家茂のクラスメイト、秋浜いづみは、一見すると大人しそうな優等生にしか見えない女子高生である。
そんな少女から罪の臭いがして、プルートーは告発した。彼女は一体どんな罪を犯したのか。もしかしたら、何か事件に巻き込まれているのか。
罪の臭いの理由を、いづみの罪状を、尾行を開始した3騎のサーヴァントはすぐに知ることとなる。
米花町の繁華街へと歩いてきたいづみは、女子高生たちが出入りするような可愛らしくお洒落な店には目もくれず、ビルとビルの合間の隙間に建つような裏道の狭いコンビニに入った。
レジに並ぶ客の相手をしている店員は、やる気のなさそうな間延びした語尾の派手な頭の若者だ、静かに来店したいづみには目もくれない。雑誌コーナーに向かい合う化粧品コーナーの前で脚を止めると、何かを探すように視線をきょろきょろさせて一本のリップクリームを手に取り……周囲に誰もいないことを確認してからそっと鞄の中にリップクリームを入れようとしたのだ。
「何やってんのよ、アンタ」
「っ!?」
「いいから、出るわよ」
会計の済んでいないリップクリームを鞄の中に入れようとしたその瞬間、いづみの腕はジャンヌに掴まれていた。リップクリームを棚に戻し、いづみを引っ張ってコンビニを出ても店員は何も気づいていない。
あのままでは、簡単に万引きが成功していただろう。
「ニャーーーン」
「し、清水君……」
「秋浜さん。何故、万引きを?」
「手慣れていたわね。もしかして、もう何度も?」
「……」
プルートーが帝丹高校で嗅ぎ付けた際、罪の臭いが濃いめだと言っていた。つまり、何度か犯罪――万引きを重ねているということになる。
コンビニから距離を取り、道路に面したベンチにいづみを座らせてジャンヌが問い詰めれば、いづみは恐る恐る口を開いたのだ。
「四回、コンビニとかで」
「どうして」
「……むしゃくしゃしていて」
「本当に?」
「……」
「ミャー」
名前しか知らない先輩より、毎日顔を合わせるクラスメイトの視線の方が痛かったようだ。家茂がゆっくりとした口調で話しかければ、いづみは観念したかのように全てを白状したのだ。
「私、一つ年上の姉がいるの。帝丹高校よりも、ずっと偏差値の高い進学校に。私よりずっと勉強ができて、美人で、明るくて友達も多くて。家族の中心はいつも姉で、いつも比べられていて……それである日、やっちゃった」
「盗んだ物は?」
「シャーペン。他にも……使わないで、取っておいてる。やっちゃったのに、変な優越感が湧き出て来て。姉はきっと、こんなことできないだろうなって感じたら、何だか勝ったような気がして……姉ができないことを私はできたって思ったら、止まらなくなって」
「ニャーオ」
「……馬っ鹿じゃないの」
「っ!」
ジャンヌの声にいづみは怯えるように肩を震わせた。彼女に止められて、封印していた罪悪感が噴き出したように見える。
プルートーが鳴いたために抵抗もなく罪を認めてしまったのか。それとも、クラスメイトの家茂に見られて、現実に引き戻されたためなのか。
「姉ができないことをやったって、勝ったことにはならないわよ。同じ土俵で勝負して、こっちが優れているって証明しなきゃ!」
「でも」
「でも、じゃない! 折角のJK生活を犯罪で濁すなんて馬鹿みたいなことしてんじゃないわよ! どうせなら、
「ニャー」
『……確実に、秋浜さんのお姉さんではなく、誰か特定の人物に対する発言があったけど。口には出さないでおこう』
「……できるかな」
「できるかできないかじゃなくて、やるのよ。まずは、自首しなさい」
「ごめんなさい」
俯いたままだったいづみは、ジャンヌの言葉を聞いて小さく鼻を啜った。謝る相手は、ジャンヌでも家茂でもプルートーでもなく、万引きをしてしまった商店である。
誠心誠意頭を下げて、軽い動作で背負ってしまった罪の重さを実感しなければならない。
黒猫が嗅ぎ取った罪の臭いはこれにて解決した。家茂に手を引かれたいづみがゆっくり立ち上がって、このまま警察署か交番へと向かえばこれにて終了……の、はずだった。
「ど、泥棒ーー!」
「えっ」
「ニャーーーン!」
中年女性が、背後から走って来たスクーターに背後からバッグをひったくられた。フルフェイスのヘルメットで顔を隠した犯人は、女性からバッグを奪うとスクーターを加速させ、いづみの横スレスレを通過して彼女を転倒させて逃亡したのである。
「痛っ……!」
「秋浜さん! 大丈夫?」
「う、うん」
「引ったくり!? 待ちなさい!」
「オルタ先輩!」
「ミャー!」
ジャンヌは引ったくり犯を追って走り出した。女子高生の脚とスクーター、普通ならば後者が圧倒的に有利であるが、彼女はJKの振りをしたサーヴァントである。本気を出せば、あっと言う間にスクーター諸共犯人を確保することができる。
だが、JKの振りをして人間並みを装っている以上、安易に本気で走ることはできないだろう。アヴェンジャーのクラススキルで魔力の心配は薄いとは言え、マスターと距離がある現状でもあるのだ。無駄に魔力を消費できない。
「そう言えば、この近くに四車線の道路があったはず」
「ミャー?」
女性から鞄を奪った引ったくり犯は、制服姿のジャンヌが追いかけて来るのをバックミラー越しに確認した。
普通のJKだったらスクーターに追いつくなどできるはずはないが、鬱陶しいと感じたのか、アクセルを回して一気に加速した。両者の間に距離が開く。
「あいつ、本気で逃げるつもりね。軽く燃やしてやろうかしら」
「魔女さん、魔女さん」
「黒猫!」
いつの間にか、ジャンヌの隣でプルートーが並走していた。敏捷Aなので、これぐらいは朝のカリカリ前なのである。
「将軍さんによると、犯人はこの先の大きな道路に出る可能性が高いそうです。交通量の多い広い車道に出て、魔女さんが追いかけて来られないようにするって」
「広い車道ってことは、この先を右折ね!」
「ボクが引っ掛けますので、事故らないようにお願いします」
そう言うと、他の人に見られない内にとプルートーが動き始めた。
身軽にひらりと建物を渡ってあっと言う間に犯人の先回りに成功すると、首の縄を長く伸ばしてスクーターの進行方向に縄を張った。ハチャメチャに危険なので実際にやったら確実に犯罪であるが、緊急事態かつ猫なので大目に見てください。
当然だが、プルートーが張った縄に犯人が運転するスクーターが引っ掛かった。追いかけて来るジャンヌに気を取られて前方不注意だったため、行く手を阻む白い縄に気づかずに、速度を上げたまま見事に罠に引っ掛かったのだ。
犯人は運よく道路に投げ出されたが、運転手を失ったスクーターは無人のまま建物にぶつかりそうになった。だが、ジャンヌが咄嗟に飛び乗ってブレーキをかけて強制停止させたので、スクーターが事故って炎上することもなかった。犯人は奪ったバッグを投げ出して弱々しく立ち上がろうとしたが、目の前に現れた黒猫と目が合ってしまい、黒猫は罪を告発して甲高く鳴いた。
「ニャーーーン」
「ひ、ひぃ!」
「探偵の前で引ったくりなんてできると思って? 警察行きが1人増えたわね」
「オルタ先輩! お疲れ様です」
「後輩、警察に通報!」
「ありがとうございます。何てお礼を言っていいか」
「いいえ。探偵として、当然のことをしたまでです」
「凄い……」
家茂といづみ、バッグを奪われた被害者女性がやってきて、現場を目にしたいづみは小さく呟いた。
これにて一件落着、後は警察が来るのを待つだけだ。
ジャンヌは道路に投げ出された女性のバッグを拾い上げようとしたら、中身が道路に転がり落ちていた。バッグに入っていた財布とポーチと、注射器と白い粉が入ったビニール袋……。
「ん? 何これ」
よく見たら、被害者である中年女性の腕には青黒く変色した注射痕がいくつも点在している。
「ニャーーーン」
「っ!」
プルートーが引ったくり被害者へ甲高く鳴けば、女性はバッグとその中身を回収して一目散に逃げ出した。
「そっちも待てーー!!」
「もしもし、警察ですか? 引ったくり事件が起きたんですが、引ったくり被害者が違法薬物を所持していました」
本当は前作もコレに混ぜようとしましたが、上手くまとまらなかったので分けました。