犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 家茂がトイレに行きたいと手を挙げてから、自分もと、ちらほらトイレに行く者も出て来た。だが、女性であっても犯人グループが監視として中までついて来る。それでも、反抗的な態度を取らなければガチガチに拘束されてもいない。

 落ち着きなさそうにうろうろ歩き回ったり、気分を悪くしてロビーのソファーに横になったり、子供たちを一か所に集めたりと、人質たちが軽微な移動を始めていた。それでも、主犯格であろう黒マスクの男と、彼の足元に鎮座するミルク缶のような爆弾には近づかない。カチカチと鳴る音が、いつ止まって爆発するか気が気ではないのだ。

 

「腑に落ちない点は多々あります。例えば、身代金10億円とか」

「確かに大金ですけど、拳銃や爆弾を使ってこの規模の立て籠もり事件を起こすにしては、少なすぎる気がします」

「ええ、そうです。しかも、政府や企業に請求するのではなく、人質たち自身に請求しています」

「もしかして、個人なら払える額を請求している?」

「そうだったら、まるで人質の中に10億円を支払える財力がある方がいるのを、最初から知っていたかのようですね」

「……(うんうんと頷く)」

 

 マシュの発言に、アンリマユも大きく頷いた。優作を人質にしても、全世界の出版社やファンから身代金を取れる可能性が高いが、この場には黒倉のような分かりやすい財力を持つ者が何人かいる。その気になれば、10億円を即決して即解放もあり得る。

 実際に、上映会の招待客の何人かは、10億円は無理だが数百万~数千万までなら出せると呟く者もいた。人質全員が金を出し合って10億円なのだから、その気になって募ればすぐに10億円だ。

 だが、この場の者たちの殆どは、ある人物に出して欲しいと思っているだろう……『ラウンドシティ東都』の建設にも関わった、大手ゼネコンの『黒倉建設』ならば身代金をぽーんと出すことができるはずだと。

 まさか、この事件は最初から黒倉を狙って起こした事件だったのでは?

 最初から、『黒倉建設』から金を巻き上げようとしたのではないか。立香たちが小声でその推理を優作に問いかければ、彼は小さく頷いて考え込んでしまった。

 それと同時に、優作の背後を渦中の関係者が横切った。黒倉成美が夫の側を離れて警備員に声をかけていた。響ではなく、彼女の他のもう1人、男性警備員だ。

 

「ねぇ、貴方が中心になって他の体力ありそうな男たちが一斉に飛びかかれば、犯人たち取り押さえられるんじゃない?」

「しかし、相手は銃を持っている」

「でも、相手はたった7人よ。こっちには、体育会系の大学生っぽいのが何人もいるし……やってくれたら、お礼にお金あげるから」

 

 男性警備員は難色を示すが、成美は婀娜っぽく彼に囁いて嗾けようとしている。犯人たちに気づかれないうちに男性警備員から離れ、次もまた、体格の良い体育会系の大学生らしき男性へと声をかけていた。

 

「……やるつもりですか?」

「でも、確かにやるなら今の内です」

「やめた方がいい。下手に発砲されて、爆弾に弾が当たったら危険です」

「そ、そうです。怒らせたら、どうなるか……!」

 

 2人だけの秘密の話だったが、近くにいた者たちにはしっかり聞こえていた。男性警備員は既に制圧へ揺れ始めているが、士門は反対した。渡部も声を震わせながら大きく首を左右に振る。

 犯人グループを刺激して、発砲されて爆弾を爆発されてと……最悪の惨劇を想像してしまえば、死の恐怖に動けなくなる。

 だが、成美が声をかけた何人かは、犯人グループの隙を窺うような視線になり始めていた。まさか、本当にやるつもりなのか。

 

「あの人の言うこと、絶対に聞かないでね」

「令愛さん? あの人って、成美さんですか?」

「こっちが10億出すより、謝礼をいくらか払った方が安上がりだと思っているの。そういう女なの……」

 

 まるで成美を牽制するかのように、令愛が立香たちに話しかけてきた。やはり左足が少し痛むのだろうか、少し歩き方がぎこちない。

 

「お金目当てでパパに近づいて、結婚したその日から贅沢三昧。自分が使えるお金が減るのが嫌なの」

「黒倉さんは、そのことは知っているんですか?」

「知っていて好きにさせているのよ。パパは頭の悪い女性が好きだから。自分の娘には厳しい要求をする癖に……」

「……誰かが成美さんに嗾けられて、犯人たちに抵抗しようとしたら」

「危ないでしょうね」

 

 しかし、数が勝っていれば優位に立っていると思い込んでしまうのはよくある現象だ。蒸れて暑くなったのか、黒マスクの男が不快そうに眉間に皺を刻みながらマスクをズラす仕草をすると、今だ!と言わんばかりに若い男性が雄叫びを上げながら飛びかかった。

 

「うおおぉぉぉぉぉ!!」

「っ! やめろ貴様!」

「やめなさい!」

 

 優作が叫んでももう遅い。1人が飛びかかり、もう1人がタックルし、それに鼓舞されるように他の犯人たちへ向けても次々と攻撃を始めたのだ。主犯格である黒マスクの男を無力化させればいい……そう考えて、何人もが入り乱れての混乱が巻き起こった。

 これで、解放される。危険は去るのだ。

 そう信じて疑わなかった。

 一発の銃声が、混乱を鎮めるまで。

 銃声が聞こえると、空間には刹那の沈黙が走る……黒マスクの男の手には、しっかりと握られた拳銃が健在だ。ゆっくりと、糸が切れた操り人形のように倒れたソレの額には、真新しく生温い穴が開いていた。

 頭を撃たれた成美が、血を噴き出しながら倒れたのだ。

 

「いやぁぁぁぁぁーーーー!!!」

「きゃあーーー!!!」

「ま、まさか流れ弾が」

「……っ、どけお前ら!」

 

 先ほどの勢いはどこへやら、犯人グループに飛びかかった男性たちはすっかり腰を抜かして床に座り込む。勘違いしていたのだろう、数で勝てると。否、そんなことはなかった。

 殺意と凶器を前にすれば、人間は簡単に殺人被害者となってしまう。人質たちは、それを実感してしまったのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 コナンがアルトリアと共に通風孔の中に消えてから、十数分が経過した。たったそれだけの時間で何かが変化する訳はないが、残された子供たちは気が気ではなく落ち着いていられない。

 小林に釘を刺された手前、危ないことはできないが、それでも『少年探偵団』は黙って大人しくはできなかった。

 

「やっぱり、オレたち『少年探偵団』も何か捜査しようぜ」

「何かって、何の捜査をしようか?」

「そうだ! 今の内に、コナン君が知らない犯人の情報を集めるんですよ」

「よし! コナンを出し抜こうぜ!」

 

 ビュッフェレストラン『アヴァロン』には、正体がバレて拘束された犯人グループの1人こと、料理人の網戸がいる。彼を調べれば、芋づる式に他の犯人たちのことも分かるのではないか。

 そう考えた元太、歩美、光彦は、レストランのバックヤードに忍び込もう……としたところで、背後に圧を感じて振り向いた。そこには彼らを見下ろすパーシヴァルがいたのだ。

 

「君たちは、何をしようとしているのかな」

「ええと……」

「歩美たち、あの網戸っていう犯人を調べようと思ったの!」

「そ、そうです。犯人のロッカーの中に、この事件の手がかりがあるかもしれないと思って」

「そうだそうだ!」

「なるほど。では私が調べよう。犯人の所持品に、危険な物がないとは言い切れない」

 

 ここで『少年探偵団』にパーシヴァルが加わった。『STAFF ONLY』と書かれたバックヤードにあるロッカーには、幸いにも個人のネームプレートが付いている。その中で「網戸」と書かれたロッカーを開けようとしたが、鍵がかかっていて開かなかった。

 

「鍵がかかっていますね」

「貸して。ふん!」

 

 開かなかったはずなのに、パーシヴァルが力を入れたらバキ!と音を立てて鍵とロッカーの扉までもが壊れたのだ。

 

「お兄さん、力持ちだね」

「お褒めにいただき光栄です、レディ」

「中には何が入ってんだ?」

「鞄があります。スマホや、何か事件の計画書か何かが……あ、免許証! ……あれ?」

 

 光彦が網戸の鞄の中から彼の免許証を発見した。しかしこの免許証、ちょっとおかしい。写真は確かに網戸なのに、名前が違う。免許証には「網戸哲也」ではなく、「(いずみ)翔一(しょういち)」とあるのだ。

 

「あの人、網戸さんって名前でしたよね。免許証の名前が違いますよ」

「私は“カンジ”に不慣れだが、この名は「アジト」と読むのではないのかな?」

「違うよね。全部は読めないけど、確か「イチ」って名前じゃなかったはずだよ」

「これは、網戸さんではなく泉さんの免許証です。写真は網戸さんですが」

「えーと……よく分かんねぇけど、どうなってんだ?」

 

 これは網戸?泉?を取り調べなければならない。他、スマートフォンを発見したが、残念ながらロックがかけられていたため中身を見ることはできなかった。

 発見した免許証を犯人に突きつけるために戻ろうとしたところ、突如レストランから悲鳴が聞こえて来たのだ。また事件かと元太が店内へ飛び込むと、哀が鋭い声で子供たちを制したのだ。

 

「見ちゃ駄目!!」

 

 哀の言葉に気づいたパーシヴァルが少々乱暴に元太を床に伏せさせ、光彦と歩美の目を塞いだ。ちょうどその時、『アヴァロン』店内の液晶モニターには、額から血飛沫を噴き出しながら倒れる成美の姿が映し出されていたのだ。

 遂に死者が出た。

 すっかり士気を失った人質の男たちを掻き分けた犯人は、画面の向こうで銃を構えてある人物に銃口を突き付けていた。




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