犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 犯罪者の言うことを鵜呑みにしてはいけないと、黒倉は言った。ある意味正しい主張だ。

 十三階に閉鎖された人質たちは『アヴァロン』に閉じ込められた人質のことを認知することができないため、黒マスクの犯人が言っていることが真実かどうかを判断する術はない。虚言に騙されて被害者になるのは、誰だって嫌だ。

 だが、逆は違った。十三階でのやり取りは、フロアに設置されている監視カメラの目が届く範囲内において、『アヴァロン』の壁一面の液晶に映し出されていたのだ。

 

「そんな、酷い……」

「うちの子がこんなに苦しんでいるのに!」

「あいつ、『黒倉建設』社長なんだろ。あいつが10億払えよ!」

 

 妙な空気になってきた。『アヴァロン』に閉じ込められた人々のヘイトが黒倉に向かいつつある。画面の向こうから聞こえる発砲音への悲鳴よりも、黒倉への罵詈雑言が増えているのだ。

 最初の発症者が出てから暫く立つが、遅れて毒の症状が出始めている者が現れている。年代はバラバラだが幼い子供には症状が出てない……何か、違和感がある。阿笠や白鳥を始めとした発症者がいた席を回り、皿に盛られた料理や飲み物を確認したコナンは考え込んだ。

 

「料理や飲み物に味の異変はなかった。それに、被害者が食べていた料理はどれもバラバラだ……一体どうやって、毒を盛ったんだ?」

「貴女、旦那さん大丈夫? とても辛そうよ」

「だ、旦那さんっ! いえ、私たちはまだそのような関係では……っ、だ、大丈夫です」

「顔が真っ青だ。いくら刑事でも、辛いだろう」

「そうですよ白鳥さん。無理しちゃ駄目です」

 

 離れた席にいた老夫婦が白鳥と小林に話しかけていた。白鳥は随分と無理をしているように見える。

 

「小林先生、さっきの人たちは知り合い?」

「知り合いと言うか……一階から八階までの、直通エレベーターがあるでしょう。あのエレベーターでご一緒した方たちよ」

「先生たちも、あのエレベーターに乗ったの? 十三階のサイン会に行ったのに?」

「ええ。最初は、『ラウンドシティ東都』の五階にある連結通路からホテルに移動しようとしたんだけど、点検中で通れなかったの。それで、一階に下りて直通エレベーターに乗ったのよ」

 

 あちらの老夫婦は毒の症状が出ていないようだ。彼らの席に近づいてこっそりと皿の上の料理を確認してみると、夫の皿には阿笠が食べていたのと同じ豚肉の蒸し料理が食べかけで残っている。同じ料理を食べていたのに、どうして阿笠だけに症状が出たのだろうか?

 

「な、何だか、具合が悪くなってきた……ま、まさか」

「顔色が悪い。こちらへ、横なってください」

「は、はい……あっ」

 

 中年の女性客が唇を真っ青にして立ち上がると、フラフラと足が縺れて倒れかけてしまう。間一髪、ベディヴィエールが両手を差し出して女性の身体を受け止めたが、彼はその反動で、ガン!という音を立てながら右腕をテーブルにぶつけてしまったのだ。

 

「っ!? お兄さん!」

「はい」

「もしかして、その右腕って義手なの?」

「ええ。事故で切断してしまいまして」

 

 ベディヴィエールは女性をそっと横たわらせてから、硬い音を立てた右腕をコナンへ差し出した。見た目は生身の腕にしか見えなかったが、右手を握ると人体とは思えない芯がある。よくできた義手だ。

 

『っ! 待てよ……思い出せ、確か、あの時……っ!』

 

 コナンの脳裏にナニかが閃いた。記憶の中を漁って欲しい場面を掘り出すと、確信がどんどん強くなる……それと同時に、三方からジーっと痛いほどの視線を感じた。

 推理に集中していて咄嗟に気づかなかったが、元太、光彦、歩美に取り囲まれていたのだ。

 

「コナン君、また何か考えてる!」

「君がじっくり推理している時は、単独行動をして美味しいところを持って行く前兆ですからね!」

「また1人だけ抜け駆けしようとしているだろ。オレたちはみんなで『少年探偵団』だろうが!」

「あのな、お前ら……ったく。ちょっと手伝え。毒の症状が出ている人と、同じグループの人に……」

 

 コナンが子供たちに指示を出すと、やる気に満ち溢れながらレストラン内に散って情報を持ち帰る。それらの情報を統計して整理して、推理は確信に変わった。最後に、小林にあのことを確認すれば、それが決定打になった。

 

「小林先生、エレベーターに乗った時にボタンを押していたのって、白鳥警部じゃなかった?」

「そうよ。それがどうしたの?」

「なら、大丈夫だよ。ビュッフェの料理に毒は入っていない。毒は別な場所に仕掛けられていたんだ」

「ええ?!」

「何故、そう言い切れるんですか?」

 

 コナンと視線を合わせたアルトリアが不思議そうにそう問いかけた。

 

「毒の症状が出ている人と一緒に来た人たちに訊いたんだ。一階からの直通エレベーターに乗った時に、ボタンを押したのは誰かって。ボタンを押したのは、みんな倒れている人たちだったんだ。小林先生たちの時は、白鳥警部がボタンを押していた。ボクたちがエレベーターに乗った時にボタンを押したのは阿笠博士だった。毒は料理じゃなくて、エレベーター内のボタンに塗られていて、皮膚から体内に浸透するタイプだったんだよ。その証拠に、アルトリアさんたちのグループは誰も毒の症状が出ていないよね」

「っ! そういうことですか」

 

 元太が飛び込んで重量オーバーブザーが鳴ってしまったエレベーターにて、開閉ボタンを押していたのはベディヴィエールだった。それも、彼は義手の()()で操作していた。義手から体内へ毒は浸透しない、だから彼は毒の症状が出ていないと仮定すれば辻褄が合う。

 

「本当かどうかは調べてみないと分からないけどね。毒が効いてくるのも個人差があるだろうし」

「確かに。一定数の人数に毒を盛って人質とするならば、そちらの方が理にかなっている。犯人の目が届かない場所で、下手に全員が被害に遭っては身代金の受け渡しに響くでしょう」

「流石に1人くらいはいるんじゃないかな。監視役の犯人グループの誰かが」

 

 コナンの言葉で、身体を強張らせた者がいた。動揺して目が泳いだ様子はほんの一瞬だったが、その刹那の時間で十分だった。

 不審な人間を捕らえるには。

 ガウェインが飛び出すと、不審な反応を見せた男――料理人の1人を壁に叩きつけて腕を締め上げると、料理人は苦痛の悲鳴を上げながらも忌々しそうに舌打ちをしたのだ。

 

「クッソ……!」

「犯人グループの1人で間違いないようですね。何故、このようなことを!?」

「……っ」

「そ、そんな、何で網戸さんが?」

 

 料理人こと、網戸(あじと)哲也(てつや)(29)はあっという間に拘束されたが、決して口を割らなかった。腕のいい料理人だったのにどうして、と、同僚たちが驚きを隠せないでいる。

 

「ねえ、この人、あっちに連絡を取る道具とか持ってる? 無線とか」

「いいえ。何も持っていませんね。私たちの状況を、十三階にいる黒マスクの男へ報告していた訳ではないようです」

「じゃあ、レストランから誰かいなくなっても、あっちには気づかれないね」

「……何をするつもりですか、君は」

 

 幸いにも、店内には監視カメラの類は設置されていない。『アヴァロン』の外ではなく、中から脱出できれば人質が不審な動きをしていると気づかれないはずだ。

 厨房の天井を見上げると、通風孔へ侵入するための扉がある。子供の体格ならば余裕で通ることができるだろう。

 ホテル内がどこまで閉鎖されているかは分からないが、コナン1人ならば脱出できるはずだ。

 

「ボクが通風孔から脱出して、助けを呼んでくるよ。犯人たちだって、まさか子供が脱出したなんて思わないだろうしね」

「だけど、コナン君1人では……」

「白鳥警部はここにいて。捕まえた犯人もいるし、毒も回っていて辛いでしょ」

「しかし」

「大丈夫だよ。電話が繋がったら、すぐに目暮警部たちに連絡するから!」

「コナンが行くなら、オレも行くぜ!」

「今こそ、『少年探偵団』の出番です! 歩美ちゃんと灰原さんは、博士をお願いします」

「駄目です。貴方たちは子供です、子供を危険に曝す訳にはいかない!」

 

 元太と光彦も一緒に行くと言い出したが、パーシヴァルに止められた。光彦は羽交い絞めに抱えられている。まあ、通風孔のサイズ的に元太は通れないけれど。

 子供を危険に曝す訳にはいかないということは分かる。だが、唯一の脱出ルートは狭い……子供か、小柄な人物しか通れない狭さだった。

 

「この幅、私なら通れます。しかし、私はメグレという人物へコンタクトを取る手段がありません。一緒に来てくれますか、コナン君」

「うん。よろしくね、アルトリアさん」

 

 子供のコナンと、小柄なアルトリアが通風孔から脱出する。目暮警部へ連絡して占拠されている十三階の状況を把握し、現在進行形で起きている不可解な立て籠もり事件の謎を解き……そして、蘭が無事かをこの目で確かめる。

 

「うちの生徒をよろしくお願いします!」

「ええ。こちらこそ、彼に世話になるでしょう」

「やっぱり納得いかねえ! オレも行く!」

「ボクも!」

「だったら、歩美も行く!」

「いい加減にしなさい!!」

 

 自分も自分もと、パーシヴァルに抱えられていてもめげずに同行を主張する子供たちへ、小林の怒声が飛んだ。その迫力に心臓が跳ね上がる。

 彼女の様子はまるで、帝丹小学校に赴任したての頃……過去の惨事を繰り返さぬようにと、自分にも生徒にも厳しくしていたあの頃のようだった。

 

「いくら探偵団だといっても、あなたたちはまだ子供なの! あなたたちを危険から遠ざけるのは大人の役目です! 本当は江戸川君が行くのだって反対なんですからね!!」

「こ、小林先生……」

「江戸川君と、ペンドラゴンさんを信じて待ちましょう。待つのだって探偵の仕事です!」

「は、はい」

「はい!」

「はい」

 

 子供たちは呆気にとられて素直に頷き、白鳥はポカンと恋人を眺めているしかできなかった。

 

「先生のまさかの姿に、驚いちゃった?」

「まさか。惚れ直しましたよ」

 

 この場は哀と白鳥、そして『キャメロット』の人たちに任せよう。

 コナンとアルトリアが通風孔から脱出を図ると、物語は次の章の幕が開ける。




一旦切ります!
毒の元ネタは『相棒』の劇場版から!

【今のところの登場人物一覧簡易版】
・士門統矢(39)
『秀学館』の編集者。優作とは大学時代の悪友同士だった。

・広嶋佳恵(32)
優作のサイン会にやってきていた女性。夫が下の階で待っている。

・渡部紅生(25)
サイン会の女性スタッフでアナウンス業務を担当していた。

・響陽多(27)
『ラウンドシティ東都』の警備員。

・黒倉昭太郎(58)
『ラウンドシティ東都』の設立にも携わった『黒倉建設』の社長。

・黒倉成美(29)
黒倉の妻で令愛の義母。

・黒倉令愛(20)
黒倉の娘。父とは確執があるようだが。

・吾代一雄(42)
『黒倉建設』の社員で黒倉の第一秘書。

・犯人グループ
その内まとめる。
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