「ニャーーーン」
「な、何で指原さんが自殺を?」
「自殺じゃないよ。指原さんは、六階に泊まれないほどに高所恐怖症だったんだよ。それなに、わざわざ七階まで昇って飛び降りるなんておかしいよ!」
ブルーシートに包んだ指原の遺体を三階のフロントへと運ぶと、廣上が悲鳴を上げた。死体を見るのが怖いからと、下に降りずに残っていたのだ。
彼の言う通り、無人の七階から転落したと聞けば自殺と頭をよぎるだろう。しかし、コナンの言う通り、エレベーターに乗るのも躊躇する高所恐怖症の指原が、わざわざ高所から飛び降りるのを選択するだろうか。
とすれば、これは殺人事件ということになる。何者かが指原を七階の非常口から突き落としたということだ。
「だったら、誰かが指原さんを突き落としたってことですか? 誰が!? ホテルにいる人間は、彼以外はみんな広間にいたじゃないですか」
「た、確かに。やっぱり、指原さんは自殺……?」
「……結以子が連れて行ったのでしょう」
オンボロのエレベーターが不安な音を立てて三階に到着した。納田に手束、グレイに付き添われた白群もフロントに降りて来たのだ。
「さ、指原……ほ、本当に、死んだんですか? な、何で?!」
「冥婚の儀式の顛末だと言いたいのか。死者が、伴侶として彼らを連れて行ったのだと」
「ええ、そうです」
「ふざけるな! 冥婚だか呪いだか知らねぇけど、幽霊が人を突き落とすなんてあるはずねぇだろうが!」
「そもそも、何で冥婚に小五郎おじさんを呼んだの?」
「……結以子を殺した犯人を突き出して欲しかったからだ!」
小五郎に詰め寄られた納田は、初めて感情を見せたかのように叫んだ。
「殺したって、結以子さんの死は事故でしょう」
「結果としては事故かもしれない。けれど、こいつらに何らかの過失があったはずだ! 結以子を保護した職員は同じ事故で死んだ。それが結以子に対する報いだとしたら、あいつらも罰を受けなければならないんだ。名探偵なら、こいつが結以子を死に追いやった犯人だという証拠を見つけ出せ!」
「……そうか。
証拠も何もない。結以子を死に追いやった犯人がいるかどうかさえも分からない。否、絶対にいるはずだ。
納田が願ったのは、伴侶として選んだ3人の男性が「自分たちが結以子を殺した」と恐怖のあまり名乗り出ることだった。真実なんて関係ない。ただ、結以子の死の原因と責任と、納田の憎悪を引き受けてくれる“犯人”が欲しかったのだ。
だから小五郎を呼び、彼らを犯人として告発してくれるのを願った。だがそれは、「明かす者」たちがやってはいけない
「偽りの犯人に懺悔をさせることが父親の義務か。娘が死んだ責任を、誰かに押し付けようとしているだけと見える。8年前の事故で、父親は現場にいなかったそうだな……娘が死んだのは自分のせいではないという主張を、正当化しようとしているのか」
「っ! 黙れ! 私は、結以子の手術代のために必死に金を工面していたんだ! 結以子の目はな、手術をすれば見えるようになるはずだったんだ……だから上京して大学病院の医者に見せて、手術の日取りも決まっていて。なのに! 絶対に、あの子を突き落とした犯人がいるはずなんだ!!」
エルメロイⅡ世の言葉に激高した納田は、小五郎を振り払い逃げるようにフロントの奥へ引き籠ってしまった。
娘の死に納得できないという納田の気持ちは分る。だが、いもしない犯人をでっち上げて結以子の死を殺人にしようとするのは間違っている。
8年前の事故で、結以子が階段から転落して奈落の底へと打ち付けられた原因は、あの日あの場にいて逃げ惑っていた有象無象の人々だろう。誰の肩が当たったとか、誰が押しのけたとか、今となっては分からない。
ましてや、既にショッピングモールを離れていた白群に瑕疵はないのだから。
「も、申し訳ありません! あいつは、結以子ちゃんが亡くなってからちょっと、おかしくなっていまして……」
「そう言えば、納田の奥さん……結以子さんのお母さんは?」
「事故以来、言い争いが絶えなくなって離婚しました。事故の日、結以子ちゃんをショッピングモールに連れて行ったのは彼女だったので、繁金は随分と彼女を責めまして……私も、事故が起きてすぐは随分と罵られました」
「廣上さんも、8年前の事故の現場に?」
「はい。仕事が忙しかった繁金の代わりに、結以子ちゃんたちと一緒に上京していました。誰も責められはしませんよ。あの日は凄く混み合っていて、都会に慣れていない私たちの方が迷子になっていましたから。それでも、貴方たちのような優しい人と出会えて、結以子ちゃんは幸せだったんじゃないでしょうか。ピンクのキラキラシールだって、喜んでいたはずです」
「そうだったら、良いんですけど」
廣上は白群を励ますように声をかけた。結以子のことを思い出したのか、微かに鼻を啜って涙ぐむ。
彼はこのまま、夕飯の準備をすると言って三階にある厨房へ入って行ってしまった。
「いないはずの犯人を探していたってことなのかい、あの人は。父親があれじゃあ、娘さんも浮かばれないんじゃないかね」
「いもしない犯人を見つけるだなんて、この名探偵の毛利小五郎でも無理な話だぜ」
「……ニャーーーン」
「……否、
「ミャア」
プルートーがエドモンの身体を登って、肩の上にちょこんと収まった。どうやら、エドモンの中で何かが引っ掛かっているようだ。火の点いていない煙草を咥えて何か考え込んでいる。
引っ掛かっていると言えば、コナンも何か違和感を抱いていた。何か、喉に小骨が引っ掛かってとれないような微かな違和感をはっきり口に出せずにいた。
何かがおかしい。だが、それは一体何なのだ?
「とにかく、現場を見てみよう。指原さんが転落した七階と、彼が泊っていた一階を調べましょう。グレイはこのままここで白群さんについていてあげて」
「はい。承知しました」
三階に白群とグレイ、そして手束を残し、一行は指原が飛び降りた現場である七階へと向かった。やはり動きの鈍いエレベーターでたっぷり時間をかけて七階へと到着すると、その光景に既視感を感じた。
七階の廊下も電球が切れ、廊下の窓が板で塞がれ、一階と同じように真っ暗だったからだ。
「七階も真っ暗だ」
「この階も、廊下の電球が切れているみたいだね。窓も割れているのかな」
「大丈夫かこのホテル」
多分、色々な意味で大丈夫じゃない。
フロントで廣上に色々と話を聞いた際にホテルついても語っていたが、実は『ホテル大森の底』は既に廃業済みらしい。やはり非常階段が落ちた時点で営業はできないと閉めたのだが、今回の冥婚のために一時的に再開したそうだ。
本来ならばフロントの三階と、六階だけ使用するはずだったからその他の階は廃業状態のままなのだろう。
真っ暗な廊下に非常灯が光っている。矢印の先には開いたままの非常口が見えた……指原はあそこから転落死したのだ。
「七階の非常口は、内側から鍵をかけただけか。鍵を回せば簡単に開く」
「うわ、高い」
足場のない非常口から下を覗き込めば、七階分の高さが実感できた。目下に見える指原の血痕が痛々しい……この高さから飛び降りれば間違いなく死亡する。
安全のために非常口の扉を閉めて鍵をかけ、次に一階へと移動した。電気が点いたままの104号室、もとい、部屋番号のプレートが割れて「04」しか残っていない部屋には、無造作に床に置かれたボストンバッグとテーブルの上のスマートフォンが残されている。
「遺書の類はなしか。スマホは、ロックがかかっていて調べられないな」
「あのエレベーターで一階のこの部屋から七階まで行くとしたら、結構な時間がかかりますよね。衝動的に自殺しようとする人が、わざわざそんな手段を取らないはずです」
「ニャー」
「確かに。衝動的に自殺しようとするなら、この電気スタンドのコードで首を吊ることもできる。わざわざ高所から飛び降りようとするってならば……」
そこまで言いかけて、小五郎や他の者たちの脳裏には合城の死因が浮かび上がった。
合城は歩道橋の階段から転落死した……そして、指原はホテルの非常口から転落死。2人とも、結以子のように高所から転落して死亡しているのだ。
まるであの世に招かれるかのように、奈落の底へと転落した。
まさか。いや、そんな馬鹿な。
本当に、冥婚が成立したと言うのか。
花嫁となった結以子が、彼らをあの世へと連れて行ったと言うのか。
『違う! これは殺人事件だ……指原さんは結以子さんに連れて行かれたんじゃない。犯人は、このホテルにいる!』
だとしたら、犯人はどうやって指原さんを転落死させたんだ。
「Whydunit」
「え」
「どうやって指原さんを転落死させたのか。ではなく、
焦るコナンを諭すかのように、エルメロイⅡ世がこの場にいる探偵たちへ語りかける。
Whydunit
2人……指原と合城を殺害した犯人の動機とは何か?
『……あれ。そう言えばあの人、さっき何て言った?』
・納田繁金(56)
此度の『毛利探偵事務所』の依頼人……と思ったら、色々騙して冥婚に巻き込んだ人。
8年前に湾岸地区で起きたショッピングモールの火事で娘の結以子が亡くなっており、18歳になった彼女の冥婚絵を花嫁にして冥婚を行おうとした。
結以子の死に納得がいっておらず、彼女を殺した犯人を探している。結以子の死は事故だったのか、それとも……?
名前の由来は、娘と合わせて「結納金」
・白群空也(25)
此度の『カルデア探偵局』の依頼人。
8年前の火事の直前に迷子になった結以子を助けた高校生3人組の内の1人。結以子の死の直前に接触したということで、納田によって冥婚の相手に選ばれてしまう。
ちなみに、彼は寸前で火事に巻き込まれなかった。
名前の由来は「白無垢」
・指原環稀(26)
白群の同級生で、8年前の火事の直前に迷子になった結以子を助けた高校生3人組の内の1人。結以子の死の直前に接触したということで、納田によって冥婚の相手に選ばれてしまう。
自身も火事に巻き込まれたことにより、高所恐怖症&火事恐怖症になっている。
結以子の死を悔やみ、冥婚に怯えていたがどうしてか七階から飛び降りて転落死した。
名前の由来は「指環」
・廣上勘次(49)
納田の従弟で『ホテル大森の底』のオーナー。
祖父の代からのとんでもないホテルの所有者ではあるが、非常階段が落ちた時点で既に廃業済み。今回は納田の頼みで場所を貸しているだけ。
8年前に結以子の付き添いでショッピングモールを訪れ彼女とはぐれてしまったが、再会できたのは事故の後だった。
ところで黒猫が鳴いたが……。
名前の由来は「披露宴」
・手束花美(72)
絵や裁縫を趣味とする老婆。
納田から依頼を受けて、結以子が18歳になった姿を想像して冥婚絵を描き上げた。その縁で結婚式に招待されているが、冥婚には辟易しているようである。
名前の由来は「花束」
・合城庄太(26)
白群の同級生で、8年前の火事の直前に迷子になった結以子を助けた高校生3人組の内の1人。結以子の死の直前に接触したということで、納田によって冥婚の相手に選ばれてしまう。
納田から冥婚の招待状が届いたその日に、米花市の歩道橋の階段から転落死している。あの世に連れて行かれたのか、それとも……?
名前の由来は「招待状」
・納田結以子(享年10)
8年前の事故で亡くなった納田の娘。ショッピングモールで迷子になったところを、白群たち3人に助けられたが、その直後に階段から転落死した。
光を感じるぐらいしかできない弱視であり、手術のために上京した時に起きた事故だった。
父親によって冥婚が執り行われ、伴侶として3人の夫を与えられたが……。
名前の由来は「結納」
登場人物の名前。結婚式縛りにしたら地味に大変でした。