は終幕を迎える。此度の『カルデア探偵局』の事件は解決した。

 世紀末の魔術師が仕掛けた魔法は、終わりを迎えたのだ。




魔法とは、その時代では実現不可能な出来事を可能にするもの。
香坂喜市の創造は厳密に言えば「魔法」とは言えないが、家族の思い出を神秘的な光へと昇華させた御業への賞賛としてならば「魔法」という言葉がよく似合う。

【個人的改変点】
その⑤
お城は全焼から半焼へと被害が少なくなりました。アナスタシアとヴィイならば冷気で消火できるし、崩れる城も城塞宝具(FGOでは基本的に使用されない)で防御できる!
今回は、あくまで『カルデア探偵局』は依頼人であるアナスタシアのために動いた結果となりました。謎解き自体は、例の写真立てを目撃したコナンでなければ繋がらなかったし、キッドとの共同戦線中ではフェアでもない。無事にエッグを見つけ出し、秘められた謎は解き明かされた。
そのエッグの片割れが、どうして鈴木家の蔵で発見されたのか?何故、香坂家の手から離れてしまったのか?
マジで『業火の向日葵』と同じ仕様なのですが、作中で語られた通りです。その後に行方が分からなくなり、鈴木財閥の発表で発見できた。
キッドが夏美さんへ返却するためエッグを盗み出したのは、エッグが香坂家の物であり喜市が「世紀末の魔術師」と呼ばれていたことを知っていた人物――沢辺さんからの依頼ということで、本作は落ち着きました。もしかしたら、美術品を国外逃亡させた縁でジイちゃんと知り合いだったかもしれないし、共感したジイちゃんが快斗に頼んだのかもしれない。
個人的には、あの指輪も城を建てる資金のために手放した宝石の内の一つだと思っています。
喜市夫人=マリアなのはあくまでコナンの推理であり、キッドもその真実を濁し気味でしたが、やはりそっちの方が浪漫がある答えだと思います。
悲劇のプリンセスが微かな救いを得て、夫に見守られてベッドの上で亡くなった。現代まで建つ城は、エッグを胸に抱く曾孫は愛の象徴。エッグに付け足された夫婦の写真も、マリアのとっての家族写真の一枚だったのです。

さて、再度手を出した劇場版への原作介入!
お前、原作沿いが苦手な癖にようやったな……『時計じかけの摩天楼』よりも手間取ったのは、秘密の話。
もうね!カドアナが書きたかったのですよ!
でも、異聞帯のアナスタシアと汎人類史のアナスタシアは別人!けれど、現状のカルデアに異聞帯の彼女を喚ぶのはあまりにも酷!!
なのでこの作品は、Aチームが生存してぐだ男君と一緒に特異点を回ったIfのような、カルデアのシステムで汎人類史のアナスタシアを召喚したカドアナとして読んでやってください!!
記録は残るけど召喚されたサーヴァントは基本的に別人だから。
おみくじの「一歩踏み出しなさい」のように、諦めきれないカドックが一歩踏み出して振り切った結果です。
『コナン』の劇場版には、『FGO』で実装されているサーヴァントたちに関係する作品も数多くありますが、やっぱり『世紀末の魔術師』が一番取っつきやすいと言うか、個人的に「書ける!」と直感した作品でもありました。
この作品自体も好きなのです。終盤の、エッグの秘密が明らかになるあのシーンのBGMも鳥肌物ですよね。友人も結婚式のBGMで使っていた!
マジでIfの中のIfとしてのエピソードですが、お付き合いいただきありがとうございました。
次は何の事件を書こうか……?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。