犯罪多重奇頁 米花【特別編】   作:ゴマ助@中村 繚

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 人がいる。それを把握した瞬間、脳裏に過った単語は「社畜」だった。

 だって、土日祝日休みのはずのオフィスフロアに人がいるんだもん。『ラウンドシティ東都』に入るオフィスは、国内でも名の通る優良企業だったはず……そんな会社にも好き好んで休日出勤する奴がいるのかと感じたとか。

 でも、監視をしていたら何だか様子が違う。知らない内に閉じ込められた社畜ではないようだ。

 八階の窓が割れた、砕けたという警報が出ているので、どうやら無理矢理に侵入して来たらしい。まさか、警察関係者か。

 

「フレイさん。八階に2人います、何とかしてください」

『了解』

 

 抑揚のない機械的な声が返って来る。3分もしない内に、監視カメラが捉えた2人の前にこの声の持ち主が現れるだろう。

 実際に、安室とランスロットが遭遇してからきっちり3分してから、彼らの前に黒いマスクを着けた男が現れた。髪を短く刈り込み、衣服を着ていても鍛え上げられた身体がはっきりと分かる。その手には木刀……どう見ても、探偵の協力者にはなれなさそうな人物だ。

 

「……!」

「っ、こっちが本物か!」

 

 安室に向けて鋭い突きが襲いかかる。フットワーク軽くそれを避けても、相手は瞬時に体勢と木刀の握りを変えて攻撃してきた。こっちが本物の、犯人のグループの一員だ。

 今度こそジャブをお見舞いしようと構えるが、横から鋭く薙ぎ払われた木刀は、安室の前に出たランスロットに掴まれて動きを止められた。

 

「行け! 探偵!」

「っ、ありがとうございます!」

 

 彼の身体や先ほどの殺気から、ランスロットに任せられると判断した安室は、八階にあるセキュリティルームへ走った。

 この事件は、元からある施設の防犯システムを利用しており、更には木刀の男のような戦闘能力の高い人員を、立て籠もりの現場ではなく八階に割いている。セキュリティルームには、『ラウンドシティ東都』の防犯システムを熟知した者がいるはずだ。

 その人物に、安室――否、降谷は心当たりがあった。

 

「っ!? ま、まさか……」

 

 何重にも電子ロックがかけられたセキュリティルームの外側から、ガンガン!と無理に打ち破ろうとしている音が聞こえる。まさか、物理で突破しようとしているのか。

 物理的な攻撃でエラーや誤作動を起こせば、自分がセキュリティルームに閉じ込められてしまう。しかし、ロックを解除したら力ずくで扉を開けられてしまい、侵入を許してしまう……侵入されたら、計画が台無しだ。

 

「や、やめろ……デリケートなんだ、乱暴に扱うなぁぁ!!」

 

 ビーーーー!!

 警告音が鳴り響く。危険を察知したシステムがロックを解除して微かに扉が開くと、その微かな隙間に消火器がねじ込まれる。よく見れば底がベコベコに凹んでいる、あれでこじ開けようとしたのか。

 乱暴に扱われたデリケートな扉がこじ開けられた。セキュリティルームに侵入して来た降谷の目に入ったのは、ゲーミングチェアに座った若い青年……降谷が心当たりある人物で、間違いなかった。

 

「やっぱり君だったか、北條永斗。『ラウンドシティ東都』の防犯システムのプログラムのほとんどを独自設計したが、施設の開業直前に行方を晦ましたと聞いた。しかも、防犯システムの設計者の名前は君じゃなくなっていた」

「……! 盗られたんだよ! 会社の上司に! そうしたら、『黒倉建設』の関連会社の開発になっていた……売られたんだ! 僕のシステムが!」

 

 ゲーミングチェアを蹴り倒して叫ぶ彼、北條(ほうじょう)永斗(えいと)(23)の顔は知っていた。防犯システムが試作された段階で、公安にも彼の情報が周知されていたからだ。

 

「ここのシステムは、異変を感知した瞬間にオンラインネットワークだけではなく通話の電波も遮断する。IoTテロだけじゃない、前に起きた、携帯の発着がトリガーになる爆弾事件も防げるように設計したんだ。この僕が!!」

「ああ、()()知っているよ」

 

 人質たちを閉じ込めたシステムは降谷が抑えた。これで閉鎖されたフロアを解放できる。

 だが、事件は滞りなく進んでしまっていた。

『アヴァロン』では泉が、五階では青井が、八階では北條とランスロットに木刀を折られた男が取り押さえられたが、十三階の現場では膠着状態が続いている。拳銃と爆弾の脅威は未だ去らず、即死した成美の遺体に白いクロスをかければ、血が滲んで赤黒い染みができた。

 

「みなさんにお願いがあります。令愛さんから、目を離さないでください」

「……工藤先生、それってどういう?」

「お願いします」

 

 優作が立香たちに耳打ちをする。急いで振り返って令愛を探せば、彼女は響の側にいた。

 

「そ、そんな……成美さん、死んじゃった。いなくなればいいって、思ったことはあったけど、まさか死んじゃうなんて……!」

「落ち着いて」

「どうしよう」

「大丈夫です。すぐに警察が……」

「あたしが死んでも、パパはあんな風なのかな……」

「……」

 

 酷く怯えた令愛が響の制服の袖をギュっと握ると、彼女を落ち着かせようと響は優しく肩をポンポンと叩いた。惨劇を前にした令愛が拠り所にしたのは、父親ではなく出会ったばかりの響だった。わざわざ彼女を探し出して縋った姿に、親子の確執がはっきりと顕現している。

 怯える令愛を他所に、黒倉は至って冷静だった。不遜とも言い換えられるだろう。黒マスクが外れて顔が曝された犯人を前に、焦りも怯えもしなかった。

 

「黒倉昭太郎……払えよ、10億円。色々な汚いことに手ェ出して、たんまり儲けてんだろ」

「汚いこととは、言い方が悪い。億単位の金が動くビジネスの場は、綺麗事だけでは動きません。悪影響を与えるモノは後腐れなく切り落とし、会社という大きな生命体を保護し続けなければならないんです。要求している10億円を稼ぐために、どれだけの苦労があると思っている」

「っ! 三丸村は切り落としていい存在だったのか!!」

『―――マスター』

 

 エドモンの声が立香に届いた。家茂の金魚に持たせた盗聴器式神を通じた言葉だ。それと同時に、施設全体の観測を続けていたカルデア側からもダ・ヴィンチの声が届く。

 防犯システムを制御していたセキュリティルームが、安室によって解放された。

『ラウンドシティ東都』の上にいる。これより、十三階へ乗り込む……入り口は、天窓。

 エドモンの声の向こうから、プルートーの鳴き声が聞こえた。てっきり、ヘシアン・ロボが乗り込んでくるかと思ったが、十三階の天窓を派手に粉砕して乗り込んで来たロボの背に誰かがいた。しっかり縛りつけられた小さな身体が“彼”だと理解したのは、後に続くようにアルトリアとヘシアンが滑り込んで来てからだ。

 

「なっ……犬っ!?」

「っ、コナン君!」

 

 犯人グループの1人が、天窓から突入してきたロボに驚きの声を上げた。ロボの背中にしがみつくコナンを目にした立香も同じく声を上げ、コナンはロボが着地すると同時に背中から離れてゴロゴロと床を転がった。

 そこからは、正に電光石火、阿鼻叫喚。

 渡部の悲鳴を皮切りに人質たちの中でパニックが広まり、犯人グループたちは闖入者へ銃を向ける。が、勝手に発砲した後の処遇が恐いのか、引き金を引くことができない内にヘシアンに投げ飛ばされ、ロボに制圧される。

 コナンは小さな身体を利用して人々の合間をすり抜け、ミルク缶のような爆弾を抱えると、混乱に巻き込まれないようにと優作のテーブルの下へと押し込んだ。

 

「爆弾は回収した!」

「一体何が……っ!?」

「エレベーターが爆発したぞ!!」

 

 停止していたエレベーターが爆発した……と言うよりも、破裂したように内側から扉が吹き飛ばされたのだ。

 

「立香! マシュ!!」

「お父さん!」

「オイ、何が起きている! 落ち着け……っ!」

『管理者権限により、防犯システム解除します。通電開始、防火扉開きます』

 

 エレベーターの扉を破壊して乗り込んで来たランスロットによって、主犯格の男の手にある拳銃が蹴り弾かれ、首筋に手刀を入れられるとそのまま床に倒れ込んだ。飛んだ拳銃は偶然にも士門の方角に飛んでいって、彼は怯えながらも拾い上げた。犯人たちに渡してなるものかと、優作とアイコンタクトを取る。

 同時に、防犯システムの解除を告げるアナウンスが流れ、人質たちを閉じ込めていた壁が取り払われたのだ。

 助かった。これで事件も終わる……警察が犯人グループを逮捕して、家に帰れる。

 そう、思っていた。犯人グループが武器を入れて持ち込んだ清掃カートに近づいた1人が、残っていた一丁の拳銃を手にして引き金を引くまで。

 

――ダン!

――ダン!!

 

「え……」

「っ、社長!?」

「が……はっ」

 

 犯人グループは全員制圧された。そう思っていたから、黒倉さえも油断していたのだ。

 拳銃を片手に近づいて来たその人は、黒倉の心臓を狙って引き金を引くと、二発の銃弾が高級なジャケットを貫いたのだ。

 

「……や、やった。やった、やったわ!! やったのよ、孝道さん!!」

「だ、誰……だ」

「覚えてないでしょうね。あんな簡単に切り捨てたんだから!」

 

 拳銃を手にしていたのは、囚われていたはずの人質だった。広嶋佳恵が、黒倉を撃ったのだ。

 立香たちが呆然とする中、佳恵はアルトリアに拘束される。微かに意識があった黒倉は、佳恵の姿を目にしたまま絶命してしまう……2人目の死者が出てしまったのだ。

 

「逃げろーー!」

「キャーー!!」

「っ、貴女まさか、甲さんの」

「ええ、そうよ。甲佳恵よ! 体型が変わったから気づかなかったのかしら。お前らに殺された(かぶと)孝道(たかみち)は! 私の夫よ!!」

 

 吾代は佳恵の正体に心当たりがあるようだったが、今はそれどころではない。佳恵が発砲したことにより、混乱は最頂点に達した。

 防火扉が開いたことにより解放された非常階段に人質たちが殺到する。逃げなければ今度は自分が撃たれる、流れ弾に当たる、爆弾が爆発する。冷めることのないパニックは人の波となって、一度巻き込まれてしまえば逆らうこともできなくなっていた。

 

「パパ……そ、そんな。パパ……きゃっ、や、やめ」

 

 父親を目の前で殺害された令愛が、逃げ惑う人々の波に飲み込まれた。肩を押されて足を踏まれて、自分の意志に関係なく令愛の身体は父親の遺体から離れていってしまう。助けを求めて声を出そうとしたけど、出せなかった……非常階段まで来てしまった令愛は、ひと際強く突き飛ばされて転落したのである。

 成美が死んだ、父は殺された。自分も、このまま死んでしまうんだ。

 令愛は諦めて目を瞑った、身体に鈍い痛みが走ったが死を覚悟するほどではなかった……それもそのはず、令愛は誰かが身体を張って受け止めてくれたのだ。彼女の下には、まるで救護マットのようにアンリマユがいたのである。

 

「……痛くない」

「……(オレは痛い)」

「令愛さん! アンリさん!」

 

 優作に言われた通り、彼らは令愛から目を離さなかった。家茂が令愛とアンリマユを引っ張り上げ、何とか人の波から脱出する。

 事態は、最悪を迎えていた……救急車と消防車と、数多のパトカーが『ラウンドシティ東都』を取り囲んだ。




次回、解決編。

【今のところの登場人物一覧簡易版】
・士門統矢(39)
『秀学館』の編集者。優作とは大学時代の悪友同士だった。

・渡部紅生(25)
サイン会の女性スタッフでアナウンス業務を担当していた。

・響陽多(27)
『ラウンドシティ東都』の警備員。

・吾代一雄(42)
『黒倉建設』の社員で黒倉の第一秘書。

・内筒竜騎(21)
青井と共に『実況! リューみーちゃんねる』を配信している。通称「リューキ」

・黒倉昭太郎(58)
『ラウンドシティ東都』の設立にも携わった『黒倉建設』の社長。
甲に撃たれ、2人目の被害者となる。

・黒倉成美(29)
黒倉の妻で令愛の義母。
犯人と人質が揉み合った際の流れ弾に当たり、1人目の被害者となる。

・黒倉令愛(20)
黒倉の娘。
目の前で義母と父が撃たれ、自身は階段から突き飛ばされた。

・黒マスクの男
犯人グループの主犯格。

・甲佳恵(32)
優作のサイン会にやってきていた女性。
「広嶋佳恵」と名乗り人質に紛れていたが、混乱に乗じて黒倉を射殺する。

・泉翔一(29)
『アヴァロン』に勤める料理人。
黒倉によってレストランを追い出され、「網戸哲也」の偽名で働いていた。

・青井美弦(21)
内筒と共に『実況! リューみーちゃんねる』を配信している。通称「あおみー」

・木刀の男
八階を監視していた犯人グループの1人。

・北條永斗(23)
『ラウンドシティ東都』の防犯システムを造り上げたプログラマー。
プログラムも何もかもを奪われ、全ては『黒倉建設』の功績となった。
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