『カルデア探偵局』に舞い込んだ依頼の内容は、「身内が転落死した事件を調べて欲しい」であった。
誰が、どのように転落死したかは依頼人に直に会って聞き取る約束であったが、その依頼人の名前が少々引っ掛かる……片田舎の町に建つ新築の近代豪邸。オール電化を完備した明るい家屋は町長の家。その客間で、エドモンとサリエリの前に一枚の写真が差し出された。
「3日前、娘の沙羅が崖下で死んでいるのが発見されました。家の者が発見しまして、警察には届けていません」
「何故だ。娘の死を
「……お恥ずかしい話、娘はあまり素行が良いとは言えませんでした。毎晩のように怪しい店に出入りをして、名前も素性も知らないような連中と連んでそれをネットに拡散して。警察に届けて新聞沙汰にでもなったら、我が家の恥さらしです! それに、私を快く思っていない輩が沙羅を崖から突き落とした可能性もある!」
すぐに警察に届けるべき事件であるが、高宗町長はそれを良しとせずに秘密裏に調査を依頼してきた。理由はさきほどの通りである。どちらかというと、後者に重きを置いている気がする。
「金ならいくらでも払います。どうか、どうか、娘を殺した犯人を私の前に突き出してください!」
「……承知した」
下げる頭は実際の重量よりも軽い。立香が相席しなくて正解だった。未成年の彼が局長と知れば、あからさまに態度と口調を変えて、さも当たり前のように『カルデア探偵局』を下に見るような人種だったのだ。
「あの男、元は都議会議員だったとか」
「先の選挙で落選した
議員時代や町長選に関して多方面から恨みやら何やらを買っている自覚があるからこそ、秘密裏に探偵を雇ったのだろう。娘の死のスキャンダルもそうだが、マスコミに餌を与えたくないからこその秘匿だ。
高宗邸を出たエドモンとサリエリは、町のスーパーマーケット駐車場に停められたワゴン車に合流する。先んじて家茂に町内の情報収集を任せていたのだ。
「町長の評判は両極端でした。若い世代の方々は、観光と開発で経済を回す現在の政策を支持されていましたが、年配の方々は余所者と良い顔をしていません。先の選挙でも、金に物を言わせて他の立候補者を潰したとか、噓か真か囁かれています」
「娘の情報は得られたか? 此度の事件は、娘・沙羅の転落死だ」
「娘さん……確か、結構有名なインフルエンサーだそうです」
「……(出ました)」
ヘシアンがスマートフォンを操作して、沙羅のSNSのページを発見した。当然であるが、投稿が3日前で途絶えている。
投稿内容はキラキラというよりはビカビカしている。映える写真に有名人とのツーショット、修正済みの自撮り写真。乱舞するイイネと沙羅を賞賛するコメントの数々に万単位のフォロワー数と、確かにその界隈では有名人のようだ。
「東京の大学に通われていて、普段はそちらで暮らしているそうです。夏休みでこちらを訪れては、同世代の観光客の若者を引き連れて遊び回っている姿を目撃されていました」
「犯人と思わしき不審な人間は目撃されていないか」
「いえ、
「!!」
犯人が、沙羅が連んでいそうな同年代のそれっぽい雰囲気の人物ならば、彼女と一緒にいても何ら不審ではない。つまり、犯人は沙羅と同年代の若者の可能性が高い。
犯人の影の輪郭を掴みかけたその時、サーヴァントたちが持つ通信機兼スマートフォンにカルデアからの通信が入った。時刻は、立香たちが『しおさい館』の建つ小島に閉じ込められた頃だった。
『みなさん、マシュ・キリエライトです。先輩とジャンヌ・オルタさん、プルートーさんと同行していた毛利蘭さんたち他8名が、沖合の小島に閉じ込められました!』
「何……場所は?」
『昼間の海水浴場から、南西へ2.8kmの位置にあります。何者かの手によって、移動手段としていたビニールボートが沈没させられました』
「傭兵、車を出せ」
『待ってくれ。今、コンビニ強盗の検問が敷かれて、海水浴場に向かう道路で渋滞が発生している』
「後輩、先行って」
「はい!」
サーヴァントは、その気になればその身一つで海を越えて立香たちを救助しに行くことができる。船が必要ならば、家茂の宝具で順動丸を出航させればいい。
しかし、今回は彼ら以外にも同行者がいる。コナンや蘭を始めとした他の者たちを
ダ・ヴィンチからの報告を聞いたエドモンは、咥えていた煙草のフィルターを微かに咬んだ。少なくとも、立香たちを救出するにはワゴン車が海水浴場に到着するまでの時間がかかってしまう。
アンリマユがワゴン車に積んでいた折り畳み式自転車を取り出すと、家茂がそれに乗って海水浴場に先発し、救出のための船を手配する。『しおさい館』に取り残されたのは10人と1匹。全員を乗せるためには、それなりの大きさの船が必要だ。
『先輩たちの現在地には、スマートフォンの電波が届きません。双方への連絡は、わたしが伝令させていただきます』
「任せた、盾の乙女よ。我らも急ぎ、海水浴場に向かう」
『はい!』
ワゴン車の助手席に乗るロボが、立香たちが取り残された小島の方角を眺めた。夏日が沈みかけ、亡霊の住処と囁かれる廃墟は闇に呑まれかけている。
『家茂さんが船の手配のため、先発しました。渋滞で時間がかかってしまいますが、エドモンさんたちも海水浴場へ向かいました』
「ありがとう、マシュ。みんなには上手く言っておく」
「あいつらの言っていた町長の娘……「沙羅」が、3日前に死んでいたなんて。黒猫が鳴いた垣谷、まさかあいつが?」
「う~ん……ちょっと断言できませんね。ちょっとだけ時間が経っていましたが、ああいう輩がよくやる飲酒運転とか、そういう罪の可能性もあります。夏ですし」
カルデア経由でエドモンたちと情報を共有して驚いたのは、やはり高宗沙羅の転落死だった。しかも、黒猫の宝具に引っ掛かった犯人がこの島にいるのだ。
垣谷豪基。彼から罪の臭いがしたが、どんな罪を犯したかは分からない。前科一犯であることは確実だが、夏に浮かれて飲酒運転をした可能性だってある。しかし、注意はしておこう。
救助が来るまで立香たちは電気も通らぬ小島で過ごすこととなる。手付かずの自然が溢れる屋外ではなく、『しおさい館』の中で……亡霊の声が聞こえるあの建物で、じっとしていなければならないのだ。
『先輩たちのいる『しおさい館』の内部、周囲、近海の敵性反応はゼロです。ゴースト系のエネミーも確認できませんので、亡霊の声というのは何か別の要因かと思われます』
「幽霊の、正体見たり。枯れ尾花……だったっけ?」
「今更、亡霊で怖がることもないでしょ。
立香たちは『しおさい館』へと戻り、一時的に電波が入ったと理由を付けて救助がこちらに向かっていると伝えれば、みんな各々胸を撫で下ろした。
だが、救助が来るまでは『しおさい館』に滞在しなければならない。ホラーが駄目な何人かが、その現状に気付いて身体を震わせた。
悲鳴の如き亡霊の奇声は止んでいた。
「でも、またあの声が聞こえたら……!」
「そうだ! あの猫ちゃんに何とかしてもらいましょう」
「ニャ?」
「黒猫は魔除けになるって言うし!」
「立香さん、プルートーをお借りします!」
「ミャーーン!」
プルートーが蘭に抱き締められる。羽交い絞め状態だ。
魔除けになるかは分からないが、サーヴァントなので敵性ゴーストぐらいは追い払うことはできるはずだ。怖がる蘭に安心感を与えるため、プルートーはレンタルされた。ちょっと腕の力が強い。
「そう言えば、亡くなった女の子はどうして『しおさい館』に取り残されたんですか?」
「逃げ遅れちゃったのかな」
「何だか、事件の臭いがする」
「……その子、イジメを受けていたみたいよ。宿泊室のクローゼットの中に閉じ込められて、誰も助けに来なかったんだって」
世良と園子の疑問に、鈴山が気だるそうに口を開いた。
30年前、『しおさい館』に取り残された少女……同級生たちにイジメを受け、クローゼットの中に閉じ込められて逃げ遅れた。しかも、誰も彼女が取り残されていることを言い出さず、人数確認をしなければならない教師も気にも留めなかった。
少女の遺体がクローゼットの中で発見されたのは、台風が過ぎ去ってからだった。
自分をイジメていた同級生たちを恨むだろう。
憎むだろう。
嘆くだろう……もしくは、未だ閉じ込められていて、今この瞬間も助けを求めて叫んでいるのかもしれない。
「橋も落ちたし、死人も出たから『しおさい館』は閉鎖になったんだって。ここら辺じゃ、有名な話らしいよ」
「……」
「おい竹内。お前までどうした? 顔が白いぞ。まさか亡霊でビビるタマだったのか」
「え……いや、ちょっと冷えて来たかな」
不快な話に顔を顰める者が多い中、鈴山の話を聞いた竹内の顔が青褪めていた。肩も微かに震えている。
少女の過去を聞き、亡霊に恐怖を感じた……という震えではない気がして、立香は竹内から目が離せずにいた。
亡霊が出る館、取り残された男女グループ、夏の夜……何も起きないはずはなく(フラグ)