液晶モニターに映る犯人は、人質たちが飛びかかってきたせいで帽子が脱げ、黒マスクが外れていた。不精髭が生えているが、精悍な青年の素顔が明らかになる。
先ほどの銃声、しっかり握った拳銃。取り押さえられた弾みで発砲してしまい、流れ弾が成美に当たってしまった……起きてしまった惨劇は、そういうことなのだろう。
頭の半分以上が血に塗れた成美は、モニター越しで見ても即死だと分かる。男は成美を一瞥すると、大きく息を吐いてから黒倉へ銃口を突き付けた。
『妻が目の前で殺されても、悲鳴一つ上げないんだな』
『怖がって欲しいんですか? 成美が死んだのは、あれの自業自得です。私に非はない』
『よく言うよ……!』
黒倉に対して男は苦々しく吐き捨てた。それからは、他の犯人たちが人質たちに怒声をばら撒いて威嚇する。
その中で、優作は自身が座っていたテーブルの白いクロスを外して成美の遺体にかけていた。
「? 今の……あの男性と、クロクラ? という方は面識があるのでしょうか?」
「ただならぬ気配を感じました。犠牲になった夫人はかわいそうに……」
遂に死者が出た。『ラウンドシティ東都』の十三階で起きてしまった惨劇に、椅子に拘束されている網戸も目を逸らして俯いた。
否、そもそも彼は、「網戸哲也」という人物なのだろうか?
「さっき、貴方のロッカーでこれを見つけました。貴方は網戸さんなんですか、それとも泉さんなんですか? どっちなんですか?」
「……」
「泉……っ、ま、まさか泉翔一?! 君が……」
「彼を知っているのですか?」
「名前だけは」
「有名なコックさんなの?」
「ええと……」
「……泉翔一とは、一体どんな人物なのですか」
どうやら、網戸の本名は泉翔一で間違いないようだ。その名前に声を上げたのは『アヴァロン』の料理長。泉について何か知っているようだが、視線を逸らして口を噤んでしまう。
ガウェインが問いかけると、ちらりと液晶モニターを目にしてからゆっくりと口を開いたのだ。
「じ、実は、ある方から首都圏全域のレストランに根回しがあったんです。「泉翔一という料理人を雇うな」と」
「何故? ある方とは」
「……」
「黒倉って奴か」
モードレッドがそう口にすれば、料理長は怯えるように小さな声で肯定した。
泉の名前は周知されていても、顔までは知らなかったのだろう。黒倉の命令が原因で、泉は「網戸哲也」という偽名で働いていたのだ。
「……そうだよ。全部、黒倉のせいだ!」
「訳ありだな。てめーと黒倉との間に、何があったんだ」
「
「だから偽名を使い、事件を起こしたというのですか!」
「……」
自身の動機を語ったきり、泉はそれ以上口を開きはしなかった。
だが、彼の真名が発覚したことにより、事件を見る目が変わって来る。黒倉に恨みを持つ泉が加担していること、主犯格の男が黒倉へ吐き捨てたあの感情……。
「兄様。ガレスはこの事件、身代金を目的としたものではなく、黒倉さんへの怨恨が動機ではないかと思うのですが」
「私もそう思う。だとしたら、あちらの犯人グループも黒倉殿へ恨みを持つ者たち」
「それなら……」
ガレスとガウェインの言葉を聞いた白鳥は、ベディヴィエールに支えられながら辛い身体を持ち上げて思案した。何か、黒倉に対して思い当たる節があるようだ。
「『黒倉建設』は、黒倉さんが一代で築き上げた巨大企業です。ここまで巨大化させるために、グレーな手段を積み重ねたという話もあれば、今の地位を確立してからも黒い噂もちらほらと耳にします」
「白鳥警部。黒倉殿が大衆の恨みを買うような情報を、何かご存知では?」
「真っ先に思い付くのは、5年前の
「三丸村……あの、当時随分と報道していた?」
「ミマル村、とは?」
「5年前、秋田県三丸村にゴミ処理場の建設計画があり、『黒倉建設』がそれを請け負っていました。しかし、遅延を理由に悪天候の中での工事を強行したことが原因で土砂災害が発生し、工事に従事していた下請け作業員の八割が土砂災害に巻き込まれて亡くなりました。更には、流出した土砂が三丸村にも襲いかかり、3世帯の家族が飲み込まれて亡くなっています」
「確かニュースでは、悪天候での作業を強行した『黒倉建設』の社員の方が、飛び降り自殺したって。三丸村との和解が成立したみたいですけど、凄く後味の悪い事件だったことは覚えています」
白鳥と小林の記憶にもまだ新しい。黒倉を始めとした幹部一同が、マスコミの前で深々と頭を下げて謝罪会見を行っていた。しかし、工事の強行は自殺した社員の独断だったと発表されており、『黒倉建設』の中枢にとっては大きな痛手にはなっていなかった。
「犯人グループが『黒倉建設』への怨恨を動機に事件を起こしたのだとしたら……」
「彼女は本当に、運悪く流れ弾に当たって亡くなったのかしら」
「何っ!? まさか哀君、これは殺人事件ということか」
だって出来すぎている。黒倉に恨みを持つ人間が加担している事件で、黒倉の妻が亡くなった。最初から、黒倉の身内を狙った殺人の可能性の方が筋が通る。
だとしたら、次に狙われるのは……。
液晶モニターに映し出されるのは、監視カメラがカバーする領域のみ。現場にいない者たちは、見える範囲でしか推理を展開することはできなかった。
***
一方こちら、『アヴァロン』の厨房の通風孔から脱出を図るコナンとアルトリアは、コナンを先頭にして狭い空間をひたすら匍匐前進で移動していた。幸いにも、建物が完成してからそう時間が経っていないため、通風孔の中は埃が少なく移動がしやすかった。
「さっき、アルトリアさんが言っていた“赤い弓兵”って、もしかしてエミヤさんのこと?」
「ええ、そうです。斧原邸で起きた事件では、随分と活躍なさったそうですね」
「たまたまだよ。ほとんどエミヤさんが解決したもん」
アルトリアが『ロンドン本部』直属の組織と言っていたので、そちらに所属していると言っていた執事スキルの高い彼と面識があるかと尋ねれば正解だった。エミヤが執事として潜入捜査を行っていた事件も、まだ記憶に新しい。
「今日のビュッフェの料理も美味しかったけど、エミヤさんの料理も美味しかったよ」
「ええ、彼の料理はとても美味です。ですが」
「ですが?」
「私にとっての一番美味しいご飯とは、少し違うのです」
他愛のない話をしながら迷路のように入り組む通風孔を彷徨い、人の声が聞こえるフロアまでやって来た。光が漏れる蓋を蹴り落として、身軽にフロアへと着地する。スマートフォンを確認すれば、しっかり電波もWi-Fiも通じていた。
「よし、通じる」
「ここは何階ですか?」
「十階です。貴女たち、一体どうして、あんなところから出て来たんですか?」
「八階で人々が閉じ込められ、毒物の被害に遭っています。消防と救急車を!」
「は、はい!」
コナンは急ぎ目暮へ通報し、アルトリアはフロアにいたホテルの従業員に指示を出す。次に電話をかけたのは蘭の携帯電話、何回かコールが響くが出てはくれない……どうした、蘭の身に何が起きている?
「ジャンヌさんやサリエリさんも一緒だから、大事にはなってねーだろうけど。今は、十三階だ」
「ええ、行きましょう」
「え?」
アルトリアがコナンを抱え上げると、そのまま駆け足で非常階段を駆け上ったのだ。
てっきり五階の連絡通路から『ラウンドシティ東都』へ……否、小林の話だと、ホテルと繋がっている連絡通路は不通になっている。ならば一階から、となるはずだが、アルトリアの脳内には一番手っ取り早い移動ルートが出来上がっていた。
彼女は息切れ一つせずに階段を上り、やって来たのはホテルの十八階。ガラス張りのカフェテラスになっているそこから見下ろせば円形型の施設が見える。
「失礼。緊急事態です。修理費の請求は、『捜査解明機関カルデア探偵局』へ!」
「ええ?!」
階段を駆け上る体力といい、その華奢な身体のどこにそんなパワーがあるのだろうか。アルトリアはカフェテラスのガラス窓の一枚を蹴り砕いたのだ。
彼女1人が通れるほどの巨大な穴が開き、ビル風が建物内に流れ込む。騒ぎを聞き付けた店員や客が集まって来たが、そんなのお構いなしとアルトリアは消火栓を開いて中から消火ホースを引っ張り出し、それをコナンの身体に巻きつけた……まさか。
「アルトリアさん……まさか、屋根に飛び降りる気?」
「はい。それが最短ルートです。舌を噛まないように!」
「ええぇぇぇ!!?」
どうやら消火ホースは命綱ではなく、コナンを自身の身体に密着させるための物だったらしい。命綱も何もなしに、アルトリアはコナンを抱えてホテルの十八階から『ラウンドシティ東都』の屋根へと飛び降りたのである。
着地はどうするつもりだ。まさか、受け身だけで着地するつもりか?
五階分の高さだぞ……考えるより先に、コナンの手が動いていた。ボール射出ベルトのスイッチを入れ、サッカーボールを最大の大きさまで膨らませた。伸縮性に優れた巨大なサッカーボールは、コナンとアルトリアを乗せたまま『ラウンドシティ東都』の屋根に到達し、そのままクッションとなって落下の勢いを殺し2人は何事もなく着地に成功したのだ。
「あ、危ね~!」
「不思議な道具を持っているのですね。ありがとうございます」
「ど、どうやって着地するつもりだったの?」
「あれぐらいの高さなら着地は簡単です」
「一言ぐらい言って欲しかったな……」
「ニャー」
「え?」
コナンとアルトリア以外は誰もいないはずの場所から、猫の鳴き声がした。野良猫でもこんなに高い場所には登れないはずだ。
否、確かに猫がいた。コナンの姿を見つけてこちらにやって来たのは、尻尾をピンと伸ばした隻眼の黒猫だったのだ。
「プルートー?!」
「ミャア」
「クハハハハ! 天国から堕ちて来たか。騎士王、そして名探偵!」
「……(ひらひらと手を振る)」
コナンの足元にやってきたプルートーに、こちらに手を振るヘシアンと彼の隣のロボ。そして、待っていたと言わんばかりに、そこにはエドモンがいたのだ。
随分長いこと出てこないと思ったら、まさか事件発生現場の屋根に到着していたのである。
『天国へのカウントダウン』の蘭姉ちゃんのあのシーンはカッコ良かった。