「やっぱり、人が多すぎてボクの宝具がひっかかりすぎていますね。あっちこっちから、濃淡様々な罪の臭いがします」
「その中で、ひと際、鮮やかに香る罪は?」
「あるっちゃあります。この下です」
その下からやって来た小さな金魚が、エドモンの手の中で遊泳している。その尾びれに結ばれている
小さな金魚1匹しか通れないような隙間を通り、家茂の使い魔が連絡手段を確保した。これで、エドモン側の状況は、カルデアを通じて立香に届く。
頃合いを見て、屋根一枚を隔てた事件現場への突入を敢行しようとしたところで、空から巨大なサッカーボールが降って来てまさかのゲストが乱入したのである。咄嗟に、金魚の使い魔をアウターの内ポケットに隠した。
「エドモンさんたち、何でここに?」
「此方の台詞でもあるが、これを見ろ」
「ミャン」
「……(スマホをどうぞ)」
「っ! 十三階の様子がネットで配信されてる?!」
「私たちが見ていた監視カメラの映像のようですね」
「既に世間は狂乱の波に乗っている」
『ハプニングキターー!!』
『何かデモ隊来たんだけど! 暇かよ!』
「蘭姉ちゃん!」
この場から地上を見下ろしてみると、面白半分に野次馬しに来た者たちがちらほらと集まり始めているのがよく分かる。中には自分の動画を盛り上げようと便乗する動画配信者の影も。
便乗する動画配信者たちの中でも、最も早く波に乗れたのは、やはり最初から『ラウンドシティ東都』にいた者だ。ぶっちぎりで閲覧者の数を伸ばしている『実況! リューみーちゃんねる』を開き、ライブ配信中の動画を巻き戻しながら見ていると、楽しそうに騒ぐ配信者コンビの背景にコナンが連絡を取りたい相手が映っていた。
コナンとアルトリアがエドモンたちと合流するより少し前。内筒と青井が周囲を顧みずに配信を始めたと思ったら、何故だかデモ隊が乱入してきてしっちゃかめっちゃかになった頃。
『『黒倉建設』は、今までに犯した罪を認めて、正式に謝罪をしろー!!』
「謝罪をしろー!!」
『我々は、黒倉昭太郎の退任を求めるーー!!』
「求めるーー!!」
「ハプニングキターー!!」
「何かデモ隊来たんだけど! 暇かよ!」
「黒倉……デモ隊の標的が、人質の中にいると?」
「はい……え?」
園子のスマートフォンや、内筒の自撮り棒に取り付けられたスマートフォン、十三階の様子を凝視していた人々のスマートフォンその他諸々から、銃声が聞こえた。視聴者が通報すれば、確実にアカウントが凍結されるほどの惨劇……スピーカーからひび割れるような悲鳴が聞こえ、額から血飛沫を噴き出す遺体が倒れた。
ライブ中継はちょうど、流れ弾に当たって絶命する成美の姿を映していたのだ。
「きゃぁ!?」
「え、マジで死んだ? え、え、マジで死んでる!」
「うわぁぁぁ!!?」
面白半分で動画を眺めながら現地に留まっていた野次馬的な何人かが、凶悪事件の“現実”を見てしまい、逃げ出すように一階へと下りて行った。それらと入れ替わるように、『黒倉建設』に対するデモ隊がエスカレーターを上ってここまで迫って来る。
彼らはたった今起きてしまった惨劇を知っているのだろうか。『黒倉建設』の社長夫人が凶弾に倒れ、黒倉とその娘は未だ人質となっていることを。
「黒倉は十三階にいる! 行くぞーー!」
「ちょっと待ってください! 今、十三階で立て籠もり事件が起きているんです」
「死者も出ました! 警察に通報するのが先よ!」
『そんなの関係ねえーー!』
「この近距離で拡声器を使うな!」
蘭とジャンヌがデモ隊に訴えても彼らは止まらない。先頭で拡声器を持つ老年の男性がエレベーターに乗ろうとするが、点滅する十三階のボタンが反応せずに舌打ちをした。
「貴方たちは何者ですか? 『黒倉建設』に謝罪を求めるとか言っていたけど」
『我々は!』
「だから近距離で拡声器を使うなって!」
「我々は、『黒倉建設被害者の会』だ! 奴らは下請けの建設業者を低賃金で酷使し、保障もなしに使い捨てた! 俺もかつては『黒倉建設』の下請け作業員として働いていたが、無理な現場に駆り出されて身体を壊し、今では生活保護受給者だ!」
「の、割りには元気そうだけど……」
「私の息子は、黒倉の本社社員からのパワハラを受けて自殺未遂を起こしたわ!」
「ワシの実家は、『黒倉建設』の強引な立ち退きで潰された!」
「私の兄は、5年前の三丸の土砂災害で亡くなったのよ! 黒倉が殺したようなものじゃない!!」
「黒倉昭太郎がここにいるのは分かっている! 奴に我々の被害を見せつけるチャンスなんだ!」
「で、でも、八階から上の階には、犯人たちが仕掛けた爆弾があるんですよ!」
「ば、爆弾?!」
鉢巻きを巻いた何人かは蘭が口にした爆弾に怯んだが、先頭にいる被害者の会の会員たちはそんなの関係ねえ!と、突撃する気満々だ。意気揚々とエスカレーターを登って七階まで上って行った。
「奴らが言っていた『黒倉建設』の
「確かに、あんまりいい噂は聞かないんですよね。でも、今はそれどころじゃないでしょう! 人が撃たれているのよ!」
「十三階には
「仕方がない。少々、荷物を置かせてもらおう」
トリスタンとサリエリがデモ隊を止めるべく、追いかけて七階へ上ろうとした。また同じく、内筒と青井や、野次馬根性がたくましく図太い野次馬も、動画を撮影しながらデモ隊を追いかけようとしている。
「これ絶対登録者数伸びるよー! 絶好のチャンスキター! って感じ!」
「でもさー、あおみー……爆弾、ちょっと怖くね?」
「十三階で爆発しても、七階なら遠いから大丈夫っしょ。行っちゃえ行っちゃえ!」
「じゃ、行っちゃうか!」
「……ねえ、アンタ今、何て言った?」
「えー?」
「犯人は、八階から十三階にも仕掛けたって言ったわよ。さっきの発言、十三階で爆発してもって……まるで、爆弾は十三階に
「っ! そんなこと、言っちゃった? えー……ちょっと、勘違いしちゃった。配信は十三階の爆弾しか映って、ないからさー」
青井の発言が引っかかったジャンヌがそのことを追求すれば、青井の表情が一瞬だけ強張ったが、すぐにまた緩んでしまった。まるで営業スマイルのように嘘臭い。
十三階で爆弾が爆発しても、七階なら距離があるから被害は大きくないはず……そのような会話を内筒としていたのを、自分の勘違いだと慌ててみせたが、どうにも怪しいのだ
「行こ、リューキ! デモ隊追いかけてったら、絶対に面白いの撮れるって!」
「で、でもさ……やっぱり、ここでやめとこ。ちょっと、ガチになって来たし」
「日和ってんの~? こんなチャンスマジでもうないって! ほら、再生回数もこんなに増えて……」
「……あおみー、何か今日変だよ」
「アンタ。さっきの発言、本当に勘違いなの?」
「……」
ジャンヌだけではなく、内筒までも青井の違和感に気づき始めた。
まるでデモ隊の様子を、『黒倉建設』からの被害を声高々に訴える彼らを全国に広く知らしめたいかのような青井の行動。そして、爆弾の個数を知っているような発言……そもそも、デモ隊はどうやって黒倉のスケジュールを知ることができたのか。
可愛くて楽しい動画配信者としての笑顔を魅せていた青井だったが、徐々にその笑顔が崩れ始める。笑顔を崩れて無表情に切り替わる刹那にどこか哀しい陰が差すと、配信用とは違うスマートフォンを手に叫んだのだ。
「動かないで! 爆弾を爆発させるわよ!!」
「あおみー?!」
青井が見せつけるスマートフォンの画面にはタイマーが映っている。画面をタップすれば、残り20秒でカウントダウンを始めたのだ。
「キャアァァーーー!!」
「爆発するぞーー!」
「どけ! 俺は死にたくない!!」
『ラウンドシティ東都』にいた人々やデモ隊が一斉にパニックに陥った。人を押しのけて突き飛ばし、エスカレーターを駆け下りて踏み外して尻もちをついてと、ライブ配信の存在が明らかになった当初よりも酷い有様だ。
パニックを作り出した青井は逃げ出した。彼女がこの事件に何か関りがあると、行動で証明してしまったのだ。
「ごめんなさい、ディエンさん。サムスさんに……あっ」
逃げ惑う雑踏に紛れて逃げようとしたのだろう。しかし、青井がもたらした混乱は彼女が思った以上の大波だった。
スマートフォンの画面に視線を落としていた青井は、正面から向かって来る大柄な女性に気づかなかった。大柄な女性も青井を避けることなく真っ直ぐに突き進んでしまったため、正面衝突を起こして青井は派手に転倒してしまったのである。
「痛っ……」
「流れ的に、貴女は犯人グループの1人ということでよろしいですかね。レディ」
「っ!」
青井はそのまま、トリスタンによって取り押さえられた。そして、直前まで手にしていたスマートフォンは、転倒した拍子に青井の手から離れ、何の偶然か蘭の足元に滑り落ちてきたのだ。
「っ、メッセージ画面!」
青井のスマートフォンには、メッセージアプリの画面が映っている。何かのやり取りについてのメッセージが羅列しているが、落ちたせいでどこか壊れたのか、画面にノイズが走っていた。
このままでは、画面が消えてしまう……蘭は無意識に携帯電話を取り出すと、メッセージアプリの画面を写真に撮る。写真が取れた次の瞬間に、スマートフォンの画面はプツンと切れてしまった。
青井は取り押さえられたが、彼女がもたらした混乱は膨張していった。カウントダウンの20秒なんてとっくに過ぎているのに爆発の気配がない。青井が見せたのは爆弾のスイッチではなく、ただのタイマーだったと知るのは後のことだ。
後の警察の捜査により、八~十二階には爆弾が仕掛けられていなかったことが発覚する。だが、無人という訳ではない。
六~七階の中央に人工庭園を臨める八階の窓を蹴り破る。ちょっと強引な侵入方法だが、防犯システムが作動して閉鎖された現状では
「ハロのおやつを買いに来ただけだったはずなのに。やっぱり、いつもと違うショップに来たせいか」
蘭たちが買い物中に遭遇した意外な人物こと、三階のペットショップに買い物に来ていた安室までもが、事件の渦中にいたのである。
彼はいち早く事件を把握し、閉鎖されているオフィスフロアへと侵入した。大勢の人質を取り、爆弾や拳銃を用いた犯人グループの要求が10億円の身代金。それも、人質たちに直接請求している……何か、違和感がある。
更には、『ラウンドシティ東都』のセキュリティシステムを利用して人質たちを拘束しているのだ。
「確か、セキュリティシステムの制御は八階のセキュリティルームだったはず……っ!」
突如、安室の背に静かな殺気が走った。
ほとんど本能で向かって来る攻撃を回避し、左のジャブを入れる……掠りもしないが、殺気の持ち主の顔を拝むことはできた。背が高く、体格がいい。顔立ちを見るに日本人ではない。安室は壁を背に拳を構え、臨戦態勢に入った。
「何者だ!?」
「それはこちらの台詞だ。奴らの手の者か」
「犯人グループではない……」
では、閉じ込められた民間人か?
の、割りには只者ではない気もする。
「僕は安室透。安心してください、僕は探偵です」
「探偵……私は、ランスロット・ベンウィック。上の階に、
爆弾はないが、無人ではない。安室とランスロット。そして他にも、閉鎖された空間に人影があった。
遭遇した意外な人=愛犬の好きなおやつがいつものペットショップで売り切れだったので、ちょっと足を延ばして買いに来た安室(降谷)さん