昭和時代の農村に、ふたりの仲良しの女の子がおりました。
これはそんな二人、“ミコさま“ と “クラゲ“ の友情の物語。

※童話風のテイストを目指して書きました。よって、一話完結です。
※実話をもとに書いていますが、農村の暮らしや言葉遣いに関してなど事実と食いちがう部分があるかもしれません。ご了承ください。

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戦時中に新潟に疎開していた祖母の昔話を聞いていたとき、パッと思いついたストーリーです。そこから紆余曲折して、最終的にほぼ捏造の話ができあがりました(笑)

おばあちゃんの話って、とっても魅力的だと思います。



クラゲ

赤い着物をひらひらふっていました。ちょっとでも風が入ってきたら、すずしくなるはず。ああ、でも、うだるようにあつい日には、面白いお話が何も浮かばないのです。

ミエコの袖が、むなしくハタハタ揺れていました。

 

そのときです。夏の日の縁側に、小さな呼び声がひびきました。

 

「…ミコさま!」

 

ピクリ、とミエコの肩がふるえました。

 

 

「ーー今行くわ、ちょいと待って!」

 

おさえきれない笑みを押し込めて、わざと何でもないかのように返事をしました。もちろん、息を小さくひそめて。

 

お勝手へ草履をとりにいくかどうか、少しだけ迷って、けっきょく何もはかないことにしました。はだしのまま、ポンと縁側からとびだします。ひやりと土をふんだら、もう心ははるか遠くへ。

 

「はよ行こう!」

「今行くがな、クラゲ。」

 

そこに待ちかまえていたのは、白いワンピースの女の子。もっとも、それは何度もそとであそぶうちに、まっくろく汚れてしまっています。

クラゲ、と呼ばれて、その子はうれしそうに笑いました。

 

「ミコさま、今日はどこ行く?」

 

 

“クラゲ“こと、カナは、目をキラキラさせてたずねました。

 

「な、ミコさま。どうしよか?」

 

ミエコの返事を、カナは熱心に…本当に楽しそうに待ちつづけます。

あくまで、遊びの内容を決めるのはミエコなのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーミコさま。

お寺に住んでいるお金持ちのお嬢さま。

田舎の田園の子供たちの中で、ひときわ綺麗な格好で、そして一番顔が青白い女の子。

 

ーー私。農家のちっちゃくて薄汚れた女の子。

 

 

 

「…どうする? 裏の竹やぶ、向こうの雑木林、近うとこなら何でもええよ?」

「うーん、どうしよかぁ……」

 

しかし、そんな細かい御託はいいのです。私たちの友情にはそんなもの、なんにも関係ないのです。

最大限のうれしさをこめて、カナはミコさまに声をかけました。いつものように。いつもと同じに。

カナはミコさまが大好きで、ミコさまもカナが大好きなのですから。

 

 

ともだち。

大好きな、ミコさま。

 

自分に”クラゲ“というあだなを付けてくれたのはミコさまでした。体が弱くて、たいそうの授業にもでられないかわりに、作文はいつでも一等をとるミコさま。そう、ミコさまは面白いことを思いつくのが本当に上手なのです。

 

そんなミコさまが陽気に声を上げました。

 

「うーん、川や!この前エビとったあの川がいいわ!」

 

カナはおどろいて聞き返します。

 

「…今日はえらいあついけど、涼しいとこにせんで大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫!」

 

あっけらかんと胸をはるミコさまに、カナはハアァとため息をつきました。

たしかに、川あそびをミコさまに教えたのはカナです。しかし、あの楽しかった思い出には続きがあります。ふたりで楽しく遊んだその翌日、ミコさまは咳が止まらなくなって学校へいけなくなったのです。

 

カナは悪かったと思っています。すぐに体を壊すミコさまがいつも心配です。もう二度と、川あそびはしまいと決めていました。

それなのに、堂々と「川がいい!」と宣言するミコさまを見ると、反対もできなくなるのです。

それに…

 

「ほな……………行こか」

「よっしゃ、決まりや!おおきに、クラゲ」

 

カナコが連れ出しにくるだけで、ミコさまはとびはねるように喜んでくれるのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わあすごい!こりゃ貝かいな?」

 

「うん、焼いて食べたらめっちゃおいしいで!」

 

 

慣れたようすで足を忍ばせ(音を出したところでどうせ誰も気づかないのですが)、お寺を抜け出したふたりは今、貝拾いに夢中になっていました。ギリギリ飛び越えられるくらいの小さなこの川は、カナの家からは一時間。しかしミコさまの家からは、たったの五分です。

 

 

「ほんなら、貝がらとっといて、あとで“貝合わせ“しような!」

 

「貝合わせ?」

 

「ああ、カルタみたいで面白いからな!」

 

 

そんならたくさん集めなアカンなぁ、…と、そう興奮気味に返事をしようとして、カナはふと不安になりました。開きかけた口をつぐんで、自分の横を振り返ります。思った通り、ミコさまはいつも白いほおを真っ赤に染めて、汗をだらだら流していました。

今はあつい真っ盛り。ジリジリ焼けるようなあつさを感じているのは、袖なしワンピースのカナだけでしょうか。きっちり着物で体を包んでいるミコさまも、それはそれで、大変あつそうです。

 

 

「…ミコさま、大丈夫?そろそろうち帰らんでええ?」

 

「大丈夫、大丈夫!そもそも、父ちゃん母ちゃんたちが心配しすぎなんや。ちっともあそばしてくれへんから、よけいに体がダメになる。」

 

 

クラゲとあそぶ時間が、一番たのしいのやから。そう、ミエコはなんのためらいもなく口にします。にっと笑った拍子に、白い歯がキラリと光りました。

 

…やっぱりダメです。ミコさまに、カナはさからえません。

 

 

二人はけっきょく帰らず、貝を焼くために、たき火をつくりました。きちんと火ができたら、貝を次々に放り込んでいきます。あつあつに焼けた貝は、ふたりで向かい合って食べました。おいしいなぁ、ハマグリみたいな味やなぁ、と、ぜんぶ平げてしまいました。

 

そうして、仲良く手をつないで家へ帰ったのでした。

 

 

 

 

 

 

その翌日です。

…ミコさまが体調をくずして学校を休んだのは。

 

やっぱり、と思うと同時に、カナはやってしまったと思いました。

その日は畑の仕事が大変いそがしく、子供のカナもおてつだいに駆り出されていました。ミコさまが心配で心配で、カナは心ここにあらず。畑で何度も失敗をくりかえしてお母さんに叱られました。

畑が一段落したのは、その二日後。お母さんのお許しがでた瞬間、カナははだしで家を飛び出しました。どこまでもどこまでもつづく田んぼ道を、ひたすらにかけて、ようやくミコさまの家にたどりつきました。

 

それは静かにそびえたつ、何度見ても荘厳なお寺。まずしい身なりのカナが入るのは何となく気が引けるほど、どうどうとした家。

 

カナはそこへ躊躇なく駆けこんで、庭をぐるりとまわりました。裏まで行って、いつもミコさまがいる部屋のすぐそばへしのびよります。縁側の襖は、開いていました。

 

そおっとのぞきこめば、ミコさまはひとりで寝ていました。ぼうっと目を開いて天井を見つめています。ふとんはくしゃくしゃ、ミコさまの白い顔は、いつもの倍青白くなっていました。

 

「…ミコさま!」

 

しずかに声をかけると、だるそうな顔がゆっくりとこちらを向きました。パチッと目が合いました。瞬間、ミコさまの顔がパッと笑顔に染まりました。

 

カナが駆け寄ると、ミコさまはもっと嬉しそうに笑います。…と思ったら、すぐに何だかすねたような顔つきになりました。

口を小さくへの字に曲げて、ミコさまはため息混じりに口を開きました。

 

「ここ抜け出してあそんでたこと、とうとうバレたわ。はあ、つまんないわあ…。」

 

あの日川で食べた貝に生焼けがまざっていたようで、みごとに当たった。そうミコさまは言いました。それで隠し持っていた貝がらが動かぬ証拠となって、けっきょく、友だちとあそぶことまで禁止されてしまった。

 

 

「そうか……うちらで遊んでたの、ひみつだったもんなぁ…」

 

カナはそう呟いて、少しふくざつな気持ちになりました。お金持ちのミコさまは学校でもどことなく一目置かれていて、一番のなかよしだったカナはひそかに自慢だったのです。それがだんだん、ミコさまを楽しませてあげたいというただ一つの願い、それだけで自分の遊びにさそうようになったのでした。つまらなそうにひとりで座っているミコさまは、カナと一緒のときに、驚くほど幸せそうに笑ったのです。

 

誰にも言わないとかたく約束して、初めていっしょにあそんだ日がなつかしい。ぼんやり、カナはミコさまの顔を眺めていました。

 

 

クラゲは自由でいいなあ、と心底ざんねんそうにミコさまがくり返します。あんまり繰り返すので、カナはおかしくなってとうとうアハハと笑いました。

 

「…ミコさまは家にいたって、お布団にいたって、面白いことできるんとちゃうの?」

「まあ、そうだわな。クラゲといっしょなら、できる気がするわ」

 

しゃべっているうちに少し気分が悪くなったのか、ミコさまはしばらく口を閉じました。しーんと静かな部屋の中で、ミコさまがためらいがちに再び口を開きます。ミコさまには似合わない、小さな声に、カナは目をパチクリさせました。

 

 

「…“くらげ“ のおはなし、つくってきかせたろか。」

 

ミコさまは、そんな事を言ったのでした。クラゲ、ときいて、カナは首をかしげます。そんなカナを見て、ミコさまが、にいっと遠慮がちにわらいました。

 

 

「クラゲはクラゲでも、あんたの方じゃない。海に住んでるやつや。…ほれ、想像してみ。海の中は深うて真っ暗で、一寸先も見えん闇の世界。けど、くらげだけは光ってはる。せやから、自分のあかりで照らしながら、あっちゃこっちゃ自由に旅してるんや」

 

 

ミコさまによると、くらげはさびしがりやなんだそうです。ふわふわ漂いながら、いつも友だちを探していますーー

 

 

昔々あるところに、小さな青いくらげがいました。

ひとりぼっちは、淋しいからだいきらいです。それなのにくらげは、どうしようもないほど恥ずかしがりで臆病なのでした。どんなに仲良くなれそうな魚を見つけても、声をかける勇気がでないのです。ですからいつまでたっても、くらげに友達はできませんでした。

 

いつものようにひとりで海を散歩していた、ある夜のことです。くらげは大きなクジラさんと出会いました。優しいおじいさんクジラは、小さなくらげがひとりぼっちなのをとても可哀想に思いました。「こんばんは、お若いの」クジラはゆっくり口を開けて野太い声であいさつし…。

あまりの口の大きさにびっくりしたくらげは、なんと、おちょこの傘みたいにひっくり返ってしまったのでした。

 

 

 

二人はおはなしを考えながら、しゃべりながら、涙が出るほど笑いました。

 

「ウフフッ…ハアハア、ああ面白い!ミコさまって最高!」

「ふん!おちょこの傘〜のくだりを考えたの、クラゲやないか。あんたかてよう思いつくよ」

 

ひとしきり笑ったあと、部屋はまたしばらく静かになりました。ふと、カナは思いついたことがあって口をひらきました。

 

「そういやあうち、もうクラゲじゃないね」

「何でや?」

「ミコさまにこの呼び名つけてもらったとき、冬だったやないか。セーター着てたからいっつもパチパチ静電気おこしてるんが、さわると感電するクラゲに似てる言うて…。」

 

今は夏で静電気はおこらないから、もうクラゲじゃない。そう言ったら、ミコさまは首をふりました。

ミコさまは、カナの方を向いています。しかし、その目は本当は、どこか遠くを見つめているのをカナは知っていました。どこまでも深いひとみの奥には、蒼い海が大空を満たして広がっています。どんなにこがれても、決して自分でたどり着けない淋しさを知っている目なのです。

 

「クラゲはクラゲや。どこまでも自由に旅していける。あんたにそっくりやろ。」

「…うん。」

 

でも、とカナは思います。ミコさまは心の中で、思うぞんぶん旅をしているじゃないか、と。




最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語の面白かったこと、反対にここがダメだな〜と思ったこと。または読者さま自身や周囲の方の昔話などなど、なんでも感想いただけると嬉しいです!


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