犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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トリックの元ネタは『神の舌を持つ男』です。結構好きでした。
映画のタイトルがなげーよ。


03頁

『梨善プリンセスホテル』のプールに浮いていた遺体は、同ホテルの従業員である伊勢田(いせだ)禄郎(ろくろう)(34)だと判明した。つい30分ほど前にトイレ休憩に出たきり、持ち場に戻らなかったらしい。

 通報を受けて臨場した目暮と、彼率いる警視庁捜査一課、佐藤と高木は、プールから引き上げられたずぶ濡れの遺体を前に思案していた。遺体は頭部が陥没しているため、強く殴打されたのが死因と思われる。

 

「殺害されてから、そう時間は経っていないということか」

「……何故、被害者の遺体をプールに落とす必要があったのか」

 

 濡れたジャケットを脱いだエドモンがプールサイドでそう呟いた。プール特有の塩素の臭いが残っている。

 通報をした探偵が彼だったことに目暮は苦笑し、今日はエドモンとヘシアンだけという少人数コンビに高木が「珍しい組み合わせですね」と呟いた。佐藤は相変わらずロボがお気に入りのようだ。プールサイドにいた彼へ嬉しそうに挨拶をしていた。

 

「被害者は筋肉質で背の高い男だ。撲殺した遺体をここまで運び、プールに放り投げるのは想像以上の重労働のはず」

「確かにそうね。遺体を隠すためにプールに沈めたとしても、清掃が入ったらすぐに発見されてしまうわ」

「プールは、今日から閉鎖していたんですよね?」

「は、はい。明日から長期メンテナンスの予定でした。今日は清掃の日で、プール内のゴミなどを拾った後に水を抜く手筈になっていました」

「そのことを知っていたのは?」

「ホテルの従業員なら、みなさん周知されていたと思います」

 

 だとしたら、尚更不自然である。清掃のスケジュールは予め決まっていたため、プールに遺体を沈めて隠そうとしてもその時間になれば清掃員たちがやって来て発見されてしまう。まさか、外部犯の犯行か?

 

「否、ホテル内部を熟知していない外部犯ならば、撲殺した現場に遺体をそのまま放置した方がリスクが少ない」

「っ」

 

 高木たちに事情聴取をされているホテルの従業員たちに視線を向けたヘシアンが、何かに気づいて指差した。ついさっき、新館の廊下でヘシアンにぶつかりそうになった女性従業員がいたのだ。ただ単に、「あ、あの人!」と気づいただけだったが、どうやら聴取の雲行きが怪しくなっている。

 

「石嶋さんが、伊勢田さんと交際していたみたいなんですけど……」

「伊勢田は、石嶋さんを捨てて井手さんに乗り換えたって」

「……」

「石嶋さん、今の話は本当ですか?」

「そ、そうです。でも、恨みとかそんなのありませんから!」

 

 ヘシアンと鉢合わせた女性従業員・石嶋(いしじま)は、死亡した伊勢田の元交際相手だったという。だが、伊勢田の浮気が原因で破局し、浮気相手であり石嶋が視線を向けた女性、井手(いで)と交際していたのだ。

 恋人が亡くなってしまった井手は、ハンカチで目頭を押さえて俯いている。石嶋よりも若く、華奢で小柄な女性だ。

 

「一見すると、捨てられた元恋人が犯人の最有力候補だ。しかし、彼女はアリバイがある」

「……(うんうんと何度も頷く)」

 

 石嶋は、ずっと新館の方にいて現場となった旧館のプールに近づいていない。それは、新館の廊下で鉢合わせたヘシアンとエドモンが証明してしまっている。

 休憩のために数分ほど持ち場を離れた時間もあったが、その数分で伊勢田を殺害し、遺体をプールに放り投げて新館に戻るのは不可能だ。

 

「では、井手さんが? 円満に交際しているように見えて、男女関係のトラブルがあったのでは?」

「彼女の体格では、伊勢田さんを撲殺してプールまで運ぶのは無理よ。台車か何か道具があったらできるかもしれないけど」

「そもそも、凶器も見つかっておらんしな。何か、ご遺体から分かることはないか?」

「そうですね……身体のあちこちに、生活反応がある殴打痕があります。随分と強く打ち付けたような」

「殺害される際に、犯人に暴行を受けたのか」

「それと、背中のこの痕」

 

 検死官が遺体の上半身を脱がせてうつ伏せに引っくり返すと、伊勢田の背中には格子状に赤く腫れた痕があった。随分と特徴的な痕だ。亡くなる前に負った傷だが、何故こんな痕ができてしまったのだろうか。

 

「背中の痕……っ、まさか!」

「……」

 

 伊勢田の背中に残った痕を目にすると、エドモンの脳裏には一つの可能性が閃いた。だとしたら、この事件の犯人は……ロボが何かを嗅ぎ付けて、従業員たちに鋭い視線を送る様子で確信する。

 

「狼王、いるんだな」

「……」

「あの中に、犯人が。高木刑事」

「どうしました? ダンテスさん」

「調べてもらいたいことがある」

 

 この推理を成立させるためには、“アレ”の場所を確認しなければならない。そして、犯人の目の前で突き付けてやる必要がある。

 この事件を成立させた、盛大なるトリックを。

 

「全く陳腐な台詞だがあえて言おう……犯人はこの中にいる」

 

 探偵が容疑者たちを前にして謎解きを行う際、お約束のように容疑者たちはザワザワと騒ぎ立てて関与を否定する。エドモンがホテルの従業員たちの前で同じことを行うと、やはり容疑者たちは目に見えて動揺していた。

 

「ええ!?」

「ま、まさか石嶋さんが……」

「違います! 私は、プールに一歩も近付いていません!」

「ああ、そうだ。被害者を殺害する()()ならば、プールに近づかなくても可能だ」

「どういうことだ?」

「傭兵」

「……(ぐっとサムズアップ)」

 

 目暮が疑問に感じたと同時に、マネキン人形を抱えたヘシアンが登場した。古くなって廃棄する予定だったものを貰って来たのだ。

 このマネキン人形を被害者に見立て、トリックを再現する。ヘシアンは塩素の臭いがする水が張られたプールにマネキン人形を放り込むと、それは発見当初の被害者のように水面にプカプカと浮かんでいた。

 

「何故、被害者の遺体をプールに浮かべたのか。否! ()だった! この殺害トリックは、被害者をプールに落とす必要があったのだ。高木刑事!」

『はい!』

 

 借り受けた警察の無線で高木刑事に指示を出すと、犯人が仕掛けたトリックが動き出す。轟音を立てながらプールの水が排出され、マネキン人形は排出される水流に飲み込まれて格子状の蓋がされた排水口に大きな音を立てて衝突したのだ。

 マネキン人形の首は折れ、肩から腕が外れ、バラバラになったパーツは更に水流に揉まれてプールの中で衝突を繰り返す。それを目にした石嶋の顔は、血の気が引いて真っ青になっていた。

 

「止めてくれ、高木刑事」

「撲殺してからプールに投げ込んだんじゃなくて、プールを使って被害者を撲殺した!?」

「プールの排水口に吸い込まれる事故は、毎年何件も起きている。無抵抗な人間なら、脱出できずに成す術もない。背中の痕は排水口に背中をぶつけた痕か!」

「プールの注水・排水の操作は新館の三階にある機械を使用すると、高木刑事が調べてくれた。確か、俺たちと鉢合わせたのは新館の三階だったな」

『ですよね。石嶋さん』

「……」

「だが、このトリックは1人では成立しない。被害者をプールに突き落とすもう1人が必要だ」

 

 犯人は2人いる。

 1人は、ホテルの新館にある操作盤でプールの排水口を開け、減った分を注水する。そしてもう1人は、無抵抗な伊勢田をプールに突き落とす。

 被害者は体格のいい背の高い男性。力ずくで突き落とそうにも抵抗も反撃も痛い相手だ。

 だが、被害者がそんな警戒心を抱かない相手だったとしたら?

 疑いもなく背中を見せ、呼び出せば閉鎖中のプールにもやって来てくれる相手が、もう1人の犯人だとしたら?

 

「グルルル……」

「塩素の臭いがするらしい。突き落とした際に水を被ったか。恋人に呼び出されたなら、被害者は何の警戒もなく。ましてや、小柄なお前など警戒心すら抱かないだろう。もう1人の犯人はお前だ」

 

 ロボに唸られ、エドモンに犯人として告発されたもう1人……井手は、目を覆っていたハンカチをぎゅっと握り締めると、悲しみを装っていた素顔を露わにしたのだ。

 

「どうして恋人を?」

「っ! あの男、私たちのことをただの金づるとしか思っていなかった!!」

「伊勢田は、私たちに散々貢がせてお金を毟り取って、そのお金で本命の彼女と贅沢三昧していたのよ!」

「石嶋さんから私に乗り換えたのだって、金目的だった……! 気づいたら、銀行の口座から何十万も引き出されていて……あいつ、簡単に貢ぐような女だと思って近づいて来たのよ。舐めやがって! だから、復讐してやったのよ!!」

「ハハハ、クハハハ! 復讐、か。確かに、愛を弄んで金と欲に塗れた男には、相応しい末路だったという訳か」

「私たち、後悔してませんからね。死んで当然の男だったのよ!」

 

 石嶋も井手も、自分たちの犯行の正統性を声高々に主張して、大人しく手錠がかけられた。

 本物の探偵だったのなら、彼女たちに後悔を思い出させる一言でも告げられただろうに……役として演じている探偵には、刑事たちに連行される犯人たちを見送るしかできなかったのだった。




今日は黒猫がいないと残念がる高木刑事&ロボがいて嬉しい佐藤刑事&咄嗟に誰かを現場で探してしまう目暮警部
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