犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 喉の奥に魚の小骨が引っ掛かっている。

 高木の身に起きていることを言語化してみるならば、そんな状態に似通っていた。何かが引っ掛かっていて喉の付近まで出かかっているけれど、その“何か”が言葉で表現できないのだ。

 こんな時、小五郎のような名探偵ならばすぐに解決してしまうのだろう。小五郎じゃなくても、彼――子供とは思えないほど頭が良い、不思議な少年もきっと、高木が口に出せない違和感に気付いてしまうのだろう。

 

「何だっけ? 何か引っかかるんだよな~」

「ニャー」

「うわっ、プルートー! 夏芽ちゃんと遊んで来たの?」

「ミャー」

「猫ちゃーん!」

「ニャ!」

 

 高木の足元にプルートーが顔を出したが、すぐに夏芽に捕まってしまった。少女に抱っこされて毛並みに頬擦りをされている。

 夏芽を居間から連れ出したかのような振る舞いを見せたり、高木たちにクローゼットの中身を指摘するかの如く引っ掻いたりと、この黒猫は不思議な動きをする。それはまるで、先ほど千葉が言ったような……名探偵の名を与えられた、聡明で美しい三毛猫のようだ。

 そう言えば事件の現場で鉢合わせた時、立香やエドモンとまるで会話をしているように鳴いていた気がするが……多分、気のせいだ。

 

「不思議な猫だな。さっきも、プルートーが上から飛び降りて来て、結果的にはガラスの……っ!」

 

 喉の奥に引っ掛かっていた小骨が取れた。そうだ、そうだった。高木が感じていた違和感は、窓にあったのだ。

 

「なあ、千葉。現場の窓は、部屋の中から見て右のガラスが割られていたよな」

「ええ。右のガラスを、外から割ったように偽装されていました」

「窓を開けて外側からガラスを割った。でも、右のガラスを右手で割ろうとすると」

 

 居間にも同じような観音開きの窓がある。高木は右側の窓を半分ほど開けて、犯人がやったように外側からガラスを割る仕草をしてみるが、()()では身体が閊えて上手く力が入らないのだ。

 

「ガラスが落ちていた位置から見て、窓が開けられた角度は90度以下。この状態で窓ガラスを割るとしたら……っ! 犯人は、右利きじゃなくて()()()!」

「さっき、プルートーを撫でようとして左手が伸びていましたよね。時計も右腕だ……金城英作さん」

「ニャー!」

 

 高木が告げた犯人の名前に同意するかのように、いつの間にかやって来たプルートーが鋭く鳴いた。

 

「ひ、左利きなだけで犯人扱いか!? 証拠は! 証拠はあるのか!」

「証拠は、これから鑑識に調べてもらって……」

「ミャーオ」

「え?」

「ミャーン、ニャ!」

 

 プルートーが高木の脚の間をすり抜けた。長い尻尾を揺らしながら足元をぐるぐる動き回り、金色の左目が高木を見上げている。まるで彼に何かを伝えようとしているかのような仕草を見せると、高木のスリッパ履きの左足に、ちょんと肉球の手を乗せた。

 

「足」

「ニャア」

「……っ! 足! 証拠は……スニーカーだ!」

「えっ」

 

 玄関には、英作が履いて来た少々草臥れたスニーカーが鎮座していた。

 

「樋呂子さんが金城邸へやって来てから安藤さんが帰って来るまで、正門から出入りする人間は目撃されていない。樋呂子さんが来る前に正門から出入りしたのではなく、合鍵を使って裏門から出入りしていた可能性が高い。裏門から玄関までは、庭を通る必要がある」

「だ、だったら何だって言うんだ!」

「今日の午前中は、造園業者が庭で作業をしていた。そうですよね、安藤さん」

「はい。午前中に業者さんが、蟻除けの殺虫剤を庭全体に散布されていきました」

「庭を通ったなら、スニーカーの靴底から殺虫剤の成分が検出されるはずだ」

「っ!!」

「疑いを晴らすために、スニーカーを調べさせていただいてもよろしいですね」

「ニャー」

 

 本当に現場に来ていないなら、殺虫剤を散布した庭を通って裏門から忍び込んでいないのなら、素直にスニーカーを提出できるはずである。高木にそう突き付けられると、顔を真っ赤にして否定していた英作の顔から徐々に血の気が引いて行く。

 力が抜けたかのように膝から崩れ落ちると、自らが実母を殴り倒した犯人であると認めたのだ。

 

「英作! 何で母さんを!?」

「借金で本格的に首が回らなくなって……ちょっとだけ、ちょっとだけ借りようと思って忍び込んだら、お袋に見つかって」

「馬鹿野郎!!」

 

 言い争いから掴み合いの喧嘩になり、衝動的に棚に飾られていたボトルシップで殴ってしまった。我に返った後は、外から忍び込んだ強盗の仕業に見せかけるために部屋を荒らし、窓ガラスを割り、窓から庭を通って裏口から逃亡したのだ。

 その後、鑑識の捜査によって、英作のスニーカーの靴底から造園業者が使用している殺虫剤の成分が検出される。

 幸いにも万吉子は手術が成功して目を覚まし、被害者からの証言も確認された。身内が起こした不祥事のため訴えはしないが、英作の性根はしっかり叩き直すという万吉子の言葉を受け入れ、逮捕には至らなかったのである。

 祖母が無事に目を覚ましたことに夏芽は大喜びした。そして、万吉子がベッドから起き上がれるようになったその日には、猫を飼いたいとおねだりをしていたとか。

 よっぽどプルートーが気に入ったようである。

 

「金城さん、目を覚ましてよかったですね」

「うん。夏芽ちゃんも、プルートーのお陰で元気になったしね」

 

 千葉が運転する車の中で、高木はコンビニの袋の中から冷たくなったおにぎりを取り出して千葉へと手渡した。時刻は既に夕方だが、やっと昼食である。

 自分も鮭のおにぎりを頬張りながらバックミラー越しに後部座席を覗けば、今回の事件に手を……肉球を貸してくれた黒猫が、まるで黒いクッションのように丸くなっている。

 今日は不思議なことばかりだった。

 プルートーが刑事たちに配慮して自ら進んで夏芽の相手をしてくれたように見えたり、何気ない仕草や動きが事件を解決するためのヒントになっていたり……あの時、プルートーが高木の足に手を乗せなければ、スニーカーに付着している殺虫剤の存在に気付かなかった。

 否、それよりも……プルートーは英作に懐かなかった。彼が撫でようとしたら、甲高く鳴いて顔を反らし左手を拒絶した。

 まるで、犯人を嫌っているかのように。まるで、最初から彼が犯人であると気付いていたかのようだった。

 

「……そんな訳ないか」

「どうしました?」

「いや。プルートーを見ていると、本当に『三毛猫ホームズ』を思い出して」

 

 そう、あれはフィクションの中の世界だ。物語の中に登場する探偵猫であり、実際の猫とは異なる。

 この世に名探偵は確かに存在するが、ホームズの如き推理力を持った猫は存在しない。頭では分かっているはずだが、やっぱりちょっと期待してしまう高木がここにいる。

 もしかしたら、プルートーは三毛猫ホームズのように賢い猫で、いつもは『カルデア探偵局』で探偵猫としてエドモンと共に事件を解決しているのではないか。高木の頭の中には、まるで小説や映画の中で繰り広げられる探偵と猫のタッグがありありと描かれていた。

 

「『三毛猫ホームズ』じゃなくて、黒猫ホームズかぁ~」

「どちらかと言うと、エドモン・ニャンデスの方が良いですね」

「っ! え、今……千葉、今、何か言った?」

「え? どうしましたか?」

「何か、子供みたいな声が聞こえたような」

「ええ? 聞こえませんでしたけど。空耳じゃないですか?」

「そうかな?」

「ニャー」

 

 少年のような、少女のような声が聞こえたが、車には高木と千葉とプルートーしか乗っていない。外から聞こえて来た声か、それとも千葉の言う通り空耳か。

 まさかプルートーが喋るはずなどない。きっと、気のせいだったのだ。

 お腹が空いて幻聴が聞こえたのかもしれない。おにぎりを口に詰め込んでお茶に流し込んだ高木は、早く食べてしまおうと袋の中のメロンパンを取り出した。すると、車窓から見覚えのある制服が見えたのだ。

 学校帰りのコナンと蘭が、ジャンヌと一緒に歩いていたのである。

 

「あ、高木刑事!」

「千葉刑事も。お疲れ様です。事件ですか?」

「その帰りだよ。オルタさん、ちょっと良いかな」

「どうされました?」

「実は……」

「ニャー」

「っ! 何でアンタが!?」

「プルートーを『カルデア探偵局』まで連れて行ってくれないかな」

 

 車の後部座席から顔を出したプルートーにジャンヌが驚いた。これから『カルデア探偵局』へ送り届けようと思っていたが、彼女に託した方が良さそうだ。

 

「本当に申し訳ございません。うちの猫が」

「ミャーン」

「いえ、良いんですよ。僕たちもこの子に助けられましたので。またね、黒猫プルートー」

「ニャー!」

 

 ジャンヌにプルートーを手渡した高木は、彼の頭を撫でて千葉と共に本日の報告書を作成するため警視庁へと戻って行く。

 刑事たちと黒猫の、短くも奇妙な昼下がり。夕方も過ぎた頃にジャンヌと共に『カルデア探偵局』へと戻ってきたプルートーは、お気に入りのソファーの上で大きく伸びをしたのだった。




一般的な善性の塊で、東都タワーでのコナンとのやり取りの後も普通に接してくれて。なのに過去も出身も何もかもが描かれない……高木、君は何者なんだ?
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