犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

72 / 100
06頁

 Howdunit

 どうやって、殺したか?

 エレベーターを使って指原を転落死に誘導したトリックを使える人物は1人しかいない。

 Whodunit

 犯人は、ホテルのオーナーである廣上しかいないのだ。

 

「な、何を言い出すんですか! 一階かと思ったら七階だったなんて、そんな馬鹿なこと……」

「エレベーターそのものに細工をするという大胆なトリック故に、誰もが騙された。まさか、指定した階とは別の階に連れて行かれるなど、思わないのだから」

「指原さんが転落する寸前、貴方は104号室に内線をかけていましたよね。本当に繋がりましたか? 指原さんは704号室にいたのに、104号室に内線をかけても繋がるはずがない」

「つ、繋がりましたよ。式が始まるから六階に来てくれって……そんな、火事だなんて言ってない! だったら、証拠を見せなさいよ、証拠を! 指原さんが七階の部屋にいたって言う証拠を……」

 

PPPP…PPPP…

 

「っ!」

 

 暗い廊下でスマートフォンの画面が光る。飾り気のないシンプルなケースに入っただけのスマートフォンが、七階の廊下で鳴っている。

 

「あった、グレイのスマホ」

「あのスマホが証拠だ。彼女は、5時前に指原さんを訪ねた際にスマホを落としてしまった。そのスマホが、七階にある」

「それがどうしたんですか。一階じゃなくて、七階で落としていただけでしょう」

「グレイが七階に来たのは、今が初めてだ」

「っ!」

「そして、もう一つ」

 

 本来ならば七階に来ていないグレイのスマートフォンが、七階の廊下で鳴っている。あれが目に見える証拠。

 そして、もう一つ。立香が持ち歩いている、スプレーを噴射すれば指紋が採取できるキットで一階の104号室――指原の荷物があった部屋で指紋を採取したが、部屋からは指紋が発見できなかったのだ。

 

「104号室のドアから、指原さんの指紋が検出されませんでした。どうしますか? この場で、704号室の指紋も調べてみますか?」

「出て来るだろうな。指紋が」

「警察がホテルの隅から隅まで調べれば、毛髪とか他の指紋とか、色々見つかるはずだよ」

「……何故、霊の仕業に見せかけるような事件を起こしたんですか?」

 

 Whydunit

 廣上が、指原を殺害する動機は何だったのか?

 それを語る証拠品は、ホテルの六階にある。結婚式が開かれるはずだった広間へと移動すれば、ハンカチを手にしたエルメロイⅡ世が結以子の遺品である折れた白杖を手に取った。

 

「この白杖は、結以子さんの遺体と共に戻って来てそのまま、でしたね」

「ああ。洗ってもいないし、そのガムテープを剥がしもしていない」

「彼らが、ガムテープで曲がったこれ補強し、シールを貼ったことは知っていましたか? シールの色や形状は?」

「目撃者の話を聞いただけだ。実際に見ていないし、色も知らない」

「8年前、はぐれた結以子さんと再会できたのは彼女が亡くなった後……そうでしたね、廣上さん。だが、あなたは先ほど()()()()()()()()()()()と言っていた」

「……まさか」

「Whydunit……犯行の動機は、8年前の事故にあった。廣上さんは、8年前の事故の前に結以子さんと再会していたんだ」

「……っ!」

 

 白群たち3人が結以子の白杖を補強して、シールを貼ってあげてインフォメーションセンターへと送り届けた。

 母親と廣上を呼び出してもらってから白群はショッピングモールを離れ、指原と合城も結以子と別れた。

 その後、結以子と再会できたのは事故の後と言っていたが、それは嘘だった。本当は、事故が起きる前に廣上は結以子をインフォメーションセンターへ迎えに行っていた。そこで、白杖に貼られたピンクのキラキラシールを目にしていたのである。

 結以子の手を引いて、はぐれた彼女の母親と合流しようとした時に火事が起き、パニックになった人々の波に飲み込まれた。エレベーターが止まり、人々は非常階段に殺到して我先に逃げようと、弱者を押しのけ転倒者を踏み付けて多くの人々が死傷した。

 

「し、仕方なかったんだ。あの時は、本当に凄い人で……そんな中で、弱視の子を抱えて避難なんか、できやしなかったんですよ! わ、わざとじゃなかったんだ。気がついたら結以子ちゃんが手を離していて、そのまま、階段から……手を離さなければ、私だって落ちて死んでいたかもしれなかったんだ。それなのに、それなのにあの男が、まるで私が悪いみたいに言って脅して来たから……」

「保身のため、己を正当化させるために虚偽を父親に伝え、更には脅迫者を階段から突き落とした。これが動機だ。8年前の事故の真実を葬るべく、2人の人間を死に追いやった」

 

 合城は見ていたのだ。8年前、廣上に手を引かれて歩く結以子の姿を。

 冥婚の招待状を届け、小五郎へコンタクトを取るために納田が上京した際に、廣上も付き添って上京していた。その時に合城が接触して来たのだ。無事に保護者が迎えに来てくれたはずなのに、事故後の発表では迷子のまま亡くなったと発表されていた。最近になってその矛盾に気づいたのか、事故のことを調べ上げた合城はそれをネタに廣上を強請ってきたのである。

 だから殺した。居酒屋で8年前の話をしてから歩道橋を通りかかったその時、階段を下りようとした合城の背中を思い切り突き飛ばした。これで、冥婚の相手として選ばれた内の1人が死んだ。

 指原を殺したのは、口封じのため。指原も事故が起きた時にショッピングモール内にいた、もしかしたら彼にも結以子と一緒にいたところを見られていたかもしれない……だから、殺した。

 酔いが回った合城が、指原のことを事故のせいで高所恐怖症と火事恐怖症になったかわいそうな奴だと言っていたから、探偵たちが解き明かしたトリックで転落死させた。納田が、既に廃業した『ホテル大森の底』を冥婚の会場として使いたいと言っていたので都合が良かったのだ。

 冥婚の相手として選ばれた内の2人が死んだ。残る1人は事故が起きる前にショッピングモールからいなくなっていたが、もしかしたら合城や指原から何かを聞いているかもしれない……場合によっては、白群も殺さなければならない。

 大丈夫。彼らは死者の伴侶として選ばれたのだ。死んだって不思議ではないのだ。

 

「結以子ちゃんの死は、事故だったんだ!」

「……ニャーーーン」

「でも、おじさんは戻らなかったんだよね。それって、保護責任者遺棄致死罪に当たるってテレビで言っていたよ。時効は10年……まだ、十分間に合う」

「そ、そんな……そうだ! 緊急避難っていうのがあるでしょう。それなら、無罪になるはず……」

 

 ガシャン!と、ワインボトルが割れる音がした。納田が、結以子の生まれ年のワインを叩き割り、ボトルを尖ったガラスの凶器にと仕立て上げたのだ。

 それを手に、血走った視線で廣上を刺し殺そうと言わんばかりに凶器を振りかざした。

 廣上は悲鳴を上げて背を向ける。納田は廣上の背中にガラスの凶器を突き刺そうとしたが、小五郎が間に入って取り押さえられ、床に落ちた凶器は立香が広間に隅まで蹴り飛ばした。

 

「やめろ納田さん!」

「放せ! こいつが、こいつが結以子を……! 何で今まで気づかなかったんだ……結以子の仇が、まさかこいつだったなんて!! こいつを殺す! 結以子と同じ場所に送ってやる!」

「娘さんが、犯罪者が死んで逝き着くような場所にいるはずないだろうが!」

「そうさ。結以子ちゃんは、もっと綺麗な場所にいるはずだよ。全く、馬鹿なことをしちゃったねぇ……死者の結婚相手に生きている人を選ぶなんて。それじゃあまるで、結以子ちゃんが2人も殺したようなもんじゃないか。父親なら、娘を犯罪者にしちゃあいけないよ」

 

 小五郎と手束の言葉に、納田の表情に束の間の正気が戻った。

 自らの罪を誤魔化して逃げ続けた犯人が、結以子がいる天国に逝くはずがない。あの世で彼女に謝れと捨て台詞を吐いても、加害者と被害者はあの世で再会することはできない。

 霊は恐ろしいとグレイが言った。本当に娘を愛していたのなら、彼女が祟りや呪いを振りまいて生者をあの世に連れて行くような恐ろしい存在になるのを望んではいけないのである。

 手束が背負っているリュックの中から、一枚の板を取り出して彼女が描いた結以子の冥婚絵の隣に飾り付けた。

 板には白いドレスの花嫁と黒いタキシードの花婿が描かれている。どちらも優しい表情で笑っており、花嫁は結以子のように口の端にホクロがあったが、花婿は誰の面影もないデフォルメされた顔をしていた。

 

「これは、冥婚絵か?」

「ムサカリ絵馬って言うのよ。本来は、亡くなった新郎が絵の花嫁さんを迎えるためのもんだけど、まあいいやって思ってね」

「婚姻を成人の通過儀礼として扱うことで、幼くして亡くなった魂を祖霊として昇華させる儀式を聞いたことがあるが。死者の供養と地続きになった民間信仰風習の一種か」

「あたしはそういう難しいことは分からんけど……1人ぼっちじゃ、寂しいでしょう」

 

 隣にいて手を繋ぐ人がいれば寂しくはないはず。

 手束の願いが繁栄されたムサカリ絵馬の花婿は、弱視の花嫁の手を握っていた。あの日、振り解かれた手とは違う、しっかりと握られた手を目にした納田が泣きそうな顔をして項垂れる……。

 呆気にとられた廣上は、今の隙に逃げようとしたがちょこんと床に座るプルートーに行く手を阻まれ、エドモンに捕まった。

 

「師匠」

「好きにしたまえ。咎めやしない」

「納田さん。拙に結以子さんたちを弔わせてもらえませんか?」

「弔い?」

「彼女は霊園の出身なんです」

「宗派が違うと思いますが」

「大丈夫。信仰は違えども、グレイの想いに違いはないよ」

 

 立香に背中を押されるかのように、グレイはムサカリ絵馬の前に立つと祈りの言葉を紡いだ。

 結以子だけではなく、指原と合城にも。

 

Lord God, in whom all(我らに災禍より逃れる術を与えたもう、) find refuge, (主なる神よ。)We appeal to your(わたしたちはあなたの) boundless mercy:(限りなき悲しみを知らしめ)grant to the soul(その慈悲が) of your servant (納田結以子、指原環稀、合城庄太の)Yuiko Nada, Tamaki Shashihara, Shota(魂の元にもたらされることを願います) Aijo, a kindly welcome, (どうか手厚く迎え入れください)cleansing of sin, release from the chains of death(その罪を浄め、その魂を死の連鎖から解放し) and entry into everlasting life. (その魂に永遠の命をお与えください) We ask this (わたしたちは我らの)through our Lord.(主なるお方を介しこれをお願い申し上げます) Amen.」

 

 グレイの言葉と共に小五郎もコナンも自然と手を合わせた。白群も結以子と友の冥福を祈り、小さく音を立てて鼻を啜る。

 気のせいだろうか……冥婚絵に描かれた18歳の結以子が、さっきよりもずっと美しく見えた。

 その後、まだ生きていたホテルの固定電話で警察を呼び、廣上は連行される。死者の結婚式は、未遂に終わったのだった。

 

「謎解きとは、一種の快楽だ。多種多様な真実の内の一つに到達した達成感を脳が快楽だと誤認してしまう。誤認を貪り、ただ真実を求め続ける滑稽な姿と積み重なる死体を眺め、読者(我々)は歓喜する……実に、悪趣味な一冊だ」

「それでも、どこかに被害者と犯人がいる限り探偵は止まりませんよ。明かす者が諦めて迷宮入りしてしまったら、読者(俺たち)が許しませんから」




グレイたんの祈りを聞きたいがために見切り発車した一作であった。

当初の予定では、弱視で世界を見ることのできなかった結以子は生きた証すら残せなかった!的な納田の台詞があったのですが、上手く折り合いがつかなかったのでボツに。
実は白群は、補聴器や白杖など身体障害者が使用する用品の販売会社に勤めています。ぼんやりとした進路しかなかった高校生の彼が、結以子と出会ったことにより進むべき道を見つけて今がある。ある意味、彼女が彼に影響を与えて生きた証を残した……的なオチもあったんですよ。あっただけ。
しかし、おっちゃんはともかくトリプルで探偵が来られたらたまったもんじゃないな。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。