George Gregory 拙作集 作:George Gregory
もう先のない、最後の夏が始まろうとしている。
いつものコースの走り込み。西の空へ沈んでいく夕陽を横目に、とっくに重たくなっていて堪らない脚を必死に動かす。乾いた喉はひりついていて、汗をたっぷりと吸ったシャツが背中に張り付いているのが一層、自分の肉体を重たいもののように錯覚させる。
この2年弱で、いったいこれを何度繰り返したのだろう。思い出すのはいつだって苦しい記憶ばかりで、飽き性の自分にしてはよく続いたものだと思う。練習が辛くない日は1度だってなかった。何なら『行きたくないなぁ』なんて思いながら練習着に着替えた日が殆どだ。『辞めたい』と思ったことなんて、両手の指なんかじゃあ、とてもじゃあないが数えきれないほどだ。
大会だって、大した記録や成績を残せた訳でもないのに、終わる頃には立ち上がるのも億劫なくらいにへとへとで、仲間たちの声援や慰めの声もどこか遠いもののように感じながら、四肢を投げ出して大の字に仰向けになって、ただただ呆然と空を見上げていた。
なのに、何故だろうか。今は、もう少しだけ続いてくれと、そう思っている自分がいる。
町の真ん中を東西に横切る線路、その上にかかる陸橋にさしかかる。緩やかな登り坂が始まり、徐々に視界が高くなっていく。港のすぐそばにあってあまり高い建物のないこの町は、少し高いところに行けば簡単に街並みを一望でき、その向こうに海が見えるようになる。そんな見慣れた街並みが茜色に染められた光景をこうして見下ろすのは、ちょっとだけ気に入っていた。
ちょうど真下を電車が通っていく。たたたん、たたたんと心地よい音が規則正しく鳴っている。それに合わせて陸橋を上っていく内に、夕焼け空は東から少しずつ茜色から藍色へと移ろいでいく。それに合わせて、道路沿いの街灯が少しずつ点っていく。
あの街灯までもう少し。もう少しだけ。
街灯を通り過ぎる。次の街灯が見えてくる。
あの街灯までもう少し。もう少しだけ。
街灯を通り過ぎる。次の街灯が見えてくる。
「走るのが辛くなってきたら、ほんのちょっぴり先にゴールを決めてしまうんだ。そしてゴール出来たら、また同じようにほんのちょっぴり先にゴールを決める。ただひたすらそれを繰り返しているだけなんだ」
昔、テレビ番組か何かで、長距離走の選手がそんなことを言っていた。子供騙しのようだと最初は思ったけれど、試さずに否定するのもな、と実際にやってみると、これが意外と馬鹿に出来なかった。初めて実践したその日は、気付けばいつもの1.3倍くらいの距離を走っていた。
あの街灯までもう少し。もう少しだけ。
街灯を通り過ぎる。次の街灯が見えてくる。
あの街灯までもう少し。もう少しだけ。
街灯を通り過ぎる。次の街灯が見えてくる。
始めて間もない頃、学校の外周を1周しただけでぜぇぜぇと息を荒げていた頃を思えば、随分と走れるようになったと思う。多分、結局のところ、それに尽きる気がするのだ。この足で行ける場所が広がったという感覚が、なんだかんだと自分が続けてこられた根底にあるような気がしてならないのだ。
だから、今日も言い聞かせるのだ。言い聞かせて、走るのだ。
あの街灯までもう少し。もう少しだけ。