犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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「結以子は火事ではなく、避難しようとする人々の波に呑まれて階段から転落しました。家に帰って来た遺体は酷かった……踏まれて、蹴られて、目も当てられない有様でした……。あの子は、大きくなったら綺麗な花嫁さんになりたいと言っていた。だから、18歳になったこの年に娘の夢を叶えてやろうとこの式を準備したのです」

「ならば、何故花婿を3人も用意する必要がある。それも、今を生きる生者だ」

「貴方は?」

「私は、ロード・エルメロイⅡ世。イギリスの大学で教鞭を執っている。彼女は、内弟子のグレイ」

 

 エルメロイⅡ世に寄り添うように立つグレイがペコリと頭を下げた。どうやら、日本語は理解できるようだ。

 

「冥婚は、主に中国を中心とする東アジアに伝わる習俗儀式だ。式の形態は数多あるが、共通している絶対事項がある……死者の伴侶に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ええ、そうです。しかし、1人は結以子と同じ場所へ向かいました。やはり、結以子はあの世で寂しがっているみたいですね。5時から式が始まります。時間になりましたら、六階の広間へおいで下さい」

 

 納田はその言葉を残し、三階のフロントの奥へと入っていってしまった。

 

「い、一体何が始まるんだ……? 俺たちは、ただ結婚式の立会人をしてくれと依頼されただけだったのに」

「一回、情報を整理しようよ」

 

 コナンたちは納田から何も説明されずにここまで来た。だが、立香たち『カルデア探偵局』は依頼人である白群から全ての事情を把握している。三階フロントの近くにある古びたローテーブルを囲み、未だ震える指原を気遣いながら探偵たちの情報の共有が始まった。

 彼、エルメロイⅡ世は立香が在籍する大学の教授で偶然来日していたらしい。冥婚を始めとした民俗学などに精通しているため、今回の事件の助っ人をお願いしたということだ。

 

「納田さんの娘さんが8年前に亡くなっていることは分かりました。でも、何で彼女の結婚相手として、貴方たちが呼ばれたんですか?」

「死の直前に助けてくれた、って言っていたよね」

「僕たちは、亡くなる直前の結以子さんと会っていたんです。8年前、僕と指原ともう1人の合城は、火事があったショッピングモールに遊びに行っていました。その時に、白杖が曲がって困っていた結以子さんと会ったんです」

「白杖?」

「結以子さんは弱視だったそうです」

 

 此度のカルデアの依頼人、白群(しろむら)空也(くうや)(25)はどこにでもいそうな素朴な印象の青年だった。名刺を受け取ると、聞き覚えのある会社の名前が書かれている。

 8年前、高校生だった彼ら3人は、夏休みで賑わい混雑するショッピングモールの片隅で曲がった白杖を抱き締めた少女に声をかけた。その少女が、当時10歳だった納田結以子である。

 彼女は母親や親戚と一緒にショッピングモールに遊びに来ていたが、凄い混雑で逸れてしまい、白杖が曲がって携帯電話もなくしてしまったと泣きそうになりながら彼らに助けを求めたのだ。

 

「僕たちは、彼女の曲がった白杖を修理してあげたんです。ガムテープを買って来て、それで補強して。指原がラメシールを買い込んでデコったら、彼女はシールに触れて嬉しそうにしていました」

「ああ。まさか、あの後あんなことになるなんて……」

「それから、結以子さんをインフォメーションセンターに連れて行って、保護者を呼び出してもらいました。しばらく彼女に付き添っていたんですけど、僕は塾があったので彼らと別れて一足先にショッピングモールを出ました……それからすぐ、あの火事が起きたんです」

 

 白群の口から火事の話が出ると、指原は再び大きく身体を震わせた。

 

「お、俺と合城は、彼女の保護者があまりにも遅かったから、インフォメーションセンターの人に彼女を任せて結以子さんと別れたんです。それで火事が起きて、彼女は……死ぬことになった。恨んでいるはずですよね! 俺たちが最後まで付き添っていたら、俺たちが最後まで彼女と一緒にいて避難していたら助かったかもしれないんですから!」

「そんな、考えすぎですよ。貴方たちはその日、結以子さんとは初対面だったんでしょう」

「で、でも! だったら何で、合城は死んだんだよ!」

「合城って名前。もしかして、この間、階段から落ちて亡くなった人?」

「……僕たちに結婚式の招待状が来たその日に、合城が階段から落ちて死んだんです」

 

 先日、米花市の歩道橋から転落死した合城庄太が、白群や指原と共に死の直前の結以子と会っていた男性の内の1人だった。その合城が死んだ。結以子と同じ、階段から転落して死んだのだ。

 

「やっぱり、彼女は俺たちを恨んでいるんだ……! 俺たちを、あの世に引っ張り込もうとしているんだ!」

「そんな馬鹿な。ただの偶然でしょう」

「違う! 合城は彼女に連れて行かれたんだ……つ、次は、俺と白群の番だ……!」

「……あ、あの~。お取込み中のところ失礼します。指原さんのお部屋の用意ができました」

 

 指原に声をかけた背の低い男性は、納田の従弟であり、このホテルのオーナーである廣上(ひろうえ)勘次(かんじ)(49)だ。六階の部屋は嫌だと言う指原のために、急ぎ一階の部屋を掃除していたのである。

 

「104号室をお使いください。部屋や廊下の窓は、割れているので板で塞いでいます。電球も切れて廊下が暗くなっています。お気をつけください」

「すいません。ありがとうございます」

「他の皆様のお部屋は、六階の用意がございます。凄いホテルで驚かれましたでしょう」

「ええ、まあ」

「祖父の代からの建物なんですが、資金もなくて建て直せなくて……」

 

 廣上は、部屋番号が書かれたキーホルダーが付いた鍵をそれぞれに手渡した。コナンと小五郎は601号室だ。

 上階までの移動は、一機しかないエレベーターをお使いくださいと説明を受けたが……その場にいた者たちの視線が、先ほどから稼働しているエレベーターへと集中する。

『ホテル大森の底』に設置されている年代物のエレベーターは、先ほどから昇降する度にガガガガ!とかギーギーギー!とか、とにかく不安に駆られるような音を出しながら息絶え絶えと言わんばかりの様子で稼働していたのである。

 

「時間はかかりますが、きちんと動きますよ。大丈夫です。まだ止まってことはありません」

「“まだ”って」

「昇降の最中に天に召されては困るな。立香、階段で行くぞ」

「駄目です! 非常階段、ないんですよ」

「非常階段がない?!」

「元々、老朽化で錆びついていたんですが、去年の大雪で非常階段が崩れ落ちてしまったんです。非常口のドアは開けないでくださいね。危ないので」

 

 ブログで見た10年前のホテルの写真と比べてどこかおかしいと思ったが、ホテルの側面に沿っているはずの非常階段が全部なくなっていたのだ。非常口のドアを開けたら何もない空間があるだけの有様だ。

 つまり、一階から八階まではこの息絶え絶えのエレベーターで移動するしかないのである。

 小五郎は絶句し、エルメロイⅡ世は溜息をついて眉間を押さえた。立香と白群も苦笑いしている。非常階段がないとかいかがなものか。

 しょうがない、エレベーターで移動しよう。先に指原が一階へ降りようとエレベーターの扉が開くと、階数表示のディスプレイもランプもない内装がお目見えした。そして、とんでもなく不安な音を立てながら指原を一階へと運んだのだった。

 

「指原さん、凄く怖がっていたね」

「指原は、結以子さんが亡くなったことを一番悔いていたからね。それに、あいつもあの火事で怖い思いをしたんだ。乗っていたエレベーターが上階で止まって、火事の中でしばらく閉じ込められていたって。それで、高所恐怖症と火事恐怖症になっちゃって。しかも、合城が亡くなって……絶対に、来ないと思っていたのに」

「結以子さんが花婿の1人をあの世に連れていったなんて。そんなこと、あるはずないですって!」

「いや。「あるはずない」とは言い切れない。納田さんは、死者の伴侶として生者を選んでしまった。死者の伴侶に、生きている人間を宛がうことは許されない。死者が、生者をあの世に連れていってしまうからだ」

「ニャーア」

「古今東西の神話の中に登場する冥界の記述は、似通っているものが多い。例えば、日本神話とギリシャ神話だ。冥界の神、ハデスはコレーを妻にしたいがために冥界の食物である柘榴を彼女に食べさせた結果、コレーはハデスの妻、ペルセフォネとして食べた柘榴の分だけ冥界で暮らすことになった。類似性のある話で、死して冥界に落ちたイザナミは冥界の食物を口にしたために生者の国である地上に戻ることができなくなった。確か、日本では黄泉竈食(ヨモツヘグイ)と言ったか」

「ボク、その話知ってる! 死者の国を訪れた夫のイザナギは、地上までの道中に振り返って後ろにいるイザナミを見てはいけないっていう条件で妻を連れて帰ろうとしたけど、我慢できずに振り返ってイザナミの姿を見てしまった結果、イザナミは二度と地上に戻れなくなってしまったって。もう一つ、似ている話があるよね。確か、ギリシャ神話のオルフェウスも死者の国から妻を連れ戻そうとしたけど、約束を破って振り返って失敗しちゃったんだ」

「その通りだ。他にも、メソポタミア神話にはイシュタルの冥界下りという記述がある。地上の女神が冥界へと下りる度に装飾品を剥ぎ取られる。装飾品、イコール神の権限、信仰等を意味し、冥界を下る度にそれらは剥ぎ取られる。冥界に住まう霊とは、かつての人格パターンを記録して残しただけのエネルギーと言った方がいいだろうか。霊というエネルギーは、生きている者を塗り潰せる強い力を帯びているということだ」

「……霊は恐ろしいものです」

 

 エルメロイⅡ世が言った、冥婚の禁忌(タブー)――死者と生者が契りを交わせば、前者に引っ張られて引きずり込まれてしまう……だから、冥婚の伴侶は架空の人物。もしくは死者でなければならないのだ。

 死者は、霊は生きている者たちを自分たちと同じ場所へ引っ張り込む。死者の怨念や、死者があの世から復讐したというのもよく聞くが、そんなはずはない。

 グレイが呟いた通り、霊は恐ろしいものかもしれない。しかしコナンに言わせてみれば、そんな恐ろしく怖いものが関わっている儀式に白群や指原を巻き込んだ納田――生きている人間の方が、ずっとずっと恐ろしい存在だった。

 

「お、やっとエレベーターが戻ってきたか」

「ではみなさん。5時になりましたら、広間にお願いします」

「……ニャーーーン」

 

 頭を下げた廣上に見送られ、年代物のエレベーターの扉は、心配な音を立てながら閉じられた。




この間の『相棒』を見てちょっと思いついたネタだったりする。
冥婚に関する作品はF先生の『山寺グラフィティ』が好きですね。ホラーと言い切れないどこかエモい作品。少し不思議。
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