「ねぇあなたたち~時間、ある?」
コナンが蘭に手を引かれて肉まんの屋台を探したが、やはり夏に肉まんは難しかった。結局、ホットドックを買ってケチャップを塗っていたその時、JKカルテットに声をかけて来る男女2人が現れたのだ。
どちらも大学生か、それとも社会人かの年齢。女性は海辺に似つかわしくない濃いメイクをしており、男性はジム通いと言わんばかりの筋肉を見せびらかしている。どちらも柄が良いとは言えない風貌であった。
「何ですか? 下手な勧誘はお断りしますが」
「違う違う。私たち、東京からこの町でしか見られないレアなモノを見に来たんだけど、仲間が何人かドタキャンしちゃって~」
「俺たちだけで見るのも勿体ないから、他に興味がありそうな連中を誘っているんだよ。あの島で見られるんだ。どう、行ってみない? 貴重な体験ができるぜ」
女性は
鍬形が指差したのは沖合にある島、海水浴場の沖には学校の敷地ほどの大きさの島が見える。青々と生い茂った木々に囲まれたあの島で、彼らが言う「レアなモノ」が見られるらしい。
夕方頃にあの島に渡れば、貴重な体験ができるんだとか。
「レアなモノって……もしかして、蛍とかですか?」
「それは見てからお楽しみ。どう? 一緒に行かない?」
「どうしようか?」
「やめておきなさいよ。何だか怪しそうな連中だし」
「でも、ちょっと興味あるな~蘭ちゃんはどうする?」
「確かに、ちょっと見てみたい気もするけど」
「蘭姉ちゃんたちが行くなら、ボクも行く!」
「……行っても良いけど。もう1人と1匹、追加しても構いません?」
子供のわがままとしてそう主張すると、コナンの同行も渋々受け入れられた。それと同時に、ジャンヌも条件を出してもう1人と1匹が追加されることとなったが、誰が付いて来るかは推測できる。
海水浴客もまばらとなった午後5時過ぎ、一度ホテルに戻って水着から軽装に着替えた一行には立香と彼の肩に乗る黒猫が増えていた。
「ニャーーン」
「ん、猫?」
「妙に懐かれてるな、垣谷」
「昼に食った焼鮭の臭いが残っているんじゃねーの」
「マジか。そんなに臭うか?」
モーター付きのビニールボートの準備をしていた男性の中の1人に向かって、プルートーが甲高い声で鳴いた。
彼と、蘭たちに声をかけた鈴山、鍬形の他に、ボートの準備をする小太りな
そこにJKカルテットと立香(+プルートー)、コナンを加えれば結構な大所帯になってしまった。
「わ~! 綺麗な猫ちゃん!」
「ミャァ」
「皆さん大学生ってお聞きましたけど、サークル仲間ですか?」
「ううん。大学はバラバラよ。友達の友達繋がりで連んでいて、その友達に誘われたんだけど、その子もドタキャンしちゃって」
「でも、鍵は受け取っているんだろ」
「ああ。沙羅から預かってる」
そう言って、垣谷は腰のポーチから鍵束を取り出した。どうやら、湯浅の言う友達の友達というのが「沙羅」という名前らしい。
園子や世良は「レアなモノ」とやらをちょっと楽しみにしているが、立香やジャンヌはそんなに乗り気ではないようだ。ジャンヌが「やっぱりやめましょう」と提案するが、鍬形に押し切られてプルートーも一緒にビニールボートへと乗船させられる。
「コナン君、足元危ないよ。捕まって」
「うん。ありがとう、蘭姉ちゃん」
蘭に手を引かれてビニールボートに乗ると、沖合の島へ向けて出発した。
「ねえねえ、鍵があるってことは、あの島には何か建物があるの?」
「鋭いな、このボウズ。そうだ。あの島にはな、『しおさい館』っていう小学生向けの教育宿泊施設があったんだ。昔は島と陸地を繋ぐ橋があったけど、30年ぐらい前に大きな台風が来て橋が落ちて閉鎖されたんだ」
「今は町が管理している廃墟同然の施設だが……俺らの仲間の沙羅は、町長の娘でよ。沙羅のコネで鍵を借りて、こうしてき……」
「き?」
「ちょっと、ネタバレしないでよ」
「悪い悪い。こうして、学生時代最後の夏に、楽しい冒険をしてみようって計画したんだ」
「町長の、娘」
「いい加減教えてくれよ、お前らの言う「レアなモノ」って奴を」
「行って見てからお楽しみだぜ」
竹内と鍬形が、これから向かう『しおさい館』について説明してはくれたが、うっかり口を滑らせかけて鈴山に釘を刺される。彼らの言う「レアなモノ」の正体を知っているのは鍬形、竹内、鈴山の3人だけらしく、垣谷と湯浅は知らされていないようだ。
西日を眺めながらボートに揺られて15分ほど、かつては多くの子供たちを出迎えた小島の波止場に到着した。そこから更に3分歩けば、人の手入れがされていない木々の合間に建つ『しおさい館』がコナンたちの前に姿を現したのだ。
「うわ~古い建物」
「竹内さんの話通りなら、30年間もほとんど放っておかれたのか」
「……何だか、不気味な空気ね」
「ちょ、怖いこと言わないで! 私、ホラー駄目なの!」
湯浅が両手で耳を塞いでそう叫んだ。彼女の様子を目にした鍬形や竹内が、ニヤニヤと卑しい笑みを浮かべて眺めている……嫌な予感がした。
「垣谷、鍵!」
「中に入るのか?」
「中に入らないと、
「ミャー」
鍬形に促されて『しおさい館』へと入れば、埃と黴の臭いが嗅覚を刺激した。薄暗い玄関ホールの中央には流木で出来た巨大な彫刻がある。壁には色褪せて消えかけた数枚のポスターと、かつて宿泊した子供たちが書いて贈った謝礼の手紙が貼られていた。
「さーて、確か二階だったよな。階段は……あった」
「二階から探索してみましょう」
「何か出そうな空気」
「何かって……ま、まさか」
立香が小さく呟き、蘭が恐怖で身体を震わせると、先頭を歩く鍬形と竹内のニヤニヤ顔が酷くなる。
ホラーが駄目と言っていた湯浅も何かに気付いて忙しなく周囲を見回し、垣谷もあまり顔色がよくない。「レアなモノ」の正体を知っている3人は、そんな彼女たちの様子を愉悦そうに覗き見ていた。
一行が二階の宿泊室の長い廊下を歩いて角を曲がろうとした、その時だった。
キャアーーー……
「っ、い、今……声が聞こえなかった? 女の子の悲鳴みたいな声!」
「もう、蘭。いくら怖いからって、女の子の悲鳴なんて」
キャアーーー……
「嘘! 聞こえる?」
「嫌! やめてよ、空耳よ空耳……!」
キャアーーー……
キャアーーー……
キャアァァァァーーー……
「な、何だよこの音!?」
「うっそー! マジで聞こえた。本当だったんだ~」
「ふ、風果ちゃん。何なのこれ?」
「30年前に橋が落ちるほどの大きな台風が来たって言ったでしょ。その台風が来た日ね、ある小学校がここで宿泊学習の最中だったのよ。急いで『しおさい館』から避難したんだけど、女子生徒が1人だけ取り残されて数日後に遺体で発見されたの……」
それからというもの、『しおさい館』では悲鳴のような不気味な音が聞こえるようになった。地元民の話では、亡くなった女子生徒の亡霊が成仏できず、未だに助けを求めて叫んでいるのではないかという……そう、「レアなモノ」とは、『しおさい館』に出る少女の亡霊の悲鳴だったのだ。
キャアーーー……
「きゃあぁぁぁ!!」
「ええ~そんなにマジに怖がらないでよ。亡霊なんている訳ないじゃん」
「だから僕らは、亡霊の正体を突き止めるために、肝試しに来たんだよ」
「勝手にやれよ! お、俺は帰るからな! ボートは二艘あるし!」
「ボクたちも帰ろう」
蘭が悲鳴を上げても、鈴山たちはケラケラと小馬鹿にしたように怖がる彼女たちを嘲笑う。当初のメンバーにホラーが駄目な湯浅や焦る垣谷を入れていたところを見ると、蘭のように大袈裟に怖がる者をせせら笑うのも目的だったようだ。
気分が悪い。
垣谷の提案に乗り、湯浅もコナンたちもさっさと『しおさい館』から脱出しようとビニールボートを繋いだ波止場へと走った。そろそろ西日が沈んでしまう。まだ明るい内に海に出なければと急ぐが、海面に浮いていたはずのビニールボートが二艘ともなくなっていたのだ。
「ボートがない!?」
「嘘だろ、繋いでいたはずなのに!」
「ミャー!」
「見て、沈んでる」
「どうやら、穴が空いていたみたいだ」
「だったら、助けを呼びましょう……っ、ええ! ここ、圏外!」
モーター付きビニールボートが沈められた。園子がスマートフォンを取り出すと電波が入っていない。その場にいた全員が各々のスマートフォンを確認するが、誰1人として通じないのだ。
閉じ込められた。名もなき島の上に建つ『しおさい館』に取り残されてしまったのだ。
地元にこういう山の中にある教育宿泊施設があるんですけど、確実に出るけど毎年毎夏市内の小学校が宿泊に来ていました。まだ出るそうです。
先日、圏外であることも判明しました。