ホープちゃんの過去に考察含みます。
たぶん、彼女がいてくれたらキャストリアももっと長い『春の時間』があったのだと思います。
*妖精は羽って数えてたかな? 面倒なので本作では人と数えます。
細かいところは笑って流してくれ。
シドの『嘘』、芦崎サキverを聴きながら書いてました。
そのfgo madもあったから見てくれ! すげぇぞ!
────始まります。
────みんなに笑顔を振りまくのが、好きだった。
「もう無理だよ。諦めようよ」
「自信が無い……」
「やーめた。つまんねぇの」
私が笑顔を振りまいて、お菓子やたわいのない話をする。愚痴や嫌味もあったけど。
私なりの答えを返します。
私なりに彼らが彼女らが笑顔になれるよう、がんばります。
最後にはみんな笑ってくれる。
「話を聞いてくれてありがとう」
「手伝ってくれてありがとう」
「もう少しがんばってみる」
そう言って私に『ありがとう』をくれるのです。
嬉しかった。誇らしかった。
みんなに笑顔と喜びを与えられる。
私もそれを見て幸せになれる。
私も笑顔になれる。
こちらこそお礼を言ってくれてありがとう。
幸せな気持ちをありがとう。
私の名は
みんなに希望を与えるために生まれてきた。
私の使命、私の生き甲斐。
…………なのに、どうして。
────いつから私は、笑顔でいるのが嫌いになったの?
******
ソールズベリー、ソールズベリー。
水が綺麗で素敵な街並みの私の故郷。
道は笑顔で満ちている。
花は美しく満開だ。
人間も妖精も苦しまない夢の国。
私の大好きな風の街。
「……今日も風が優しいなぁ」
私は薄く微笑んで馴染みの店に向かう。
大聖堂を通ると、空いた窓からコーラル様の怒声が響く。
彼女はソールズベリーの領主オーロラ様の側近。
『どういうわけか』居なくなってしまったハロバロミアさんの後任だ。
今日も彼女はモース退治で無茶をする兵士たちを叱っている。
「どうして貴方たちは無謀にも突っ込むのですか! モース毒に耐性があるとはいえ、悪影響がないわけではありませんよ! もう少し慎重に作戦を練ってですね……」
けど私は知っている。
彼女は厳しいけれど確かな『愛』がある人だということを。
人間の兵士はこのブリテンでは消耗品だ。
評価されるのはモースに侵されないという点のみ。いくらでも『牧場』で増やせる換えのきく物なのだ。
けど彼らは生きている。
彼らにも妖精には及ばないが、生があり、考える頭も、心がある。
コーラル様はそんな彼らを一人一人大切にしてくれている。心を砕いてくれる。
見下したり、キツいことも言うけれど、人間達に何も思わないというわけでもないのだ。
愛あってこその心配。
心配すら無ければ、そこに愛はない。
わたしはそう信じてる。
窓の外から軽く手を振る。
彼女は気付いたようで、わずかに目を細めて手を振るい返してくれた。
*****
今はみんながのんびりしている時間。
この時間帯はこの店には誰もいない。
席も選びたい放題だ。
誰もいない店でいつものようにキュッキュッと意味もなく店主がカウンターでグラスを拭いている。
……。マイクさん。
昨日も同じグラスを拭いていなかった?
「おっ! ホープちゃんじゃないか! いらっしゃい!」
店主のマイクはニカッと半月のような笑みを浮かべるとカウンターの席に水を置いてくれる。
「早朝のカウンターの席。来るとわかってたからな! で? 今日は何にする?」
……私はこの店が好きだ。
この店は店主のマイクが趣味でやっている。
特別すごく美味しい飲み物があるわけでもない。
獣の氏族の支配するオックスフォード、そこにあるレストランのような食べ物もない。
噂でしか聞いたことはないけれど。
────けど私は店主のマイクさんが大好きだった。なにより笑顔が素敵で、快活なのだ。
彼は『自分はつまらない』とよく自嘲するが、そんなことはないと思っている。
それに、常に面白くなくても、話しやすい人と一緒にいる方が私は好きだ。
「じゃあ、はちみつの水割りを貰えますか?」
「あいよ!」
ちょっと待っててくれよな、とマイクは拭いていたグラスとは違うものにドリンクを淹れる。
「はい、お待ちどおさま!」
「ありがとう。いただきます♪」
私はジョッキに並々と淹れられたはちみつドリンクを一気飲み。
「そういやさホープちゃん。最近はあんまり昼には来なくなったけど、どうかしたか?」
「……」
……。
「あっ、ご、ごめんな! 触れちゃいけない話題だったよな! 忘れて忘れて!」
ありがとう。
けどもうあまり人が多い時に来たくはなくなったの。昼は街のみんながやってくる。
少し疲れたから、あと数日は一人がいいかな。
マイクは少し苦笑すると、再びグラス磨きに戻った。
「……俺、ほんとダメだよな。こういう時に酒場のマスターっぽく上手くできねぇや」
「え、あ、ご、ごめんなさい! 私は別になんでもないので! あはは……」
────嘘だ。
けど、あんまり自分にせいで落ち込んでいる人は見たくないなぁ。
「本当に大丈夫なので! あっ、この飲み物、美味しいですよ?」
「ほ、本当かい? ありがとうな、ホープちゃん!」
「自信もってください! 私、マイクさんが好きでこの店に通ってるんですから」
「ほ、ホープちゃん……!」
「あ、もちろん、友人としての『好き』ですよ?」
「だよなぁ!! くそぉーっ!! 俺の春がきたと思ったのに!!」
マイクは心底悔しそうにテーブルを叩く。
私はそんな本気で悔しそうな彼に悪戯っぽく笑う。
「ふふっ」
そう。
少しおちゃらけてる方がマイクさんらしい。
きっと大丈夫。
心の機微を読んで彼は私を心配してくれた。
そんな人に良い出会いが無いわけがありません。きっと、良い女性の方と出会える。
根拠はないですが、そんな気がします。
しばらく彼とたわいのない話をした後、私は彼に本音を打ち明けようと思った。
感じる違和感について。
自分のやりたいと思っていたことが段々楽しくなくなってきたことを話そうと思ったのだ。
「あの、マイクさん」
「ん? どうしたんだ?」
「実は相談したいことが……」
遮るように店にドアが開かれる。
「────お、空いてんな!!」
「今日は早めに来ておいてよかったぜ!!」
予想外の客。本来なら来ないはずの時間に他の客が来た。知らない誰かなら問題は無かった。
「…………。え?」
けど、彼らはこの街の住民だ。
「おっ、ホープちゃんじゃん」
「やっほー」
────まるで全身に氷を埋め込まれたように身体が硬直する。
「……ホープちゃん?」
「ど、どうして。こ、この時間帯はだれも」
カチカチと歯が鳴る。
「いやぁ、今日はちょっと早くきたい気分でさぁ」
「それよりもホープぅ。少し話せるか?」
────頼みたいことがあるんだけどさぁ。
マイクに迷惑をかけぬように店の外に出る。
「え、えと……ご、ごめんなさい。今日は予定が、あ、あって」
はぁ? と怒声を帯びた声で睨まれる。
────なんだよ、いつもは引き受けてくれるのに。
────今日はダメなんておかしいよな。
────何してんだ、おっ、君か。悪いけど頼まれてくれるか?
────いいね、いいね。ついでにこれもやってくれよ。
これもあれもそれも、俺も、僕も、私も。
────『できないなんて言わないよな?』
ごめんなさい、もうやりたくないんです。
『お前は希望の妖精なんだろ? 笑えよ。笑えって俺らの言うことを聞けって言ってんだよ』
『俺たちにも当然分けてくれるよな? 私たちにもやさしいよな? 僕らの願いを聞いてくれるよな?』
いやです。もういやです。
ごめんなさい。ごめんなさい。
もう疲れたんです。休ませて。やすませて。
『なんでできないんだよ。あいつの願いは聞いたのに。そうか、お前は薄情なんだな。俺には私には僕には冷たいんだな。嫌いなんだな』
『やってくれよ、やってくれよ』
無理です……そんなことできません。
私はがんばりました。がんばったんです。
みんなのお願いを聞くのは無理です。
できてもできないお願いも、頼み事も。
嫌いなわけじゃありません。
けど無理なものは無理なんです。
できません。もうやりたくありません。
『できるよな、だってお前は────』
「あ、あぁぁ……!」
『希望の妖精』なんだから。
最初はささやかな頼み事だったのに。
私もそれくらいならと。
幸せになってほしいって思っただけなのに。
どんどん頼み事の内容は過激になっていって。
頼む人もどんどん増えていって。
もうどうすればいいのかわからなくなって。
────ごめんなさいと断ると。
みんな怖い顔になって脅してくる。
脅されても断ると、みんなに悪戯される。
顔を引っ叩かれる。殴られる。蹴られる。
酷い時は羽根を千切られたこともあった。
『役立たず役立たず!!』
『お前なんて要らない! 消えちまえ!!』
『価値がないんだよ、お前』
痛いくらいなら我慢したほうがいい。
そう。我慢すればいい。
そうすればみんな怖くならない。
みんな、だれも私を傷つけない。
みんな笑顔。わたし、しあわせ。
「────いやぁ、いやぁぁぁぁぁっ!!!」
ちがう。ちがうちがう。
こんなはずじゃなかったのに。
こんなはずじゃなかったのに!!
────どうして。どうして。最初は喜んでくれたのに。笑ってくれたのに。
わたしはとうとう耐えきれなくなって逃げだした。
『……わかりました。オーロラ様にご相談いたしましょう。きっと貴方に合う良い街を紹介してくれます』
耐えきれずコーラル様に断りを入れ、住んでいた街を出た。
あの街にはわたしを知る人が多すぎた。
けど新天地なら。素敵な出会いと仲間が。
『へぇ! 君が希望の妖精なんだ! じゃあ────少し頼まれてくれるかい?』
……どこも変わらなかった。
みんな、わたしのことを知ると怖くなる。
みんなわたしがやさしくすると、今度はわたしを笑って傷つける。
ありがとうと言ってくれたのと同じ笑顔でわたしを嗤う。
どうして。どうしてなの。
わたしはただ。
「────あぁ、そっかぁ……はは」
あぁ、気づいちゃった。
そっか。そっかぁ。わたし、ほんとうは。
「じぶんが、しあわせになりたいだけだったんだ……ただ、きもちいいから」
────なにかをしてかえってくる、ありがとう。
────ありがとうって言われる自分が好きなだけ。何をいい子ぶってるの?
────おまえ、ほんとうはそんなきれいな子じゃないでしょ?
頭の中で自分が語りかける。
お前は見返りが欲しかっただけなんだと。
ありがとうが欲しかった。
あぁ、なんて現金なんだろう。
善意で善意が返ってくるなんて、なんて愚かな思いつきだ。
おろかだ。わたしはおろかだったんだ。
******
みんなの希望。誰かの希望。
希望を言えば、きっときっと叶えてくれる。
きっと君に笑顔をくれるよ。
素敵なステキな笑顔の妖精。
さぁ、みんなで彼女にお願いしよう。
『希望の妖精に────』
「────もういや!! もういや!! なにが希望の妖精よ!!!」
「笑顔でみんなが嬉しい? そんなわけないでしょ!? ほんとうはウザがられてるだけ!! ほんとうは都合いいから話してるだけ!! ねぇ────そうなんでしょ、ねぇ!!」
────どうしてみんな、自分がしていて嫌なこと、辛いこと、他人がやりたくないことを強要するの?
「きらい!! 嫌い嫌い!! 何もかもが嫌!! わたしが嫌、みんなが嫌、もうなにもかも嫌!! 消えろ消えろ消えてしまえ!! うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう考えて、わたしはコワレテイッタ。
いくつもの街を渡り歩いて疲れた後。
わたしは危ないと言われる森の霧の中へ消えていった。
『名無しの森へ』。
「あ────あ──ー……わたし、だれだっけ」
もう思い出せないけれど……。
なんだか、とってもスッキリした気がする。
*****
どれくらい長く生きたのだろう。
どれくらい長く苦しんだのだろう。
どれだけ代が、記憶が変わろうと、
『希望の妖精』に『希望』は無い。
いくら周りに善意を振りまこうと、皆が有り難いと思っていた愛はいつしか『当たり前』になる。
『当たり前』なった優しさに感謝など湧くわけがない。妖精郷の妖精達は尚更だ。
『当然』が与えられなくなった人々は怒りを抱き、憎しみ。呪う。
最後の最後。希望の妖精は全てに絶望して死んでいく。人の悪意に絶望して苦しみ抜く。
彼女に向けられる善意は、いつか途端に悪意へ、くるりと裏返る。
そんな全てに因果に世界に愛想を尽かした彼女は。
皮肉にも最期は悪しき妖精へと身を転じる運命だ。
*******
コーンウォールという村に辿り着いてからどれくらいか。忘れるくらいに。覚えるのも面倒。
聞き覚えのあるハロバロミアさん。彼の話で自分もソールズベリーに住んでいたことだけは思い出した。
けどそれ以上のことは聞きたいとは思わなかった。
いつものようにみんなの宴の片付けをする。
ノロマだグズだと罵られはするけど、期待されない分、気が楽だった。
「……あれ?」
……どうしてそう思うのかもわからないけど、とにかく楽だった。
そうしているうちに次から次へと来客が。
今度は羽のない妖精三人。
三人とも不思議な雰囲気を纏っていた。
特に少年と少女の方はなんだか放っておけない気がする。なんというか……勘が騒ぐのだ。
元のわたしの役割が関係があるのだろうか。
何かしてあげたいという気持ちで溢れてくるのだ。
三人とも記憶がない。きっとどうすればいいか何が何だかわからないはずだ。
そう思って覚えている限りのことを教えた。
そうしたら困っていたわたしを彼らは不思議な力で助けてくれたのだ。
「大丈夫!?」
「あっ……は、はい」
少年から伸ばされた手を取る。
その手は暖かかった。
……そこから溢れた気持ちは。一体なんだろう。暖かいけど、冷たい。怖い。
混沌としている。嬉しいことに違いないのに。
『ライサンダー』さんにも、『マシュ』さんにも幸せの祝福をあげたいのに。
……あれ。どうして。わたしはできないんだ。
どうやるんだろう。どうすればいいんだろう。
何かしてあげたかった。返してあげたかったのに。とても残念だ。
「────村の妖精が悪いわけじゃないけど、向いてないよ、あの村」
『マシュ』が獣よけの結界を張りながら、名無しの妖精に忠告する。
魔術はこのブリテンでは女王陛下しか使えないはず。
『最近の流行りなんですか?』
『えっ!? あぁ〜……そんな感じかな!』
一瞬曇らせた顔を見て察した。
この人は何か違う。
────自分とは違う特別な『目的』を持っているのだと。
けどひどく疲れている。
もう捨てたいとも思ってしまっている。
透き通るような青い瞳にある僅かな澱みがそう伝えている。
────自分と同じ。
「……?」
あれ……?
どうして自分と同じと思ってしまったのだろう? わたしは過去に何をしていたのだろう。
「ソールズベリー……ダメだなぁ。ノリッジとかどうかな? 人間と妖精が手を取り合って暮らしてるっていうし!」
……コーンウォールを出る。
そんな発想は浮かんですらこなかった。
わたしの中にある何かが出ることを拒絶している。ここから一歩出れば取り返しのつかないことになりそう。
それはきっと怖いことだ。
「……いいんです」
「えっ?」
「わたしはここでいいんです」
目的を忘れてしまったから。名前を忘れてしまったから。
そんな妖精に未来はないからとわたしは『マシュ』に言った。
名前を忘れるくらいに。よっぽど自分に絶望する何かがあったから。
どうやら困ってしまったようで、『マシュ』は結界を張り終えた後、少し考え込む。
「────じゃあこんなのはどうでしょう。私が名前を考えてあげます!」
「……え?」
「わたしの名前をあげます。アルトリア・キャスターなんてどうでしょうか? わたしにはもう要らないものですから」
アルトリア。アルトリア……素敵な名前。
なんだか勇気を与えてくれるような温かな名前。彼女に……そう『マシュ』さんにこそピッタリな名前だ。
お礼を言おうと口を開くと、彼女の瞳が僅かに揺れる。
「……ありがとう」
どうか、彼女に幸せをお与えください。
失った記憶が戻りますように。
彼女が持つ特別な目的を達成できますように。
────その旅に、幸があらんことを。
******
『マシュ』さんと別れを告げた後、ぼとりと何かが落ちる。
「あ、れ……?」
片目の光が奪われた。
身体に……力が入らない。どうして。
溜まった雨水に映る自分の顔が目に入る。
「────あ、そっか」
顔半分が黒く染まっていた。
「せっかくいいこと……あったのになぁ」
……よかった。コーンウォールからは……そんなに近くない。
⋯⋯⋯ありがとう。
大切に⋯⋯⋯大切にするね。
このお名前、だけじゃなくて。
あなたの心を、いつまでも、いつまでも。
*******
なんだか村全体が騒がしかった。
異変を感じて戻ると、村は異様な雰囲気に包まれていた。
「まぁ待ちましょう。流石に殺してしまっては意味がないでしょう。少し冷静に順番を────」
瞬間、土の氏族がハロバロミアさんの腹に穴を空ける。
「ご、ふっ────」
ぐしゃり。
そんなマヌケな音が地面に横たわる。
血をダラダラと広げて。
「ひっ────!?」
みんなの血走った目を見てすぐに身を隠す。
隠れなきゃ。すぐに身を護らなくては。
「風の氏族は皆殺しだ!!」
「人間は俺たちの物だ!!」
「違う『ライサンダー』は俺ら獣の氏族の物だ!! 手足も全部おれらのもんだ!!」
「食いちぎれ、内臓はみんなで山分けだ!」
「僕は血でいい! 血一滴でいい! 瓶に詰めるんだ!!」
『ライサンダー』さんが……人間?
なら早く逃さなきゃ。このままでは殺されちゃう。みんなおかしくなってる。
きっと『マシュ』も近くだ。助けないと。
彼らがいそうな建物を見つける。
早く森を抜けないと。みんなが追いつけないように遠くへ遠くへ。
森を出ようと一歩踏み出した。
その瞬間、脳裏に映像が走る。
「────あ」
顔半分に広がった呪いが手を伸ばすように広がっていく。
どうしたの、と『ライサンダー』が声をかける。突然止まったから驚いたのだろう。
「顔が……」
え、顔がどうしたんですかと惚ける。
今はそれどころではないのだから。
「いえ、なんでもないですよ。それよりもこっちです!」
……いいですよね。
いいですよね。うん。良いに決まってる。
────あれだけ嫌な目にあったんだ。
少しくらい良い目を見たって……ねぇ?
わたしは誰にも見えないように口元を歪めていた。
*****
「……ホープちゃん」
もう彼女の心に先程のような『明かり』はない。
モースと化すのも時間の問題だ。すぐに始末するべきだろう。
……そう。そうしてやるのが一番なのだ。
彼女もきっとそれを望まない。
けど本当に?
いま一瞬、彼女の脳裏に走った映像が見えた。
どうしようもない。
本当にどうしようもない。
このブリテンは地獄だ。真っ黒で純粋な悪意で満ちている。みんな巧妙に隠しているけど、全てこの眼には見えてしまう。
この子には僅かに明かりを感じた。
────星を見た。
この真っ黒な悪意の風の吹き荒れるブリテンにもまだ純粋な善意が残っていた。
けど、星は風に飲まれた。
黒く汚され、輝きを奪われた。
……本当に、ブリテンを救う必要などあるのだろうか。
ねぇ……教えてよ。エクター。
もうこのブリテンにはあなたのような人はいないの?
マーリンのように憎まれ口を叩きながらも居てくれる人はいないの?
ねぇ……エクター。私は、
────ドタッ!!
「あうっ……」
彼女の心の声が聞こえる。
『くそ……あと少しなのに。あと少しで……!! あぁこのクソみてぇな呪いがぁ……!! 邪魔クセェんだよ……!』
「……」
反射的に名無しの妖精に手が伸びる。
義務的に。事務的に。
「だいじょう────」
────え?
彼女から飛び出たのは怒り。怒りだった。
けど……違う。それは表面的なものだ。
一種の錯乱状態なだけ。
「────触るなっ!!!!」
『だめ!!!』
手を振り払われた時に感じたのは────罪悪感。恐れだった。
どうして。どうしてあなたがそれを感じるの。
『……やっぱいけないよ。マシュはわたしを助けてくれたんだもん。あるはずの自分の名前をくれた。『こんなもの』をあげてはいけない。わたしは────わたしはやっぱり希望の妖精だもん。マシュは。せめてマシュだけは護らなきゃ』
続けて怒涛の悪意ある言葉。
暴言が彼女から投げかけられる。
その裏にあるのは。
『もう苦しい。もう嫌だ。何もかも嫌。誰か助けて。助けて。助けて! もう嫌だ!』
憎悪じゃなく、ただひたすらに救いを求める声だった。
その叫びに呼応するかのように、呪いが全身に伸びる。呪いは泉となり、泥となって妖精を飲み込む。
【────────!!!】
その果ては元の面影など感じさせぬ、周りに呪いだけを振りまく悪妖精────モース。
「────構えてください。彼女は……もうダメです」
私は……震える手で杖を持った。
******
遠くで
はやくおいでと声かける。
皆に絶望と呪いを振りまくモースの声。
絶望した少女は闇の誘惑に手を伸ばす。
身体がだんだん黒く侵される。
────あぁ、なんと楽なことか。
最初からこうすれば良かったのに。
けれど彼女のひび割れた心の中。
最後まで善意を向けてくれた光。
善意を善意で返してくれた。
私が本当は誰なのかを。
希望を与える喜びを思い出させてくれた光。
星の内海より来たる『
彼女の笑みだけが。
────死んだ瞳に灯っていた。
*****
『クルシイ。クルシイ』
呪いで穢れ、おぞましい異形と化した身体。
呪いの泥とも言うべき姿にかつての面影はない。
『タスケテ。タスケテ。イッショニ。いっしょにいっしょにいっしょに────』
もう手遅れだと判断していた。
立香も、アルトリアも。二人ともその腕でトドメを刺さんとするが、なかなかその一歩を踏み出せずにいた。
トリスタンは指示一つで怪物の首を飛ばすべく弦に指をかける。
「マスター。マシュの言う通り、彼女はもう手遅れです。……楽にしてあげるのが、せめてもの……」
「……っ!」
「……決断を。どちらにせよ虫の息。ですが何もしないとは限りません」
しかし戦闘による激痛で僅かに理性を取り戻した『モース』は次の瞬間、うわ言とは別の言葉を伝える。
「にげて────にげて。もうわたしのことなんて、放って。────行って、くださ、い」
*****
迫る殺意に朧げな意識でも気づいていた。
────わたしは死ぬべきなのだと。
『────です!! ────っちゃダメです!!』
……もう声も聴こえないや。
痛い……痛いけど。これで良いと思う。
それに痛みも無くなっていく。これが消えると言うことなのだろう。
────さようなら、『マシュ』。
新しい『名前』をありがとう。
そう言いたかったけど。それどころでは無いので……大事なことだけ。
「もうわたしはたすからないから────もう行って」
気がつくと、わたしは抱きしめられていた。
「ま、しゅ」
「……大丈夫」
「のろ────だ、め」
「大丈夫な体質だそうなので。何も気にしないでください……」
意識がだんだんはっきりしてくる。
身体の倦怠感が無くなっていく。少しずつ手足の輪郭がハッキリしてきた。
「もういいですから……っ」
誰かに────抱きしめられている。
ぽたぽたとわたしの肩が濡れる。
「生きているだけで、いいんです」
「……」
「笑ってるだけでいい。幸せになってくれるだけでいいんです。あなたはもう……もう……」
……『マシュ』?
「もう誰かのためにがんばらなくても、いいんです」
…………。
あぁ。そうか……。
そうだったんだ。これがわたしのしていたこと。
わたしがしたかったこと。
痛くもないし、苦しくもない。
怯えることもない。
────こんなにも嬉しいものだったんだ。
忘れていたものを、思い出した。
微笑みを思い出した。
『ありがとう』を思い出した。
「バカですね……バカじゃないんですか……?」
心とは反対の言葉で罵る。
「わたしなんか、なんの力もないわたしなんか。放っておけばいいんですよ」
どうして戻ってきたの。どうして殺さなかったの。どうしてためらったの。
「コーンウォールのみんなと変わらないんですよ? どんなに取り繕ってても、自分勝手な生き物なんですよ? 殺されるとは思わなかったんですか? 馬鹿ですね。馬鹿なんじゃないですか?」
そんな意図を詰めて。
「わたしなんて……わたしなんて。放っておけばよかったのに」
けど本当は……違う言葉を言いたかった。
「……できないよ」
『ライサンダー』さんがそう告げる。
その表情はとても苦しそうだった。まるで、取りこぼしたくない多くのものを目の前で失ってきた人の顔。
……あなたも。記憶が戻ったんですね。
「そんなこと……ないでしょ。あなたは────」
感情の揺れがないのかと思った人の温もり。
『マシュ』……ううん。おそらく、私に自分の名前を。『アルトリア』の名前を与えようとした彼女。
「最後の最後までわたしたちを助けようとしてくれたのに……モースになっても、あなたは自分であろうとしたのに」
彼女の声は────揺れていた。
「希望の妖精として……他人に絶望を与えることを最後まで拒もうとしたのに。わたしたちが何もしないわけにはいかないじゃないですか」
つうっと涙が自分の頬を伝う。
名前を思い出した喜び。
目的を思い出した喜び。
名前を思い出した悲しみ。
目的を思い出した悲しみ。
苦しみを思い出した悲しみ。
思い出した絶望。
この世界を全て憎んだ怒り。
いろんなものが溢れてくる。
「安心してください。わたし、モースの呪いを受けないので! 実はちっとも怖くなかったですよ!」
「嘘つけ。少し手が震えてたよ」
『ライサンダー』が笑う。
「なっ!! いいんですよぉ!! 今かっこつけてるんだから!!」
────それでも。
「ごめんなさい。ごめん……ごめんね……本当は。本当は……っ」
────本当は助けてほしかった。救われたかった。わたしのために心を砕いた人達に愛されたかった。
わたしは嘘つきだ。いけない子だ。
恨みのない恩人を呪い殺そうとした。
自分だけ幸せにあやかろうとしていた。
この彼女たちは、わたしのために心から苦しんでくれた。失うことを惜しんで泣いてくれたのに。
……それは本当に『有り難い』こと。
そんな人は。精霊は。
『ライサンダー』さん。『マシュ』。
わたしにとって、
あなた達がはじめてでした────
******
『巡礼』は終わった。
『大厄災』は終わった。
────全ては終わった。
わたしはブリテンの全てを知った。
おぞましい事実も、自分の原典も。
けど……アルトリアは使命を果たした。
僅かに残るブリテンの善意のために。
僅かでも良き心を持った妖精たちのために。
マイクさんは自分を貫いた。
ダヴィンチさんが言っていた。誇らしい弟子だったと。
苦しくても、辛くても。
彼女たちは前へと進み続けた。
それは一人ではないのだろう。
みんなが背を押し続けて踏み締めてきた道。
……友達が頑張ったんだ。
わたしがやらないわけにいかない。
今度はわたしの番。
カルデアの皆さん曰く、わたしの存在はブリテンの外でも保てるものらしい。
意図せずとはいえ、女王陛下のおかげでもあるのだろう。
一度モース化したと言うこともあるので厳重な検査は必要とのことだが。
マイクさんのような例外も含め、モースから戻ることによって、逆に呪いに対する耐性が付いたとのことだ。ダヴィンチさん曰く。
これからわたしは知らない世界へ行く。
きっとブリテンよりも希望のない世界へ行くのだろう。
ライサンダー……いいえ。リツカさん曰く、世界は白く染まってしまったのだとか。
けれどわたしは祈ろう。
カルデアという最後の星の光が残ったように。
数多の偶然と人々の意思の元に残ったように。
わたしも彼らに幸せの祝福を与えよう。
アルトリアが最後まで頑張ったのだ。
こっちもやらねば誰がやるのか。
ここで怯えては彼女に悪い意味で笑われてしまう。
今度はリツカさんが困難な使命を遂げられるように。
「ホープさん。早く戻りましょう。そろそろ発進するそうです」
「あっ、はい! コーラル様!」
「様はもう付けなくてもいいでしょう。もう私達しか残っていないのですから」
……最後には幸せな笑顔を浮かべられるように。
裏からでも祈り続けるのだ。
大丈夫。あなたの行いは自分のものだ。
自分で決めて、精一杯やったことに後悔はないのだと。
あなたのこれまでの道は『奪った』ものではない。『託された』ものなのだと。
わたしは言い続けよう。
もちろんコーラル様も同じことを言うはずだ。
誰が祝わなくても、届かない世界で生まれた。
今は知らない世界の友人を。
「さようなら、ブリテン。さようなら、ソールズベリー……」
わたしは一人、鉄の船の上で呟いた。
******
お読みいただきありがとうございます。作者のゼロんです。
二週間前、モルガン最強!と思いながらコンティニュー石を砕きながら6章クリアしました。最高でした。
特にゴブリン三人組(一人裏切ったけど。まぁ普通よね)、
コーラル、ボガート、ホープちゃん、マイクには心揺さぶられっぱなし。
マシュ・覚醒。やっぱオルテナウスなんぞいらんわ!!
きっともしもの話ですが、もしアルトリアがホープちゃんモースに抱きつかれたら、オベロンも殺せなかったと思うんですよ。
マイクが踏みとどまれたのだから、ホープちゃんが踏みとどまれないわけがないと思いました。
ただ、あともう一押し足りなかったんです。
マイクがダヴィンチのおかげで最後の最後に自分を肯定できたのと違って、
(自分やればできるじゃんと。ちゃんと正しい形で見守れるんだって)
ホープちゃんは自分を許されない、自分はクソだと思ってしまったから。
(どうしてって言ってたけど心の奥では気づいてるんですよ。奪う側に、悪い人には自分はなりきれないって。けど罪悪感と惨めさだけが肥大化した)
けど最後にアルトリアからお礼を言われたら、きっと違ったと思うんです。少しは自分はマシなやつだって思えたと思うんです。
てか行けよ、アルトリア! 抱きしめろ!! どうせ呪いが効かないんだろ!? 立香は無理だけどお前はせめて……と思った次第です。はい。
自分と同じ境遇で、応援してくれる人が隣にいるのとで違うと思うんです。
アルトリアがノクナレアのことが大好きだったのも似た境遇だったからのもあったし。
モルガンにもトトロット、ヘクター、プーサーがいたように。
(グリムが目立たねぇ)
もしホープちゃんが元気付けてくれたなら、きっとノリッジでも『厄災』大モースを前にしても戦えたと思うんです。
(ヌンの腕なんノス!)
だって、絶対守らなきゃって思った人が目の前にいるんだもの。頑張るしかない。
ホープのおかげでアルトリアもマシュと立香と三人で立ち向かう厄災ノリッジIF編、コーラル救済IF編もありましたがコーンウォール編で力尽きました。
ハロバロミアがオーロラに追い出されたのが、いつだったか忘れたので、序盤少し整合性が取れてなかったかもですが────コーラルが書きたかったから良いんだよ!
コーラルさんは災厄前にホープちゃんに腕を引っ張られて連れ出されました。戴冠式後の鐘撞堂のあたりですね。
元モースなので呪いに敏感になったのです。
ソールスベリーに押し寄せられたら暴動と群衆モースの板挟みで逃げ場が無いと理解していたんでしょう。
彼女は恩人でもあったから見捨てられなかった。(妖精らしく立香たちの真似をしようと考えたのです)
希望が多ければまた筆を取ろうと思います。
他も書いてるので不定期になりますが……
とにかく6章を二週間前に終えて書こうと決めていたので書けてよかったです。
長い後書きごめんね! 読んでくれてありがとうございます!
よかったら感想書いてくれると嬉しいな!
では!