元ネタも胸糞悪い事件だった。
『しおさい館』を揺らす潮風が吹く度に、プルートーを抱く蘭の腕の力が強くなる。ギュっと抱き締められたプルートーが苦しそうな鳴き声を出した。
エドモンたちの救助がいつになるか分からないが、暗い廃墟のホールでじっと待っているだけの現状は時間が経つのが何倍も遅く感じる。しかも、またいつ、どこから亡霊の悲鳴が聞こえて来るかも分からないのだ。
「暇だな。スマホも圏外だしよ……そうだ! 救助が来るまで、当初の目的だった亡霊の正体を突き止めに行くか」
「マジで言ってンのかよ、鍬形。やめとけ、祟られるぞ!」
「亡霊なんている訳ねーだろ。それに、イジメていた奴らならともかく、関係のない俺らを祟るのはお角違いだって」
「ボクも亡霊の正体を見に行こうかな」
「コ、コナン君?!」
「大丈夫だよ、蘭姉ちゃん。きっと隙間風の仕業だよ。本当に亡霊がいないって分かれば、蘭姉ちゃんだって怖くないでしょ」
「ミャア……」
自分の平穏のためにも、是非とも亡霊の正体を突き止めて欲しい。プルートーがそう言いたそうに、蘭の腕の中でか細く鳴いた。
鍬形の提案にコナンが乗り、二グループに別れて『しおさい館』の二階を探索することになった。
各々のグループに別れた、と思ったが。魔除けになる黒猫と一緒にいたいからと、湯浅がこちらに加わった。プルートー、まさかの守護神扱いである。
『しおさい館』は西東の棟に別れており、西側は二段ベッドが四つ押し込まれた宿泊室。東側は、工作室や集会室など、レクリエーションのための大部屋に別れている。コナンたちは東側を捜索することにした。
「えー! みなさんが言っていた「沙羅」って友達、インフルエンサーのSarahさんなんですか? SNSのフォロワー20万人の」
「そうよ。今回の旅行のメンバーは、みんな沙羅ちゃんを通じて知り合ったの。沙羅ちゃんがこの旅行を計画してくれたんだけど、3日前に急にドタキャンされちゃって……肝試しだって分ったんだったら、来なかったのに」
「ホラーが駄目な貴女や、同じく幽霊が駄目そうな垣谷さんを旅行のメンバーに入れたのも沙羅さんかしら。キラキラはしていそうだけど、あまり性格が良くなさそうな人ね」
「まあ、確かに。他にドタキャンしたメンバーも幽霊が苦手な面子だったし。沙羅ちゃん、自分が一番注目されていないと気が済まない人だから……」
鍬形や鈴山が、蘭たちを『しおさい館』に誘った理由が分った気がする。
お化け屋敷の前で怖がる蘭を目にしていたのだろう。大袈裟に怖がる蘭や湯浅を見て嘲笑っていたように、怖がって震える者たちをネタに盛り上がりたかっただけだったのだ。
時計型麻酔銃に搭載されているライトを手にしたコナンと、スマートフォンのライトを手にした立香を先頭に部屋を一つずつ確認して行く。建付けが悪い引き戸を開けて中を覗き込むと、玄関ホールよりも一層強い埃の臭いにプルートーが小さくくしゃみをした。
「ぷしゅん!」
「ここは、調理室か。ここにも何もないね」
「こういう流れの場合、悲鳴の正体は残されたオルゴールとか時計とかが鳴っているというのが定番ね。もしくは隙間風、風が何かの障害物を通ったために悲鳴のような音を出すこともある。それか、
「ジャンヌ……夏だから、創作脳が働いているね」
夏と創作の関連性は不明だが、先ほどから立香とジャンヌの距離が近い気がする。彼女は立香の腕を抱いてピッタリ離れない……蘭のように、亡霊を怖がっているからの接触とは違う気がする。
夏の魔力というものだろうか。自分だって、コナンの身体になっていなかったら水着姿の蘭と一緒に海で……。
コナンの中で、新一が体験するはずだった夏の妄想が湧き上がったその時……また、悲鳴が聞こえて来た。
キャアーーー
「きゃぁ!?」
「また出た!」
「あれ、さっきよりも音が近い。おかしくない? 30年前に宿泊室で女の子が亡くなったんなら、死んだ場所の宿泊室から悲鳴が聞こえるよね。でも、ボクたちがいる東棟の方が音がはっきり聞こえるよ」
「きっと、こっちに何か未練があるのよ! 何か大切な物をイジメっ子に隠されたとか!」
「確かに妙だな。こっちの方が音がはっきり聞こえるなんて」
悲鳴を上げてプルートーに縋る蘭と湯浅に、園子も加わった。世良は逆に、さきほどよりもはっきり聞こえる亡霊の悲鳴に疑問を抱き始めたのだ。
耳をすませば、亡霊の悲鳴は東棟にある部屋が発生源だと分った。一行がやって来たのは『工作室』とプレートが貼られた一室。経年劣化のためか、天窓のガラスが割れている。
「ここから悲鳴が聞こえる。中には、何がいるのかな」
「開けるよ」
立香が引き戸に手をかけて工作室を開くと、甲高い悲鳴のような音が耳を劈いた。
引き戸が開かれた瞬間に闇の中で白い影が翻る。蘭たちが悲鳴を上げるが、ライトに照らされた白い影の正体は、薄汚れたカーテンが風でたなびいているだけである。半分空いたままの窓から潮風が吹き込んでカーテンを揺らし、工作室に放置されていたそれらが音を出していたのだ。
「ひ、悲鳴が、女の子の悲鳴が聞こえる……!」
「ニャ~」
「蘭姉ちゃん、目を開けて。悲鳴の正体が分ったよ」
「え?」
「これだよ」
蘭が恐る恐る目を開けると、コナンがライトで照らす先を目にして胸を撫で下ろした。
工作室にある木製の机の上には、金属製の風車が数本立てられていた。時間を経て金具が錆びついている。
その状態の風車に風が吹き込んでくるくる回ると、錆と金属が擦り合って悲鳴のような甲高い音がするのだ。
「やっぱり亡霊なんていないんだよ。窓を閉めちゃえばもう聞こえないよ」
「そ、そっか。そうよね、亡霊はいないわよね……」
「うわぁぁぁぁ?!」
「ミャ?」
「きゃーー?!」
「この声、鍬形さん?」
本当の悲鳴が聞こえた。少女の悲鳴ではない、鍬形の声だ。
コナンと世良は彼らが向かった西棟へと走るが、二階に鍬形の姿がない。それどころか、鈴山と垣谷の姿もない。一体どこに行ったのかと周囲を捜すと、一階へと下りる階段の踊り場に震える鈴山が這い蹲っていたのだ。
「た、竹内が! 竹内が死んでる!!」
「どこだ?!」
「階段の下の、体育用具庫!」
現場の窓は割れていた。吹き込む潮風が薄汚れたカーテンを翻している光景は
埃を被ったボールや卓球台等の体育用具が押し込まれた用具庫の窓際に、竹内が仰向けで倒れていた。その死に顔は、まるで亡霊に遭遇したかのように恐怖に染まって引き攣り、酷く歪んでいたのである。
「……駄目だ。死んでいる」
「う、嘘だろ。何で竹内が?!」
「これも仕込みなんだろ! 俺たちを、怖がらせようとして……!」
悲鳴を上げた鍬形も、腰を抜かして床に座り込んでいた垣谷も、本物の遺体を前にして震えている。
世良が竹内の脈と呼吸を確認したが、確かに死亡している。ついさっき死んだ……だが、遺体には外部の損傷が見当たらない。
外傷はなく、出血はなく、首に絞殺の痕もない。口から泡を吹いているが、毒物でも飲まされたのか?
『自然死? 病死か……いやでも。この人は、一体どうして死んだんだ?』
「ボクたちと別れてから30分も経っていない。竹内さんは、どうしてここに? 二階の宿泊室を調べに行ったはずだよな」
「そ、それが。俺たちはバラバラに好き勝手調べていたから、竹内がどうして一階にいたのか、分かんねぇ……」
「なら、他の人が何をしていたかも分からないか。もし、竹内さんの死が殺人なら、『しおさい館』にいる誰かが彼を殺害したことになる」
「ア、アンタ、何なのよ! そんな偉そうに!」
「ボクは世良真純。探偵として活動させてもらっている者さ。そちらの藤丸立香さんとオルタちゃんも、探偵局のメンバーだよ」
「た、探偵……」
「祟りよ。やっぱりここには亡霊がいるのよ! 亡くなった少女の亡霊が、竹内君を呪い殺したのよ!!」
「ンな訳あるか! 死んだ人間が呪い殺すなんてオカルト! ある訳ない!」
「じゃあ何で死んだのよ! もう嫌……沙羅ちゃんのせいよ。沙羅ちゃんがこんな旅行計画しなきゃ……」
「そうだ。沙羅だ! きっとあいつが、何か仕組んで……」
「その沙羅だけど。町長の娘、高宗沙羅よね。その人、3日前に死んでいるわよ」
「……え」
「俺たち『カルデア探偵局』は、沙羅さんが亡くなった事件の捜査のためにこの町を訪れたんです」
ジャンヌと立香の言葉で、その場にいた大学生たちが言葉を失った。この短期間で、仲間内で2人も死者が出たのだ。
「3日前って……俺、沙羅からメッセージをもらった。この旅行に参加できなくなったって、ここの鍵はホテルのフロントに預けているって。死んだって、何で?」
「彼女がどうして死んだかを明らかにするのが、俺たちの仕事です」
「……沙羅のことだ。どうせどっかで恨みを買って殺されたんだろ。それか、自殺かもな。これ以上堕ちる前に、いっそのことって」
「どういうことですか?」
「沙羅ちゃんのお父さん、元は都議会議員だったんだけど落選しちゃって」
「無理矢理、この町の町長選挙に立候補して当選したのよ。沙羅は、議員の娘っていう肩書で好き勝手やっていたからね。それが片田舎の町長の娘に格落ちしたのよ。私だったら、恥ずかしくて町に顔出すことなんてできないわ」
「この旅行を最後に沙羅とオサラバするつもりだったが都合がいい。もうこれ以上、あいつの取り巻きやっていても甘い汁は吸えねーだろし」
「そんなこと……」
「湯浅、お前自分だけ良い子ちゃんでいるつもりか? お前だって、父親の会社の援助のために沙羅に近付いたんだろ! 沙羅の父親を目当てにしてな! 俺たちはみんなそうだよ! 鍬形と竹内は有名企業への就職のため、鈴山は芸能界へのパイプのため! 俺だってなぁ、コネづくりのためじゃなきゃ沙羅なんかと連んでたりしねーよ!!」
極限状態の中で、元凶とも言うべき存在がコノ世からいなくなったと知ったら……溜めに溜め込んできた鬱憤が爆発し、死人に口なしと言わんばかりに彼らが好き勝手言い始めた。
特に垣谷が顕著だ。力の入らない脚を無理に動かして吐き捨てて、ホテルのフロントで受け取った『しおさい館』の鍵束を手にして逃げ出した。
「垣谷さん!」
「これが殺人なら、この中に犯人がいるんだろ! 一緒にいられるか!」
『しおさい館』の鍵は全て垣谷が所持していたのだ。彼はそれを手に管理人室へ飛び込むと、内側から鍵をかけて引き籠ってしまった。
「ニャーーーン」
潮風が吹き続ける。垣谷が閉じこもった管理人室の扉の前で、蘭の腕の中で、プルートーが鳴いた。
夏場の雑草の如く生えまくるフラグ。