01頁
「あ、猫!」
正門から出て来た1人の女子生徒が声を上げれば、あっと言う間に女子高生たちが集まった。
放課後の帝丹高校。運動部の生徒たちが列を成して外周の走り込みに繰り出す中、放課後を満喫すべく高校生たちが校舎から次々と解放されていく。そんな時、正門の塀の上に猫がいた。黒いクッションのように丸くなった隻眼の黒猫が、女子高生たちに見つかったのだ。
「何だか、あちらが賑わっていますね」
「ニャー」
「猫?」
昇降口で偶然行き会った家茂とジャンヌが、このまま一緒に『カルデア探偵局』へ戻ろうと正門を出ると、生徒たちの人だかりの中から猫の鳴き声が聞こえたのだ。
ひらりと、身軽に塀の上から飛び降りて女子高生たちの間を黒猫がすり抜けてきた。家茂の身体を登って肩に乗れば、「迎えにきました」と言わんばかりに猫らしく鳴いた。
「ミャア」
「アンタ、また外に出たのね」
「ニャー」
「その子、清水君の猫?」
「いえ。アルバイト先の猫です」
「ミャー」
「可愛い~!」
「綺麗な猫ね!」
「今日はお留守番で暇を持て余してしまったので、お散歩がてらお迎えに来ました」
「この間みたいに、パトカーで送り届けられることになっても知らないわよ」
家茂の頭の陰から、プルートーがこっそりジャンヌに話しかけた。ついでに、先日は顔を出せなかった野良時代のおやつ拠点も覗いて来た。
プルートーに群がっていた女子生徒たちには、清水こと家茂のクラスメイトが何名か混ざっている。プルートーがサービスして小さく鳴けば、黄色い声が上がった。彼女たちの背後には羨ましそうな視線を向ける男子生徒もいるが……きっと猫好きだ。
「写真撮っても良い?」
「ごめんなさい。この子、写真が嫌いなのよ。ほら、帰るわよ」
「ええ~!」
「残念です」
「では、さようなら」
「じゃあね、清水君」
「……ニャーーーン」
「え……」
クラスメイトたちが下校する帝丹高生たちに紛れて放課後に繰り出して行く中で、プルートーが鳴いた。家茂の肩の上で、罪の臭いを嗅ぎ取って1人の女子生徒に向かって鳴いたのだ。
「あの方から罪の臭いがします」
「罪の臭いって」
「罪って、女子高生が何の罪を犯したって言うのよ?」
「さあ、そこまでは分かんないです。でも、臭っています。ちょっと濃いめですかね」
「彼女……クラスメイトの、秋浜さんです」
プルートーが鳴いた女子生徒は、帝丹高校1年A組の
黒猫によって罪を告発された少女は、1人でゆっくりと繁華街の方角へと向かっている。
「罪の臭い、事件の臭いね。後輩、あの子を追うわよ」
「はい」
「では、行きましょうか。あっちです」
家茂の肩に乗ったままの黒猫に先導され、ジャンヌと家茂は罪の臭いをする少女と彼女に潜む事件の尾行を始めた。
***
「あ、失礼しました!」
廊下の角を曲がったら、従業員の制服を着た女性と鉢合わせてしまった。
右に避けたら彼女も同じ方向に、左に避けたらまたもや彼女も同じ方向にと、顔があったら噴き出してしまいそうなやり取りの後にヘシアンがスっと道を譲り女性は頭を下げて速足でその場を立ち去った。妙なやり取りを見たものだ、と、一部始終を見ていたエドモンは探偵の丸眼鏡をかけ直した。
エドモンとヘシアン、外で待っているロボがいるのは、梨善町にある『梨善プリンセスホテル』。探偵の仕事のため、このホテルに滞在している依頼人に会いに来ていたのだ。
『ただの浮気調査で済んで良かったですね』
「ああ。殺人事件にでも発展されては気が休まる暇もない」
『五回ぐらいありましたからね。ただの調査の仕事から、殺人や傷害に発展したことが』
翻訳アプリで会話をするヘシアンの言う通りである。浮気相手に慰謝料を請求しようとしたら激高して殺害されたり、浮気をしていた夫を問い詰めたら刺されたり、娘の恋人の家に侵入して殴ったり。その他諸々、犯罪発生率が異常に積み重なる特異点では、探偵の脳は休まる暇もない。
此度の浮気調査は、依頼人であるマダムが高圧的である以外は特に問題はなかった。あの様子では、夫とその浮気相手に法外な慰謝料を要求して悠々自適な老後を過ごすだろう。まあ、依頼人のその後に特に興味はない……どうせ、積み重なる物語の中の1頁だ。
これにて、本日の探偵の仕事は終了。後は駐車場で待つロボと合流し、ヘシアンの運転するバイクで米花町に帰るだけである。
「……!」
「そうか。あいつが食べたがっていた菓子は、梨善町か」
ヘシアンのコーヒーを飲むようなジェスチャーで思い出した。確か、立香が食べたがっていた、コーヒーによく合うザッハトルテが売っている店が梨善町にあるはずだ。
「買っていくか」
「……(ぐっとサムズアップ)」
サイドカーにいるロボが、微かに口角を上げて微笑んだ気がした。
そうと決まれば、店を調べて寄って行こう。エドモンがヘルメットを被ってバイクの後ろに乗り込もうとした……その時だった。やっぱり、“探偵”をタダの浮気調査だけでは帰してくれなかったのである。
「ギャアァーーーー!!」
「っ!」
「悲鳴……!」
ロボが振り向いた先はホテルの旧館。先ほどまでエドモンたちがいた新館と隣り合う建物だ。その旧館の庭にあるプールから、女性の悲鳴が聞こえた。
これが
プールには、ホテルの従業員の制服を着た男が浮いていた。
「……脈はない、か。頭部が陥没している。強く殴られたか? 警察と救急車を」
「あ、あの、どちら様ですか?」
「エドモン・ダンテス。探偵だ」
すぐに、警視庁捜査一課が駆け付けた。
***
「あ、忘れてた!」
立香が腕時計を目にしてそう叫んだ。
本日の立香は、プルートーを事務所に残してサリエリ(+影状態のアンリマユ)と一緒に買い出しに出ていた。
それと同時に、先日の依頼人からの依頼料を確認しなければならなかったのだ。
地方の信用金庫から米花銀行の『カルデア探偵局』の口座へ振り込んだので確認してくれと、先日上京してきた依頼人から連絡があったのをすっかり忘れていた。時計を見ると、既に時刻は午後2時30分に迫っている。
「どこかにATMないかな?」
「確か、この通りに米花銀行の支店があったはずだ」
サリエリの言う通り、すぐ近くには米花銀行西通り支店がある。そこで記帳して振込を確認しよう。
米花銀行西通り支店へ入ると、閉店時間まであと30分もないせいか店内にいる人数はまばらだった。ATMも数人しか並んでいない。
自分が行こうと、サリエリが通帳を受け取ってATMに向かい立香はしばしの休憩のため銀行のソファーへと腰を下ろした。
「今日の夕飯は何にしよう? ここ最近、肉が続いてるよな~」
「あんまり肉食しすぎると、
「よし、魚にしよう」
昨日は豚の生姜焼き、その前はミートソースのグラタン、もっと前はデパ地下の鶏のから揚げと、肉食の食卓が続いていた。今は静観状態だが、そろそろエミヤの指導が入るかもしれない。今日の買い出しのメニューは気をつけなければ。
では、魚をメインとして何のメニューにするか?
焼鮭、鯖の味噌煮、アジフライも捨てがたい。よく行くスーパーのアジフライがサクサクで美味しいのだ。
よし、アジフライにしよう。立香が本日のメニューを決めたところで、サリエリがATMから戻って来た。何の支障なく依頼料は振り込まれていたとのこと。
では、早速アジフライと付け合わせのキャベツを買いに行こうとソファーを立つと、1人の男が銀行に入って来た。黒い帽子を深く被り、同じく黒いマスクをして黒いジャージの上下を着た男は、番号札の発券機を尻目に真っ直ぐにカウンターへと向かって行ったのだ。
「お客様、順番にお呼びしますので番号札を取ってお待ちください」
「……っ、動くな!」
「ひぃ!?」
全身黒ずくめの男が、ジャージのポケットから包丁を取り出して銀行員の女性に突き付けたのだ。
次に続く言葉は、ありきたりだが「命が惜しかったら金を出せ」だった。その言葉を告げた直後、立香たちや他の来客たちの鼓膜を劈くような銃声が背後から轟いた。
いつの間にか、来客の中にUMA……じゃなかった、馬の被り物をした男が2人立っていた。1人は猟銃を手にしている。天井に向けて発砲し、近くにいた中年女性は悲鳴を上げてソファーから転がり落ちた。
「全員動くな! 少しでも動けば撃つからな!!」
「店のシャッターを閉めて、このバッグに金を詰めろ! 良いな!」
「は、はい……!」
「こ、これは」
「銀行強盗だ」
「マジか」
途中で見付けた銀行に入っただけで銀行強盗に巻き込まれてしまった。何なんだ、この町……と、異常事態が起きている特異点で愚痴ってもしょうがないのである。
だが、相手が猟銃を持っていると下手に動けない。立香もサリエリも、馬の被り物をした銀行強盗を刺激しないように大人しくしているしかないのだ。
なので、ここは動ける人に動いてもらおう。
「アンリマユ、君に決めた」
「え、マジで言ってます?」
米花銀行西通り支店では、閉店時間の3時が来る前にシャッターが下ろされた。
特異点・米花市の異常性をお楽しみください。