George Gregory 拙作集   作:George Gregory

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三題噺『工具』『雷』『神・悪魔』


ネジマキ

――――緩んだネジをしめるのが、僕の仕事だ。

 

 鈍く暗くのしかかる曇天の下、ゴウンゴウンと重たい音が鳴っている。ぐるりと辺りを見回せば、そんな天上を貫かんばかりに突き出した、赤茶けた無骨な鋼鉄の塊が規則正しく、この町を囲むように建ち並んでいるのが見える。

 

 酷く原始的な機械の数々が軋んだ悲鳴を上げている。「いい加減に休ませろよ」と訴えかけているようだと、いつも思う。けれど、技術の“進歩”と“普及”はいつだって足並みが揃わないものだ。新たにとって代われるような優れた技術が確かに定着するまでの間は、まだまだコイツ等に働いてもらうほかにない。

 

 けれど、あぁ、旧式の悲しい(さが)とでも言おうか。コイツ等はどうしても過剰な熱や水分、特に錆には滅法弱い。そういった疲労や損傷が発見される度にそれを直さきゃあならない。それが僕ら、【整備員】のお仕事なのだ。

 

 せめて晴れやかな空の下でなら、こんな仕事でも少しは気が晴れるのかもしれない。けれど、僕は生まれてこの方、“青空”ってものを見たことがない。まぁ、この町の外には草木1つ生えていない荒廃した大地が広がっていて、空は年中無休で分厚い雲が佇んでいて、日によっては大雨や、ともすれば酷い雷雨に見舞われるような環境なのだから、仕方のないことだ。

 

 そのため、町の上には透明な、けれどとても丈夫なドームが屋根のように僕らを覆っていて、これがないと僕らはとてもじゃないが、まともに生きていけない。このドームが壊れてしまったら、その時がこの町の終わり。少なくとも僕らの何世代も前からそう信じられてきたそうだし、こんな空を生まれた時からずぅっと見上げ続けてきた僕自身としても、そうと信じる他にない。

 

 というか、こちとら『それどころじゃあない』のだ。明日どころか、今日の食事にも困る日々。与えられた仕事をこなしていたって、腹の虫が静かだったことなんて、殆ど記憶にない。それでもまぁ、ごくごくたまに気が向けば、『外ってのはどんなとこなんだろう』なんて考えるくらいはするし、文献を漁ったりなんかもする。文字は必死に覚えた。読み書きが出来るだけで任される仕事は増えるし、頼りにもされる。その時だけはほんのちょっぴり、いい気分になれるからだ。

 

 さて、考え事はこの辺にして、仕事に戻らねば。

 

 雑念をかき消すように頭を振って、仕事道具のレンチを担ぎなおす。持ち手は金属バットくらいには太く、先端のアゴはボウリングの玉ほどの大きさはあるのだから、これはもうちょっとした鈍器だ。殴れば、ヒトの頭くらいは簡単に、リンゴみたいにパァンと弾けてしまうんじゃあなかろうか。試したことはないけれど。そうしたい相手も特に思い浮かばないし。

 

 ……いや、まぁ、最後のだけは嘘だ。たまぁに、僕らの給料をちょろまかして遊んだりいいものを食べているらしい上司を“そうしてやりたい”と思うことくらいは、まぁ、ほんのちょっぴりだけれど、ある。うん。

 

 人類はとっくに滅びの一途を辿っており、意地汚くも生き残った僕たちのご先祖様が群れに群れて辛うじて子孫を残し、今に至るってことらしい。“共食い”したって何のメリットもありゃあしない。少なくとも僕は、そう思っているのだけれど。

 

 点検作業に戻る。ここはドームの天井、そのすぐ真下に位置する階層だ。外の空気は僕たちには極めて()()()()()()、ほんのちょっぴり吸い込んだだけでも身体に悪影響があるらしい。そんな外気の混入を防ぐべく、隙間が出来る前に緩んできた留め具を締めなおす、というのが僕に割り当てられた仕事だ。そういう危険もある分、他の仕事より給料もそれなりに貰えている。

 

 定刻を知らせる鐘が鳴る。【仕事を忘れていないだろうな】と急かされているようで、正直あんまりいい気はしない。けれどまぁ、生きるためだ。今日もまた自分にそう言い聞かせて、溜め息を1つ吐きながら、いつものルートを見て回ろうとして。

 

 ドン、と。

 

 鼓膜どころか全身を貫いて震わせる轟音1つ。それと同時に、これがウワサに聞く【太陽】ってやつなのか、と思わず考えてしまうほどの強烈な光が僕の網膜を真っ白に焼いた。視覚と聴覚を同時に奪われ、平衡感覚を保てなくなって尻もちをついてしまう。そこでようやく気付く。あぁ、これはいつもの雷だ。いつも遠くから見ているだけだったけれど、今日はたまたま僕の近く、本当に近くに落ちたんだろう。確かこの辺には町の電力を賄う為に雷を変電・送電するための避雷針が設置されているハズだ。多分そこに落ちたんだろう。なんて運の悪い日だ。ついてない。

 

 しばらくして、やっと麻痺していた感覚が戻ってくる。未だに明滅する視界を取り戻そうと、僕はゆっくりまぶたを開いて。

 

 

 

 今度こそ完全に、言葉を失った。

 

 

 

「……え? は?」

 

 目の前に、ヒトが倒れていた。いや、多分、ヒトの形をした『何か』が、倒れていた。どうしてそう思ったかといえば、油と錆だらけのそこに横たわる『こいつ』が、この世のものとは思えないほど、キレイだったからだ。

 

「女の子、か?」

 

 性別は恐らくそうだろう。体格からして違うし、男の自分にはない『象徴』が確かにある。というか、この服はなんだろう。まるで見たことのない意匠だ。こんな不衛生な環境に身を置いているのだから、僕らにとって『肌を出す』ということは一種の自殺行為だ。『着飾る』のは高所得層だけの贅沢でしかない。だのに『こいつ』といったら、まるで誇示するかのように惜しげもなく肌を晒している。肝心な部分こそ隠れちゃあいるけれど、表面積は明らかに少ない。バカなんじゃなかろうか、とさえ思う。

 

 そんな風に観察と考察をしている内に少しずつ落ち着きを取り戻してきていたようで、大分遅れて僕は気付いた。肌を撫ぜる風の感触。鼻の奥をくすぐる爽やかな匂い。そのどれもが明らかに、まるで僕の知る日常のそれじゃあない。

 

 何故か自然と、視線が持ち上がっていく。そこには『天井』があるハズだ。間違いなくあるハズだ。そう繰り返しながら、見上げた先に。

 

「お、っわ」

 

 散りばめられた宝石があった。煌びやかな光の群れがあった。一目で解った。いつか古い文献で読んだ『星空』ってヤツなんだと、一瞬で理解した。

 

 知識としてその存在を知ってはいた。けれど、あぁ、これは確かに。

 

「キレイ、だ」

「ん……」

 

 と、聞こえた声につられて視線を勢いよく落とせば、『こいつ』は身じろぎを1つして、ゆっくりを身を起こしていた。そこでようやく初めて顔がはっきりと見える。多分、歳は下。それも割と。随分とあどけない顔をしている。

 

「……あれ? 何が起きたの?」

 

 それはこっちのセリフだと思う。いきなり面倒事を増やしてくれおってからに。こりゃあ間違いなく始末書からの減給、下手すればクビ一直線コースだ。あぁ、うん。思えばこの時はもう直感的に理解していたんだ。今の落雷とこの娘は無関係じゃない、ってことに。

 

 とはいえ、往々にしてこういう時は会話のイニシアチブを取らなければ。その為に手軽であり、こういう状況下において不自然ではない常套句といえば。

 

「キミ、誰なの?」

 

―――――うん。未だに僕はこう思うよ。『どうしてあの時、声をかけちゃったのかなぁ』ってね。




つづかない(その3)
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