竜太を引っ張ってバスに乗り込んだ『カルデア少女探偵団』は、杯戸町六丁目の商店街前で下車した。
タイムカプセルを隠した当時、竜太の家族はこの付近のアパートに住んでいた。彼の記憶はぼんやりとしか残っていないが、母や姉に手を引かれてこの商店街にやって来ていたのは覚えている。
だから、この商店街が何かの手がかりになるかもしれないとのことだ。
「さあ、竜太さん。当時住んでいた杯戸町にやってきましたが、何か思い出しましたか?」
「えーと……ごめん。何も思い出せないや」
「やっぱり、この地図を解読しなければいけないのね」
「でも、この絵がどうやれば地図になるか分からないよ。町を隅から隅まで探してみよっか」
ジャックがスケッチブックを開くと、秘密の地図になるはずの絵が現れる。当時の竜太の姉によって描かれた絵は六枚。どこれもこれも、よく見ればどんな絵なのか分かるが、タイムカプセルの隠し場所を示しているとは思えなかった。
一枚目は、旗のような物を持った子供と、熊の顔。
二枚目は、赤い長靴を履いた二足歩行の猫。
三枚目は、カニと白と黒の丸。
四枚目は、虹。
五枚目は、緑のヘタがついた赤くて丸い果実のようなナニかに×がついている。
そして、六枚目は○が五つ並び、一番左端の○の中には星印が描かれていた。
「二枚目は、『長靴を履いた猫』かしら? とても賢い猫のお話よ。三枚目は、白と黒の丸が柿だったら、『サルカニ合戦』ね」
「あ、この文字知っているよ。
「……「金」だ。この絵は、金太郎の絵じゃないかな?」
一枚目の絵、赤いワンピースのような服を着ている子供のお腹に、「金」の字が書いてある。だとしたら、この服はワンピースではなく前掛け。持っているのは旗ではなく鉞。
「金」の字の前掛けと鉞、そして熊。一枚目は、竜太の言う通り金太郎の絵で間違いないだろう。だが、金太郎がタイムカプセルにどう関係するのだろうか?
「金太郎……ゴールデンだ!」
「可愛い金時さんだわ」
「熊もいるよ。ゴールデンベアー号だね」
「うん? ゴールデン、ベアー……? ああ!」
「ど、どうしたのリリィちゃん?」
「あれを見てください!」
サンタ・リリィが指差した先からは、甘いはちみつの匂いがしていた。
下校途中の小学生が寄り道をして買い食いをしている甘味処。名物は、はちみつたっぷりのスポンジ生地を熊の形に焼いた甘くて美味しいはちみつクマ焼きである。その店の名前が、『ごーるどべあー』だったのだ。
「ごーるどは「金」、べあーは「熊」です。一枚目の絵は、あのお店を現しているのではないでしょうか?」
「サンタ・リリィすごーい!」
「えっへん! どうですか、大人の私よりずっと的確な推理です!」
ごーるど=ゴールド=金
べあー=ベアー=熊
なので、金太郎と熊になったのだ。
つまり、タイムカプセルへ至る道はこの商店街から始まる。一枚目の絵は、はちみつの甘い匂いが漂う『ごーるどべあー』。では、次は二枚目の絵……『長靴を履いた猫』は、何を現しているのだろうか。
『ごーるどべあー』を起点に、子供たちは商店街の散策を始めた。人通りは多いがシャッターが下りた店舗が目立つ。時々、竜太が店の前で立ち止まって「知っている」と小さく声を上げた。
幼い頃に来た覚えのある店の何軒かは、この数年で閉店してしまっていた。
「ちょっと思い出して来た。この駄菓子屋さん、昔よく来てたんだ。閉まっちゃったんだ」
「いたわ、靴下を履いた猫がいたわ! あれを見て」
次は、ナーサリーがある店を指差した。駄菓子屋の斜め向かいの店舗である。
その店舗もシャッターを下ろし、既に廃業していた。その店のシャッターに描かれていた掠れた絵が、赤い靴下を履いた黒と白とハチワレ猫。店の名前は『衣料品の店キャット・ソックス』だったのだ。
「キャット・ソックス……猫と、靴下!」
「猫が履いていたのは、長靴じゃなくて靴下だったんですね!」
「お姉さんは、英語が好きって言っていたわね。きっとお姉さんは、商店街にあるお店と英語を混ぜ合わせて秘密の地図を作ったのよ!」
だとしたら、秘密の地図の法則性が見えて来る。スケッチブックの絵を英語に訳し、それに関係する名前の店を探せばいいのだ。商店街の入り口付近にある『ごーるどべあー』を通り過ぎ、中ほどにある『衣料品の店キャット・ソックス』を経由して次の場所へ……次は、カニである。カニとはな。
「次はカニだ。カニは英語で、クラブ」
「クラブ、クラブ……っ! あった! クラブって書いてあるよ!」
『衣料品の店キャット・ソックス』から商店街の奥へ進み、右に曲がったその先にある店をジャックが指差した。だが、店、と言うよりは建物である。彼女が見つけたのは、『杯戸囲碁クラブ』という看板だった。
どうやら建物の二階が囲碁クラブになっているようだが、これは「club」だ。カニは「crab」である。
「確かに「クラブ」だけど、カニじゃないわ」
「えー違うの?」
「ここは、ゲームの囲碁を楽しむ場所のようですね」
「イゴって?」
「柳生のおじ様や陳宮さんがよくやっているゲームよ。黒と白の駒を並べるけれど、リバーシとはちょっと違うゲームね」
「黒と、白……!」
「「「あーーー!」」」
少女たちの声が重なった。カニと一緒に描かれていたのは、白と黒の丸。この丸が碁石を現しているのなら、カニは「crab」であり「クラブ」ということになる。つまり、三枚目の絵はこの『杯戸囲碁クラブ』で間違いないのだ。
「ジャック、お手柄です!」
「えへへ~暗号って、解けたら楽しいね!」
「ホント、楽しいわ! さあ、暗号はあと3枚よ。『カルデア少女探偵団』で解いてしまいましょう!」
「うん!」
「さあ竜太さん、行きましょう」
「待ってよ!」
秘密の地図を描いた竜太の姉は、当時は小学2年生。幼い少女が作った暗号だ。そんなに難しく考えないで、なぞなぞやゲームブックを解く感覚で謎を解けばいい。
大人が大真面目にあーだこーだ、頭を悩まして考えるよりは、子供たちが楽しく柔軟に解き明かした方が正解に近づけるときもあるのだ。
『カルデア少女探偵団』を結成した少女たちは、すっかり謎解きの快感と楽しさに目覚めていた。もやもやして分からなかったものが分かった瞬間はとてもスッキリする。少しずつゴールに近づいているワクワクは、彼女らの脚を軽快に動かすのだ。
四枚目の絵の店舗は直ぐに見つかった。変に捻らせず、虹はそのまま「レインボー」と訳せばいい。『レインボークリーニング』の前を通り過ぎ、五枚目の絵が示す店を探し始めた。
「ところで、これは何の絵でしょうか?」
「×がついているから、白雪姫が食べてしまった毒リンゴかもしれないわ。でも、この絵はリンゴに見えないわ」
「どっちかって言うと、リンゴよりトマトだよ。何でトマトに×がついているんだろう?」
「お姉さんはトマトが嫌いだったんですか?」
「お姉ちゃん、昔からトマトが好きだったけどなー……あれ? っ! あーーー!」
「どうしたの?」
「この絵、描いたのボクだ! 八百屋さんのトマトを書いたんだよ!」
そう言って、竜太は走り出した。秘密の地図のうち六枚目の絵は彼が描いたものだったのを、今思い出したのだ。
竜太が向かった先は、商店街を抜けた先にあるシャッターの下りた古びた店舗だった。看板には『やさいのきたかみ』とあるが、「やさい」と「きたかみ」の間に何かが飾られていたかのような日焼けの跡がある。
「あった! この八百屋さん、昔は「やさい」の次にトマトの看板があったんだ。でも、いつの間にかトマトがなくなってたから、昔のボクはトマトの絵に×を付けたんだと思う」
「八百屋さんの看板に、トマトがない……という絵だったんですね」
「なんだか、分かりにくーい」
「でも、遂に最後の一枚まで来たわ。タイムカプセルまであと一歩よ!」
「うん、どこに隠したかも思い出したよ! あそこだ!」
八百屋の横に、古びた石造りの橋が架かっている。その橋の下に枯れてしまった堀に丸い洞穴のような入り口があった。『立ち入り禁止』と書かれた立て札と、三角コーンとポールで封印された下水道跡地……幼い頃の竜太とその姉は、この下水道跡地にタイムカプセルを隠したのである。
「この下水道の中には、大きな丸い穴があるんだ。この入り口から数えて五番目の穴の中にタイムカプセルを隠したはず!」
「○が下水道の穴で、星印はタイムカプセルの隠し場所ということですね!」
「あとちょっとだ!」
スマートフォンのライトを点けた竜太を先頭に、『立ち入り禁止』の看板を無視して下水道跡地へと足を踏み入れる。かつては生活排水が流れていた大きな横穴は、100mほどの等間隔で並んでいる。タイムカプセルが隠されている五つ目の穴まで、ちょっと距離あるのだ。
「みんな、暗いから足元気をつけて! ボクの後ろから離れないでね……うわっ!」
「まあ、大丈夫?」
「暗いから足元気をつけてね」
「う、うん……」
自分だけの灯りを持っていたからか、それとも隠し場所を思い出して気が大きくなっていたからか。少女たちを守りながら先導するようにちょっと得意げに進んでいた竜太だったが、大きな穴を三つ通り過ぎたその時、暗闇の中でナニかに躓いて転んでしまった。
一体何に躓いたのか?
スマートフォンの灯りで足元を照らしてみれば、その正体が明らかになった……竜太の目に飛び込んで来たのは、虚の両目。ゲームや漫画でしか見たことのない、歯がむき出しになった白骨死体が下水道跡地に転がっていたのである。
「うわぁぁぁぁぁ!!?」
・天沢竜太(10)
米花小学校4年生の、此度の依頼人。
かつて杯戸町六丁目に住んでいた頃に、姉と一緒に隠したタイムカプセルを見つけるために『カルデア探偵局』にやってきたら、『カルデア少女探偵団』と一緒にタイムカプセルを探すことになる。
地方への引っ越しを巡って両親の仲がギスギスしており、家族がバラバラになってしまうのではと不安になっている。
名前の由来は「天竜川」
・根川利郎(54)
杯戸町六丁目の商店街にある『根川塗装店』の店主。
子供たちを危険な下水道跡地から遠ざけるためにプラズマ怪人となり、怖がらせて子供除けをしていた。
名前の由来は「利根川」
・濃田志信(当時20)
3年前に失踪した女子大生。
バイト先から自宅に帰る途中に行方が分からなくなり、現場の路上では鞄と右足の靴が発見されている。
名前の由来は「信濃川」