お子様サーヴァントたちに課せられたお留守番は、立香たちが留守の間に飛び込みの依頼人がやってきたら、後日アポを取るための連絡先と名前を控えるという仕事だった。
幸いにもお昼を過ぎても飛び込みの依頼人は現れなかったのだが、そのせいで彼女たちは退屈を持て余してしまっている。なので、つい招き入れてしまったのだ。まだ10歳ほどの幼い少年が探偵に助けを求めにやって来るという現状に、彼女たちは興味を持ってしまったのである。
「お1人ですか? 保護者の方と一緒に来たんじゃないんですか?」
「えーと、ボク1人です。君たちは?」
「あたしたちはお留守番よ。残念ながら
「そっか、探偵さんいないんだ……」
「どうして、ここに来たの?」
「……探偵さんに、暗号を解いて欲しくて」
「暗号?」
「うん」
少年の言葉に、少女たちは顔を見合わせた。彼女たちはサーヴァントと言えども、姿も心も絶対可憐な少女である……好奇心が刺激されてしまえば、思わず首を突っ込んでしまいたくなるものだ。
「ねぇ、その暗号見せて!」
「え……でも、探偵さんいないんでしょ。それに、君たちは探偵さんじゃないんでしょ」
「私たちは、その……えーと、探偵事務所のお手伝いと言いますか」
「もうすぐ探偵のおじ様たちが帰って来るかもしれないわ。ちょっとソファーでお喋りをしながら待っているのはいかが? それとも、白ウサギのように急がなくてはならない用事でもあるのかしら?」
3人に囲まれて少年の頬が真っ赤に染まった。各々可愛らしい少女が距離を縮めて来るものだから仕方がない。
結局は、ナーサリーに手を引かれて少年は来客用ソファーへとご招待された。
少年の名前は、
「暗号って、宝物の地図でも持っているの?」
「ううん。宝物じゃなくて、タイムカプセルの地図なんだ」
「タイムカプセル! 聞いたことがあります。思い出の品物や大人になった自分へ手紙を詰めた箱を埋めて、数年後に掘り出すんですよね!」
「うん。そのタイムカプセルを隠した場所が、分からなくなっちゃって」
竜太がランドセルの中から取り出したのは一冊のスケッチブック。表紙が擦り切れているため、新品ではなく年数が経過している物のようだ。
「ボクが保育園の頃、お姉ちゃんと一緒にタイムカプセルを隠したんだ。でも、その隠し場所を覚えてなくて。お姉ちゃんが隠し場所の地図をこのスケッチブックに描いてたんだけど、暗号みたいで分からないんだ」
「では、描いたお姉さんに解読してもらえばどうですか?」
「じ、実は。お姉ちゃんにナイショでタイムカプセルを見つけたくて」
そのために隠し場所の地図をこっそり手に入れたが、竜太は地図を解読することができなかった。なので、巷で噂の探偵に助けを求めに来たのである。
同じ米花町にある名探偵では、子供は駄目だと門前払いを食らいそうだと臆したので、チラシを拾ったここ『カルデア探偵局』にやって来たのだ。
小学生以下は無料って聞いたし。
暗号で描かれたタイムカプセルの地図。好奇心に任せてジャックがスケッチブックを開いてみると、彼女が何枚もの画用紙をめくっても首を傾げることしかできなかった。中に描いてあったのは確かに、地図でもない暗号のような絵だったのだ。
「なぁに、これ? 地図じゃないよ」
「スケッチブックに描かれているのは、全部絵ですよ」
「これじゃあ、どこに隠したか分からないね」
「タイムカプセルを隠した時、お姉ちゃんも小2だったから……でも、どこかは分かるよ。当時はボクたち、杯戸町六丁目に住んでいたんだ。だから、杯戸町六丁目のどこかにタイムカプセルを隠したはず!」
当時小学2年生だった竜太の姉が、わざわざ暗号を作ったとは考え難い。恐らく、彼女なりの秘密の地図を作ったら、よく分からなくなってしまったのだろう。子供の感性を推し量るのは困難なのである。
秘密の地図が示すのは、杯戸町六丁目のどこか。スケッチブックに描かれた子供の絵は六枚。本当の探偵ならば、子供が隠したタイムカプセルはすぐに見つけてしまうのだろうか?
「やっぱり、子供の話なんて聞いてくれないよね……」
「どうして、お姉さんにナイショでタイムカプセルを見つけたいの?」
「それは……」
「マスターがいつも言っているわ。探偵は依頼人を信じるって。だから、依頼人は嘘をついては駄目なのよ。ハートの女王に尋問された時みたいに、全部素直に言わなくちゃ。隠し事をしていたら、誰も信じてくれないわ」
ナーサリーに説かれた竜太は少し考え込むと、先ほどよりも沈んだ声で少女たちに探偵を頼った“理由”を告げた。
「実は……家族が、バラバラになりそうなんだ」
「
「このままじゃ、バラバラに暮らすことになっちゃいそうで。この間、田舎のおばあちゃん病気になって入院したんだ。来月、手術するんだって」
竜太の父方の祖母が入院し、手術を終えて退院しても夫に先立たれた田舎の1人暮らしは心配だ。息子である竜太の父親は田舎に帰ることを提案し、祖母が心配な竜太もそれに頷いた。しかし、母は不便な田舎暮らしを拒否したのである。
竜太の両親は連日の言い合いが続き、このままでは離婚にまで発展しそうなほど冷え切ってしまっていた。
「お姉ちゃんは口に出して反対はしていないけど、きっと田舎には行きたくないと思っているはずなんだ。お姉ちゃん、小さい頃から英語が好きで、将来は海外で仕事がしたいって言ってる。英語をたくさん勉強できる高校に入るためにたくさん勉強しているんだけど、おばあちゃん家の田舎に引っ越せばその高校に通えないだろうし……タイムカプセルを隠した頃は、家族みんな仲良く暮らしていたんだ。それを見つければ、あの頃の家族に戻れるかと思って……でも、無理だよね」
「……おかあさんと、離ればなれになっちゃうの?」
「大切な家族がバラバラになってしまうなんて、悲しいわ。悲しいことよ」
「でも、この地図でどうやってタイムカプセルを見つければいいのでしょうか?」
「巌窟王のおじ様なら、探偵として推理してくれるわ。いつ帰って来るかは分からないけれど……」
「だったら、わたしたちで探そうよ!」
「えぇ!? 君たちが?」
ジャックの提案に、竜太だけではなくナーサリーもサンタ・リリィも驚いた。
手がかりは子供が描いた秘密の地図と、曖昧な竜太の記憶だけ。それだけを材料に、杯戸町六丁目のどこかに隠したタイムカプセルを見つけることはできるのだろうか?
「隠した町が分かっているなら、そこを全部探せばいいんだよ!」
「でも、杯戸町六丁目って結構広いよ」
「いいえ、小さな子供が移動できる距離は限られています。竜太君たちが当時住んでいたお家から、きっとそう遠くない場所に隠したはずです。うん、それなら私たちだけでも探せます」
「『カルデア少女探偵団』結成ね! それとも『カルデア・イレギュラーズ』かしら」
驚く竜太を他所に、少女たちは盛り上がる。場所が分からずとも、サーヴァントである自分たちの機動力で虱潰しに探せば見つかる可能性はゼロではない。
それに、きっとマスターなら竜太の依頼を受けるはずだ。家族がバラバラになってしまう危機を少しでも救えるならば、きっと彼は小さな依頼人にも手を差し伸べるはず。
「そうと決まれば、現場に向かいましょう! 確か、杯戸町にはバスで行けるはずです」
「う、うん。ええと、君たちは……」
「わたしたちはジャックだよ」
「あたしは、ナーサリー・ライム」
「私はサンタ・リリィです。リリィと呼んでください」
「さ、行こう」
こうして、『カルデア少女探偵団』は小さな依頼人を連れて杯戸町六丁目と向かった。
以上が、『カルデア探偵局』の事務所電話が留守電になった経緯である。駆け足で下校したジャンヌと、彼女に引っ張られた家茂がもぬけの殻となった事務所内を目撃するまで、あと1時間ちょっと。
エミヤが「おじ様」なので、巌窟王も「おじ様」である。
しかし、サリエリ先生は「先生」である。