最初に、十三階で立て籠もった犯人たちは7人。しかし、主犯格と思われた黒マスクの男以外の6人は、インターネット上で集められた金目的の小悪党ばかりだった。
10億円の身代金を手に入れるための立て籠もり事件。1人1億円を山分けするという謳い文句で集められ、一部は本物の拳銃を手に入れたことに興奮するような、短絡的な者たちばかりであった。
『グループは全部で10人で、レストランに1人と、防犯システムをいじる奴とその見張りが1人ずつって聞いてた……ました。銃は本物だけど、合図をするまで発砲すんなってリーダーに言われてて』
しかし、リーダーの命令を無視して発砲したのでぶん殴られた。令愛に発砲した柄の悪そうな金髪の男は、刑事たちに囲まれながら身体を小さく縮ませて恐る恐るそう証言した。
すっかり日が暮れた頃、警視庁の取調室では犯人グループの取り調べが行われている。
10億円を餌に集められた6人は、この犯行は本当に身代金目当てだと信じて疑わなかったらしい。ただ拳銃を握って人質たちを見張っていれば分け前が貰えると、重要な情報は何一つ教えられていなかったのだ。
彼らはただの人数合わせ。人手が欲しい故に集められた者たちで、ハリボテの事件を機能させるための舞台装置にすぎない。
本当の事件を回していたのは彼らだ。『黒倉建設』への、黒倉への復讐を完遂すべく集まったのだ。
・泉翔一(29)
職業は料理人。「網戸哲也」の名前でレストラン『アヴァロン』に就職し、レストラン内で毒を盛られた人々の監視役をしていた。
彼が犯行に加わった動機は、黒倉によって理不尽な仕打ちを受けて料理の世界から締め出されたためである。
「いつか自分の店を持つために腕を磨いていました。自分の腕が未熟でお客様を怒らせたならまだしも、料理に関係ない、くだらないデマで料理の世界から追放状態ですよ……まあ、俺の動機は、他の人たちよりも軽いもんですけど。彼らとは、インターネット上で出会いました。SNSで鬱憤晴らしのために愚痴ってたら、メッセージグループの招待が届いたんです。そこは、黒倉や『黒倉建設』に大切なものを奪われた人たちの集まりでした」
泉を始めとした犯人たちは、メッセージアプリのグループ内で今回の事件の計画を立てていた。彼らのやり取りは既にサーバーから削除されてしまっている。
その中で、役割を決めた。彼らの復讐のために描いたシナリオを実現すべく、各々が動き出した。舞台を『ラウンドシティ東都』に決めたのも、黒倉のスケジュールを入手したのもあったが、同地の防犯システムを熟知している者が仲間にいたからだ。
・北條永斗(23)
元IT企業のプログラマー。『ラウンドシティ東都』の防犯システムを操作して十三階に人質を閉じ込め、監視カメラの映像を『アヴァロン』や動画サイト上でライブ配信していた。
彼が犯行に加わった動機は、心血を注いで開発したその防犯システムを『黒倉建設』に奪われたからである。
「どんな犯罪にもテロにも負けない、最高の防犯システムを作ったんだ。爆弾とか、怖いから。7年前、当時住んでいたマンションに爆弾が仕掛けられて、みんな避難したけど……身代金払ったのに、犯人が爆弾を爆発させて、死んだ人もいた……凄く、怖かった。あれからしばらく眠れなかった。だから作ったのに、『黒倉建設』本社が開発したと発表した方が見栄えが良いからって、それだけの理由で全部奪われた! みんな同じだ。僕たちはみんな、『黒倉建設』に大事なものを奪われたんだ。「SS」……彼が僕たちを招いてくれた」
犯人たちは、一部を除いては直接の面識を持っていなかった。彼らはみんな、「SS」と名乗る人物に招かれたインターネット上の空間で慰め合い、『黒倉建設』への、黒倉への憎悪を滾らせて犯行計画を立てたのだ。
計画の大筋は、「SS」が組み立てた。「SS」が彼らに与えたのは黒倉へ復讐するための犯行計画と、ネット上で呼び合う名前だ。
「泉、北條の証言によると、メッセージグループに招かれた際に「SS」と名乗る人物からハンドルネームのような名前を与えられたそうです。泉は「ミット」、北條は「ドンネル」と呼び合っていました」
「その「SS」という人物が、彼らを煽って犯行を教唆した黒幕ということか」
「はい。彼女、青井美弦は「モーン」と呼ばれていたそうです」
佐藤からの報告を聞いた目暮は、マジックミラー越しに取調室を覗き込んだ。そこでは、青井が刑事たちの取り調べを受けている。
・青井美弦(21)
都内の大学に通う大学生、兼動画投稿者。内筒竜騎と共に一般客を装い、北條が流出させた現場の映像を使って煽りや混乱を招いた。
「……リューキと動画配信を始めたのは、『黒倉建設』に復讐するためだった。人気が出始めたら、企業の闇とか、そんな暴露系に路線変更して迷惑をかけてやろうと思って。だから、「SS」から招待があって、この計画を実行しようってなった時は躊躇しなかった。別の場所にも人質がいるから10億よこせって身代金を吹っ掛けたら、疑り深い黒倉なら絶対に鵜呑みにしないで断るって。その様子を、レストランの人質や動画を見ている人たちに見せたら、黒倉の評判はガタ落ちになる! 私の役割は、黒倉たちの評判を落とすこと! あの被害者の会に黒倉の居場所をリークしたのは私……世論を煽って『黒倉建設』を滅茶苦茶にしてやりたかったの! あっちこっちから叩かれればいいって!」
「どうして、そこまで?」
「5年前、三丸村の土砂災害……お父さんが現場で働いてて、巻き込まれて死んだ」
青井は秋田県の出身だ。彼女の父親は地元の建設会社に勤めており、『黒倉建設』の下請け企業でもあった。彼女の父親は、5年前に三丸村で建設途中だったゴミ処理場の建設作業員だったのだ。
『お父さんが土砂に飲み込まれて亡くなって、『黒倉建設』からは和解金が支払われて、そのお金とお父さんの生命保険で大学に行けたけど……ずっと、苦しかった。お母さんは、事故を忘れて自分の人生を歩きなさいって言うけど、お父さんの命と引き換えにしたみたいで、高校でも大学でもずっともやもやしていた。それなのに! お父さんたちに無理矢理仕事をさせて、挙句の果てに殺した黒倉が、何でずっと大きい顔しているの!?』
『あの事故の原因となった工事の強行は、現場にいた社員の独断だったはずでは?』
『違う! あの日、大雨の中で仕事に出かけるお父さんが言っていたもん! 本社が遅れを取り戻せって指示を出して来たって! それに、甲さん……本社は気に食わない奴らばっかりけど、甲さんは話の分かる人だって、お父さん言っていた』
「彼女の父親、
「甲という人物は、5年前に自殺した『黒倉建設』の社員か」
「はい……黒倉社長殺害の実行犯となった、甲佳恵の夫です」
5年前に起きた三丸村の土砂災害は、現場を指揮していた本社社員が、独断で悪天候下での作業を強行したことによって発生し、『黒倉建設』の本社は関与していないと発表されていた。その本社社員こと、甲孝道(当時33歳)は、遺書を残してビルの屋上から飛び降りて亡くなった。
遺書には、三丸村の事件は全て自分の責任であると、死して責任を取ると書かれていた。甲の死は、自殺と結論付けられている。
・甲佳恵(32)
5年前に自殺した甲孝道の妻。名を偽って人質の中に紛れ、混乱に乗じて黒倉を射殺した。
「「SS」は私よ。グループ内では「サムス」と名乗っていたけど、私が彼らを集めたの。黒倉に復讐するために、黒倉を殺すために……! 黒倉も、その一族もみんな私たちが味わった苦痛を味合わせてやるの。最初に妻を、黒倉だけじゃなく娘も……みんな、殺してやるって! 黒倉自身は私が殺したかったから、勝手に殺さないでって釘を刺したわ。あいつは、孝道さんが現場の指揮をしていたからって、彼に全部の罪を着せて殺したのよ! 会社のために!」
「しかし、彼の死は自殺と……」
「自殺なんてするはずない!! だって、だって……子供が、産まれるはずだったんだから。22週目、だったの……孝道さんが死んだって聞いて私、ショックで倒れちゃって。そのまま、病院で目が覚めたら……うっ、うわぁあぁぁぁ……女の子、だったの。性別が分かったばかりの頃だったのに……!」
佳恵は大声を上げて咽び泣く。犯人グループの中で、最も憎悪を滾らせて黒倉への復讐を誓ったのが彼女だった。
彼女と青井の話が本当なら、『黒倉建設』は会社絡みで不祥事を隠蔽し、甲に責任を押し付けて自殺に追い込んだということになる。それは黒倉が指示したことなのかは、これからの警察の捜査で明らかにするしかない。
5年前、妊娠中であったのも勿論だが、当時の佳恵はもうちょっとぽっちゃり気味だった。
この5年間で随分と痩せてしまったそうな……入院してしまったため、夫の葬儀にも出られなかった。