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『捜査解明機関カルデア探偵局』におけるアヴェンジャー、黒猫プルートーの役割は、主に依頼人の犯人判定の嗅ぎ分けである。罪の臭いをプンプンさせた犯人を告発し、この人はちょっと信用できない依頼人ですよ~と告発する。
田舎から出て来て行方不明になった妹を探してくれ。という男性から罪の臭いがしたので依頼を断った後日、実は妹と語っていた女性のストーカーだったと後々ニュースで知ったということもあったので、結構役に立っています。
その他の役割を書き出すならば、癒し……ですかね。依頼人の皆様には、ご好評いただいております。
「お待ちしておりました! 安心安全迅速丁寧! みなさんの100年先までの未来を保障するためにスリッとまるっと謎を解決!『捜査解明機関カルデア探偵局』へようこそ!」
「ミャー」
「あら、可愛い猫ちゃん……っシュン!」
「ニャ?」
「クシュン! あら、くしゃみが……クシュン!」
本日の依頼人であるマダムを立香とプルートーが出迎える。マダムはプルートーを目にした瞬間に破顔したが、それと同時にくしゃみが止まらなくなってしまったのだ。
「もしかして、猫アレルギーですか?」
「ええ!? クシュン! 今まで、こんなことなかったのに……クシュン!」
「今まで反応を見せずとも、突如アレルギー反応が起きることもある。
「ニャー……」
耳がヘタっと垂れたプルートーに見送られ、立香とエドモンは依頼人のマダムと共に近所のカフェへと向かった。
マダムはくしゃみをしながらプルートーに後ろ髪を引かれまくっていた。充血した視線でずっとプルートーを追っている。猫アレルギーが発現してしまったが、元々は猫好きだったようだ……好きなのにアレルギーになってしまうなんて、酷い拷問である。
「急に暇になってしまいました。流石に猫アレルギーの方と同席はできません」
「昼寝でもすれば? 猫だし」
「はい、猫です」
同じく事務所に留守番となったアンリマユの言う通り、キャットタワーの籠の中で丸くなって昼寝をするのも良いだろう。しかし、偶にはアクティブな猫になってみても良いかもしれない。
暑すぎず寒すぎず、日差しもほどほどにある良い天気だ。絶好のお散歩日和である。
「ちょっと散歩に行ってきます。トラックの荷台には飛び込まないように気を付けますね」
『いってらっしゃい!』
ヘシアンに(翻訳アプリ音声で)見送られ、プルートーは外へと出かけて行った。
通常の飼い猫ならば、開いたドアの隙間を潜り抜けて脱走してしまうハプニングがあるが、プルートーは猫と言えどサーヴァントである。首輪に偽装している首の縄を伸ばして器用にドアノブを捻り、エレベーターのボタンを押して一階へ移動し、悠々と外へと出かけて行った。
さて、猫の散歩ロードというのは塀の上と大体決まっている。
歩きやすそうなコンクリート塀を見つけてヒラリと飛び乗り、温かい日差しを浴びながら住宅街を闊歩する。
「さて、どこに行きましょうか? 久しぶりに、野良時代のお家に顔を出してみるのも良いかもしれませんね~」
この特異点に召喚されてから立香と契約するまで、野良サーヴァント時代のプルートーにはいくつかおやつをもらえる拠点を持っていた。
米花町一丁目の大きな武家屋敷の夫人は、「クロ」と呼んでほぐした素焼きの鮭を与えてくれた。
米花町二丁目で4匹の猫を飼っているお家の主人は、「ジジ」と呼んでちゅーるを用意してくれていた。
米花町三丁目の本屋のオーナーは、「ルドルフ」と呼んで牛乳を皿に注いでくれた。
米花町四丁目の建設会社では、「ネコ」と呼ばれて社員一同に可愛がられ昼食のおかずのおこぼれを貰っていた。
そして、米花町五丁目のレストラン『コロンボ』では、刑事コロンボの愛車に因んで「プジョー」と呼び茹でたひき肉をご馳走してくれた。
今思えば、悠々自適な野良ライフだった。
勿論、契約サーヴァントとなった現状に不満がある訳でもない。同僚もとい、他のサーヴァントとも気ままに上手くやっている。
ジャンヌ・オルタは、実は一番細々と世話を焼いてくれるし丁寧にブラッシングをしてくれる。
サリエリは、流石音楽家と言うべきか撫でる指の動きが絶妙で自然に喉が鳴ってしまう。
ヘシアンは、ダイナミックな動きでじゃらしを始めとしたおもちゃで構ってくれるので飽きることがない。
アンリマユは、こんな暖かい日にソファーの上でゴロゴロする昼寝仲間だ。
家茂は、控え目だけど優しく触れてくれるので彼の人柄や動物好きな性格が垣間見えて心地いい。
エドモンとは、一番馬が合う。プルートーが足元で小さく鳴けば、アイコンタクトで肩を差し出して乗せてくれる。個人的(人?)にはとても乗り心地の良い肩だった。
そして、マスターである藤丸立香。
初めて契約したマスターだが、恐らくSSR……否、URのマスターではないだろうか。
膝の上に乗って丸くなっても怒らない。ベッドの中に侵入して暖を取っていたら、そのまま受け入れてくれる。
そして、プルートーを猫として。ただの猫としての彼を尊重して撫でてくれる。
飼い主に裏切られてその命を刈り取られたバックボーンがあるプルートーにしてみれば、現状のサーヴァントライフは満点花丸状態だった。もしかしたら、自分の幸運ランクはEXなのではないだろうか?
そんなことを考えながら、時折こちらに視線を向ける猫好きたちに「ニャア」と鳴いてサービスして散歩をしていると、見覚えのある人影を発見したのだ。
路肩に停めた車から降りて背伸びをしている。
「ニャー」
「ん、猫?」
「ニャン」
「片目の黒猫……もしかして君、『カルデア探偵局』の猫かな? 名前は確か、プルートーだっけ?」
「ニャア! ミャーオ」
名前を呼ばれたプルートーは、車のボンネットの上にヒラリと飛び乗り見覚えのある人影こと高木に挨拶をするように鳴いたのだった。
捜査の最中か、はたまた休憩中か。目の前に現れた猫が顔見知りの探偵局の猫だと知った高木は、まさか飼い主の探偵が近くにいるかもしれないと辺りを見回すが、残念ながら今日はプルートー1匹だけの散歩である。
しかし、猫からしてみれば自由気ままでも、人間から見れば飼い猫が迷子になっているようなものだ。高木視点では、プルートーは『カルデア探偵局』から抜け出した猫にしか見えない。
「ダンテスさんも藤丸君もいないな。迷子になっちゃったのかな?」
「ニャー?」
「外は危ないよ。この間も、あっちの交差点で事故があったし」
「ミャーン」
お気遣い、ありがとうございます。その意味を込めてプルートーは高木の肩に飛び乗った。
おや、意外と乗り心地が良いですね。
「高木さん、お待たせしまし……あれ、猫?」
「あ、お帰り」
「ミャア」
「その猫、どこかで見たことがあるような?」
「『カルデア探偵局』のプルートーだよ」
「ニャー」
コンビニの袋を手にした千葉が帰って来た。どうやら、遅めの昼食を買いに出ていたようだ。刑事も大変である。
昼食を買いに出ていて車に帰ってきたら、高木の肩の上に猫がいた。千葉にしてみれば突拍子もない光景であるが、妙な既視感があった……見覚えのある黒猫がいると言うよりは、高木とプルートーの組み合わせに何かを思い出させるのだ。
「何だか『三毛猫ホームズ』みたいですね」
「三毛猫?」
「ミャ?」
「あれ、知りません? 「ホームズ」って名前の不思議な三毛猫と、その飼い主の刑事が登場する推理小説ですよ。物語のホームズも、刑事の肩に乗って登場したりするんです」
「ああ、あの小説か」
「ニャーン」
刑事と三毛猫。探偵と黒猫。
明かす者と猫という組み合わせに既視感を抱き、千葉のように件の作品の名前を出す者は結構多い。
確かに似ているかもしれない。三毛猫ホームズの飼い主は、「ひょろっと背が高い」と描写されており、背格好は高木と似通っているのだ。
でも、ボクは「ホームズ」じゃなくて、冥界の神の名前を与えられた猫ですよ。そもそも、推理小説ではなくゴシック・ホラー小説が出典ですし。
一言申し上げたくても、刑事たちの前ではただの猫なので喋ることはできないのである。
その刑事たちがプルートーをどうしようか、送り届けようかと相談し合っていると、車内の無線が事件を報せたのだ。
『杯戸町三丁目の住宅で、住人が頭を殴られ意識不明の重体と救急から通報あり。ただちに現場へ向かってください』
「杯戸町三丁目、ここから近いですね」
「高木・千葉、今から現場へ向かいます」
「ニャー」
「……この子どうしよう?」
「連れて行くしかないんじゃないですか」
「ミャ!」
プルートーを後部座席へ乗せ、パトランプを乗せて、高木と千葉は事件の現場へと臨場したのだった。
公開している内に書いておこうかと。
アニオリみたいな、短編みたいな黒猫のある日のお散歩。